医学界新聞

2014.10.27



Medical Library 書評・新刊案内


《精神科臨床エキスパート》
抑うつの鑑別を究める

野村 総一郎,中村 純,青木 省三,朝田 隆,水野 雅文 シリーズ編集
野村 総一郎 編

《評 者》渡邊 衡一郎(杏林大教授・精神神経科学)

苦労した症例から学ぶ「抑うつ」診断・治療のコツ

 今から10年前,「抑うつ」は治療が簡単な病態とみなされていた。当時,治療の主流となっていた選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)はQOLに悪影響を及ぼすような副作用が少なく,抑うつ症状だけでなく,さらには不安にもその効果のスペクトラムが広がったためである。しかし昨今,「抑うつ」との主訴ながら治療者が難渋する例をよく目にする。抗うつ薬治療が時として負の転帰をもたらす病態があることもわかってきたし,双極性障害への関心も高まってきた。そのような中で今回のズバリ「鑑別を究める」と題された本書を,一気に読んだ。また医局に本書を置いていたところ,何人もの医局員が関心を持って読んでいた。

 本書は編者である野村総一郎氏が今最もこだわり,かつ究めたいと思う内容と推察できるものであり,執筆者も各サブスペシャリティのエキスパートたちである。編者自身による「序論:抑うつ診断の難しさ」における本書の論点の整理,さらには気鋭の杉山暢宏氏による「抑うつの精神医学的意味」における,「抑うつ」というものの原点に戻って診断・治療について再考するという作業。まず,この2章で頭が整理された後に,鑑別となる多くの疾患について,「抑うつ」症例を詳細に呈示している。さらに,最新のDSM-5を用いて診断基準を説明するだけでなく,鑑別のポイントや診断のためのツールまでも紹介している。統合失調症や発達障害,パーソナリティ障害,身体疾患,児童思春期の疾患から高齢者のアルツハイマー病に至るまで,「抑うつ」を示し得るほとんどの疾患が網羅されている。どの章も図表を用いて非常にわかりやすくポイントが示されている。また治療を含めた対応についても具体的に記載されており,読者に優しく手を差し伸べている。

 執筆者自身が苦労した症例の紹介から垣間見えるものもある。臨床に携わる者ならば誰しもが経験のある診断の迷いがあり,読んでいるうちにうなずく箇所がいくつもあるだろう。あるいは,今難渋している患者をあらためて観察・検討するよいきっかけ,ヒントともなり得る。もちろん,「抑うつ」と関係なく独立して各疾患を理解する目的で参考書のようにして使うことも可能である。本書は,混沌としている「抑うつ」の治療に対して確実に一石を投じることになるだろう。日常臨床で迷った際に,経験年数にかかわらず参考となる必携の書と言えよう。

B5・頁244 定価:本体5,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01970-5


《精神科臨床エキスパート》
重症化させないための
精神疾患の診方と対応

野村 総一郎,中村 純,青木 省三,朝田 隆,水野 雅文 シリーズ編集
水野 雅文 編

《評 者》渡辺 洋一郎(日本精神神経科診療所協会会長)

早期段階の患者対応に迷う臨床現場へのヒント

 まず,この本のタイトルに考えさせられた。言われてみればまさにそのとおり,重症化させないことが重要なのである。考えてみれば,一般身体疾患への対応は重症化させないことが治療の中心である。高血圧,糖尿病などほとんどの身体疾患は生理的にみれば根本的には治っているとは言い難いことが多い。何らかの対処や対応により,日常生活に支障なくコントロールできればそれで目的は達成しているといえるのである。精神疾患においてもまさに同じことがいえる。たとえ精神障害に罹患したとしても,最も重要なのは,本人にとって満足のできる日常生活が送れるようになるかどうかである。

 精神科医療においては「入院から地域へ……」と言われて久しい。国も2004年9月に策定された「精神保健医療福祉の改革ビジョン」において「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本的方策をうたっている。確かに,長期入院患者を地域に移行し,地域で生活できるよう支援していくことは非常に重要なことである。しかし,同時に,地域で暮らしたいと希望する通院者ができるだけ入院しないで済むような医療,重症化を防ぎ,満足した日常生活が送れるような支援を考えていかねばならない。さらには,市民の精神障害を予防できるところまで機能できればそれが最大の貢献であろう。精神疾患の予防という観点は重要である反面,さまざまな難しい面を有している。不安,抑うつなどといった症状は精神疾患として重要な症状であるが,同時に人間としてごく当たり前の情緒でもあり,どこから疾患として扱うのか……過剰診断,過剰治療の問題が取り沙汰されることも少なくない。そのほかにもプライバシーの観点,家族,学校,職場,社会からの視点も欠かすことができない。

 本書の序論で編者の水野雅文先生が「臨床現場にあって『発病していない人は診ません』という看板はありえない」と記されている。まさにその通りである。精神疾患も身体疾患と同様に予防,早期介入が有用であることは確かであろう。問題は診方と対応の方法なのである。いかに,目の前の対象者を生物学的のみならず,心理学的にも社会学的にも理解し,そして,適切な倫理的な配慮をもって対応できるかが問われている。本書はその方法論に的確なヒントを与えてくれる。随所に多角的な視点が盛り込まれており,治療導入のタイミング,あるいは患者・家族説明のポイントといった観点,学校や産業現場の視点,地域や他科医療機関・救急現場の視点,早期介入のリスク,あるいは臨床倫理の視点からも幅広く論述されている。

 これからの精神科医療を考えるべき今日,本書が発刊された意義は極めて大きい。

B5・頁304 定価:本体5,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01974-3


誰も教えてくれなかった 乳腺エコー

何森 亜由美 著

《評 者》尾羽根 範員(住友病院診療技術部超音波技術科)

「何となくおかしい」が理論的に裏付けられる書

 何ともインパクトのあるタイトルの書である。乳房超音波を解説しようとすると,どうしても疾患を列記してその画像所見の特徴は……となる。いきおい検査もその所見に適合する画像を見つけようとする。検査の導入や総合的な解説としてはそれで間違いではないのだが,本書はそれと全く違う方向から切り込んでおり,まさに『誰も教えてくれなかった乳腺エコー』である。

 高分解能の装置を駆使して,普段最も多く見ているであろう正常乳腺の構造を,その画像の成り立ちから徹底的に解説を加えている。正常構造を知ってこその異常所見であるということを痛感させられ,それが小さな病変や鑑別困難な症例を見分ける道だと著者は説いている。

 プローブ走査には著者独特といってもよい方法が解説されている。一般的な走査法とは異なる部分があるのだが,正常構造からの逸脱部を探すという信念に基づいての走査であり,よくありがちな「こうしなければならない」という考えはひとまずおいて,走査の意味を考えてみることをお勧めする。また,これまで意外と触れられていなかった,どの範囲を走査すればいいのかという疑問にもページを割いて解説が加えられている。乳房をくまなく走査するという第一義に基づき,自身の走査を振り返ってみるよい機会だろう。

 画質設定については,昨今の画像処理全盛の画調に対して,階調度を重視して質的診断を意識した条件が呈示されている。不自然なまでに構造物を連続させることなく,構造の詳細を読み取ることができる画質からは,“病変は構造の変化から読み取るものだ”という著者の声が聞こえてくるようで大いに共感する。

 そしていよいよ腺葉構造読影による乳房観察の実践例へと章が進む。画像とシェーマで詳しい解説が加えられているが,慣れないうちは,どこに差があるのか理解が難しいかもしれない。本書にはQRコードによる動画配信が付録として用意されている。動画像を見ることで大いに構造を読み解く助けになるだろう。われわれも日頃の検査で小さな病変を発見したり,良悪性を見分けたりしている,何となくおかしいという雰囲気が,本書によって理論的に裏付けられていることに感嘆を覚えたのは事実である。

 最近,マンモグラフィやMRIなどで指摘された病変を超音波で検索する2nd look USをよく耳にするが,その際の位置合わせについても,構造を基にして詳細に解説されており,助かる検者は非常に多いのではないかと思う。

 著者の考えを,経験を,とことん解説している本書を読み込んで検査に活用してほしい。最後に蛇足ながら実際の検査について述べておきたい。画面に食い入るように一点に集中して観察するのではなく,全体を眺めるような気持ちで走査し,ここぞとなれば集中する。そういう緩急の使い分けが正常構造からの逸脱部を探すコツではないかと愚考する。

B5・頁168 定価:本体5,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01938-5


臨床医のための小児精神医療入門

日本精神神経学会 小児精神医療委員会 監修
齊藤 万比古,小平 雅基 編

《評 者》黒木 俊秀(九大大学院教授・臨床心理学)

児童精神医学が総覧できる初心者に最良のガイドブック

 今日,一般の精神科診療においても発達障害の比重が増えつつあることから,児童精神医学に対する関心と期待がかつてないほど高まっている。ところが,初めて児童精神医学を学ぼうとする者が戸惑うのは,その基本となるパラダイムが複数あり,統合されていないことである。まず,わが国では,従来から,力動精神医学の立場から子どもの精神発達を理解しようとする児童精神科医が少なくない。一方では,小児心身医学や小児神経学など,小児科領域から児童精神科医になった人たちもいる。さらに,近年の自閉症スペクトラムの病態の理解や支援には,TEACCHに代表される臨床実践の背景があるし,発達に関する認知心理学の進歩も目覚ましい。果たして,どこに基軸を置くことが最も適切に児童精神医学の基本を学ぶことになるのだろうか。M.S. Mahlerの分離-固体化理論を理解することと子どもの神経発達を理解することと,どちらが児童精神医学の基本であろうか。

 本書は,こうした児童精神医学の初心者の悩みに対して最良のガイドブックとなってくれるだろう。もともとは国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科において実施されてきた小児精神医療の専門家養成のための研修コースのテキストを資料としている。内容は総論と各論に分かれ,総論では子どもの精神発達や神経発達,母子関係など,児童精神医学の基本概念を扱い,各論は子どもの精神疾患や特有の臨床的問題(虐待や不登校など),検査,ケース・フォーミュレーション,治療介入技法,連携機関などを網羅している。特筆すべきは,各項目が,要約,理解度を点検するためのチェックリスト,視覚的な自由ノート,初級・中級・上級からなる研修の達成目標,および引用文献と推薦図書という決まったフォーマットにより構成されている点である。極めて簡潔ながら児童精神医学を学ぼうとする者に必要なマイルストーンが明確に示されている。

 断っておくが,本書は一般的な児童精神医学の教科書ではない。しかし,各項目の要約と自由ノートに目を通すだけで,分厚い教科書を辞書程度にしか利用する機会のない一般の臨床家には,実に効率的に児童精神医学の全容を総覧することが可能である。児童精神医学が扱う領域が誠に広大であり,それ故さまざまな見方があり得ることが理解できるだろう(初心者が戸惑うのも当然である)。編者らの狙いも,その点にあるらしく,「あとがき」に次のように記している。

 (“子どもの心の診療”が)「幅広いことに気づかず,すべて自分の得意な領域だけで説明しようとすると,診断が単一化していくことは当然の流れです」。

 それ故,時々「うちはほとんどの患者が自閉症」「うちはトラウマの患者ばっかり」と言う「専門家」がいるが,今後の児童精神医学の発展のためには好ましいことではないと編者らは危惧しており,それが本書の企画発案の動機でもある。編者らの見識の高さと戦略の巧みさに敬意を表したい。

 本書を「学び」の指針として,バランスの取れた児童精神医学の専門家が育ってゆくことを願う。

B5・頁240 定価:本体3,600円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01906-4


正しい膜構造の理解からとらえなおす
ヘルニア手術のエッセンス

加納 宣康 監修
三毛 牧夫 著

《評 者》早川 哲史(刈谷豊田総合病院副院長)

過去の多数の文献を正確にひもといたバイブル的教科書

 外科学の黎明(れいめい)期から今日までに変わることのない大原則は,正確な解剖の理解です。われわれ外科医師が安全で質の高い手術を行うためには,過去の歴史の真実をひもとき,正しい解剖を認識した手術手技を完成させなければなりません。近年では従来認識できなかった腹壁解剖も次第に解明されており,内視鏡外科手術の導入により手術法や手術手技もさらに多様化しながら変化しています。鼠径部や腹壁ヘルニアは個々の症例ごとに手術前の状態や解剖の状況が異なり,完全に定型化した手術が行えないことが多々あります。基本的な腹壁解剖を熟知した上で,個々の症例に見合ったヘルニア手術を完遂させ,患者様にとって短期的にも長期的にも高いQOLが維持できる手術を提供する必要があります。

 わが国で1990年代に内視鏡外科ヘルニア修復術が開始された当時は,不鮮明な暗い2次元画像による手術でした。現在では鮮明な高解像度画像や3D画像の手術が可能となり,鼠径部や腹壁解剖が腹腔内から解明されつつあります。これまで認識できなかった微細な膜構造や神経・血管走行が認識できる時代となり,数々の新しい知見が得られています。それに伴い,多彩な解剖学的用語や数々の解剖認識についての相違が報告されています。今後この異なった用語を統一する方向で検討しながら,正しい腹壁解剖を認識した術式を普及させていくことが重要です。この20年以上の歴史の中で腹壁ヘルニアに対する内視鏡外科手術での手技は大きな変遷が見られますが,まだまだ質の高い手術手技が普及しているとは思えません。2014年の診療報酬改定により日本での内視鏡外科手術数も大きく増加しています。今後ますます多様化していく鼠径部や腹壁ヘルニア治療の手術手技に向かって,若い外科医師はさらなる努力と勉強が必要となります。

 本書は過去の多数の文献を正確にひもとくことで,鼠径部や腹壁の解剖を詳細に記述し,手術手技や歴史も解説した一つの重要なバイブル的教科書といえます。若い内視鏡外科医は本書のような教科書を熟読し,過去から引き継がれて発展してきた手術手技や解剖を十分理解し,現在も解明されつつある新しい知見を得ながら,さらに新たな時代を開拓していただきたいと思います。

A4・頁212 定価:本体9,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01927-9

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