投げ掛けられたサイン(山中克郎,安藤大樹)
連載
2014.06.09
診断推論
キーワードからの攻略
広く,奥深い診断推論の世界。臨床現場で光る「キーワード」を活かすことができるか,否か。それが診断における分かれ道。
■第6回……投げ掛けられたサイン
山中 克郎(藤田保健衛生大学救急総合内科教授)=監修
安藤 大樹(藤田保健衛生大学救急総合内科)=執筆
【症例】
69歳,女性。4か月前から頭重感を自覚するも放置していた。3か月前より「食べ物の味が感じにくい」「顔がしびれる」といった症状が出現,両下肢に力が入りにくい感覚も出現したため近医を受診。頭部MRIを施行されるも原因不明だったため,当院初診外来を紹介受診した。
診察室にはご家族に介助されながら入室。やや羸痩(るいそう)が目立つ(身長151 cm,体重37 kg)が,ピーク時も42 kg程度だという。眼窩やや陥凹し,年齢に比べて老化が進んでいる印象。表情は乏しいものの,会話の内容ははっきりしている。味覚は辛味・苦味は感じるものの,甘味はほとんど感じない。香りはまったく感じず,食感は粉やゴムを食べている感じだという。「口が渇くので,しょっちゅう水を飲みます」と,診察中もペットボトルの水を飲まれている。ごく軽い舌の痛みも訴えている。
[既往歴]未破裂動脈瘤(経過観察のみ),左大腿骨頸部骨折(3年前に人工骨頭置換術)
[内服薬]特記事項なし
[家族歴]特記事項なし
[生活歴]たばこ(-),酒(-)
[来院時バイタルサイン]体温36.8℃,血圧106/60 mmHg,心拍数88回/分,呼吸数12回/分
[その他]
眼瞼結膜蒼白なし,眼球結膜黄染なし,口腔内は乾燥,潰瘍形成なし,舌は腫大なくやや蒼白,白苔付着なし,舌乳頭萎縮なし,甲状腺腫大なし,頸部・腋窩・鼠径リンパ節触知せず,心雑音なし,下肢浮腫なし,両側大腿部に軽度圧痛あり,大関節・小関節に腫脹・圧痛なし,有意な皮疹なし,上・下肢末梢に軽度しびれ感あり,腱反射亢進・減弱なし
……………{可能性の高い鑑別診断は何だろうか?}……………
キーワードの発見⇒キーワードからの展開
鑑別診断を行う上では,絞り込みに適したキーワード,すなわち“小さなカード”を選ぶことが重要である(「全身倦怠感」などは絞り込みに不適切な“大きなカード”である)1)。その点,「味覚障害」というキーワードは,鑑別診断を見極める上で,比較的有効な“小さなカード”と言えるだろう(表1)2)。
表1 「味覚障害」から導くべき鑑別診断リスト | |
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「食べ物の味が感じにくい」との訴えから,本症例においてもまずは味覚異常の評価のため,耳鼻咽喉科に依頼。静脈性嗅覚検査(アリナミンテスト),基準嗅覚検査,電気味覚検査を実施したところ,「舌咽神経領域で全体的に味覚の低下を認めたが,やや再現性に乏しい」との報告があった。そこで亜鉛・鉄・ビタミンなどの欠乏による症状と考え,ポラプレジンク(プロマック®),硫酸鉄(フェロ・グラデュメット®),経腸栄養剤(エンシュア・リキッド®)を処方したところ,2週間後の外来である程度の味覚改善を認めた。さらに顔面のしびれの訴えも軽快,初診時にオーダーしたスクリーニング採血(HbA1c,TSH,FT4,ビタミンB1,抗核抗体,抗CCP抗体など)も問題なかったため,そのまま同様の処方を継続した。
初診から3週間後,両下肢のしびれが出現し,徐々に疼痛に変化。歩行も困難な状態になったため救急外来受診となった。両下肢に浮腫も認めたため,心不全や深部静脈血栓症を中心に検索が行われたものの,有意な所見を認めず,その際は解熱鎮痛薬の処方にて帰宅した。しかし,その1週間後の定期受診時まで痛みは持続しており,今まで認めていなかった発熱(max38.5℃)と両側前腕部・下腿部に隆起を伴わない紅斑,一部紫斑様の皮疹も確認。発熱と皮疹を来す疾患の鑑別が必要と考え,緊急入院となった。
まず,「緊急性の高い発熱+皮疹」を来す疾患の否定を行った。なお,発熱+皮疹であれば表2を想起し,“スマート”に鑑別したいところだ3)。検索の結果,表2に挙げた疾患は疑われず,また劇症型レンサ球菌感染症,Vibrio vulnifucus感染症,劇症型肺炎球菌感染症,壊死性筋膜炎,ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(Staphylococcal scalded skin syndrome;SSSS)などの緊急性の高い疾患や,麻疹,風疹,水痘といった発疹を生じるウイルス性疾患も否定的と考えられた。
表2 「緊急性の高い発熱+皮疹」から導くべき鑑別診断リスト |
ここで入院時に行った血液検査の報告があった。リウマチ因子196 mg/dL,MPO-ANCA>134U/mL,PR3-ANCA<0.5U/mL,皮膚生検で小血管を主体とした壊死性血管炎像があるという。ANCA関連血管炎が疑われ,リウマチ内科に転科となった。
最終診断と+αの学び
尿蛋白・尿潜血陽性,画像上悪性疾患を疑う所見なし,肺病変なしなどの追加情報から,顕微鏡的多発血管炎(Microscopic Polyangiitis;MPA)と診断。腎生検では糸球体壊死・フィブリノイド壊死・糸球体硬化像を伴い,半月体形成も顕著で,間質へのリンパ球浸潤も目立つ所見だった。
[最終診断]顕微鏡的多発血管炎,急速進行性糸球体腎炎
◆発熱+皮疹とは限らない血管炎症候群
血管炎症候群は,通常「発熱+皮疹」で想起されることが多いだろう。しかし,実際の皮疹の頻度は,アレルギー性肉芽腫性血管炎で約50-60%,MPAで約60%,多発血管炎性肉芽腫症で約10-50%と報告されており4),さらに皮疹に先行して臓器障害を認めることがあるため,「発熱+皮疹→血管炎症候群」といった単純な思考パターンでは,今回のような思わぬ落とし穴にはまってしまう。特に,MPAは腎臓,消化器,皮膚,筋肉・骨格系,神経などさまざまな臓器系に症状が出現するが,腎症状以外にはあまり特異的な症状はなく,その出現率もあまり高くない。発熱と血尿のみでMPA,なんて可能性すらある。
今回,患者は「味覚障害」というキーワード以外に,実はもう一つ,重要な訴えを投げ掛けてくれていたことに気付いただろうか。「ごく軽い舌の痛み」である。頻度は不明だが,血管炎症候群では虚血による舌痛を認めることがあるのだ。さらに,もしかしたら「その他」に挙げている舌が「やや蒼白」しているという情報も,血管炎症候群による動脈不全を示唆するサインだったのかもしれない5)。
Take Home Message
パターン認識は大切だが,時としてミスリードの原因になる。“+α”の情報を付加して,パターン認識の精度を上げよう。
◆参考文献・URL
1)野口善令,福原俊一.誰も教えてくれなかった診断学.医学書院;2008.
⇒『診断学』という重々しい響きに二の足を踏んでしまう人にこそ読んで欲しい。「鑑別カード」という言葉ひとつで,“デキ医者”気分も味わえるかも。
2)藤田保健衛生大学救急総合内科/GIM部門HP.
http://fhugim.com/?p=2125
⇒「味覚障害」について忘れてしまっている方も多いのでは? 当科ブログにて解説しているので,深堀りしたい方はアクセス!!
3)Betrosian AP, et al. Purpura fulminans in sepsis. Am J Med Sci. 2006;332 (6):339-45.
⇒発熱+皮疹に関して,敗血症を中心とした報告。実際の現場で,こんな“スマート”にはいきませんが……。
4)厚生労働省厚生科学特定疾患対策研究事業難治性血管炎に関する調査研究班(班長:橋本博史).難治性血管炎の診療マニュアル.2002.
5)Grahame R, et al. Recurrent blanching of the tongue due to giant cell arteritis. Ann Intern Med. 1968;69 (4):781-2.
⇒「冷たいものを飲んで舌にレイノー現象が出る唯一の疾患は巨細胞性動脈炎である」といったclinical pearlの元論文。外頸動脈から舌動脈の虚血によるものだが,実際にはまれ。
(つづく)
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