医学界新聞

寄稿

2015.04.20



【寄稿】

知っておきたい!
医療現場で起こり得る“もしも”の事態

木村 政義(兵庫医科大学病院臨床工学室主任)


 医療機器は,技術の進歩によって高度化を果たし,医療の質向上に大きく貢献しています。その一方で,機器の使用に伴う事故が存在していることも事実です。

 そうした事故の要因の一つに,ヒューマンエラーが挙げられます。どんなに細心の注意を払っていても人の能力には限界があり,エラーを完全になくすことはできません。そのため,最終的な安全の担保を人に頼らないシステム作りが,近年強く求められるようになってきました。ところが,医療機器に関して言えば,こうした人間工学的見地やフェイルセーフ・フールプルーフの概念がいまだ十分には浸透しておらず,ヒューマンエラーの要因が多く潜んでいる可能性を否定できません。

 医療機器の専門家である臨床工学技士は,臨床業務や機器の保守管理だけでなく,病院内のさまざまな安全管理に携わっています。例えば医療機器や医療材料を選定する際,性能やコストパフォーマンス以外に,ヒューマンエラーを誘引する要素が潜んでいないかを検証し,より安全性の高い医療機器・医療材料の導入を図ることも重要な業務の一つです。

 本稿では,病院の安全管理に広くかかわる臨床工学技士の立場から,実際にどのような事故が起こり得るのか,またそれに備えてどのようなことを確認しておけばよいのかを示していきたいと思います。

医療機器は突然停止する

 医療機器にはさまざまな電子部品が使用されていますが,部品に静電気ノイズや電源からのパルスノイズなどが混入すると,機器が誤動作を起こすことをご存じでしょうか。生じた誤動作が患者さんに大きな影響を及ぼすようなものであれば,医療機器はリセット機能によって停止するよう設計されています。高度な医療機器になればなるほど多くの電子部品が使用されていますから,停止する可能性はそれだけ高くなると言えるでしょう。

 したがって,重要な機器を使用するときには,万が一に備え,すぐにバックアップが取れるような対策を講じておかなければなりません。例えば人工呼吸器を使用するのであれば,常にバッグバルブマスクなどの手動換気装置をそばに置き,すぐに使用できるようにしておくことが必要です。

 また,機器の故障の可能性を低く保つことも大切です。そのため,機器の定期的な保守点検は臨床工学技士の基本的な業務です。それと同時に,機器を使用する全ての医療スタッフに対して,使用前の点検方法や使用中のチェックポイント,トラブル発生時の対応方法などを周知するための研修を実施しています。病院の管理者や責任者には,こうした保守点検や研修が確実に実施されていることを確認し,安全管理を担保することが義務付けられています(註1)。

 しかしながら,機器の使用時間が長く台数にも余裕がないために点検時間を確保できない,人員に余裕がなく臨床業務に忙殺されて点検業務にまで手が回らない,研修への参加に協力的ではない医療職がいる,といった話を耳にするのが現状です。医療機器の故障や不適切な使用は患者さんにとって不利益となるものですから,施設全体で安全管理の重要性を共有し,点検や研修の体制を整えていくことが求められます。

停電や漏電が発生したときに慌てないために

 次に,停電や断水など非常事態が発生した場合の病院設備について解説します。

(1)ブレーカーの遮断の発生
 電源コンセントにはブレーカーが備えられており,漏電が生じたり使用許容量を超えたりするとブレーカーが遮断されてしまいます。そうなると,そこに接続されている機器も当然停止します。そのため,集中治療室や手術室といった重要な医療機器を使用する場面が多い医用室に備えられているのが,非接地配線方式(アイソレーションシステム)です。この方式の回路では,漏電が生じてもブレーカーは遮断されず,アラームの作動により漏電の発生を知らせます。また,電気使用量が増加した場合もブレーカーの遮断前にアラームが作動します。

 ただし,全ての電源コンセントがこの方式をとっているわけではないので,重要な機器を使用する際は,非接地配線方式のコンセントに接続するよう注意してください。

(2)停電の発生
 自家発電装置(非常電源設備)を備えている施設であれば,停電発生後40秒以内にバックアップによる送電が開始されます()。発電コンセントと呼ばれる自家発電装置につながっているコンセントには色(赤色など)がついており,それ以外の一般コンセント(白色)とは簡単に区別することができます。しかし,自家発電装置は重油を燃料とするため,燃料がある限りは作動しますが,電気の使用許容量を超えれば停止してしまいます。したがって,発電コンセントの使用は必要最低限にとどめる必要があり,接続する機器を事前にきちんと決めておかなくてはいけません。

 病院で使用される各種電源1)

(3)医療ガスの供給停止
 酸素の供給に関しては電気が使用されていないため,停電などが発生しても影響はありません。一方,吸引や空気の供給には,電動ポンプ(自家発電装置に接続)が使用されています。そのため,停電後直ちに停止する心配はありませんが,自家発電装置が燃料不足や電気使用許容量超過により機能しなくなれば,吸引や空気の供給も停止します(註2)。

(4)断水の発生
 吸引の供給は,吸引ポンプに水封入式ポンプ(作動に水が必要なポンプ)が使用されていることが多いので,断水の発生にも注意が必要になります。

 (3),(4)で述べた医療ガスは,供給圧力が低下すると各部署に設置されている医療ガス圧力監視盤アラームが作動するようになっています。アラームが作動した際にどのようにバックアップ体制を整え,どのような行動を取るべきなのか,対応手順を各自把握しておくことが重要です。

 

 以前は,日本では停電など発生しないだろうという風潮がありました。ところが,原子力発電所の停止による電力不足が指摘されるなど,停電発生のリスクは高まっています。仮に電力不足の心配がなくても,落雷や送電設備の故障によって突然停電が発生する可能性は否定できませんし,医療ガス・水の供給についても確実な保障はありません。非常事態が発生してから慌てることがないよう,自施設の電気やガスの供給体制について,ぜひ一度確認してみてください。

非医療職との橋渡しとなる

 臨床工学技士養成課程の専門分野における医用安全管理学の割合は約20%を占め,臨床工学技士は医療安全に対する関心が非常に高い職種と言えます。臨床工学技士は,人工透析室・手術室・心カテ室・集中治療室など,さまざまな部署で業務を行っており,各現場の状況をよく理解することができます。この特徴を生かし,各部署の医療職とそれ以外の非医療職の方々との橋渡しの役割を担うことができると考えます。

 各部署の医療スタッフと事務職員との間,または医療スタッフと電気・医療ガス専門技術者との間をつなぐことで,コミュニケーションエラーの少ない,円滑な安全管理を進めていくことが期待されます。医師・看護師の医療機器に対する負担軽減2)のために,皆さんの病院にいる臨床工学技士を医療機器管理に関連する業務のみならず,より積極的に医療安全に活用してみてはいかがでしょうか。安全な医療環境の構築に貢献できるのではないかと思います。

註1:病院等の管理者は医療法の規定により,医療機器の安全使用のための責任者(医療機器安全管理責任者)を配置することが義務付けられている。
註2:液化酸素と液化窒素を気化させて混合する合成空気(人工空気)は,電気を使用する必要がないため,停電が発生しても供給は停止しない。

参考URL
1)日本規格協会.JIS T 1022:2006 病院電気設備の安全基準.
2)厚労省医政局長通知.「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について」(平成19年12月28日付医政発1228001号).
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000025aq3-att/2r98520000025axw.pdf


木村政義氏
1991年大阪ハイテクノロジー専門学校臨床工学技士科卒。臨床工学技士として人工透析室・手術室・集中治療室等で業務を行う。2013年経営学修士取得。臨床工学技士のマネジメントの他,院内の物流センター・医療安全管理部を兼務し,より効果的な物品の導入検討や医療機器の安全管理に取り組んでいる。

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