医学界新聞

2014.09.01



医学教育から新たな可能性を発信

第46回日本医学教育学会大会開催


 第46回日本医学教育学会が,7月18-19日,岡村吉隆大会長(和歌山医大)のもと,和歌山医大紀三井寺キャンパス(和歌山市)で開催された。和歌山にゆかりのある江戸時代の外科医・華岡青洲の言葉にちなみ,主題には「活物窮理――医学教育の本質を求めて」が掲げられた。本紙では学際的な視点から医学教育の広がりを検討するパネルディスカッションと,医学教育の利益相反(COI)について議論されたパネルディスカッションの模様を報告する。


文化人類学・社会学の視点から医学教育を学ぶ意義とは

岡村吉隆大会長
 医療の対象となる人間には,それぞれ多様な営みがあり,その理解には当事者の視点に立つことが求められる。準備教育・行動科学教育委員会企画「医学生のうちに学んでおきたい社会科学の質的アプローチ」(座長=東海大・和泉俊一郎氏,神戸市看護大・樫田美雄氏)では,医学教育における質的アプローチの有効性について検討された。

 文化人類学を専門とし,18年にわたり医学教育に携わっている星野晋氏(山口大)は,超高齢社会を迎えた現在,クリティカル・パスや地域包括ケアなどの新たな方策が提起されているものの,これらは未だ課題が山積みである現状を説明。その要因として専門職間と,専門職-生活者間,二つの文化摩擦があると指摘した。医療者は疾患を見るだけでなく,患者家族など当事者が何に困っているかを見る「事例性」の視点,すなわちProblem Basedで課題および支援を組み立て,なおかつ他職種との共通理解が必要との見解を示した。そのために人類学や社会学が培ってきた質的アプローチを用いたケースレポートの作成が有効であり,そのノウハウを医学教育で学ぶことは,将来の臨床経験においても生きてくると述べた。

 医学教育におけるエスノグラフィーの可能性について解説したのは飯田淳子氏(川崎医療福祉大)。エスノグラフィーとは,参与観察やインタビューによって得た質的データに基づき,記述・考察をする文化人類学の研究手法である。専門知識を深く学ぶ前の医学部低学年時に質的アプローチを学ぶことは,患者・家族・他職種といった他者理解を深め,地域・生活全体を把握する包括的視点の習得にもつながる。また,他者と直接かかわることで得られる自己省察が,高学年での臨床と結びつけた応用や後のキャリアを考える際にも生かされるなど,多様な意義を持つと語った。

 社会学の立場から発言したのは長谷正人氏(早大)。患者にはそれぞれ個別性があり一般化できないが,普遍的なこととして症例研究を共有できるのは,量的ではない,質的なアプローチの存在があるとし,医師-患者関係の理解を深める質的アプローチとして,グレゴリー・ベイトソンのコミュニケーション論的学習理論を紹介した。この学習理論は三つの段階に分けられる。医療の現場に援用すると,疾患のみに着目して患者の治療方法を考えるのが「学習I」,医師-患者関係のコミュニケーションに配慮して治療するのが「学習II」,さらに患者の暮らす社会の常識や生活習慣といった背景を踏まえて治療自体の意味を問い直すのが「学習III」であると位置付けた。氏は,「学習III」の見地から,患者の自律的な自己治癒力を奪ってしまう近代医療を批判したイヴァン・イリイチに対し,人間は本来他律的であることに喜びを感じる存在と説明。したがって医療においても「治す/治る」ことのなかに他律的な喜びを見いだすことがコミュニケーション論に期待される質的アプローチの視点であると示唆した。

COIの議論の広がりを期して

 臨床研究における医師と製薬会社との不適切な関係に対し,社会の厳しい視線が集まっているが,COIは臨床研究だけの問題にとどまらない。COI委員会企画「教育のCOI:あなたの影響力の方向性は間違っていませんか?」(座長=東大・大西弘高氏,留萌市立病院・宮田靖志氏)では,医学教育におけるCOIが議論された。

 初めに登壇した大西氏は,日本医学教育学会の取り組みを紹介。19ある社会医学系学会の中で最も早く研究倫理COI委員会を設置して指針策定を行い,年次大会では発表者がCOI状態を自己申告するなどの体制を整えていると説明した。その上で,「医学教育学会の活動において研究のCOIは重要だが,今後教育の場面でも問題となり得るのではないか」と提起した。例として年次大会のランチョンセミナーや製薬会社MRによる食事つき勉強会,シミュレータ企業による便宜供与などを示し,(1)教育者が学習者を教育する際に問題となるもの,(2)医学教育に関与する企業が学習者に直接影響を及ぼすもの,(3)医学教育に関与する企業が教育者に影響を及ぼすとともに,教育的に問題となるものの3点に要約。医学領域の教育活動に関連したCOI問題の対策は不十分との認識を示し,議論の活性化を促した。

 日常臨床で遭遇するCOIを,自院での検討事例から報告したのは高屋敷明由美氏(筑波大病院)。氏が所属する総合診療科では,製薬会社MRによる薬剤説明会が弁当・資料の無料提供で実施されていたが,スタッフミーティングでCOIの問題が提起され,是非を検討することになったという。「薬の情報を得られる」「批判的吟味の実践ができる」などのメリットがある一方,「偏った薬剤情報を聞く」「処方行動に影響を受ける」といったデメリットから,MRによる説明は朝の5分間に限定,薬の資料以外,飲食物の提供は一切なしとした。賛否はあったものの,「製薬会社からギフトを受け取る姿を学生・研修医に見られたくない」という共通認識が確認された。プロフェッショナリズムの観点からも「学生・研修医に対する影響を認識し,行動を顧みて教育に当たる必要がある」と訴えた。

 COI教育の現状と課題から,新たな論点を提起したのは宮田氏。COIについて,「中立的な立場で第三者のために業務を遂行すべき立場の者が,自分や関係他者の利益を優先するためにその中立性を損なうこと」と概説した上で,医師と製薬企業の関係は,臨床研究だけでなく,一般臨床医から医学生に至るまで同様に問題になり得ると述べた。特に,医学生と製薬企業との関係はあまり議論されてこなかったことに注目。実際,臨床実習開始前に比べ,医学生が製薬企業からギフトを供与される機会が格段に増えることがわかっており,製薬企業と関係する機会が増えると,「ギフトを受け取ることは問題ない」と認識するようになるという[PMID:20730093]。さらに,「製薬企業からの働き掛けに自分は影響されない」と思う割合は61%に上り,「自分だけは大丈夫」と心理的防衛機構が働いて製薬企業とのかかわりを合理化してしまうという調査結果も示した[PMID:17356984,11347622]。ただ,COIの評価を前に,個々人の決断・動機・妥当性には複雑な要素が絡み合い,これらの調査には莫大な労力が必要なことから,検証実施は現実的ではない。氏は,COIを教育するには,まず具体的なポリシーを策定することが望まれると主張。オープンな場で対話を重ね,皆でポリシーを作り上げていくことが必要だと参加者に呼び掛けた。

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