医学界新聞

寄稿

2015.04.13



【寄稿】

家庭医療先進国キューバ研修報告

渡邉 聡子(福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座)
森 冬人(福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座)
児玉 久仁子(福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座)
藤原 学(国保梼原病院(現 かしま病院総合診療科))
葛西 龍樹(福島県立医科大学 地域・家庭医療学講座)


 2015年1月31日,著者らは街角にサルサとジャズが溢れるキューバのハバナに到着し,1週間の研修が始まった。当講座では例年,初年度の後期研修医・大学院生と新任教官を対象に家庭医療先進国研修ツアーを行っている。WONCA(世界家庭医機構)前会長Richard Roberts教授の紹介で,2013年9月に葛西が当地に初訪問して親交を深めたNiurka Taureaux Díazハバナ医大家庭医療学講座主任准教授の他,今回はLilia González Cardenasキューバ家庭医学会会長と公衆衛生省もホストに加わった。本稿では,私たちが現場で見聞したキューバの成熟したプライマリ・ケアシステムを報告する。

家庭医中心の顔が見える連携

 キューバは人口1126万人と日本の約10分の1,国土は日本の約3分の1,1人当たりGDPは日本人の約6分の1の開発途上国である。しかし2012年の世界保健統計では平均寿命が男性77歳,女性81歳,乳児死亡率は出生千人当たり4.2人(日本2.2人)と健康指標は決して悪くなく,人口10万人当たりの医師数は750人と日本より3倍以上多い。社会主義国のため国民は所得分与が均等で,日本のように「医師は高給取り」という社会的イメージはない。医療も教育も現場での国民の自己負担は全て無料で,社会的差別もないことが憲法により保障されている。

 プライマリ・ケアはコンサルトリオ(家庭医・看護師各1人がペアで働く診療所)とポリクリニコ(総合診療所)がチームで担当している。コンサルトリオは380世帯,約1200人の地域ごとに1か所,ポリクリニコはコンサルトリオ約20か所につき1か所整備されている。

 コンサルトリオには医療機器はほとんどなく,身体診察や面接を中心に行う。今回訪問したハバナに限らずキューバ全土において,担当地域の全住民を対象に家族単位で健康増進・予防を中心としたプライマリ・ケアを提供している。診療録は個人用と家族用の2種類あり,後者には病歴の他,経済状況,家族関係,生活環境の評価も記載されていた。25-60歳女性が3年ごとに定期受診する子宮がん検診や受診が義務付けられている各種予防接種の担当地域での受診状況・結果を全てデータ管理し,未受診者がいる家庭には家庭医や看護師が訪問して受診・接種を促していた。待合室には乳がん自己検診やうがい・手洗いなどのセルフケア教育,担当地域の人口動態や罹患状況,国家が負担している医療費などが掲示され,国や地域レベルでの医療情勢を地域住民に周知していた。疾患の有無に関係なく全ての家庭に年2回ほど訪問を行い,装飾品などを見て生活状況を確認したり,水回りなど居住環境の衛生指導も行ったりしていた。

 ポリクリニコでは家庭医,各科専門医,歯科医,臨床心理士,ソーシャルワーカー,理学療法士・作業療法士などによる外来診療・相談・訓練が提供され,無床ではあるが生理機能検査やX線検査など,日本の小規模病院程度の設備を備えている。24時間対応の救急室があるだけでなく,鍼灸や電気療法など統合医療部門もあった。

 キューバには2013年現在3万7761人の家庭医がいる。彼らは自分のコンサルトリオをベースにしつつ,ポリクリニコだけでなく,精神発達遅滞のある患者の療育,高齢者ケア,中等度リスクまでの妊婦ケアなどのセンターへも足を運び,各施設の診療・教育・管理運営において中心的な役割を果たしている。専門特化した大学病院・高次医療研究施設などの高次機関との連携も家庭医が主体となって行い,互いの顔が見える規模を維持しつつ,全地域住民を対象とした包括的なプライマリ・ケアシステムを構築している()。

 キューバのプライマリ・ケアシステム(クリックで拡大)

 プライマリ・ケアと2次・3次ケア(病院)は,家庭医を通じて双方向的かつ円滑に患者情報を共有していた。例えば,コンサルトリオの家庭医は業務時間内に紹介先に出向き,情報収集・伝達を直接行う。高次医療機関でも速やかに家族や生活背景を把握でき,家庭医も退院後の治療計画が立てやすい。早期退院からのシームレスな「家庭入院」への切り替えが可能になっている。「家庭入院」とは家庭医・看護師が退院後に毎日回診訪問する在宅ケアで,患者が安全に安心して日常生活に適応できるようコンサルトリオが中心となり支援をしている。心理社会的問題を抱えた家族には,家庭医からポリクリニコのソーシャルワーカーや臨床心理士へ協力要請がなされ,多職種協働・連携でケアが提供される。ポリクリニコの多職種は誰でも訪問ができ,多角的な視点と専門性を生かして家庭医と協働していた。

地域密着で「care」を重視

 大学を卒業したキューバの医師・看護師は,家庭医療の研修の後も約75%が地域で働く。医師は,6年間の大学教育を終えて医師免許を取得した後,約90%が3年間家庭医療の研修を受ける。その後希望者(約25%)のみが他の専門科を選択し,それ以外の全ての医師は家庭医を専門とする。看護教育は5年間の大学教育に一元化されている。多くの看護師はその後地域で働くが,地域・家族ケアの専門看護師はさらに3年間の専門教育を受けていた。

 医師・看護師共に教育はOJT重視であり,学生や研修医はコンサルトリオやポリクリニコで診療助手をしながら学んでいた。ポリクリニコ内には講義室や学生図書室があり,自由に学ぶ環境が整えられていた。

 教科書となるキューバ家庭医学会要網1)は「倫理に配慮して質の高い包括的な家庭医療を実践するには,医療側の都合ではなく,チームワークを重視し,患者・家族の行動を促し健康増進を図る。不要なものは行わないのも大事なケア」と説いている。例えば,独居高齢世帯であれば,住み慣れた住居に残ることを尊重しつつ,孤独に伴う病気の予防のため,早期の段階で地域のデイサービスと連携をとり,安心して日常生活が送れる環境調整を行っていた。コンサルトリオの家庭医は,高齢者のADL低下予防に太極拳を指導しており,キューバの広場では住民が太極拳を楽しむ姿が見られた。また,症状によっては薬草や鍼灸など非薬物治療を積極的に取り入れるなど,いわゆる「treatment」 ではなく「care」を重視した介入がなされていた。

 私たちは研修中,ハバナ医大で家庭医・専門看護師をめざす研修医・看護師とも交流できた。ある研修医に「なぜこの分野を選択したのか」と質問すると,「キューバでは家庭医として地域で働くのが医師として一般的。家庭医になるのが子どものころからの夢だった」と明るく答えてくれた。キューバでは保健医療の最も基本的かつ重要なプレイヤーとして家庭医が根付いていることを実感した。

 また,訪問の先々で女性医師の活躍を見ることができた。産休や育休は社会的に保障されている。家庭医が「care」を行う割合が多いので,女性としての優れた資質を生かせることもあり,全家庭医の約半数が女性だという。

写真 ハバナ医大家庭医療学講座の仲間たち

キューバ研修ツアーを終えて

 キューバの国民一人当たりの医療費は日本の約7分の1と驚くほど少ない。日本よりかなり限られた経済・医療資源の中で,優れた費用対効果と円滑な連携に基づくプライマリ・ケアシステムを稼働させ国民の健康を守っていることを,私たちは研修を通じて学んだ。

 福島で家庭医療に従事する私たちには,患者中心の医療と家族志向ケアの推進や救急医療での地域連携でまだ十分に成果が出せず,多くの葛藤がある。困難な事業でも明るく取り組むキューバの家庭医に学び,患者・家族・地域と,労苦だけでなく喜びも共有しながら難題解決に取り組みたいと思った。

「逆転の発想」で費用対効果の高い医療を実現

葛西 龍樹(福島県立医科大学医学部 地域・家庭医療学講座主任教授)

 WONCA現会長のMichael Kidd教授は,2014年キューバを訪問した手記の中で,「キューバは小さな島国だが,プライマリ・ケアを基盤とした医療制度は多くの富める国々がうらやんでいる」と書いている註)。日本では,「医療の質を高めるには資金を投入することが当たり前。お金をかけない医療は質が低い」という考えが広まっているが,キューバでは驚くべき費用対効果を達成してきた。それを支えるのは医師の90%が家庭医(総合診療専門医)の専門教育を受けるという「逆転の発想」とも言うべき教育制度だ。キューバの家庭医の起源は,国民の健康と満足のために「異なった医師=新しい専門医」の養成をフィデル・カストロ議長が宣言したところから始まる。1963年にポリクリニコ設立,1973年に子ども・女性・高齢者のための包括ケア開始,それらを基に1986年に家庭医と看護師がペアで全住民をカバーするプログラム(FDNP)1)が導入された。FDNPの成功によって国民の健康指標が向上したため,さらにその後も国民医療制度(NHS)の整備が続き,2010年の公衆衛生省の重点化政策によってさらに国民のニーズに応える改革を続けている。さらに,国民だけでなく,国際協力としても海外への災害時医療団の派遣はもとより,ラテンアメリカ医大を立ち上げて周辺諸国から医学生を受け入れたり,国外で視覚障害を持つ人450万人を対象とした眼科手術プロジェクトを立ち上げたりするなど積極的な国際貢献を行っている。

註)Kidd M. From the President: Lesson from Cuba and Canada. Wonca Global Family Doctor, February 2015.

参考文献
1)Sociedad Cubana de Medicina Familiar. Family Doctor and Nurse Programme. 2014.

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook