医学界新聞

2014.11.24



Medical Library 書評・新刊案内


これだけは気をつけたい
高齢者への薬剤処方

今井 博久,福島 紀子 編

《評 者》武藤 正樹(国際医療福祉大大学院教授・医療経営管理学)

「高齢者をみたらまず薬を疑え!」

 高齢者の薬剤処方で,「ひやり,はっと」した経験をお持ちの方は多いだろう。もともと外科医で,今も週2回の外来診療を行っている評者にもこうした経験は少なからずある。若いころ高齢者の外鼠径ヘルニアの術前の投薬で,ジアゼパムと塩酸ヒドロキシジンを使ったら,術後,延々と24時間以上も患者さんが眠ってしまって,目覚めるまでドキドキしたことがあった。

 またニューヨークのブルックリンで家庭医の留学をしていたころのことだが,老年医学の専門医がいつも口癖のように言っていたことを思い出す。「高齢者をみたらまず薬を疑え!」。高齢者は多剤投与になりがちだし,医薬品による有害事象も出やすい。米国ではこうした高齢者の薬剤処方に関して,老年医学の専門家のMark H. Beers氏が1991年に初版を発表した「ビアーズ基準(Beers Criteria)」が用いられている。ビアーズ基準では,有害事象の重篤度の点から高齢者に使用を避けるべき薬剤の一覧表を示していて,2012年版には約90種類の医薬品のリストが挙げられている。

 本書はこのビアーズ基準をお手本に,日本の現状に適応させて作った日本版ビアーズ基準に関する本だ。著者の今井博久先生らがビアーズ基準の考え方に沿って「日本版ビアーズ基準」を作成した。その作成手順は以下のようである。まず著者ら9名の専門家からなる薬剤の選考委員会を設置し,国内で用いられている候補薬剤について,「高齢者に不適切な薬剤処方」と専門家として判断するか否かについて,デルファイ法を用いて評価している。選考基準は以下の2つである。(I)高齢者を不必要なリスクに曝し,それよりも安全性が高い代替薬剤がある,あるいは効果が疑わしい等の理由から,65歳以上の高齢者において「常に使用を避けるのが望ましい」薬剤あるいは薬剤クラス,(II)65歳以上の高齢患者において「特定の病状がある場合に使用を避けるのが望ましい」薬剤あるいは薬剤クラス。

 本書はこうして選ばれた精神系薬,鎮痛薬,循環器系薬,消化器系薬,内分泌・代謝系薬,抗アレルギー薬,抗パーキンソン病薬などの医薬品リストと,その薬剤情報,使用を避けることが望ましい理由,代替薬とその使用方法等が詳細に記載されている。

 さて日本ではビアーズ基準はあまり用いられていないが,韓国ではすでに普及している。その韓国で2005年,ビアーズ基準に照らしてふさわしくない医薬品が,実際にどれくらい用いられているか調査が行われた。調査は韓国健康保険審査評価院(HIRA)が全韓のレセプトデータベースを用いて行った。その結果6835万件の高齢者向けの処方中,876万件(12.8%)がビアーズ基準による不適切処方であることが判明したという。

 翻って,日本の現状はどうだろう。本書を基に日本でもレセプトデータベースによる調査を,ナショナル・レセプトデータベースを用いて行ってはどうだろうかと考えている。

B6・頁288 定価:本体3,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01202-7


《眼科臨床エキスパート》
黄斑疾患診療A to Z

吉村 長久,後藤 浩,谷原 秀信,天野 史郎 シリーズ編集
岸 章治,吉村 長久 編

《評 者》石田 晋(北大大学院教授・眼科学)

新しい知見が余すところなく解説された眼科医必携の書

 『黄斑疾患診療A to Z』は,網膜のメッカである群馬大と京大のスタッフによる意欲的な作品です。まず,編集者のお一人である岸章治教授の総説で始まりますが,最初から吸い込まれるように一気に読んでしまいました(とはいえ足かけ3日かかる長編です)。私が網膜疾患を専門に志した20年くらい前は,黄斑円孔の成因や黄斑前膜の実体,糖尿病網膜症におけるけん引のパターンなど数多くの謎がありました。それらの疑問を一網打尽に氷解させたのが,岸ポケット(後部硝子体皮質前ポケット)でした。しかし当時の日常診療における検査法ではなかなか可視化することができず,網膜硝子体の専門家でないとその存在を実感できない状況でした。現在はOCTの進歩によって(SS-OCTの開発により),岸ポケットをバッチリ可視化して形状解析できるまでになったわけで,隔世の感があります。

 このようにOCTや眼底自発蛍光に代表される診断機器の進歩によって,新しい知見が猛烈な勢いで生まれ,新しい病態概念の確立さえ可能となりました。もうお一人の編集者である吉村長久教授が解説するMacTel type 2もその好例で,Müller組織欠損(空洞あれど浮腫なし)と考えられる層状嚢胞様変性をOCTで確認することが診断の決め手です。また,黄斑偽円孔・分層黄斑円孔や中心性漿液性脈絡網膜症など古典的によく知られている黄斑疾患に対しても,新進気鋭の板谷正紀教授,辻川明孝教授らにより,新しくとらえられた疾患機序が余すところなく解説され,「古くて新しい」疾患として見直されています。

 本書にはこのほかにも,RPEの上に存在する特殊なドルーゼンであるreticular pseudodrusen,Bruch膜~脈絡膜レベルに局所的な陥没所見を示すfocal choroidal excavation,強度近視眼における黄斑部直下の強膜が突出したdome-shaped maculaなど,診断技術の進歩に伴って注目されるようになった所見がめじろ押しで,これらを知らずにはもはや生きた化石となってしまうこと間違いありません。さらに,典型加齢黄斑変性やポリープ状脈絡膜血管症をはじめとするさまざまな脈絡膜新生血管疾患についても,抗VEGF療法の登場によってもたらされた診療の革命的な変化と今後の課題などが的確に提示されています。そして,数々の炎症性網膜疾患,網膜変性疾患についても,どの教科書にもまだ書かれていない新しい知見が逐一補充されており,「古くて新しい」疾患として楽しめます。最後に特筆すべきは,一冊を通して眼が奪われるようなきれいな写真が満載で,解説だらけの眠くなる教科書とは違い,ワクワクしながら読める渾身の大作でした。

B5・頁444 定価:本体17,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01940-8


Minds診療ガイドライン作成の手引き 2014

福井 次矢,山口 直人 監修
森實 敏夫,吉田 雅博,小島原 典子 編

《評 者》長谷川 友紀(東邦大教授・社会医学)

診療ガイドライン作成の実際を学びたい方に

 本書は,2007年の旧版発行以来,診療ガイドライン作成者にとって標準的なテキストとして用いられてきた。7年ぶりの改訂であり,診療ガイドラインに関する最近の動向に対応すべく大幅にページ数を増して内容の充実を図っている。公益財団法人日本医療機能評価機構は,1995年の設立以来,病院の第三者評価の実施,医療事故の情報収集・分析,産科医療補償制度(無過失保険制度)など,医療の質向上を目的とした諸事業を行っている。Minds(EBM普及推進事業)は,日本医療機能評価機構の1部門として,診療ガイドライン作成の支援,評価,普及などを行っている。本書は,実際の診療ガイドラインの作成支援,評価などに豊富な経験を有するMindsのスタッフが中心になり作成された。

 EBM手法に基づく診療ガイドラインは,医療の標準化を図るための有力な手法である。日本では2000年ごろより普及し始め,当初は厚労省の科学研究費などにより作成が支援され,最近では学会などの自主的な努力により,年間20-30本が作成され,公開されている。累計では300本を超え,日常遭遇する主要な疾患については,ほぼ整備されていると考えてよい。また,学会では評議員など,将来の活動の主体となるであろう多くの若手メンバーがガイドラインの作成にかかわるようになった。作成の主体となる学会も,作成メンバーの教育研修を継続して行うほか,COI(利益相反)の管理など,社会の要請にいかに応えながら作成を進めるかが課題になっている。

 旧版は,作成にあたっての文献検索,エビデンスレベルの評価など,技術的な側面でのニーズが主体であった。一方,本書ではこの間のニーズの変化を反映して,運営主体としての学会の組織づくり,計画策定と進捗管理,予算立て,COI管理などの,組織としての管理面での内容が大幅に拡充されている。また,エビデンスレベルの評価においても,EBM導入当初の個々の論文の研究デザインに基づく,どちらかというと硬直的な評価の反省に立って(例えば,質の悪いRCTでも,ランダム化されていない対照研究より信頼性が高いと評価される),エビデンス総体としての評価概念を明確にするなど,最近の診療ガイドライン作成の国際的な動向に対応している。特筆すべきは,テンプレート集,用語集など,巻末資料の充実であり,これらは,実際の作成にあたって非常に有用である。

 EBMは臨床疫学の手法を基に発展した。そこで用いられる科学論文の批判的な吟味,基礎的な生物統計などは医療を志すものにとって必須の知識である。診療ガイドラインでは,さらに社会に対する学会の責任,組織運営の質が問われている。本書を読むことで,これらの関係を理解することができる。本書は,学会などで診療ガイドライン作成にかかわる者のみならず,EBM,診療ガイドライン,学会の役割について学ぼうとする者にとっても有益な書であり,推奨に値すると考える。

B5・頁144 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01957-6


作業で語る事例報告
作業療法レジメの書きかた・考えかた

齋藤 佑樹 編
友利 幸之介,上江洲 聖,澤田 辰徳 編集協力

《評 者》京極 真(吉備国際大大学院准教授・作業療法学)

事例報告の型の使い分けが可能になる「超」入門書

 本書最大の意義と独創は,二つある。

 一つは,国内外でたびたび困難さが指摘される「作業に焦点を当てた実践」のハードルを可能な限り下げることに力点を置いたところにある。序に「多くの若い作業療法士が,自分の仕事に自信をもち,作業に焦点を当てた実践を楽しんで行えるようになってほしい」(p. vi)と書いてあるが,その意図は十分達成していると思う。編者の先生方は,ADOCというハイセンスな評価ツールの開発メンバーでもある。本書はだからこそ実現できた,作業療法の入門書を越えた「超」入門書に位置付けられるだろう。

 もう一つは,本書の根本モチーフである作業に焦点を当てた実践の事例報告の型をモデル提示したところにある。型の本質は「事例報告には,目の前のクライエントが,より良い作業的存在になることができるように,セラピストとクライエントが取り組んだ協働の過程が表現されている」(p. 85)という記述に濃縮されていると思う。つまり本書で提示した事例報告の型は,作業に焦点を当てた実践の表現型でもあるのだ。型は31も例示されているので,作業に焦点を当てた実践の表現のハードルを格段に下げることだろう。

 また本書で示された事例報告の型は,作業的存在になるための支援過程を示すという共通特徴があるものの,その「書き出し」には二つのパターンがあると思う。事例報告に限らず,出だしの文章は,読み手に報告者の着眼点を伝える役割がある。

 第一のパターンには,事例の病名や障害から書き始めるという特徴がある。例えば,p. 88の事例報告は「今回,脳梗塞による軽度右片麻痺を呈した事例を担当した」,p. 90の事例報告は「脳梗塞により右上肢に重度運動障害を呈した症例を急性期において担当した」から始まっている。このパターンは本書で紹介されている事例報告の多くを占め,作業療法士が事例報告する相手の主な関心が,クライエントの医学的問題や障害像にある場合に,相手の関心を引き寄せる役割を果たすと期待できることから,そうした関心を持つ相手にもクライエントと作業療法士の作業に焦点を当てた協働過程の意味を伝えやすくするだろう。

 第二のパターンには,事例の作業から書き始めるという特徴がある。例えば,p. 122の事例報告は「今回,したいと思える作業を失い,自身の人生は楽しみを感じられないものだと考えている40代の女性A氏の作業療法を担当した」,p. 132の事例報告は「今回,ケアハウスから介護老人保健施設に転所となり,生活環境の変化から受けるストレスや日課の作業が行えなくなったことなどから生活に変調をきたした事例を担当した」から始まっている。このパターンは,作業療法士が事例報告する相手の主な関心が,クライエントの作業や作業機能障害にある場合,相手の関心を刺激する役割を果たすと期待できるため,そうした関心を持つ相手とともに,クライエントに対する作業に焦点を当てた実践の意味を深く検討する呼び水になることだろう。

 以上のように,読者は本書で示された事例報告の型の差異を理解し,目的に応じて使い分けるようにすると,本書のより良い活用につながっていくと考えられる。ぜひ多くの作業療法士,作業療法学生に読んでほしいと願う。

B5・頁176 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01951-4


肺HRCTエッセンシャルズ
読影の基本と鑑別診断

高橋 雅士 訳

《評 者》喜舎場 朝雄(沖縄県立中部病院呼吸器内科部長)

明日からの日常診療に直結する1冊

 私は臨床家であるが,日頃から胸部画像所見に単なるツールではなく患者の本質に迫る宝庫として向き合っている。高橋雅士先生からの依頼というお話がきたときに,胸躍り即答で快諾した。本書は,序章で肺の基本構造について具体例を提示しながら若手の先生にもわかりやすく伝えていこうという趣旨が読み取れた。これを踏まえて,HRCTの主要所見をガイドラインからは読み取れないような懇切丁寧な解説をしている。各論にいくまでのこの流れは,読者を飽きさせず,私自身も週末の時間を活用して本書の虜になった。1枚の画像写真の中の複数の所見の図示の仕方も色合いもさっと目に飛び込むような工夫が感じられた。多くの所見を羅列した解説ではなく,著者は共通項をおさえてグループ化するいわゆるsplitterではなくlumperという立場でわれわれにメッセージを送っていると感じた。

 各論では,最初に気道病変・肺血管病変・循環器病変など日常診療でよく遭遇する疾患群について解説し,これらの疾患の診断におけるHRCTの役割と利用の仕方がよくわかり,びまん性肺疾患を考える際の土台となる内容になっている。したがって,読者は本書を素直に順序よく読んでいくことで階段を一つひとつ上っていくようにHRCTの意味付けが理解できていくものと確信する。

 間質性肺炎についても,最新のガイドラインの内容も含みながらも,著者らの日常の豊富な読影経験に裏打ちされた鑑別のポイント・実用的な表を組み合わせ,難解といわれるこの分野を身近に感じられるように解説している。また,腹臥位のCT写真を数多く取り入れ,肺底部の重要所見を明解に紹介している。このように読者にいかに同じ目線で理解してもらえるかを意識し,明日からの日常診療に直結する内容になっている。また,tree-in-budの訳注が随所に出ていて,この有名な所見の本質が何かについてきちんと伝えようという訳者の高橋先生の情熱が手に取るようにわかる。

 それだけでなく,本書全般に大変,実用的な表と所見の本質がまさにpearlsとしてちりばめられていることに気付く。そしてHRCTの有用性とわれわれ臨床家へのきめ細かい気配りが感じられる。

 最後に初心者からエキスパートまで幅広い対象へのメッセージをこめた本書の著者であるElicker先生,Webb先生,いつもながら大きな社会貢献を意識して丹念な翻訳をされ私に貴重な書評の機会を提供していただいた高橋雅士先生に感謝申し上げます。

B5・頁308 定価:本体7,400円+税 MEDSi
http://www.medsi.co.jp/

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