医学界新聞

インタビュー

2015.03.16



【interview】

「日本医療研究開発機構」始動
果敢に改革に挑み,研究開発の最適化をめざす

末松 誠氏(慶應義塾大学医学部長・医化学教室教授/独立行政法人日本医療研究開発機構理事長予定者)に聞く


 日本医療研究開発機構(以下,AMED;MEMO)が2015年4月1日に設立され,文科省・厚労省・経産省の三省の予算を集約し,医療分野の研究開発業務が一元化されることとなった。これにより,基礎研究から実用化までの一貫した研究支援・マネジメントを行い,研究開発の最適化をめざすのがAMED設立の狙いだ。本紙では,AMEDの初代理事長予定者である末松氏に,日本の医療分野の研究開発の現状や課題,今後の展望,そして改革に向けた意気込みを聞いた。


――ご就任にあたり,どのようなお気持ちでしょうか。

末松 昨年の10月31日に「理事長となるべき者」という辞令を内閣官房長官からいただき,その直後から約50人体制でAMEDの設立準備室が動いています。理事長としての任期は中長期目標期間の末日までなので,その中で可及的速やかに制度改革に取り組んでいくつもりです。

――研究の最前線にいらっしゃる先生が,研究の現場を離れるというのは非常に大きな決断だったのではないでしょうか。

末松 研究者としてやるべきことはまだまだたくさんあって,そこからいったん手を引くことは,確かに断腸の思いでした。ですが,一個人が研究者としてできることと,今回与えられたミッション,社会的な重要性や優先度を考えたら,医療人の一人としてお引き受けするのは当然のことです。私にとってはまったく未知の領域でのチャレンジになりますが,ゼロからやっていく価値のある仕事だと感じています。

2つの重点課題“創薬”と“医療機器開発”

――さまざまな課題があるかと思いますが,優先的に取り組むべき事項を教えてください。

末松 特に,創薬と医療機器の開発は重要な課題になってくるでしょう。

 まず創薬に関して言えば,日本ではドラッグ・ラグの問題が以前から取り上げられてきました。このうち審査過程の遅延については,近藤達也理事長を筆頭とする医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency;PMDA)の努力によって,ほぼ解消されたと言えます。一方で,基礎研究で発見された有望なシーズを実用化につなげていくまでの過程には,依然として開発ラグが存在しています。その後の審査にかかる時間が短縮されても,開発の段階がボトルネックのままでは,ドラッグ・ラグの根本解決にはなりません。ですから,今後いかにして開発ラグを短縮していくかが私たちの課題です。

――医療機器も創薬同様に,開発ラグの解消がポイントになるのでしょうか。

末松 創薬は研究者側の意向を基に開発が始まるのに対し,医療機器は現場のニーズが基になる。研究開発の出発点が逆なのですね。ですから,現場のニーズをいかに拾い上げるか,そのニーズをどのように開発に生かしていくかというところがポイントになるでしょう。そして作成したプロトタイプが現場でうまく機能するかどうか,トライ&エラーを繰り返し,改良を重ねていくプロセスも重要です。

――両者で支援のアプローチを変えていく必要があるのですね。

末松 その通りです。さらに医療機器の場合は,“モノ”だけではなく,その機器を使いこなす“ヒト”がいて初めて価値が創出されます。今後日本の医療機器を国内外へ広めていくためには,単に高性能な機器を開発するだけでは不十分です。各国の薬事承認のプロセスを精査して開発過程に反映させるとともに,機器を使う医療者を育成する仕組みまでをパッケージ化して提供する必要があるのではないでしょうか。医療機器はこれまで経産省の管轄でしたが,三省の業務が一体となることで,こうした支援が可能になると思っています。

R&Dのスピードを最大化する

――三省の研究開発予算も一元管理されることで,より適正かつ有効に,研究費を使用できるようになるのではないでしょうか。

末松 研究費の有効利用はぜひとも実現したいところです。例えば現行の制度では,ある医療研究のプロジェクトで獲得した研究費で機器を購入した場合,同じ研究室で行われている別のプロジェクトでその機器を使用すると,プロジェクト間での機器の他用途使用ということになってしまう。それでは困るし,効率もよくありませんよね。

 こういった障害を少なくするために制度改革が必要なのであれば,細部まで思いきりこだわって改革していくつもりです。なぜなら,R&D(Research and Development)のスピードを最大化することは,開発の成果を患者さんに一刻も早く届けることとほぼ同義だからです。

――現在は省ごとでバラバラになっている研究費の申請フォーマットも,改善されるのでしょうか。

末松 改善が必要ですが,やみくもに統一する必要はありません。研究が円滑に進むようにするためには,基礎研究,橋渡し研究,臨床研究の各段階にあった要件を満たしているかどうかのチェックのほうが,実際の申請の効率化には重要だからです。

 例えば臨床研究であれば,薬事承認を取るための要件を満たしているかどうかを申請書の提出段階で確認しなければいけませんよね。R&Dの時間軸に応じて最適なフォーマットにしていきたいと考えています。

――そうすれば必要事項の見落としが減り,申請後に追加研究が必要になるような事態も避けられますね。

末松 はい。また,これには別の利点もあります。臨床研究の場合,フォーマットが世界標準で統一されていれば,研究段階ごとに全ての申請内容をデータベース化することができます。そうすると,日本で今行われている医療研究開発のパイプラインを一望できるばかりでなく,国外のものとの比較対照が可能になるので,それらのデータを基に企業側が研究開発に参入しやすくなり,実用化の促進にもつながります。この産学の橋渡しとなる部分のコミュニケーションをうまく刺激し,産業化につなげていくことも私たちの重要な役割です。日本はアカデミア発の創薬が非常に有望なので,そこで生まれたシーズを日本の製薬会社がうまく製品に結び付けられるようバックアップしていければ,と考えています。

――申請内容の評価はどのように行われるのでしょうか。

末松 これまでと同様,レフリーによるpeer review方式を基に研究費の配分を決定していきますが,多くの優秀なレフリーを研究段階ごとに擁する,より強力なシステムの構築をめざしています。

 現在のレフリーには,医療全体を広く俯瞰し,大局的な見地から研究を評価することに長けているシニアの先生方が多い。今後はそうした経験豊富な先生方に加え,特定の分野を専門とする若手研究者にもレフリーとして加わっていただきたいと考えています。彼らは今後の研究を担っていく世代ですから,10年後,20年後を視野に入れ,“他者の評価ができる”資質も身につけてもらいたいのです。

――若手研究者が自ら進んでレフリーに参画するでしょうか。

末松 まだ詳細は明らかにできませんが,レフリーとしての経験が彼らのキャリアパスや,研究そのものにメリットになるような仕組みを構築したいと考えています。日本には優秀な若手研究者がたくさんいます。彼らにもっと貢献してもらうための環境整備に関しては,いろいろな取り組みが必要だと考えています。

縦横連携によってR&Dの推進をめざす

――医学部長時代に取り組まれた改革では,どのような部分に一番注力されましたか。

末松 縦割りになっている組織間のハードルをいかに低くするかという点です。医学部の場合だと診療科や教室がこの縦割り組織に該当しますが,これからは“医師がそれぞれの診療科の枠を越えて,患者さんを診ていく”ことが大切になるだろうという思いがあり,クラスター部門という分野横断型の組織をいくつか立ち上げました。

 一例としては,「百寿総合研究センター」があります。超高齢社会を迎えた今,高齢者を診療する機会はほぼ全ての診療科でありますよね。ところが高齢者の臨床データはあまり蓄積されておらず,彼らの健康を支えていくための知識基盤は十分とは言い難い。そこでまず,高齢者のデータを各診療科から集め,基礎系の研究部門とも連携し,包括的に老年医学研究に取り組むことができる拠点を作ったのです。

――そういった取り組みは,今後の改革にも生かせそうですね。

末松 日本全体の医療のR&Dと大学の医学部ではスケールが違いますから,一概に同じとは言えませんが,AMEDでも縦割りの組織同士をつなぐような横糸の組織を作っていきたいと考えています。

 AMEDには管理部門,支援部門,事業部門の3部門があり,事業部門はさらに6つの事業部からなります。事業部門では7つのプロジェクトを包含する戦略推進部が中心となり,他の5事業部とうまく連携しながらR&Dの推進・支援を行っていく予定です()。

 AMED事業部門の組織体制1)
7プロジェクトを包含する戦略推進部が,他の5事業部との「縦横連携」によってMedical R&Dの全体最適化をめざす。

希少疾患・未診断疾患にも注目

――その中で,どのような研究テーマに力を入れていくご予定ですか。

末松 AMEDでは,患者さんに寄り添い,生命・生活・人生という3つの“Life”を支える医療を提供することを,重要なミッションとして位置付けています。

 大きなプロジェクトや息の長い疫学研究も重要ですが,企業の投資が十分とは言えない領域や,患者数の少ない希少疾患,病気の原因がわからずに苦しんでいる未診断の疾患をお持ちの患者さん(Undiagnosed Patient)などにも光を当てていきたいと思います。

――未診断の患者さんに関する研究には,どのようなアプローチがあるのでしょうか。

末松 慶大で作ったもう一つのクラスター部門に「臨床遺伝学センター」があります。臨床遺伝学では,希少難病の解析や出生前診断だけでなく,各疾患の個人差や未診断疾患を対象にすることもできるので,アプローチ方法の一つになるという期待があります。

 実は2008年から,米国国立衛生研究所(National Institutes of Health;NIH)が未診断疾患プログラム(Undiagnosed Diseases Program;UDP)を開始し,一定の基準を満たした,診断の難しいまれな症状を抱える患者さんにエクソーム解析を実施しました。その結果,25%の方が新しい遺伝病だということが判明しました2,3)。つまり,まだ現場からすくい上げきれていない疾患が,多く存在している現状があるということです。

――そんなに多くの疾患が新たに発見されたというのは驚きです。

末松 いわゆる難病と呼ばれる,こうした疾患の出現頻度は5万人に1人以下の確率です。当然日本だけで対応していくことは難しいので,世界規模で全数を把握した上で治療法などを研究していく必要がある。AMEDの国際事業部ではそうした連携も進めていこうと思っています。

 そのときに国内で重要になるのが,開業医の方々との連携を強めていくことです。今まで日本の医療研究は,大学や国の研究所が中心でした。もちろんそれも重要ですが,開業医の方々は毎日多くの患者さんを診ていますから,希少疾患や未診断疾患で苦しんでいる患者さんに出会うこともあるはずです。そうした現場の情報をしっかりと拾い上げ,研究対象として調べる。そしてその成果を,現場にきちんと還元するというサイクルをうまく作っていきたいですね。

――AMEDの設立により,日本の医療研究も大きく変わりそうですね。

末松 AMEDそのものは病院や研究所を持ちません。ですから,あくまでも医療のR&Dの主役は日本全国の病院や,医療機関の医師をはじめとする医療や生命科学の研究者の方々であって,私たちのfunding agency()としての仕事はそれを全力で支援していくことです。

 医療研究は日々進歩していて,歩みを止めるとあっという間に取り残されてしまいます。他の国の開発速度もますます加速しているので,その中で日本も負けずに発展していくためには進化し続けていく必要があります。

――現状に甘んじていてはいけない,と。

末松 はい。私の座右の銘に,「進まざる者は必ず退き,退かざる者は必ず進む」(『学問のすゝめ』)という福沢諭吉の言葉があります。前に進もうとしなければ必ず後退するし,挑戦を続けていれば進んでいくことができる。その場にとどまることはできないのだ,という意味ですね。今回はまさに立ち止まっていてはいけない,大変責任の大きい仕事です。目の前の課題に臆することなく挑戦し,R&Dの最適化に向け,常に前進していきたいと思います。

MEMO 日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development;AMED)

 医療分野における,基礎研究から実用化に至るプロセスの一貫的な支援や環境整備を行い,そこで得られた成果の円滑な実用化を推進することを目的とした独立行政法人。「健康・医療戦略推進本部」(2014年6月,内閣に設置)が作成する医療分野研究開発推進計画に基づき健康長寿社会の形成をめざす。これまで文科省・厚労省・経産省がそれぞれ実施してきた医療分野の研究開発に係るファンディング機能や創薬支援業務を集約し,一元的な研究管理を行う。

(了)

註:公募により優れた研究開発課題を選定し,研究資金を配分する機関を指し,競争的研究資金配分機関とも呼ばれる。

参考文献
1)末松誠.日本医療研究開発機構のミッションと課題――公的負担を担い,国民に還元するために.健康・医療戦略参与会合資料.2014.
 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/sanyokaigou/dai9/siryou5.pdf
2)Genet Med. 2015[PMID: 25590979]
3)http://www.thelancet.com/pdfs/journals/lancet/PIIS0140-6736(12)61392-0.pdf


末松誠氏
1983年慶大医学部卒後,同大内科学教室に入局。91年米カリフォルニア大サンディエゴ校応用生体医工学部留学。92年に慶大にて医学博士号を取得し,96年同大助教授(医化学教室),2001年同大教授。07年より現職。文科省グローバルCOEプログラム「In vivo ヒト代謝システム生物学拠点」の拠点リーダー,科学技術振興機構,戦略的創造研究推進事業(ERATO)「末松ガスバイオロジープロジェクト」の研究総括を務める。本年4月に発足する日本医療研究開発機構の理事長予定者。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook