医学界新聞

寄稿

2015.09.07



【寄稿】

早期退院,自宅治療を実現する新しい感染症診療“OPAT”

馳 亮太(成田赤十字病院感染症科部長/亀田総合病院感染症科部長代理)


 OPAT(オーパット)とはOutpatient Parenteral Antimicrobial Therapyの略で,外来静注抗菌薬療法と訳されます。日本国内でも1日1回投与が可能な広域抗菌薬であるセフトリアキソンを使った外来点滴治療は頻繁に行われていますが,OPATという名称はあまり知られていません。海外の先進国で実施されているOPATは,単に外来で点滴抗菌薬を使用する行為ではなく,対象患者の選定,治療開始のための患者教育,治療中のモニタリング,治療後の経過観察までを含めた包括的な診療行為を指し,多くの場合,感染症科医,看護師,薬剤師から成る多職種チームがその運営を担当しています。

早期退院により,病床運用の効率化を図る

 私がOPATを初めて知ったのは8年前で,シンガポールのTan Tock Seng Hospitalを見学したときのことです。約1500床の病床を有し,シンガポールで2番目の大きさを誇るこの病院の中には,OPATセンターという部署があり,感染症科医と専属看護師が,次々と受診してくるOPAT患者の対応を手際よく行っていました。この病院では長期間の静注抗菌薬治療が必要な入院患者にPICC(末梢挿入型中心静脈カテーテル)を挿入し,準備が整った段階で入院治療からOPATに移行する仕組みが確立しています。年間約300人の患者にOPATを提供し,約6000床分の入院ベッドを節約していることを聞き,とても驚いたのを覚えています。私が勤務する亀田総合病院でも,入院ベッドが満床で救急患者の受け入れを断らなければならない事態が時折発生していたため,病院管理者と在宅医療部に相談し,臨床研究としてOPATのプロジェクトを実行してみることになりました。

 OPATのプロジェクトを開始するに当たり,私たちはオーストラリアやシンガポールで普及していた,携帯型ディスポーザブル注入ポンプを用いた持続静注投与法を採用することにしました。インフュージョンポンプ(写真)と呼ばれるこのボトルには,薬液を注入するバルーンがついており,持続的に薬液が排出される構造になっています。このポンプに1日分の抗菌薬を注入して持続静注投与することで,1日複数回の投与が必要な静注抗菌薬を,1日1回の交換だけで利用できるようになります。

写真 ❶持続静注投与に用いる携帯型ディスポーザブル注入ポンプ(インフュージョンポンプ)と❷OPATを受ける患者の様子。

 まず,多職種から成るプロジェクトチームを結成し,われわれ感染症科医が静注抗菌薬の長期投与が必要な患者を見つけ出します。患者の同意が得られた場合,入院中にPICCの挿入と退院後の指導を行い,OPATに移行する仕組みを作りました。例えば,メチシリン感受性黄色ブドウ球菌による化膿性椎体炎は,長期間の静注抗菌薬投与が必要な代表疾患です。それまではセファゾリンで6週間以上の入院治療を行っていたのが,入院2-3週間後にはセファゾリンを利用したOPATに移行し,退院することができるようになりました。プロジェクト開始後に実施した最初の10症例については,2014年5月に『感染症学雑誌』にて発表済みです1)

医療費削減,抗菌薬の適正使用にも期待

 プロジェクトを進める中で,遠方に住む患者さんや一人暮らしの患者さんは病院に毎日通院するのが困難で,OPATを導入しにくいという問題に直面しました。そこで2013年5月からは,地域の訪問看護ステーションと連携し,患者宅で看護師がポンプ交換を行うサービスを提供し始めました。これによって,自宅近くに訪問看護ステーションがあれば,通院が困難な患者さんであってもOPATを利用することができるようになりました。この訪問看護ステーションとの連携によるOPATに関しては,2015年9月20日発行の『感染症学雑誌』で報告予定です。

 亀田総合病院では,これまでに34人の患者さんに持続静注投与法を用いたOPAT(外来通院型OPAT:22人/訪問看護を利用したOPAT:12人)を提供し,薬剤性の白血球減少で中断した1人を除く,33人で治療を完遂しました。疾患別でみると,化膿性椎体炎を含めた骨髄炎が最多で,その他菌血症を伴った皮膚軟部組織感染,尿路感染症,感染性心内膜炎等,さまざまな疾患が対象となっています。起因菌別ではメチシリン感受性黄色ブドウ球菌が多く,使用抗菌薬はセファゾリンが最多で,次に多かったペニシリンGとあわせると全体の約7割を占めます。OPATの平均治療期間は14.3日で,これまでの総入院病床節約数は485(ベッド×日),医療費削減効果の推定額は約430万円にもなります。これらのデータに示されるように,持続静注投与法を用いたOPATは早期退院による自宅生活を患者に提供するだけなく,病床の効率的な運用,医療費削減および抗菌薬適正使用においても有用な方法であることが証明されています。

日本の実情に合ったOPATの提供体制構築を

 今後日本国内でOPATを広めるためには,いくつかの課題があります。制度的な問題としては,抗がん剤投与目的以外でのインフュージョンポンプの使用は保険収載されていないことが挙げられます。各抗菌薬の用法として,持続静注投与が承認されていないこともこの問題の一因です。次に,溶解後の抗菌薬の安定性に関するデータ収集です。訪問看護を用いたOPATを普及させるためには,自宅または訪問看護ステーションの冷蔵庫に混注後の薬剤を数日分保管しておく必要があるため,各抗菌薬の混注後の長期保存に関するデータの充実が望まれます。最後は,OPATに関する知識の普及です。もっとも,感染症的な診断と治療期間の目安が決まった段階で,初めてOPATの適応判断が可能になるので,まずは病院内の感染症疾患の診療体制を整えることが大切です。病院内にOPATの仕組みを整備することは抗菌薬適正使用にもつながりますし,感染症科医の新たな活躍の場になるのではないかと感じています。

 私はシンガポール以外にも,OPATを積極的に実施している複数の国の病院を訪問しましたが,OPATのスタイルは国によってさまざまです。例えば,英国ではコストへの配慮から,1日1回投与の静注抗菌薬を使ったOPATが主体で,さらに患者が自分で静注抗菌薬の投与を行うSelf OPATが普及しています。オーストラリアではHospital in the homeという名称が使われており,訪問看護師が患者宅を訪問するスタイルが主流です。また,オーストラリアやシンガポールでは,狭域スペクトラムの抗菌薬を使うために,インフュージョンポンプを積極的に利用しています。利便性,コスト,抗菌薬適正使用に対する考え方,国民性といったさまざまな影響を受けて各国独自のOPATが形作られているようです。

 日本の実情に合ったOPATのスタイルは現在も模索中ですが,超高齢社会,地域の隅々まで配置された訪問看護ステーションの存在を考えると,訪問看護を利用したOPATは潜在的な価値が大きいと感じています。また1日1回投与と持続静注投与を使い分けて,最適な抗菌薬を選択できるような体制を整えることも重要と考えています。

 昨年12月に香港のPrincess Margaret Hospitalで,香港感染症学会主催のOPATワークショップが開かれました。私も招待演者の一人として英国,シンガポール,香港の医師たちに混ざって,亀田総合病院でのOPATのプロジェクトについて発表しました。Princess Margaret Hospitalのチームは,私たちより約1年遅れでOPATのプロジェクトを開始しましたが,既に200人以上の患者にOPATを提供しています。この病院でのプロジェクトが大成功したことから,香港感染症学会と香港政府が香港内の別の病院でもOPATの開始を計画しており,知識の普及をめざして今回のワークショップを企画したそうです。香港には一歩リードされてしまいましたが,今後日本型のOPATが普及して,一人でも多くの患者さんに自宅で治療を受ける選択肢を提供し,また地域の効率的な病床運用と医療費削減に貢献できるよう,引き続き普及への努力を続けていきたいと思います。

参考文献
1)馳 亮太,他.本邦初の持続静注投与法を用いた外来静注抗菌薬療法(OPAT:Outpatient Parenteral Antimicrobial Therapy)に関する報告.感染症学雑誌.2014;88 (3):269-74.


はせ・りょうた氏
2005年金沢大医学部卒。手稲渓仁会病院に初期研修医,チーフレジデントとして勤務。亀田総合病院総合診療科後期研修,同感染症科フェローシップを経て,13年に感染症科医長,14年に部長代理に就任。13,15年には亀田総合病院のTeacher of the year awardを受賞。15年7月より同院から成田赤十字病院に出向。感染症科部長として感染症診療体制の構築と研修医教育に従事。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook