足にあるちょっと変な皮疹(山中克郎)
連載
2014.12.01
診断推論
キーワードからの攻略
広く,奥深い診断推論の世界。臨床現場で光る「キーワード」を活かすことができるか,否か。それが診断における分かれ道。
■第12回(最終回)……足にあるちょっと変な皮疹
山中 克郎(諏訪中央病院内科)
【症例】
60歳,女性。「両足が痛い」と当院を受診した。患者は6年前,掌蹠膿疱症の診断を受け,それ以来,足の皮疹に対して,ステロイド外用薬を使用しており,寛解・増悪を繰り返している。3年前より,両足関節の痛みと腫脹を自覚。近くの病院で変形性関節症と診断され,MRI検査を受けたが異常なし。1年半前,プレドニゾロン10 mg/日を3か月間使用したが効果なし。さらにメトトレキサート2 mg/週を3か月間併用したが,症状の改善はなかった。
現在の症状は両足関節の腫脹と痛み,皮疹である。NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)で痛みは軽快する。
[既往歴]なし
[内服薬]ロキソプロフェン(ロキソニン®)3T/3×N
[職業歴]ホテルの清掃業
[来院時バイタルサイン]体温36.0℃,血圧156/86 mmHg,心拍数80回/分,呼吸数14回/分
[来院時意識レベル]清明
[その他]眼瞼結膜:貧血(-) 黄染(-),頸部:甲状腺腫大(-)/圧痛(-) 胸鎖関節腫脹(-),扁桃:腫脹(-) 発赤(-),呼吸音:清明,心音:雑音(-)整,腹部:平坦/軟 圧痛(-)肝脾腫(-) 腫瘤(-),四肢:浮腫(-)チアノーゼ(-) バチ指(-) 手の指に爪甲剥離(+) 両足の踵を中心に広範囲に皮疹(+) 両足関節腫脹(+ 右>左)アキレス腱踵骨付着部に圧痛(+)
……………{可能性の高い鑑別診断は何だろうか?}……………
キーワードの発見⇒キーワードからの展開
長らく治療を続けているが,個々の症状の原因は明確でない患者である。プロブレムリストをまとめると以下のとおりだ。
#両足の皮疹
#両足関節炎 #アキレス腱踵骨付着部に圧痛 #爪甲剥離 |
上記のうち,アキレス腱の踵骨付着部における圧痛が特徴的な身体所見と言える。ここから付着部炎(腱や靭帯が骨に付着する部分での炎症)が疑われる。「アキレス腱付着部炎」は,診断に近付くためのキーワードとなり得るものであり,ここからは表1を想起したいところだ。
表1 「アキレス腱付着部炎」から導くべき鑑別診断リスト | |
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(5)脊椎関節炎に特徴的に見られるのは,軸関節(仙腸関節,脊椎,前胸部)の炎症,末梢の少数関節炎(特に下肢),付着部炎,ソーセージ指,ぶどう膜炎1)。本症例では,血液,尿検査,胸部X線検査では異常を認めなかったが,足のX線写真で踵骨の足底筋膜付着部に毛羽立ちが見られた。自覚症状は明らかではなかったが,足の慢性的付着部炎を示唆する所見である。付着部炎を繰り返していることから,脊椎関節炎が疑わしい。
なお,プロブレムリストに挙げた「爪甲剥離」も,鑑別診断を絞り込んでいくためのよいキーワードとなることが多いので覚えておきたい(表2)。
表2 「爪甲剥離」から導くべき鑑別診断リスト | |
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担当医は,この時点で皮膚科にコンサルトを依頼。外用ステロイド軟膏(アンテベート®)+内服でのミノマイシン治療が行われると,皮疹は改善した。
最終診断と+αの学び
アキレス腱付着部炎,足関節炎から脊椎関節炎と診断した。爪甲剥離からは乾癬性関節炎も示唆されるが,足の皮疹は反応性関節炎に伴う膿漏性角化症の可能性もある。なお,SAPHO症候群(Synovitis;滑膜炎,Acne;ざ瘡,Pustulosis;膿疱症,Hyperostosis;骨化過剰症,Osteitis;骨炎)を支持する所見は,掌蹠膿疱症に類似する両足の皮疹だけであった。
[最終診断]
脊椎関節炎(乾癬性関節炎,または反応性関節炎)
◆見過ごしてきたかもしれない!?
外来には,「身体のあちこちが痛い」とたくさんの患者が訪れる。私はその多くを,線維筋痛症または身体表現性障害と診断してきた。しかし,本島新司先生(亀田総合病院)が書かれた「脊椎関節症(炎)」の項2)を読み,ハッとした。項の冒頭,「最も誤診されている疾患の1つ」として紹介される脊椎関節症の解説を見て,私が診てきた患者の中にも脊椎関節炎だった方がいたかもしれないと思ったのだ。あらためて通院中の患者さんの仙腸関節やアキレス腱の踵骨付着部を注意深く触ってみると,かなりの人が痛がるではないか。
この後,私が経験した数人の脊椎関節炎の症状は,非対称性の大腿後部からふくらはぎにかけての痛み,しびれ,起床時の手のこわばり,顎関節痛などさまざまであった。心身症的な訴えや,両足関節がひどく腫脹することもある。アキレス腱付着部炎や足底筋膜炎による踵の痛みも多い。足底筋膜炎の特徴は起床時の歩き始めの一歩が最も痛く,次第に楽になっていく足底の痛みである。
本症例から学んだ脊椎関節炎診断のコツは,仙腸関節炎,下肢の関節炎,付着部炎があれば,脊椎関節炎を考慮することである。診断の難しさは下記の点にある。炎症反応は,多くは異常値を示すことがない(血液検査に異常がないと,「病気ではない」と判断してしまう)。NSAIDsがよく効くので,軽症ならば市販の痛み止めを飲んで治っていく。また,治療をしなくても,6か月ほどで自然軽快する。これらの点が臨床現場での診断を難しくしていると考える。
本症例においては,私に十分な知識がなかったため,仙腸関節の診察や骨盤X線撮影,MRIを用いた画像評価を行っていなかった。腰痛の訴えはなかったが,ひょっとすると仙腸関節に炎症を疑う身体所見もあったかもしれない。疑って診察しなければ,異常所見は拾うことはできない。それをあらためて痛感させられる症例であった。
Take Home Message
・仙腸関節炎や付着部炎があれば,脊椎関節炎を想起する。
・知識がなければ,目の前の病気を診断することができない
*
今回が本連載の最終回だ。全12回にわたって,「キーワードからの攻略」と称し,実際の症例を基に診断を行うまでの思考過程を紹介してきた。
臨床現場における診断は,患者のさまざまな訴えや所見から,手掛かりとなるキーワードを探すことから始まる。そのキーワードも,鑑別診断の絞り込みに役立つような,適度にフォーカスが絞られたものでなければ役に立たない。診断の得意な医師は,そうしたキーワードを即座に見つけ出し,思考を展開させ,浮かんだ鑑別診断の妥当性を検証し,正しい診断に近付いていく。私にはそのように見える。
読者の皆さんも重要なキーワードを心に留めておき,さらに自らの臨床経験の中でキーワードから診断を導くことを続けてほしい。そのトレーニングこそ診断力の向上につながっていくはずだ。
(了)
◆参考文献
1)上野征夫.リウマチ病診療ビジュアルテキスト(第2版).医学書院;2008.140-68.
2)本島新司.脊椎関節症(炎).岩田健太郎編.診断のゲシュタルトとデギュスタシオン.金芳堂;2013.p232-9.
⇒脊椎関節症(炎)の全体像がまとめられているので,ぜひ一読を。同疾患は「日本で最も確定診断率が低い(under-diagnosis)疾患の1つ」「最も誤診されている疾患の1つ」と紹介されている。
3)Dougados M, et al. Spondyloarthritis. Lancet. 2011 ; 377(9783) : 2127-37.
⇒脊椎関節症(炎)に関する総論。
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