医学界新聞

2014.09.29



Medical Library 書評・新刊案内


誰も教えてくれなかったスピリチュアルケア

岡本 拓也 著

《評 者》前沢 政次(京極町国民健康保険診療所ひまわりクリニックきょうごく所長)

プライマリ・ケア分野の全人的アプローチに

 的確な日本語訳のない用語は理解が難しい。スピリチュアルケアもその一つである。「霊的」「魂の」「精神の深い部分の」などいずれの訳語もピンとこない。

 新進気鋭のホスピス医・岡本拓也君がこの問題に取り組んだ。その基礎となっているのが構造構成理論である。岡本君は単著第一作『わかりやすい構造構成理論』(青海社)でケアにかかわる理論的枠組みを示した。

 そして今回,その哲学的基礎の上に立って『誰も教えてくれなかったスピリチュアルケア』を上梓した。

 本書がめざしているのは,スピリチュアリティ,スピリチュアルな経験,スピリチュアルペイン,そしてスピリチュアルケア,これら4つの概念の相互関係を明らかにすることである。

 まずは第1章でケア担当者が日常臨床で用いている技法を解説する。物語への傾聴,音楽,食事,ユーモアと笑顔,愛することなど,さりげなく交わされる触れ合いの中にケアの真髄を見いだすことができる。

 第2,3章は個別性の理解を踏まえて,「スピリチュアルな経験」を解説する。すし職人であった方の「しめサバ握りの物語」はホロッとさせられる。そして,第4章から第5章ではスピリチュアリティの内容を考察する。それを深めていくことによって,人間が経験によって築いていく「意味・価値・目的」の具体内容を明らかにし,人間誰もに備わっているスピリチュアリティの本質に迫る。医療では重要な課題なのに,医学ではほとんど無視されてきた領域に光を当てる。

 そして第6章はスピリチュアルペイン,第7章はスピリチュアルケアを定義付ける。ここで著者が強調するのは,スピリチュアルペインやケアが,ある限られた分野の特殊な状況で生じることではなく,日常生活のただなかで感じ合う痛みであり,ケア担当者があらゆる場面で持つべき態度・姿勢であることである。

 本書を読んで抵抗を感じるとすれば,それは構造構成理論の用語がしばしば使われていることであろう。著者はそのために「より詳しく学びたい人のためのコーナー」「Q&A」を使って優しく解説する。その中にも珠玉の言葉がちりばめられている。

 ケアの全てに活用できる本である。特にプライマリ・ケア分野で全人的アプローチの振り返りに役立てていただきたいと願っている。

A5・頁208 定価:本体2,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02010-7


実践 がんサバイバーシップ
患者の人生を共に考えるがん医療をめざして

日野原 重明 監修
山内 英子,松岡 順治 編

《評 者》堀田 知光(国立がん研究センター理事長/総長)

がんサバイバーシップをわかりやすく体系化した書

 わが国でも「がんサバイバーシップ」という概念がようやく普及し始めている。がんサバイバーシップとは「がん経験者がその家族や仲間とともに充実した社会生活を送ることを重視した考え方」を意味している。かつて,がんは不治の病として長期の入院などにより患者は社会から切り離されてきた。しかし,今では早期発見や治療法の進歩などにより生存期間が延長し,多くのがんは長くつきあう慢性疾患として,がんと共に暮らすことが普通の時代になりつつある。

 がん体験者は患者であると同時に生活者であり,社会人でもある。2012年に閣議決定された第2期がん対策推進基本計画では,「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」が全体目標の一つに加えられた。今日,がんは日本人の死亡原因の第1位で年間に約36万人ががんで死亡しているが,一方で,直近のデータでは2014年に約81万人が新たにがんに罹患すると推計されている。したがって年間に約40万人以上のがん経験者が増える計算になる。就労を含めたサバイバーシップの充実は大きな政策課題といえる。

 本書はがんサバイバーシップ先進国である米国で乳腺外科医として多くの経験を積んでこられた山内英子医師を中心に,多職種の第一線の医療従事者,がん経験者および患者会,サポート組織など「患者の人生を共に考えるがん医療をめざす」関係者が自らの実践を通して書き上げたがんサバイバーシップのための手引き書であり,さまざまな課題に対する処方箋が盛り込まれている。章立てとして,初めに米国とわが国におけるがんサバイバーシップの歴史と発展について紹介し,2編「がんサバイバーシップの実践」では治療の後遺症や二次性発がん,就労や経済的な問題,精神的な問題などについて課題と対応策がわかりやすく書かれている。各職種に求められる関わりの章では医師,看護師,薬剤師,ソーシャル・ワーカー,理学療法士,作業療法士などそれぞれの職種に求められる役割について実践的に書かれている。また,本書の特徴として,4編「患者,家族とともに発展するサバイバーシップ」で患者自身の体験や患者会としての活動などが紹介されている。

 「がんサバイバーシップ」への取り組みはわが国でようやく広がりを見せている。しかし,がんサバイバーシップをどうとらえ,どのように取り組むべきかについて体系化された書籍はまだない。その意味で本書はその先導役を担う役割を持つと期待される。がんサバイバーシップに少しでも関心を持たれた方に,ぜひお薦めしたい一冊である。

A5・頁256 定価:本体3,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01939-2


エコーでコラボ
主治医と検査者の相互理解を深める心エコー奥義

三神 大世 監修
湯田 聡,山田 聡,赤坂 和美 編

《評 者》戸出 浩之(群馬県立心臓血管センター技術部)

心エコーを臨床で最大限に活かす

 循環器疾患の診断と病態把握における心エコー検査の重要性は広く認識され,各施設での心エコー実施数は飛躍的に増加してきている。心エコー検査は,ベッドサイドにおいて主治医自身が聴診器代わりに探触子を持ち,必要最小限の情報だけを得るという一つの側面がある。一方,超音波装置の高性能化と検査技術の進歩と相まって,より詳細で高精度な情報まで得られるようになり,多くの施設の大多数の検査がエコー室においてエコー専門医や技師の手により実施されるようになってきている。そのような状況では,心エコーを依頼する主治医と,それを受けて検査を実施する検査者の間で十分な意思疎通が必要で,それがなければ患者にとって万全な心エコー検査が実施できない可能性もある。そして,昨今の電子カルテ化やオーダリングの普及は,主治医の顔が見えない検査依頼と,検査者の声が聞こえない検査レポートという弊害を生んでいる背景がある。

 そのような中,「エコーでコラボ」と題した本書が登場した。本書は,心エコー検査において患者の主治医と検査者の相互理解を深め,両者のコラボにより心エコーを臨床に最大限に活かすことを主眼に置いた今までにない心エコーの実践書である。

 本書は,前半の総論において検査を依頼する主治医とそれに応える検査者の両者が知っておくべき基本的事項を述べている。ここでは,経胸壁および経食道心エコーの基本断面や基本計測に加え,心機能計測,弁疾患や短絡疾患などにおける定量計測の方法,注意点について述べている。

 後半の各論においては,実際の心エコー検査の依頼を想定し,依頼目的欄に記されることが多い症状や身体所見の異常,基礎疾患,主な心疾患などに項目分けし,それぞれで主治医が検査依頼する際の疾患のとらえ方,検査(者)へ求めるもの,検査者がそれにどう応えるべきかが簡潔に述べられ,さらには想定外の異常を見つけた際の考え方にまで踏み込んでいる。本書により,検査者は臨床のそれぞれの場面で心エコーに何が求められているか,どう応えるべきかを知ることができ,主治医は心エコーに何を求め,それをどう伝えるべきかを理解することができるであろう。

 本書のもう一つの大きな特徴として,執筆者が全て北海道の心エコー専門医と技師ということがある。かつて北畠顕先生(北大名誉教授)により北海道の地にまかれた心エコーの種を,本書の監修をされた三神大世先生が大切に育て,編集に携わられた湯田聡先生,山田聡先生,赤坂和美先生らにより北海道全体で今大きく花を開かせている。つまり,本書は北海道の心エコーの集大成であるともいえる。明治当初に北海道の厳しい自然の中で開墾・開拓していくためには,人々の協力,コラボレーションなくしてはなし得なかったであろう。本書は,そのような北海道だからこそ生まれた主治医と検査者のコラボのための一冊である。

 心エコー検査に携わる医師,技師はもちろん,依頼する多くの循環器医,他科の医師にもぜひ利用いただきたい一冊である。

B5・頁292 定価:本体5,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01742-8


神経症状の診かた・考えかた
General Neurologyのすすめ

福武 敏夫 著

《評 者》西澤 正豊(新潟大脳研究所所長・神経内科学)

卓越した臨床家による神経内科臨床の叡智の結晶

 亀田メディカルセンターの福武敏夫先生が「General Neurology」の素晴らしい書籍を上梓された。本書には一人の卓越した臨床家の手になる,まさに「臨床の叡智の結晶」というべき内容がつづられている。

 「序」に福武先生が述べておられるように,Adams and VictorのPrinciples of Neurologyの初期の版には,「筆者はこう考える」という一節が随所にあり,筆者の深い臨床経験に裏付けられた,説得力のあるコメントが添えられていた。福武先生も愛読され,こうしたスタイルを引き継がれて,本書には先生による貴重なコメントが数え切れないほどちりばめられている。評者はかつて,日本神経学会専門医認定委員会での専門医試験の問題作成にあたって,委員を務めておられた福武先生の臨床の深さに感心することしきりであった。本書をひもとく読者も,「なるほど!」と納得されるであろう。

 欧米の神経学科の外来診療は,通常まず「General Neurology」が担当し,必要に応じてアルツハイマー病,脳卒中,てんかん,運動異常症,神経筋疾患などの専門外来にreferされる。頭痛などのcommonな疾患はそのまま「General Neurology」が診療することになる。わが国ではスタッフ数の差が歴然としているために,このような分業体制をとれる施設はほとんどないので,外来担当医は神経疾患全般に通暁していることが求められる。

 特に頻度の高い神経疾患にアプローチするにはどのような注意が必要か,神経救急の現場では,緊急を要する神経疾患にはどのようなものがあり,どのようにアプローチすべきなのか,こうした基本的なプロセスを示し,考え方の道標となるべき良書はこれまでなかった。本書が執筆された目的の一つはこの点にあり,その目的は十分に達成されている。

 興味深いのは,「『奇妙』な症状」を呈した患者さんについての記載である(第I編 第7章)。「気のせい」「医学的に理解できない」などと切り捨てられがちな34症例が挙げられていて,大変参考になる。重複して引用されている症例は,それぞれの引用先まで戻らねばならないのが,本書では唯一残念なところで,機会があれば,ぜひまとめて読めるようにしていただきたい。

 最近の医学生はテキスト離れが進んでいるが,医学生にも,そして神経学を学ぶ研修医,学生や研修医を指導する立場の専門医・指導医にも,「General Neurology」に関する前例のない,優れた入門書として,本書を強く推薦したい。

B5・頁360 定価:本体5,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01941-5


ユマニチュード入門

本田 美和子,イヴ・ジネスト,ロゼット・マレスコッティ 著

《評 者》藤沼 康樹(医療福祉生協連家庭医療学開発センター長)

誰でも学べる高齢者ケアの本質

 フランス発の認知症高齢者ケアメソッド「ユマニチュード」の待望の解説書が登場した。

 日本が人類史上経験し得なかった高齢社会を迎えるに当たって認知能などの機能低下のある高齢者の増加に医療・介護・福祉がどのような姿勢をもって臨むのかということに関しては,主としてヒューマンリソース等のシステムに関する議論が,現時点では多いように思う。そして,ユマニチュードのようなケアメソッドが,今あらためて注目されているのは,医療や看護の領域から具体的なケア現場への発信が,必ずしも十分ではなかったことが背景にあるかもしれない。

 ユマニチュードという言葉は「人間らしさの回復」といった意味を持つ。そしておそらく,現象学あるいはメルロ=ポンティの身体論などの大陸哲学の影響があると思われるが,人間らしさとは,他者との関係性の中で保証され,「立つ」という身体機能に多くを依っているのだという原理に基づいている。ユマニチュードは,その具体的なケアの実践体系である。

 ユマニチュードの柱は,「見る」「話す」「触れる」,そして特別な地位を与えられている「立つ」の4つである。

 「見る」については,特に視線をとらえることがキーである。「話す」ことは「あなたはここにいる」という表現をすることであるとされ,それゆえ喋らない人にも語りかけねばならない。「触れる」ことが脳にもたらす情報量の豊富さが示され,特に5歳の子どもくらいの力で触れることが強調される。そして「立つ」ことは人間らしさの根源に関わることであり,この立つ時間を確保するために他の3つの柱があるといっても過言ではない。本書は,これらが魅力的なイラストとともに,わかりやすい日常言語で説明されており,非常に読みやすい。

 本書は病院や施設の高齢者ケアの現場を想定して書かれているが,評者のような地域の家庭医にとっても非常に参考になる。例えば,外来通院中のアルツハイマー病の患者で,診察室では無表情でいつも壁を見ているのだが,ある日評者が前方に回りこんで,視線をとらえて,「こんにちは~」と語りかけたところ,ニコッと笑顔になり,付き添って来られたご家族もびっくりされたという経験がある。また,在宅医療に携わる医師ならば誰しも経験するところだが,例えば病院入院中に誤嚥があったためベッド上で食事がとれないという評価で退院してきた患者が,必要に迫られて立位になったり,室内で少しの歩行を繰り返すことで驚くほど食事がスムースになっていくことがある。感覚的に「立位」の意義はわかっていたが,こうしてユマニチュードで強調されていることで再確認できた。

 ユマニチュードで展開されているメソッドは,実際にはこれまで高齢者のケアに携わってきた優秀な専門職の間では常識といえる部分もある。しかし,その常識はどちらかというと倫理や価値観を基盤にしていたかもしれない。ユマニチュードはそれらを,理論的基盤から説き起こし,具体的に他者に伝えることができ,施設のシステムの改革に結びつけられる形に展開していることが新鮮である。

 高齢者のケアに関わる全ての専門職の方たちに一読を薦めたい。

A5・頁148 定価:本体2,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02028-2

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