医学界新聞

連載

2014.09.08



モヤモヤよさらば!
臨床倫理4分割カンファレンス

生活背景も考え方も異なる,さまざまな人の意向が交錯する臨床現場。患者・家族・医療者が足並みをそろえて治療を進められず“なんとなくモヤモヤする”こともしばしばです。そんなとき役立つのが,「臨床倫理」の考え方。この連載では初期研修1年目の「モヤ先生」,総合診療科の指導医「大徳先生」とともに「臨床倫理4分割法」というツールを活用し,モヤモヤ解消のヒントを学びます。

■第9回 救急対応時には,どうすればいい?

川口 篤也(勤医協中央病院総合診療センター 副センター長)


前回からつづく

(大徳) またなんだか,モヤモヤした顔をしてるね。

(モヤ) あ,大徳先生! この前当直のときにかかわった,重症肺炎で救急搬送されてきた患者Tさん(90歳)のことでちょっと……。最終的に気管内挿管して人工呼吸器管理になったんですが,じっくり考える時間もなく結論を出してしまって,それでよかったのか……。

(大徳) 超高齢者の重症な急性疾患で,どこまで治療するかを急いで決めなければならない場面では,誰もが悩むよね。カンファレンスを開いて方針を決めるような時間的余裕もないし,患者と初対面で,ほとんど事前情報がない場合も多い。ただ,そういうときでも臨床倫理4分割の考え方は役に立つと思うよ。

(モヤ) そうなんですか?

(大徳) うん。私は「一人4分割カンファレンス」と呼んでるけど。最終的な方針を決める際に自分の頭の中で常に,臨床倫理4分割の4つの枠組み「医学的適応」「患者の意向」「周囲の状況」「QOL」を意識しておく,ということなんだ。

(モヤ) ふーん……。

(大徳) ピンとこないかな。じゃあ実際に振り返ってみようか。


(1)医学的適応

 90歳男性。来院時,意識レベル JCSII-20,体温 38.8℃,血圧96/50 mmHg,脈拍120/分,呼吸数30/分,SpO2(リザーバーマスクO2 6L/分)90%。胸部X線で右中下肺野に広範な浸潤影を認め,この時点で肺炎による敗血症,ショックと診断して点滴と各種培養採取後に抗菌薬投与を開始。グラム染色では肺炎球菌を疑うグラム陽性双球菌を多数認めた。

(大徳) 素早い対応だね。基礎疾患などはわかっていたの?

(モヤ) いえ……全くの初診で,本人からも病歴を聴取できないので,初期の指示を出してから家族に会って話を聞きました。普段は全く病院に通院しておらず,老人クラブの将棋サークルに一人で出かけていたそうです。前日から38℃の発熱が出現して1日寝込んでおり,この日寝床から起きてこないので見に行ったら,呼び掛けにあまり反応がなかったので救急要請したようです。

(大徳) 今回の病気の前までは,とても元気だったんだね。

(モヤ) はい,それで家族とも,できる治療はしましょうという話になったんです。

 ところが患者のところに戻ると,リザーバーマスク10L/分でもSpO2 90%前後と,酸素化が保てなくなっていました。気管内挿管して人工呼吸器管理が必要と思われましたが,正直,90歳の人に挿管すべきか迷いました。ただ,看護師さんにも急かされたので指導医の先生と相談し,僕が家族に話すことになりました。

(2)患者の意向,(3)周囲の状況

(モヤ) 娘さん夫婦がTさんと同居しています。娘さんは「本人が普段からとても元気だったので急に人工呼吸器が必要と言われてびっくりしているが,あまりにも急なのでなんとか助かってほしい」と言っていました。ただ,人工呼吸器について“延命”のイメージを持っており,装着を積極的に望まれてはいませんでした。

(大徳) Tさん自身は,どう考えていたのかな?

(モヤ) もう長く生きたのでいつ死んでもいいとは言っていたようですが,それが本心で言っていたかは娘さんもわからないようでした。

 僕もそこで,人工呼吸器を勧めることが本当に良いことなのか,何とも言えなくなって……いったん部屋を出て,再度,指導医の先生に相談しました。その後,指導医の先生から家族に説明して,人工呼吸器を着けることになったんです。

(大徳) なるほど。その後はスムーズに進んだの?

(モヤ) はい。でも,挿管を看護師さんに伝えたとき「えー,挿管するんですか?」と腑に落ちない顔をされちゃって,それにもなんだかモヤモヤと……。

(4)QOL,Next Step

(大徳) さて,Tさんのためにはどうするのが一番よかったのかを考えたいんだけど……まず大原則として,事前指示がないときの方針決定では,“救命”が最優先になる。年齢などは問わず救命を優先すべきで,そういう意味では初期対応は全く問題なかったと思うよ。

(モヤ) そうですか。よかったぁ。

(大徳) 次にすべきは,救命,治療を目的とするのか,治らない疾患の苦痛緩和をするのか,穏やかな死を迎えるのか,など,医療の目的を関係者で話し合うことだね。

 念のため聞くけど,本人の事前の希望は特になかったんだよね。

(モヤ) 僕もそれは気になって,念入りに聞いたのですが……。「いつ死んでもいいかな」とぼそっと言ったようですが,それが本心なのかどうか,家族で話し合うことなどはなかったみたいです。

(大徳) とすると,Tさんは

ADLが自立
病気の前までは将棋をするくらい元気
治癒の可能性のある疾患
事前に特別な希望(例えば輸血だけは絶対にしてほしくないなど)がない
家族も救命を望んでいる

ってことだよね。

 だから,基本的には全力で治療することに合意できると思うんだ。

(モヤ) じゃあ,今回の方針は間違ってなかったってことですね。そこまで言語化や整理ができてなかったので,人工呼吸器について否定的な意見が出たときに,強く勧めて本当にいいんだろうかと思い,何も言えなくなりました。まだまだですね……。

(大徳) いやいや。私たち医療者は,医療情報については圧倒的に患者・家族より多くを知っているけど,患者・家族についての情報は,本人たちのほうが圧倒的に持っているよね。モヤ先生には自覚はなかったかもしれないけど,自然とその前提に立って,短い時間のうちに患者の意向,周囲の状況まで聞き出して,方針を決めていたのだから立派だよ。

 だからあとは,説明の仕方かな。いきなり「人工呼吸器を着ける必要があります。着けますか?」と,家族に迫ったんじゃない?

(モヤ) うう,確かに……。

(大徳) さっき言ったように,まずは関係者間で医療の目的の合意があることが必要なんだ。それが共有されないまま,急に気管内挿管のような具体的な医療行為の話をされると,その行為の是非だけを考えてしまって,大きな目的を見失いがちになる。

 今回の目的は「延命ではなく,積極的治癒をめざす」ということだよね。そのために一時的に人工呼吸器を装着し,肺をサポートする必要がある,と順序立てて話を進めることが大切になるんだよ。

(モヤ) そっか……! 指導医の先生は,家族がなぜ人工呼吸器を延命と思うのか,ということも聞いた上で,そのあたりを自然に説明してました。だから家族も納得して,処置を受け入れてくれたんですね。

(大徳) そういうことだね。


 「医学的適応」だけで治療方針は決められないということは,皆さんもモヤ先生も,もう十分わかっていると思いますが,救急の場面でも同様です。あくまで救命を原則としつつ,時間の許す限り患者・家族の意向や現状について情報収集した上で方針を決め共有し,その実現のための努力をすることが重要です。

モヤ先生のつぶやき

 看護師さんが挿管に反対したのも,僕と同じように目的が見えてなくて,モヤモヤしたからなのかな。あらためてちゃんと話をして,救急場面での方針決定のやり方を共有したいな。早速飲み会かな!?

つづく

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