医学界新聞

寄稿

2014.07.14

【寄稿】

Global Pertussis Initiativesからのメッセージ
百日咳を“世界共通の問題”として考える

齋藤 昭彦(新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野・教授)


百日咳と百日咳ワクチンの現況

 百日咳は,百日咳菌(Bordetella pertussis)による呼吸器感染症である。成人が感染すると,長引く呼吸器症状を呈することが多い。また,予防接種を受けていない,あるいは未完了の新生児や早期乳児が感染した場合には,無呼吸,呼吸不全などが見られ,合併症としては肺炎,脳症,脳炎,肺高血圧症などを呈し,死に至ることもある重篤な疾患だ。

 百日咳に対するワクチンは,1960年代から接種が開始され,その後も3種混合,4種混合ワクチンの中の1コンポーネントとして接種されており,ワクチンで予防できる疾患(Vaccine Preventable Diseases;VPD)の一つとなっている。ワクチンは,細胞成分を含む有細胞性ワクチンから始まって,現在では副反応がより少ない無細胞性のワクチンへと多くの国で切り替えられている。なお,その無細胞性ワクチンは,日本で開発され,世界に先駆けて81年から接種を開始したものである点も記しておきたい。

 このようにワクチンは普及しているが,百日咳は「過去の病気になった」ということはない。近年,世界的に患者数の増加が見られており,再興感染症の一つとして大きな問題となっている。「過去に百日咳に対する3種混合ワクチンを接種したから,百日咳には罹患しない」という考えは,通用しない。免疫能の低下が報告されており,現在,海外の多くの先進国で10歳代の児に百日咳予防のためのワクチンの接種を開始し,その後も,破傷風の予防ととともに,10年おきに接種することを推奨している。もちろん,どのようにしたら新生児や早期乳児の重症感染症を減らすことができるかについても,今も日夜さまざまな戦略が検討されているのである。

エキスパートが集う,Global Pertussis Initiatives

 2014年5月10-11日にかけて,アイルランドの首都ダブリンにて,Global Pertussis Initiatives(GPI)が開催された。これは,第32回欧州小児感染症学会(32nd Annual Meeting of the European Society for Paediatric Infectious Diseases:;ESPID 2014,5月6-10日)の直後に行われた会議で,各国代表の百日咳の専門家約15人が一堂に会し,国際的な視点に立って百日咳の現状を把握し,課題について話し合った。

 この主催者は,Stanley Plotkin氏(Pennsylvania大)で,それ以外の参加者としてはJames Cherry氏(UCLA),Kathleen Edwards(Vanderbilt大)など,この領域のエキスパートたちが集合した。日本からは,私と神谷元氏(国立感染研感染症情報センター)が参加することとなり,岡田賢司氏(福岡歯大)のご指導の下,国内のデータをまとめ,発表する機会をいただいた。米国,日本以外にも,カナダ,オーストラリア,ドイツ,英国,ブラジルからの代表も参加し,現状の共有と今後の課題について,2日間にわたって熱心な討議を行った。

確立が急がれる,感染症サーベイランス体制

 今回の会議では,次の3つの大きな議題について討議が行われた。(1)各国の百日咳の疾患サーベイランスについて,(2)各国のワクチン接種状況,(3)これからの百日咳に対する戦略である。

 まず,(1)について,各国の百日咳患者の状況を共有するため,それぞれの国の代表からサーベイランスの結果が公表された。「百日咳患者は増加,しかしながらTdapワクチン(現行の3種混合ワクチンの百日咳とジフテリアの抗原量を減らしたもの)導入後,成人の患者数には変化なし」という報告が多数を占めた中,ブラジルや周辺の南米諸国では百日咳患者の増加傾向そのものが見られていないことが大きな話題となった。議論の焦点は,それらの国々で正確なサーベイランスが実施されているかという部分に絞られたが,少なくとも,これらの国で「全細胞性ワクチン」が使われている点で共通しているのは興味深いところだ。

 なお,他国と比較し,私が行った日本の報告は,この数年の定点観測からの患者数を発表するのみにとどまり,人口当たりの患者数を算出することはできておらず,また,小児の重症患者数の把握もできていないことから,限られた情報であったと言える。百日咳に限らず,国内における感染症のサーベイランスの制度がいかに脆弱であるかを痛感した。会議に参加したメンバーからも,日本のサーベイランス制度の確立を期待する声は多く挙がった。

作用部位の異なる新たなワクチンの開発が必要か

 次に,(2)ワクチンの種類についての議論である。以前は,多くの国で,全細胞性の不活化ワクチンが使われていたが,一定の頻度で起こる副反応に対する懸念から,日本で81年に最初に作られた無細胞性の不活化ワクチンに変更された。全細胞性から無細胞性への変更が諸外国で行われたのは,80年後半-90年前半であることから,日本は一番長きにわたって無細胞性ワクチンの接種を継続していることになる。一方,一部の南米の国々では,依然として,費用の面から全細胞性ワクチンが継続的に接種されている。

 ここで重要になるのが,諸外国でのある観察結果だ。不活化ワクチンへの切り替えが行われた後,10年程度経過すると,多くの国で共通して百日咳患者の増加が見られ,抗体価の低下も観察されている。感受性のあるものへの対応としては,Tdapワクチンが開発され,10歳代児に髄膜炎菌ワクチン,ヒトパピローマウイルスワクチンと一緒に接種が行われている。しかし,この追加接種を実施しているにもかかわらず,百日咳患者数の著減は認めていないのだ。会場でも「現行の無細胞性ワクチンとは作用部位の異なる,新たなワクチンを開発する必要がある」という意見が大半を占めた。参加者の1人であるJames Cherry氏から,自身の研究室で副反応の少ない全細胞型ワクチンを開発中であるという報告がなされた。また,感染を予防する経粘膜ワクチンの必要性についても議論が及んだ。

 最後に,(3)これからの百日咳に対する戦略である。米国では,新生児や早期乳児の症例数を減らすため,妊娠後期の妊婦への接種が推奨されている。また,新生児への百日咳単独のワクチンの接種を行い,有効な免疫原性を得たという報告もある。海外でTdapワクチンを導入してからの百日咳症例の減少に関して,十分な効果は確認されておらず,今後,ワクチンのさらなる改善が必要であるという意見で一致が見られた。

世界各国が一体となって対応を考えていく必要がある

 今回の会議に参加して強く感じたことがある。それは,感染症の対策を練る際,個々の国が独自に対応するのではなく,世界全体の問題ととらえ,多くの国で情報を共有し,協力して対応する必要があるということだ。これは百日咳に限らず,どの感染症においても同様のことが言える。そのためには,普段から各国間のコミニュケーションを図ることで情報を共有し,必要時には他国の専門家に相談できる体制を整えておくことは欠かせない。今回,世界のエキスパートと知り合いになれたことは大きな成果であったと言える。

 会議後,他国の百日咳のエキスパートと一緒に食事をする機会にも恵まれた。Stanley Plotkin氏,James Cherry氏は,ともに80歳を超える年齢にもかかわらず,百日咳に対し熱い思いを抱いており,われわれに対して示唆に富むコメントをくれた。世界のエキスパートから多くのエネルギーをもらい,また国内だけでなく,世界の百日咳対策を考える上でも貴重な時間であった。

会場での一枚。中央が主催者のStanley Plotkin氏,左が神谷氏。右が筆者。


齋藤昭彦氏
1991年新潟大医学部卒。聖路加国際病院小児科レジデントを経て95年渡米。カリフォルニア大サンディエゴ校(UCSD)小児感染症科アシスタントプロフェッサーなどを経て,2008年国立成育医療研究センター感染症科医長,11年8月より現職。日本小児科学会では予防接種・感染対策委員会副委員長を務め,同時接種の必要性の提言,学会推奨の予防接種スケジュールの作成など,予防接種制度の改革に尽力する。

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