医学界新聞

連載

2014.11.10



クロストーク 日英地域医療

■第1回 地域医療を支える診療所医師の仕事

川越 正平(あおぞら診療所院長/理事長)
澤 憲明(英国・スチュアートロード診療所General Practitioner)
企画協力:労働政策研究・研修機構 堀田聰子


日本在宅医と英国家庭医──異なる国,異なるかたちで地域の医療に身を投じる2人。現場視点で互いの国の医療を見つめ直し,“地域に根差す医療の在り方”を,対話[クロストーク]で浮き彫りにしていきます。


 超高齢社会を迎えた日本においては,医療制度の在り方から見直す機運は高まっており,「諸外国の医療システムから学ぼう」という試みも見られています。

 本連載では,千葉県松戸市で開業医として在宅医療に力を入れる川越正平氏と,家庭医療が根付く英国でGeneral Practitioner(GP)として従事する澤憲明氏との対話を通し,地域で活躍する医療者の視点で,日英の医療現場の違い,そして互いの国の強みと課題を考えていきます。

川越 日本と英国とで大きく異なる点として,診療所の医師と病院に勤務する医師の役割分担が挙げられます。一次と二次,さらに高度な医療を提供する三次医療における医師の役割を峻別した英国と,そのような境界が曖昧な日本。本紙第3094号の座談会においては,こうした日英の医療提供体制が異なる点を確認できました。

 英国では,住民が近所の気に入った診療所(GP surgery)に登録することで,原則無料でNHSのサービスを利用できるようになる()。そして,基本的には,まずかかりつけの診療所が相談に乗り,必要に応じ,各科の専門医や病院へ紹介されるという仕組みになっているというお話を伺いました。

グループ診療であらゆる健康問題に対応

川越 さて,スタートに当たっては,もう少し英国の家庭医像を共有するところから始めたいと思います。まずは澤先生の診療所の診療体制や,医師の働き方について教えてください。

 私が勤務しているのは,英国中部に位置するリーズ近郊のポンテフラクトという町にある診療所です。人口約3万人のこの町には診療所が3つあり,当院はそのうちの1つで,登録住民数は約8500人。私を含めた5人の常勤の家庭医がグループ診療を提供しています。住民の方々は「外来」「電話相談」「在宅医療」のいずれかを,各自のニーズに応じ,その都度,自由にリクエストできるようになっているんです。

 外来で対応している健康問題も実にさまざまです。急な頭痛やぎっくり腰といった急性期の問題,高血圧・糖尿病などの慢性期の問題はもちろん,「背中にあるしこりを取り除いてほしい」などの外科的な問題,生理や避妊,勃起不全といった性に関する問題の他にも小児科,皮膚科,眼科,緩和ケア,メンタルヘルスなどあらゆる健康問題に対応します。さらに予防接種や,喫煙,飲酒,運動不足に対して健康増進も行いますし,「介護で困っている」「ホームレスになった」といった非医学的な相談に応えることも家庭医の役割になっています。

 もちろん,それらの対応は医師単独で成しえているわけではありません。診療所内には看護師,healthcare assistant(HCA)と呼ばれる看護補助者,助産師,保健師(health visitor),理学療法士,健康的なライフスタイルに関するアドバイスを提供するヘルストレーナー(health trainer),事務職員など,家庭医を含めて総勢30人近くの常勤スタッフがいます。診療所では彼らと連携することで,より多様な問題に対応することを実現しています。

川越 多職種とのかかわりについてはおいおい伺いましょう。まず,日本の医療者としては,そもそも「診療所に常勤の医師が5人いる」という点から,日本の診療所とは働き方や社会における位置付けも,相当に異なるのだろうと想像させられます。日本では,家族経営的なソロプラクティスの開業形態の診療所が中心になっていますからね。

 そのようですね。英国ではグループ診療体制をとる診療所には5-6人の家庭医がいるとされ,英国においては私たちの診療所が平均的な在り方となっています1)。ただ,グループ診療が主流になったのも近年の話で,ここ10年くらいの間にソロ診療所数は半分近くに減少してきているようです。イングランド内の全診療所中,ソロ診療所はわずか1割程度であるというデータも存在しています2)

急性枠,慢性枠に分かれた外来予約システム

川越 では,診療所の家庭医の1日の流れを教えてください。

 私の基本的なスケジュールはの通りです。診療所での仕事は「外来」「電話相談」「在宅医療」の3つが柱となっており,空いた時間でペーパーワークやミーティングなどを行う,というイメージです。

 スチュアートロード診療所の家庭医の1日
・上記は平日の基本的なスケジュール。土曜日は隔週で午前中のみ外来,日曜日は休診。有給休暇や研究日の関係もあり,外来は医師3人が担当していることが多い。なお,週に1回は外来に出ず,「duty doctor(当番医)」を担当する。
・2014年9月29日-10月29日の間,医師が診た患者数は2415人(看護師などの外来枠もあるため,診療所全体では5881人の患者を診ている)。

川越 外来は基本的に予約制で,事前に患者さんが自ら電話をして予約するシステムになっているようですね。「原則予約制である」という点は,私たち日本の医師からするとユニークなところだと思います。日本の診療所外来は,当日の飛び込みで受け付けた順に受診できるというスタイルが中心でしょうから。

 英国も以前はそのスタイルが中心だったと聞いています。今も予約を必要としないwalk in clinicやオープン外来を提供する診療所は少なからず存在しますが,やはり予約制がメジャーです。

 では,予約を受け付ける枠が「慢性枠」と「急性枠」とに分かれている点も,日本から見ると特徴的に映るかもしれません。慢性枠は,糖尿病,高血圧などの比較的安定している慢性期の問題に対応し,前もって予約を受け付けています。一方で急性枠は,「喉が痛い」「高熱で震えが止まらない」などの急性期の問題に対応する枠で,当日に予約を受け付けています。

川越 1日で診る患者さんのうち,慢性枠と急性枠の割合はどのようになっていますか?

 おおむね半々になるように調整しています。ただ,その点は地域住民の受療行動に応じ,柔軟な対応を心掛けています。急性枠を必要とする患者さんが増える傾向にある連休明けであれば,急性枠の割合を増やしておく,といった対応もしているんですよ。

川越 なるほど。その点は事前予約制だからこそ,ある程度の調整が可能であるとも言えますね。

気軽に利用できる「電話相談」

川越 診療所の医師が,外来の他,電話相談もされているということでしたが,これは日中もずっと電話を受け付けているということでしょうか。

 はい。外来に出ている医師とは別に,「duty doctor(当番医)」と呼ばれる医師が必ず配置されています。診療所が開いている8時-18時半までの間,患者・家族,さらには診療所内の他職種,地域のヘルスケア・ソーシャルケアの専門家からのあらゆる相談事に電話で応じます。こうした役割上,当然,このサービスは予約も必要としません。

 具体的には,急に体調が悪化して急性枠を電話で申し込んだけれど,すでに枠が埋まっているケース。こうした場合は,duty doctorが対応することになります。電話口での相談を行い,ニーズや希望によっては,duty doctorの外来に来ていただいたり,同僚の家庭医に往診を担当してもらったり,と対応策を講じています。

 なかなか診療所に来院できないという方への対応も,このduty doctorが担っていますね。例えば,多忙でなかなか診療所に来院できないビジネスマンが,「花粉症がひどくて」と電話をかけてくることだってあります。すると,duty doctorは電話でこの方から病歴を聴取し,診断を下す。そしてその方の最寄りの薬局へ電子処方箋を送信し帰り道に受け取れるように手配する。こうした対応も行っているんです。

川越 電話相談は,1日どのぐらいの件数があるのでしょうか。

 日によってばらつきはありますが,1日当たり少なくて20件,多くて70件ほどでしょう。

川越 澤先生もduty doctorとして働く日もあるわけですよね。

 はい。診療所の家庭医が輪番で行うことになっているので,私も週に1回はこの役目を担っています。

午前と午後の合間に在宅へ

川越 を見ると,午前と午後の外来の間に,家庭医は在宅での診療も提供されているということですね。この間,お昼休みもとられると思うのですが,この時間帯の過ごし方についてもう少し教えていただけますか。

 私の場合,ミーティングがある日はまずそれに参加し,その後に患者さんのお宅を回っています。診療所に戻ったら,お昼ご飯を食べつつ,電子カルテに診察内容を記録。それから午後の外来が始まるまで,他の専門家から送られてくる手紙を読んだり,紹介状を作成したり,血液検査や画像検査などの結果を電子カルテ上でチェックしたりしていますね。

 在宅医療としては,当院では家庭医一人ひとりが1時間強の時間をかけて,平均2-3件,最大4件程度の患者宅やナーシングホームなどのケア付き住宅を回っています。

川越 ちなみに予期せぬ病状の変化に対応する往診と,定期的な訪問診療の割合はどのようになっていますか。

 往診のほうが割合としては多いです。

川越 なるほど。当院では訪問診療5に対し,1の割合で往診対応の必要性が発生していますので,この点は違いが見られます。

 在宅医療も,決して医師単独ではなく,多くの専門家の力を借り,チームで対応しているという状況です。

川越 家庭医の日々の過ごし方という輪郭は,おぼろげながらつかめてきました。しかしながら,さらに家庭医の射程を知るためには,プライマリ・ケア領域の他職種や,二次医療における各科の専門医などについても伺っていく必要がありそうですね。

つづく


 以前は特定のGPとの登録制だったが,現在は診療所への登録制。グループ診療が主流であることから,住民は,診療所の複数の医師の中からかかりつけの医師を自由に選択できる。特定のかかりつけ医がいたとしても,希望に応じてその都度,自由に選択可能。登録した診療所と“ウマが合わない”場合は,地域内の他の診療所にいつでも変更できる。家庭医を経て,病院の医師にかかる場合,イングランド内であれば,患者はどこの病院でも希望できる。年内には住民の住んでいる場所にかかわらず,イングランドのどの診療所にも登録可能になることが予定されている。

参考文献
1)Roland M, et al.Primary Medical Care in the United Kingdom. J Am Board Fam Med. 2012 ; 25 (Suppl 1) : S6-11.
2)Health & Social Care Information Centre. General and Personal Medical Services : England 2003-2013. http://www.hscic.gov.uk/catalogue/PUB13849/nhs-staf-2003-2013-gene-prac-rep.pdf


川越正平
1991年東京医歯大卒。虎の門病院内科レジデント,同院血液内科医員を経て,99年医師3人のグループ診療の形態で,在宅医療を中心に行う「あおぞら診療所」を千葉県松戸市に開設。

澤 憲明
英国での高校課程を経て,2007年レスター大(前レスター大/ウォーリック大)医学部卒。初期研修プログラムを経た後,12年に英国家庭医療専門医教育および認定試験を修了。同年より現職。

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