医学界新聞

連載

2014.08.04



モヤモヤよさらば!
臨床倫理4分割カンファレンス

生活背景も考え方も異なる,さまざまな人の意向が交錯する臨床現場。患者・家族・医療者が足並みをそろえて治療を進められず“なんとなくモヤモヤする”こともしばしばです。そんなとき役立つのが,「臨床倫理」の考え方。この連載では初期研修1年目の「モヤ先生」,総合診療科の指導医「大徳先生」とともに「臨床倫理4分割法」というツールを活用し,モヤモヤ解消のヒントを学びます。

■第8回 複雑な症例には,どう対処する?

川口 篤也(勤医協中央病院総合診療センター 副センター長)


前回からつづく

(モヤ) 大徳先生,助けてください! 今,研修医外来で何度かみている患者さんなんですが,何から手をつけていいかわからず,困り果ててるんです……。

(大徳) うーん,問題が複数あるってことかな? 単純な問題が複数あるのか,医学的問題以外にもさまざまな問題が絡み合って,予測がつかないような複雑・混沌としているかで,対処方法が変わるんだよね。全体像を把握するという意味で,関係者で4分割カンファレンスを開催してみようか。


(1)医学的適応

(モヤ) Rさんは70歳女性,一般外来に糖尿病で通院しており,ここ数か月は僕の研修医外来に受診しています。そのほかにもさまざまな疾患で,他院も含め複数の診療科に受診しています。

 でも一番の問題は,胸苦などの訴えで頻回に救急受診していることなんです。搬送後の検査では特に異常なく,本人の訴えも微妙になり結局帰宅するのですが,夫がかなり心配して,そのたびに市内に住む娘さんが呼ばれる状況です。

 帰るときに「主治医と今後について相談してください」と言われ僕のところに来るのですが,そのときは元気なので,どうしていいかわからなくて……。

(大徳) 本人の認知機能はどうですか。

(モヤ) 外来では質問に答えますが,つじつまの合わないことがあります。5年前に認知症と診断されたそうですが,計算能力や短期記憶は意外と保たれていて,病状がどれくらい進んでいるのか,把握も難しくて。

(外来看護師) 夫は,本人が尿失禁するのに風呂に入りたがらないので大変と言っていました。

(指導医) 長谷川式などの認知症検査である程度の点数があっても,尿失禁や風呂に入りたがらない場合,アルツハイマー病なら,ADL障害の程度により病期を分類したFunctional Assessment Staging(FAST)1)で6点となり「高度の認知機能低下」とみなされます。Rさんには他の認知症の可能性もあり一概には言えませんが,いずれにしても相当介護の必要な状況でしょう。

(外来看護師) 救急に受診している原因は,結局何なのでしょうか?

(モヤ) CSAの可能性もありますが,訴えがはっきりしないところに,夫が本人の様子をみて心配になって救急車を呼ぶようなんです。

(大徳) 薬剤などの医学的対処で対応可能なのか,一度循環器科にも相談してみてもよいかもしれませんね。

(2)患者の意向

(モヤ) 夫は,お菓子を食べたがるので買ってあげていると言ってました。

(外来看護師) 夫が何でも買い与えるので,糖尿のコントロールも悪いんです……。

(3)周囲の状況

(モヤ) 基本は同居している夫が全て,一人で介護しているようです。市内にいる娘さんたちは心配しているようですが,家に来たり,介護のことに口出しするのを夫がよしとしないようです。

(看護主任) 娘さんたちは施設入所も検討しているようですが,夫にはまったくその考えがなく,お金も全て管理されていて手出しできないと言っていました。最近,尿失禁などのことで困ったので,やっと介護申請して,ケアマネジャーがついたところです。

(ケアマネジャー) 娘さんたちは夫も認知症ではないかと疑っているようです。以前から頑固で,他の人の意見を聞かない傾向があったようですが,それが最近顕著になり,突然新車の契約もしてきたりと,何かおかしいと。

(大徳) サービスの導入に関しては?

(ケアマネジャー) 話を聞いただけで,具体的なサービスにはつながっていません。ただ夫にとっても介護が結構な負担になってきているのは確かで,そのことも,救急車を頻回に呼んでしまうことにつながっているのかもしれません。

(4)QOL

(モヤ) 自宅で夫と二人の生活は,もう無理だと思うんですけど……。

(外来看護師) でも,夫に普通に話してもダメですよね。今までも何度かサービスなどを勧めてきましたが,まったく聞く耳を持たなかったです。どうしたら解決できるんでしょうか。

(大徳) 実は,複雑な臨床問題に対処するときは,下記のように分類して考えることが提唱されているんです2)。モヤ先生,今回はどれに当たると思う?

・Simpleな問題:アルゴリズムやプロトコールに沿った対応ができる。
・Complicatedな問題:Simpleな問題の組み合わせだが,相互に影響関係がありプロトコールはない。ただ一般化可能な対応のコツはある。
・Complexな問題:Complicatedな問題に加えて個別性の高い要因が多く影響。時間軸や地域性も関与し,一般化可能な対応法を絞り込めない。
・Chaoticな問題:コントロール不可能な問題が含まれ,それらが無秩序に絡み合っており,今後の展開を予測できない。よい対応法は,問題が落ち着いた後の振り返りでしか見いだせない。

(モヤ) えっと,病気だけじゃなく家族の事情もあるし,型どおりな対応では無理……。「Complexな問題」ですか?

(大徳) 正解。すると,われわれがまずめざすべきは“安定化”なんです。

(モヤ) 安定化? とりあえず状況を落ち着かせればいいってことですか。

(大徳) そう。今回の場合,なんとか自力でやってきた夫が,救急頻回受診や介護申請に至った。そこに,安定化のための介入の糸口がありそうですよね。

(看護主任) じゃあ,訪問看護や訪問診療を導入してはどうでしょう?

(ケアマネジャー) ヘルパーなどの訪問は,あまり乗り気ではなかったのですが,医療職が来てくれるとなると,承諾する可能性はありますね。夫は,Rさんがつらそうにしているとき,どうしていいかわからない不安から救急車を呼ぶようなところもあるので,相談先ができることは大いにプラスだと思います。

(モヤ) (そうすれば,今一番困っている救急受診は落ち着くかも)

(外来看護師) 最近,泌尿器科で膀胱留置カテーテルの話も出ているそうなので,その管理目的という理由でも,訪問看護を勧めることができそうです。

Next Step

(指導医) 私が次回のモヤ先生の外来に一緒に入り,訪問診療などを勧めたいと思います。了解が取れれば,救急外来や前回入院時にかかわった後期研修医に訪問診療に行ってもらうようにします。

(ケアマネジャー) こちらからも勧めてみます。

(モヤ) あの……もし提案を受け入れてもらえなかったら……。

(大徳) 情報提供など“種まき”はしておいたうえで,正直なところ,しばらくはじっと中腰で耐える状況になるかもしれません。入院など何か状況が変わる事態が起こったら,タイミングを逃さず皆で介入するようにしましょう。今回話し合ったことで,関係者同士の情報共有ができたので,何かあったときには素早く動けると思いますよ。

文献
1)痴呆症学:高齢社会と脳科学の進歩1.日本臨床.2003;61(増刊号9):191-2.
2)藤沼康樹.9.複雑な臨床問題へのアプローチ.藤沼康樹編.新・総合診療医学――家庭医療学編.カイ書林,2012.pp73-4.

モヤ先生のつぶやき

 複雑な問題でも,分類することで目標にすべきことが見えてくる場合があるんだ。全ての問題を解決しようとしてあせってたけど,“安定化”をめざせばいいとわかれば,やる気も出てくるよ。

つづく

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