医学界新聞

寄稿

2014.11.10



【寄稿】

高知県における早産予防の取り組み
妊婦健診時の「子宮頸管長測定」「腟分泌物細菌検査」導入の有用性

福永 一郎(高知県健康政策部健康対策課長)


 高知県では,早産予防を目的として妊婦健診時に2つの検査を導入した。導入してまだ日は浅いものの,一定の成果が期待できると感じたので,本稿ではその取り組みについて紹介したい。

県内のNICUがパンク,周産期医療の見直しが必要に

 高知県内の産科医療機関は一次(診療所21,そのうち健診のみは13),二次(市中病院5),三次(高知医療センター,高知大)に編成され,おのおの連携を行いながら周産期医療を実施している(2014年9月現在)。高知県は東西に長く(千葉県銚子市から静岡市までの距離に相当),北は峻険な四国山脈に阻まれ,他県との行き来が不自由である。そのため,先人たちによって30年にわたり,県内で三次医療まで完結できる仕組みの構築が行われてきていた。

 しかし,11年の秋以降,母体搬送が大きく増加し,早産児の出生が増え,NICUの満床状態が恒常化。関係者の献身的な努力にもかかわらず,12年5月,ついに県内のNICUがパンクする事態に見舞われた。県内で母体搬送を受け入れることができなくなり,ヘリでの県外搬送を余儀なくされたのである(なお,この事例は再び県内へ逆搬送され,正期産で出産している)。

医会,学会,行政が一体となり,妊婦健診での検査を開始

 この事態を前に,高知県産婦人科医会(以下医会)と高知産科婦人科学会(以下学会),行政(高知県)は強い危機感を抱き,12年6月に医会と学会からの呼び掛けにより「高知県周産期医療体制崩壊の危機に関する緊急招集会議」を開催。県内のほとんどの産婦人科医,新生児科医の参加を得て,行政も出席し,早産防止対策を喧々諤々と話し合った。その結果妊婦管理の確実な実施と適切な紹介・母体搬送を再確認し,新たに早産予防のための方策を妊婦健診に追加することが決議された。

 この結果をもとに,周産期医療協議会(以下協議会)での決定を経て,12年9月から,妊婦健診時に超音波検査による子宮頸管長測定を県下一斉に開始した。この検査は,子宮頸管無力症の早期発見と対応を目的とする。

 引き続き協議会において基礎検討を行い,絨毛膜羊膜炎の発生予防を図るため,妊娠早期の細菌性腟症の診断と,治療につなげる手段として腟分泌物の細菌培養検査を県の補助事業(全市町村が事業を実施)として予算化し,13年4月から県下一斉に開始した(図1)。

図1 県内で実施している子宮頸管長測定と細菌性腟症スクリーニングのプロトコール(クリックで拡大)
「妊婦一般健康診査実施の手引き」にまとめ,県内全ての産科医療機関に配布し,取り組みを徹底した。

 現在,全妊婦に対するこの2つの検査は,県内全ての産科医療機関で実施されている。これらの検査の水準を維持し,一次医療機関から二次医療機関への早期紹介,三次医療機関への母体搬送を円滑に行うため,13年度には「妊婦一般健康診査実施の手引き」を作成し,「高知県母体・新生児搬送マニュアル」を全面改訂した。なお,細菌検査で評価するNugentスコアについては,高知県臨床検査技師会微生物検査研究班の協力により,全県統一的に精度管理している。

 高知県での検査導入検討時点で,中核医療機関と一部医療機関との間で子宮頸管長測定を実施している県や,細菌培養検査を全県的に導入していた例はあるが,両方を県下一斉に行った例はなく,全国初の取り組みであったと記憶している。

母体搬送件数,超低出生体重児の割合が減少

 本稿執筆現在,検査を導入して2年が経過した。三次周産期医療施設2施設に母体搬送された例でみると,対策実行前の12年1-6月と,対策実行後の14年1-6月の6か月間を比較すると,28週未満で母体搬送された件数は26件から10件に,28週未満で分娩に至った件数は16件から1件となった。妊娠32週未満で破水して母体搬送となった件数は10件から3件となった。また,人口動態調査によると超低出生体重児の割合も減少した(図2)。

図2  全出生数に占める超低出生体重児の割合
全国水準と比較して高かった超低出生体重児の割合も,取り組み開始後は水準を下回る結果が得られた。

継続的な評価とともに医療体制の強化が課題

 これらは短期間の変化であって,今後継続して評価する必要があるが,子宮頸管無力症の早期発見,医学的管理の徹底による妊娠期間がきわめて短い早産の減少,細菌性腟症の診断と早期治療による絨毛膜羊膜炎への進展例の減少が,これらの数字に反映されている可能性がある。こうした結果は,三次医療機関の先生方の献身的な努力に加え,産科診療所である一次医療機関と,二次医療機関である市中病院の不断の努力の賜物であり,高知県の医会・学会の先生方の強い団結力と高い使命感に深謝しているところである。

 現在,周産期医療にかかわる先進的な診療・研究を実施できる体制の構築に向け,昨年協議会内に検討会を設置した。若手,中堅の産科医の参加を得て,この2つの検査の効果についての研究に取り組んでいるところだ。

 こうした早産予防の取り組みを進める一方,県内で三次医療まで完結することをめざした,NICUをはじめとする周産期医療資源の強化を図る必要もあろう。その点については,高知県周産期医療体制整備計画を大幅に改訂。国と協議を重ねた結果,12年から15年までの間に,NICU6床(18床→24床),GCU4床(23床→27床),GCU後方病床3床,産科病床14床,計27床の増床が行われることとなった。さらに高知県庁内の組織体制も強化し,12年9月には周産期医療推進チームが,13年4月には健康対策課内に周産期・母子保健推進室が設置されている。

 現在も,高知県の周産期医療をめぐる状況は非常に厳しいものがあり,次々と困難な課題は現れてくる。やはり今後も医会,学会,行政が一体となって,周産期医療対策を推進していくことが重要であると考えている。


福永一郎氏
1987年岡山大医学部卒。耳鼻咽喉科臨床,香川県庁勤務などを経て,99年より香川医大(現・香川大)衛生・公衆衛生学助教授。2003年保健計画総合研究所長,09年高知県須崎福祉保健所保健監を歴任した後,12年より現職。高知大医学部臨床教授,高知ギルバーグ発達神経精神医学センター副参事兼務。専門は母子保健,健康政策の立案と評価,障害保健福祉。

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