医学界新聞

寄稿

2015.02.23



【寄稿】

すべての子どもに優しさが届く社会を

中板 育美(日本看護協会常任理事/「健やか親子21」の最終評価等に関する検討会委員)


 「健やか親子21(第2次)」は,10年後までに母子保健ビジョン“すべての子どもが健やかに育つ社会”を実現するための羅針盤です。実現するために取り組むべき課題として,3つの基盤課題と2つの重点課題が掲げられました()。

 健やか親子21(第2次)イメージ図1)(クリックで拡大)

 課題ごとに,健康水準・健康行動・環境整備の指標と目標値が設定されています。第1次計画の達成状況や現状の母子保健課題を踏まえて見直された目標値は,着実に取り組まれるよう,5年後と10年後に段階的に設定されています。さらに検討会報告書1)には,母子保健水準の地域間格差を拡大させないための方策,国や地方公共団体,国民それぞれに求められる役割が明記されています。

 各自治体でも次期計画の検討が始まっています。国民運動計画であるとの認識を強め,国民の主体的な取り組みと関係機関や関係団体,企業などの力を結集して,すべての子どもに優しさが届く社会をめざしましょう。

「健やか親子21」の最終評価から見えた2つの問題

 第2次計画策定に当たり,「健やか親子21」(2001-2014年)の各指標の達成状況と考察を中心とした最終評価2)が,(1)母子の保健水準,(2)望ましい住民の行動,(3)自治体および関係団体の取り組み(実施率)の3つの視点から行われました。既存の69指標(74項目)のうち,「改善した指標」の割合が81.1%(60項目)を占める一方で,看過できない問題も見えてきました。

 1つは,母子保健関連の計画策定や取り組み,実施体制などにおいて,自治体間格差が表面化したことです。379の市区町村(21.9%)が,母子保健計画(次世代育成計画などの他の計画内に盛り込む場合も含む)を策定していませんでした。母子保健計画は次世代育成支援対策推進法に基づく行動計画の一部とされており,計画の策定が努力義務であることがこの差を招いている可能性もあります。「健やか親子21」の最終評価についても,そもそも「健やか親子21」を策定していない,あるいは策定してはいるものの評価を行う予定はないと考える自治体が3割弱ありました。

 もう1つは,情報の利活用が不十分,あるいはできていない自治体があることです。526の自治体(38.9%)が都道府県から提供された市区町村の母子保健統計情報をあまり活動に利用できていませんでした。今後,情報の利活用を促していく必要があります。そのためには,まず各自治体のデータ収集方法や要精査・要支援基準のばらつきを改善(例えば母集団のとらえ方や健診の精度管理基準の自治体間の違いの点検・確認・調整)しなくてはなりません。加えて,周産期医療や小児医療は医療計画と連動しますから,都道府県と市区町村が,相互の役割の違いを十分に生かし,精度の高い情報管理・情報の利活用を推進していくことが期待されます。

複雑化,高度化するテーマにいかに対応するか

 第2次計画では以下の4つの観点から,目標値を定めた52の指標と目標値を定めない28の参考指標が設けられました。

1)目標値は達成しているが今後も維持し続けることが大切な指標(乳幼児健康診査の受診率など)
2)目標を達成・改善できなかったもの(10代の自殺率の減少など)
3)新たにきめ細かく取り組む必要のあるもの(児童虐待防止対策や育てにくさを感じる親への支援など)
4)指標から外すことで再度悪化に転じる可能性があるもの(喫煙や飲酒対策など)

 母子保健分野が扱うテーマは,複雑化,高度化しています。特に2つの重点課題は理念的に提案されたものではなく,実践現場からの高い家族支援ニーズに基づいています。

 近隣者が子どもを気に掛け,地域ぐるみで子育てに参画していた時代は過去のものとなり,親は,核家族化に伴う孤立や地域のつながりの希薄化に追い込まれやすくなっています。さらに経済の不安定さや親の意に添わない子への対応,育児不安などの日々の生活ストレスが追い打ちをかけ,子育てに脆弱な家庭数や虐待相談件数は増加の一途をたどっています。

 重点課題1の「育てにくさを感じる親へ寄り添う支援」には,子どもの障害の有無や種類,程度差にもよりますが親にとって受容しづらい時期,すなわち混沌と悩む時期でもある幼児期の支援,子どもに翻弄され自責の念を抱く親への支援,親の対応力向上に向けた支援等があるでしょう。あるいは,まだ断片的であるサポート体制の整備や資源の地域間格差の解消に向けた取り組みも必要です。それらを考慮して,発達障害を含む育てにくさを感じる親への早期支援体制を市区町村に求め,それをバックアップする県型保健所の割合にも指標では言及しています。

 重点課題2の「妊娠期からの児童虐待防止対策」については,虐待などの不適切な養育に至る親に関する情報の共有,そして特定妊婦が最低限の家族支援を得る機会に恵まれず,飛び込み出産に至る事例や,精神疾患を併存し愛着形成が危ぶまれる事例などの早期発見のための仕組みが必要です。さらには,保健・医療・福祉機関などの多職種連携による,妊娠期からの虐待予防システムが求められており,「要保護児童対策地域協議会への産婦人科医療機関等の関係職種の参加」や「児童虐待に対応する体制を整えている医療機関の数」が指標として新たに加わりました。特定妊婦も含め親の性格特性や家族病理への介入,未熟なパーソナリティーを持つ親への対応,親子の愛着形成に関する評価せずして,問題に関与することはもちろん,虐待から親と子を守ることはできません。

継続的支援が可能なポジションを生かして

 すべての子どもが健やかな生活を送ることができるという絶対的価値によれば,子どもの育ちを支える親の心身の安定を支えることも,健やか親子,すなわち母子保健の範疇と言えます。

 母子保健法に基づく保健活動は,妊娠から出産,産後1か月の訪問,3か月・1歳半・3歳児健診,随時の相談や家庭訪問,各種教室・グループ支援などを通じて,親と子の健康を一貫して管理し,継続的な関与(支援)を可能とする好ポジションを有しています。既に各自治体で90%以上の受診率を保つ健診に,健診内容の標準化と高い精度が加われば,重点課題に関するより適切なニーズの把握や支援策への可能性が広がります。これが情報活用の強化であり,活動の質向上と柔軟な対応力に結び付きます。

 また,そうして得られたデータは行政間での情報交換はもとより,住民への説明を通して,住民一人ひとりに優しい地域づくりを働き掛けるためにも活用されるべきです。

国や都道府県“ありき”の事業から“あるべき”事業へ

 多くの法定事業や各省庁から縦割りで指示される事業を,地域の実態に合わせて横軸で調整・統合し直し,国や都道府県からの“ありき事業”を“あるべき(必要な)事業”に変換する機能が市区町村には求められています。市区町村は,(1)地域の母子保健データや日々の活動から把握される子育て事情を統合させ,(2)できていることとできていないことを社会的かつ心理的,医学的状況から判断(課題抽出)し,(3)課題が解決された姿(あるべき姿)を描き,(4)第2次の指標を参照しつつその実現に向けて,実施したい手段(保健事業)を活動の展開過程に有機的に組み入れ,(5)単年度あるいは複数年度で評価して成果を可視化する,というPDCAサイクルを保健所との重層的な関係構築の下で行うことになります。各自治体で大きな乖離がないよう都道府県が検証する必要もあるでしょう。市区町村と同時に都道府県の役割もクローズアップされたと考えられます。

 少子超高齢社会のさなか,あらゆる人々を優しく包み込む社会の創生には,人と人の絆,志や縁を大切にし,世代間の連携や信頼を築いていく必要があります。地域での日々の暮らしの中で,一人ひとりが自立しながらも相互にかかわり合い,たゆまぬ進歩を続けることで,子どもが伸びやかに育ち,子どもの笑顔に癒やされ安心して老えることができるコミュニティーを地域単位で築きたいものです。

参考文献
1)厚労省.「健やか親子21(第2次)」について 検討会報告書(概要).2014.
2)厚労省.「健やか親子21」最終評価報告書(本文).2013.


中板育美氏
1987年から2004年まで東京都で保健師として活動。保健師2年目より継続的に虐待事例に関与し,虐待親グループ,検診時のスクリーニング開発などに取り組む。保健師活動,児童虐待防止,人材育成に注力。04年国立保健医療科学院障害健康研究部上席主任研究官を経て,12年より現職。看護学博士。

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