医学界新聞

寄稿

2014.10.27



【寄稿】

うつ病治療に新たな可能性をもたらす
反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)への期待

鬼頭 伸輔(杏林大学医学部精神神経科学教室・講師)


 ヒトの脳は千数百億の神経細胞(ニューロン)から構成され,これらのニューロンは複雑な神経回路(ネットワーク)を形成している。神経細胞の軸索から末端に電気信号が伝わり,シナプスでは,アセチルコリン,セロトニン,ドパミン,ノルアドレナリンなどの神経伝達物質が化学信号として次のニューロンに伝達される。脳が活動するときには,神経ネットワークに電気信号,化学信号が駆け巡ることになる。したがって,脳は電気化学的な臓器と言える。

 従来の精神神経疾患の治療は,神経伝達物質を修飾する薬物療法に限られていた。一方,本稿で紹介する反復経頭蓋磁気刺激(rTMS,repetitive transcranial magnetic stimulation)は,脳を非侵襲的かつ局所的に刺激することで,神経軸索に電気信号を発生させ,ニューロン,神経ネットワークを修飾し,疾患の治療を試みようとする方法である。

既存の薬物療法に反応しないうつ病の治療法として期待

 日本国内のうつ病患者数はおよそ100万人と推計されている。国内外のガイドラインでは,中等症以上のうつ病には薬物療法が推奨されるが,約30%の患者は薬物療法に反応しないとされる。うつ病の治療戦略において,新たな治療オプションの導入が喫緊の課題とされる中,1990年代よりうつ病治療に応用されるようになったのが,rTMSだった。

 経頭蓋磁気刺激(TMS)とは,約200μsの瞬間的な電流をコイルに流して変動磁場を生じさせ,それに伴う誘導電流によって主に神経細胞の軸索を刺激する方法をいう。そのうち規則的な刺激を連続して行うものがrTMSである。もともとは神経生理学的な研究のツールや神経内科領域の検査方法として利用されており,10-20 Hzの高頻度刺激は脳活動を増強し,1 Hzの低頻度刺激は脳活動を抑制することがわかっている。

 抗うつ薬による薬物療法では,その薬理学的特徴に基づくさまざまな系統的副作用が認められるが,rTMSでは原理的に系統的副作用はなく,電気けいれん療法に伴う健忘や認知機能障害も生じない。安全性や忍容性に優れており,既存の薬物療法に反応しないうつ病患者への新規抗うつ療法として,期待されたのである。

重篤な副作用はないがけいれん発作の誘発に注意

 rTMSは,その刺激部位や刺激頻度によって脳活動に及ぼす作用が異なるため,多くの場合は脳機能画像研究から得られた知見に基づき,疾患の病態に関連した脳領域や神経ネットワークが治療標的となる。うつ病では前頭前野と辺縁系領域の機能不全が想定されており,特に左背外側前頭前野の低活動は再現性の高い所見とされ,rTMSの刺激部位として選択されている。

 それでは,rTMSによるうつ病治療は,どのように行われるのだろうか。標準的には,10 Hz,120%MTの刺激条件で左前頭前野を刺激する。この刺激を4秒間,26秒間隔で1日あたり37分30秒行い,それを週5日,4-8週間継続する。推奨されるのは,電気けいれん療法が適用となる患者を除き,中等症以上のうつ病で抗うつ薬による薬物療法に反応しない患者で,実臨床に近い非盲検下での寛解率は30-40%である。

 頻度の高い副作用としては頭痛,刺激部位の疼痛,不快感,筋収縮などが10-35%に見られるのだが,これらの副作用は治療日数を重ねるにつれて慣れが生じ軽減するため,これが原因でrTMSが中止となることは少ない。一方,注意すべき有害事象としては,けいれん発作の誘発がある。けいれん発作は,原則的にrTMSの刺激中か,もしくは刺激直後に生じる。その頻度は患者1人あたり0.1%未満だが,事前に,てんかん,けいれん発作の既往について問診することが必須となる。

米国では既に認可済み,日本でも審査が進む

 筆者がrTMSを知った2000年当時,うつ病治療については薬物療法以外では電気けいれん療法が確立していたが,安全に行うためには前処置などに麻酔科医の協力が必要であった。rTMSには筋弛緩薬や静脈麻酔薬などの投与が不要であり,新しいうつ病治療として期待できるのではないかと考え,興味を持った。国内の精神神経科領域では,rTMSはまだほとんど認知されていなかった時代だが,杏林大学でも全国に先駆け1999年から臨床研究を開始しており,神経画像研究と組み合わせることで,rTMSの抗うつ機序や疾患の病態生理の解明,治療反応性マーカーの探索に注力してきた。

 一方米国では,2008年10月にうつ病へのrTMS治療が認可された。現在まで延べ8000人以上のうつ病患者が,平均30回のrTMSを受けており,そのうちおよそ30-40%の患者が,寛解に至っているとされる。

 の(3)Neuronetics社,(4)Brainsway社のrTMSは,どちらもうつ病の治療機器として開発されたもので,米国では2008年10月,2013年1月にそれぞれ認可済である。一方日本では,(1)MagVenture社,(2)Magstim社のrTMSが,厚生労働省の「医療ニーズの高い医療機器等の早期導入に関する検討会」にて選定された。現在,日本精神神経学会の「ECT・rTMS等検討委員会」で,両社のrTMSを先進医療として申請することを検討している。また(3)Neuronetics社のrTMSは,現在,医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認審査中である。

 rTMS機器4種の承認状況
※ CEマーキングとは,欧州連合(EU)地域で販売される製品に貼付される安全基準適合マークのこと。

適正使用のためにはガイドラインの策定も必要

 rTMSのうつ病治療におけるメリットをあらためてまとめると,
・安全性と忍容性に優れていること
・電気けいれん療法と異なり,筋弛緩薬や静脈麻酔薬などの前処置が不要であるため,外来でも実施できる

 といった点が挙げられよう。一方,その治療期間は,週5日,平均6週間である。臨床ではより速やかな効果発現が望まれるため,刺激条件や刺激部位,刺激方法など改善すべき余地が残されている。

 現在rTMSは,うつ病はもとより,脳梗塞,パーキンソン病,神経原性疼痛,てんかん,統合失調症,依存症などの疾患にも試されている。今後,本邦への導入に際しては,適正な使用を目的としたガイドラインの策定も必要である。近い将来,rTMSが新しいうつ病治療のオプションとして普及することを期待する。


参考文献
1)鬼頭伸輔.磁気刺激の応用:うつ病の治療.医学のあゆみ.2013;244(7):617-20.
2)鬼頭伸輔.経頭蓋磁気刺激療法――治療器としてのわが国への導入を目指して.Current Therapy.2014;32(6):572-6.
3)鬼頭伸輔.国内外におけるrTMSの現況,安全性に関する留意点.精神神経学雑誌.inpress.
4)Higgins ES, et al. Brain Stimulation Therapies for Clinicians. American Psychiatric Publishing. 2009.
5)George MS, et al. The expanding evidence base for rTMS treatment of depression. Curr Opin Psychiatry. 2013;26(1):13-8.


鬼頭伸輔氏
1999年岩手医大卒。国立精神・神経センター武蔵病院(現国立精神・神経医療研究センター病院)にて研修後,2003年より杏林大医学部精神神経科学教室勤務,08年より現職。09-10年米ハーバード大に留学。12年には,日本精神神経学会の優秀論文賞「フォリア賞」を受賞。13年,日本薬物脳波学会奨励賞,杏林医学会研究奨励賞,日本総合病院精神医学会最優秀ポスター賞などを受賞。専門は精神医学,神経生理学,神経画像学,経頭蓋磁気刺激(TMS)研究。

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