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医学界新聞

寄稿

2014.11.17



【寄稿】

英国視察から学んだ看護(前編)
診療所における看護師の役割

平尾 千恵子,鈴木 美穂,吉田 千香,山本 則子(東京大学大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻成人看護学/緩和ケア看護学分野)


 2014年9月,英国南部にあるSurrey大学のAnn Gallagher教授と,中部リーズ近郊の診療所に家庭医(General Practitioner;GP)として従事する澤憲明氏のご協力により,診療所(Surgeryと呼ばれる)やホスピス,急性期病院を訪れる機会を得た。本稿(前編)では,英国におけるプライマリ・ケアの概要や,診療所での看護師の役割を主に紹介する。

診療所が,プライマリ・ケアシステムを支える「基盤」

 プライマリ・ケアは,英国の国民保健サービス(National Health Service:NHS)の中核と呼べる。White, Williams, Greenberg (1961)が米国と英国のデータをもとに試算したところ,英国は医療機関に受診した事例の96%は診療所(外来)で診療が終結しており,入院や大学病院への紹介事例が残る4%に過ぎなかったことは,有名な話である1)。ちなみに,近年日本でも類似の検討で同様の結果が得られている2)

 英国では,地域の診療所に登録することで,誰でも無料で医療サービスが利用できる。視察に訪れたStuart Road Surgeryには,約8500人の住民が登録されていた。グループ診療と多職種協働を基盤としており,この診療所には澤氏を含む家庭医5人以外にも,看護師4人(Nurse Practitioner 2人,Practice Nurse 2人),Healthcare Assistant 2人,助産師1人,理学療法士1人,Health Trainer 1人,Health Visitor 1人,そして約10人の受付や秘書など,多くのスタッフが働いていた。「チームケアによって,病気や治療のみではなく,健康に関するあらゆるニーズに対応することが可能になる」と澤氏は言う。

写真 視察に訪れたStuart Road Surgeryでの一枚。左から吉田氏,鈴木氏,山本氏,平尾氏,澤氏。

 診療所が開いている時間は,平日の午前8時から午後6時半と,2週間ごとの土曜日の午前中である。夜間やそれ以外の週末は111番に電話すれば,各地域の時間外サービスにつながる。また,英国のほぼ全ての診療所に電子カルテが導入されており,近年では「EMIS」と「SystmOne」と呼ばれる2つの電子カルテシステムが主流で,双方で国の人口の約95%をカバーしていると聞いた。この2つには互換性があるため,例えば,EMISを使用している診療所から,SystmOneを使用している診療所へと登録を移した場合でも,これまでの医療情報はスムーズに移行され,情報の継続性が担保される。各住民には特定のNHSナンバーが与えられ,この番号を基に既往歴,内服,アレルギー,予防接種歴などの情報が一元的に蓄積されていく仕組みだ。時間外サービスも同様の電子カルテを使用しているため,患者情報を共有できる。

役割分担された看護職の仕事

 診療所として,過去1か月に約5000件のアポイントメントがあったそうであるが,英国では必ずしも医師が全ての問題に対応するのではなく,それぞれの専門職が役割分担しながら活動していた姿が印象的であった。

 ここでは,診療所に属する看護職の3職種の活動について紹介する。

(1)Nurse Practitioner (NP)
 看護師籍登録後(),さらにNP専門の修士コースを終えた看護師であり,上記のようなプライマリ・ケア全般の問題に幅広く対応する能力を持つ専門職である。

(2)Practice Nurse (PN)
 看護師籍登録後の臨床経験があり,風邪などの軽度の急性の問題や,高血圧,ぜん息,慢性閉塞性肺疾患(COPD),糖尿病,虚血性心疾患など特定の慢性疾患の分野において研修を受けた看護師である。研修は仕事をしながらパートタイムで受講でき,一つの分野につき6か月程度で,必要に応じ積み重ねていける。薬剤の処方に関する研修を受ければ,一定の範囲内では処方もできるようになる。また,乳幼児における定期的な予防接種,インフルエンザワクチン・トラベルワクチンの接種,避妊に関する教育・処方など幅広く対応できる。

 なお,PNの専門性は,各自がこれまで修了してきた個別の研修内容によって決まるため,PNのプロフィールは人によってさまざまである。研修の積み重ねによりNPと同様の能力を持つことも可能である。

(3)Healthcare Assistant (HCA)
 看護補助者であり,看護師の資格は持っていない。雇用後に訓練を受けることによって,採血,バイタルチェック,心電図,ビタミン剤の注射などが行えるようになる。PNやNPによって始められた禁煙外来や肥満外来の患者を引き継いで支援することもある。

PNの外来事例

 視察ではPNの外来に同席させてもらい,実際に活動の様子を見学した。患者は,膝痛を訴えるメタボリック症候群の60代男性であった。PNは,まずHbA1cやコレステロール値を電子カルテで確認し,脂質異常症の薬剤を勧めた。「薬剤服用により,心筋梗塞のリスクをどの程度低減させることができるか」の説明では“見える化”を実践。PC画面に割れたハートマークが多数ついた表(=心筋梗塞発症リスクをボリュームで表現)を示し,薬剤を使うことでそのマークをどれぐらい減らすことができるか,という形で解説していた。PNの話を聞き,患者は内服に同意した。

 続いて体重測定,ドップラーによる足背・内踝動脈の確認,モノフィラメントで足底の感覚低下の確認などを行う。体重増加の理由を一緒に考え,「飲酒は少ないが,チョコレートの摂取量が多い」などの情報を聞き出した。それを受け,患者と相談し,体重コントロールプログラムに参加することを決めた。最後に血圧を測定し,安定していると確認。2人で目標体重を設定し,再診の勧めとともに終了した。

患者・医療者からの信頼厚く,活躍する看護師たち

 英国の診療所で働く看護師は,必要な研修を十分に受け,研修内容をもとに実践しているという印象を持った。質が担保された臨床技術とコミュニケーション能力を持って,患者を全人的に評価し,問題点に的確に対応しながら,積極的なセルフケアの教育を行っていた。

 また,看護師と患者の間のコミュニケーションを目の当たりにして,看護師に対する患者の厚い信頼も感じることができた。さらに,看護師と医師がお互いを信頼し,尊重し合って医療を実践する様子も実感することができた。この関係性はぜひまねたいと思うところだ。日本でも認定看護師や専門看護師が一層活躍できるような環境づくりに努め,実現していきたいと考えている。

 地域包括ケアシステム構築の必要性が指摘される今日では,日本の看護師の間にもプライマリ・ケア領域への注目が一層高まることを期待したい。

後編

◆GPから見た看護職の姿

 ひと昔前までの英国では,看護師は主に看護や医師の診療行為を助ける補助的な役割を担っており,医療行為に関する権限は大きく制限されていた。しかし,ここ十数年の間に看護師の専門性は強化され,役割が拡大。現在のNHSで多大な貢献をしている。とりわけ「shared leadership」の精神の下,多職種協働で地域包括ケアを施行している英国のプライマリ・ケアにおいては,看護師をはじめとする看護職はもはや必要不可欠な存在だ。

 私の診療所に登録している住民を対象に行われたアンケート調査によると,家庭医の診察に対する総合的な満足度指標が90%であるのに対し,看護師の診察は96%であった。優れたコミュニケーション能力とともにナイチンゲールの理念を受け継ぐ看護師。現代医療の中で,伝統ある専門職が新たな輝きを放ち始めている。

(英国GP・澤憲明)

参考文献
1)WHITE KL, et al. The ecology of medical care. N Engl J Med. 1961 ; 265 : 885-92.
2)Fukui T, et al. The ecology of medical care in Japan. JMAJ. 2005 ; 48(4): 163-7.


英国では看護師国家試験は存在せず,大学での教育を修了し,看護の学位を取得することによって看護師籍の登録資格が与えられる。
・NHS Caeers. Training to be a nurse.
 http://www.nhscareers.nhs.uk/explore-by-career/nursing/training-to-be-a-nurse/
・Nursing & Midwifery Council.
 http://www.nmc-uk.org/


東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻成人看護学/緩和ケア看護学分野
長期療養者・高齢者とその家族を主な対象に,地域包括ケアシステム時代の新たな看護像を追求している。「看護実践の可視化」と「ケアの質保証・改善」を主なテーマとして,日本の現場育ちの看護学の構築をめざす。教授は山本則子氏。

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