医学界新聞

寄稿

2015.10.05



【寄稿】

ケース・マネージメント介入で自殺再企図の防止を
自殺対策のための戦略研究「ACTION-J」の成果より

河西 千秋(札幌医科大学医学部神経精神医学講座 主任教授)


自殺対策は日本の公衆衛生上の最大課題の一つ

 日本の自殺率は世界的に見て深刻な状況にあり,WHOによると現在,世界ワースト9位に位置している1)。現在の日本人の死因は10代から30代で自殺が首位,40代で2位,50代で3位であり2),自殺は日本人にとって公衆衛生上の最大課題の一つとなっている。また,自殺の危険因子が明らかにされているが,最も強力な因子は自殺未遂の既往であることがわかっており,未遂者の自殺再企図を防ぐことが自殺予防策にとって重要である。

 このたび,わが国で実施された「自殺企図の再発防止に対する複合的ケース・マネージメントの効果:多施設共同による無作為化比較研究(ACTION-J)」(以下,ACTION-J)の成果が『Lancet Psychiatry』誌に公表され3),未遂者の自殺再企図防止に関する有効な介入方法が,高い科学的根拠をもって国際的にも初めて示された。本稿では,ACTION-Jのプロトコル作成にかかわり,研究班事務局長を務めた立場から,当該研究の概要とその意義・展望について解説したい。

厚労省主導で「自殺問題」の解決をめざす

 厚労省は2005年,日本人の健康問題において特に解決優先度が高いと考えられる事項について,科学的根拠に基づく対策方略の開発,施策化による解決をめざし,大規模研究事業・戦略研究を立ち上げた。従来の厚労科研費補助金研究事業とは異なり,厚労省が特別研究班を招集し,明確な政策目標に基づく具体的な数値目標と研究計画骨子を定めた上で,研究者・研究施設が公募された。研究事業初年度は,「糖尿病」と「自殺問題」が研究課題として掲げられ, ACTION-Jはこの研究事業の一環として実施された。

 自殺未遂者に介入する拠点として有力なのは,未遂者が多く搬送される救命救急センターである。しかし救急搬送された未遂者への介入に関して,当時,科学的根拠をもってその有効性を示した方法はなかった4)。そこで国内で,救命救急センターと精神科の協力の下,自殺未遂者全例にケース・マネージメント手法を用いた介入を行い,その有効性を示唆する報告を行っていた岩手医大や横市大の臨床モデルを基に,プロトコル原案を作成することとした。

 ACTION-Jは,救命救急センターと精神科が比較的緊密に連携している17病院群で実施された。対象者は,これらの病院へ自殺企図で搬送され入院した未遂者のうち,精神疾患を有する成人患者で,中のケース・マネージメント介入プログラムの有効性を無作為化比較試験で検証した(図1)。当該研究は,自殺未遂直後の極めて繊細な患者を対象とすることから,倫理性に注意を払い,同意取得のプロセスを2段階で行い,対照群にも介入を行った(対照群;強化された通常介入群)。すなわち全ての患者に入院中の危機介入,心理教育,ケース・マネージメント介入,自殺予防に資する地域精神保健関連の情報提供がなされた。通常介入群に対しては入院中,試験介入群には,無作為割り付けから1週間,1,2,3,6,12, 18か月後までケース・マネージメント介入を継続的に実施した。 介入効果の主要アウトカム評価は,「自殺再企図(自殺既遂,未遂)の初回発生率(/人年)」とした。これは,自殺企図で救命救急センターに搬送され本研究に参加した対象者が,搬送後に初めて自殺を再企図した割合を意味する。

 試験介入群に実施されたケース・ マネージメント介入プログラム

図1 対象者の選択基準とフォローチャート(クリックで拡大)

実施可能性の高いプログラム

 当該研究には914人の自殺未遂患者が登録され,460人が試験介入群,454人が通常介入群に無作為に割り付けされた。試験介入群と通常介入群の主要アウトカムに関する生存曲線を図2に示した。試験介入群は自殺再企図の発生割合が低く,通常介入群の再企図発生割合を1とした場合の試験介入群における再企図発生割合の比(リスク比)は,割り付けから,

1か月後0.19(95%信頼区間0.06-0.64, p=0.0075)
3か月後0.22(0.10-0.50, p=0.003)
6か月後0.50(0.32-0.80, p=0.003)
12か月後0.72(0.50-1.04, p=0.079)
18か月後0.79(0.57-1.08, p=0.141)

となり,特に6か月後の時点まで有意な低下が認められた。サブグループ解析については,「女性」「40歳未満」「過去に自殺企図の既往を持つ対象者」群で,有意に再企図発生割合が低かった。

図2 主要評価項目に関する生存曲線3)
試験介入群には,無作為割り付けから18か月後までケース・マネージメント介入を継続的に実施。

 先に述べたように,通常介入群にもかなり強化した介入が行われたが,試験介入群ではそれをもしのぐ自殺再企図の抑止効果が得られた。また,ACTION-Jのケース・マネージメント介入プログラムは,①現実の医療現場で,②既存の医療専門職により実施され,③対象者の脱落が極めて少なかったことなどから,実臨床に導入されても実施可能性は極めて高いと考えられた。

 国の自殺対策の指針である「自殺総合対策大綱」5)には,『「自殺対策のための戦略研究」等の成果を踏まえて,自殺未遂者の再度の自殺企図を防ぐための対策を強化する』と明記されている。ACTION-Jの成果に基づき,対策の早急な施策化が望まれるが,何よりも大事なことは,ACTION-Jの介入プログラムをそのまま実施できる体制を医療現場で整備することである。その一環として,山田光彦氏(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所)を研究代表者とする厚労科研費補助金事業では,ACTION-Jのケース・マネージメント・プログラムを着実に実施できる人材を養成する教育プログラムの開発が行われ,2013年度に研修会が開始された。そして,今年の8月にはACTION-Jの成果公表を受け,2015年度自殺未遂者再企図防止事業の開始が厚労省から発表された6)

 このように,深刻な社会問題である自殺問題,そして救急医療における重要課題である自殺未遂者への対応に関して,ACTION-Jは,「こうすれば自殺再企図を防止できる」という一筋の光明をもたらすところとなった。さらにこれが事業から骨太の医療施策へと展開され,この介入モデルが全国に導入されることで,多くの患者さんの「いきる」につながることが望まれる。

参考文献・URL
1)Preventing suicide: A global imperative. WHO ; 2015.
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/131056/1/9789241564779_eng.pdf?ua=1&ua=1
2)平成26年人口動態統計月報年計(概数)の概況.厚労省;2015. 第7表.
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai14/dl/h7.pdf
3)Lancet Psychiatry. 2014[PMID : 26360731]
4)J Affect Disorder. 2015[PMID : 25594513]
5)自殺総合対策大綱:誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して.内閣府;2012.pp25.
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/taikou/pdf/20120828/honbun.pdf
6)平成27年度自殺未遂者再企図防止事業実施団体公募.厚労省;2015.


かわにし・ちあき氏
1989年山形大医学部,95年横市大大学院卒。日本精神神経学会認定専門医・指導医。米国カリフォルニア大サンディエゴ校客員研究員,清心会藤沢病院医員,スウェーデンカロリンスカ研究所客員研究員,横市大精神医学教室助教授,同健康増進科学教室教授などを経て2015年より現職。国際自殺予防学会日本代表委員,日本自殺予防学会常務理事,日本うつ病学会自殺対策委員会委員長など。

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