医学界新聞

レジデントのための「医療の質」向上委員会

現場で有効な医療を行うには?

連載 小西竜太

2015.04.13 週刊医学界新聞(レジデント号):第3121号より

 現場で有効な,質の高い医療を提供するには,有効性を発揮できる環境を整えるためのマネジメントスキルを向上させる必要があります。今回は事例を基に,その実践方法を紹介します。

当直中に,転倒による頭部外傷で54歳女性が救急外来に搬送された。意識消失や健忘症状はなく,意識レベルはGCS15点で,後頭部の擦過傷以外に身体診察,神経学的診察で異常所見は認めなかった。外科当直の上級医は頭部CTのオーダーを指示していたが,あなたはCT検査の必要性について疑問を持った。

 CT検査技師から30分待ちと言われたので,あなたはその間にUpToDate®とDynaMedにアクセスして“Head Injury”を検索しました。

 米国救急医学会などの複数のガイドライン,Canadian CT Head RuleやNew Orleans CriteriaなどのClinical Prediction Ruleを確認したところ,内容には若干の違いがあるものの,この患者にCT検査をする必要性は少なそうでした。さらに詳しいエビデンスを探すため,PubMedのClinical Queries機能を用いて,Clinical Study CategoriesのDiagnosisカテゴリーで,「10年以内」「English」「Core clinical journals」「Adult:19+ years」と検索範囲を絞ったところ,Clinical Prediction Ruleの外的妥当性を検討した論文1)がヒットしました。いくつかのLimitationがあるものの,必要な症例のみCT検査した場合と全症例で検査した場合を比較すると,脳外科的な治療介入が必要な患者の感度はいずれも100%でした。一方で検査を絞ることで,治療介入の必要がない病変を見逃してしまう可能性も明らかになりました。

 論文や二次資料から「このケースではCT検査は必要ではない」というアセスメントを持ちましたが,オーダーを指示した上級医を説得しなければなりません。どうしましょう。

 私が考える上級医との付き合いで大事なことの一つに,“メンツをつぶさないこと”があります。というのも上級医との間に禍根を残してしまうと,コンサルテーションした患者のアセスメントやケアの意思決定にも影響が出る可能性があるからです。有効性のある医療を行うには,CT検査を習慣的に行う上級医に対してエビデンスを披露して論破するのではなく,穏便に納得してもらうための戦略を立てるべきです。

 ハーバード大学交渉学研究所で開発された原則立脚型交渉術2)の4原則,(1)人と問題を分離する,(2)立場でなく利害に焦点を合わせる,(3)お互いの利益に配慮した複数の選択肢を考える,(4)客観的基準を強調する,を基に,このケースでは,(1)「上級医がエビデンスを知らないこと」と,「この患者にCT検査をするかどうか」の問題を分離する,(2)CTによる患者のメリット・デメリット(臨床,コスト,時間など)を重視する,(3)CT検査しなかった場合に頭部外傷の説明書を渡し,フォロー外来を予約するなどのオプションを考える,(4)Clinical Prediction Ruleなどの客観的基準を提示する,を土台にして話を進めることにしました。

 その後も何度か同様のケースを経験し,軽症頭部外傷患者に対する過剰なCT 検査が実施されている現状に気付きました。他の研修医も,上級医によってCT 適応にバラツキがあることや検査の有効性,効率性に疑問を持っているようでした。

 このような場合,個々の医師と現場でディスカッションするよりも,組織的に「診療プロトコール」を作るほうが,より効率的に標準的医療を浸透させることができます。そこであなたは研修医代表として,救急外来初療を行う研修医向けの当直診療マニュアルを作成するという名目で,頭部外傷のリスク因子評価とCT 施行ルールを作成するプロジェクトを立ち上げることにしました。

 とはいえ,個人的な経験や疑問などの主観的理由では,さまざまな関係者を巻き込むプロジェクトの原動力にはなりません。組織的な問題を解決しなくてはならないという大義名分に昇華するには,客観的な基準に沿った理由を一緒に示す必要があります。

 あなたは,調べた論文や二次資料に示されている条件を参考に,過去4 か月の間に救急外来を受診した頭部外傷患者を抽出して,年齢,性別,来院時GCS,症状,受傷機転,骨折,CT 検査と所見,治療介入や入院,予期しない再受診の有無,救急室滞在時間,診療科などをリスト化しました。すると,GCS15点の患者群で解析した結果,一般外科の医師が当直に入った場合はCT 検査が全症例で実施され,逆に脳外科や救急科の医師の場合はCT 検査が選択的に行われ,所見陽性率も高く,救急室平均滞在時間も短い傾向が明らかになりました。また非実施群で,予期しない再受診はありませんでした。

 このように,客観的にもマニュアルの必要性が確認されたため,プロジェクトを正式に発足できました。

 プロジェクトを進める際には,次の2つの方法論を取り入れることが成功の鍵になります。

 1つ目はステークホルダー(利害関係者)分析です。プロジェクトに賛成・反対したり,大きな影響を与える人物は誰か。各関係者の利害について,プロジェクト開始前に調査・特定します3)

 今回のステークホルダーは,臨床研修管理者,医療安全管理者,外科医,脳外科医,救急科医,放射線科医,研修医,救急室看護師,医事担当事務でした。中でも外科医と脳外科医,放射線科医が重要で,外科医は頭部外傷は不安なので全症例CTを撮影したい,脳外科医はCT検査の適応は考慮するべきだが検査の閾値を上げたくない,放射線科医は不必要な検査を減らしたいと,利害が分かれていました。

 そこで,EBMに基づく診療の有効性や効率性,病院で求められる診療面での安全性を考慮した上で,研修医へ標準的診療を教育するという目的を再確認して,プロジェクトメンバーに各診療科の研修担当医師を入れることにしました。

 プロジェクトでの決定を組織全体の決定事項にするためには,プレゼンテーションを戦略的にデザインし,関係者への説得工作をすることも必要です。プロジェクトが始まる前に,各医師にCT検査に関する一般的なガイドラインと当院でのデータを詳細にプレゼンテーションし,研修医としての想いを伝えました。

 2つ目に取り入れるべき方法論はPDCAサイクル。Plan(計画),Do(実行),Check(評価),Act(改善)の順に,目標に向けて業務やプロジェクトを継続的に評価,改善,実行していく管理方法です4)

 今回は「不必要なCT検査実施の減少」を目標に,ステークホルダー間で調整した診療プロトコールを作り,外科当直を担当する上級医や研修医へのレクチャーを実施して,新しいマニュアルの下で診療を行いました。継続的に実施率や予期しない再受診率などの評価を行い,見逃し症例など改善すべき事項があれば,プロトコールを修正しました。さらに病状説明のパンフレットを充実させ,ロールプレイを行って,患者に不安を持たせない取り組みを追加しました。こうした取り組みにより,不必要な検査が減ったという成功体験がデータに示されるだけでなく,各医療従事者が実感するようになり,プロジェクトの目標達成というゴールを超えて,新しいプロトコールが組織全体に浸透していきました。

 「医学」研究で証明されている有効性の高いエビデンスを「医療」現場に応用するには,声高にEBMを叫ぶだけではうまくいかないことがあります。マネジメント手法やノンテクニカルスキルを学び,多くの人を巻き込んで戦略を立てること,それが組織全体に有効な医療を浸透させるために効率的な方法と言えます。

▶ 医学で示された有効性を発揮するには環境や条件を整える必要がある

▶ 互いが納得して医療を行えるように交渉する

▶ 個人的な試みではなく,プロジェクトとすることで行動の変化,改善を図る


1)JAMA. 2005 [PMID: 16189365]
2)R・フィッシャー,他.金山宣夫,他 編訳.ハーバード流交渉術.三笠書房;1990.
3)Tool 1B: Stakeholder Analysis. Agency for Healthcare Research and Quality.
4)How to Improve. Institute for Healthcare Improvement.

関東労災病院救急総合診療科副部長・経営戦略室長

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