医学界新聞

対談・座談会

2014.06.09

【対談】

総合医×MBA×現場志向
“Change Agent”をめざして
志水 太郎氏(ハワイ大学 内科)
齊藤 裕之氏(萩市民病院 総合診療科 科長)


 医学とは異なる領域の視点を持つことで,活動の幅を広げる医師は少なくない。本紙では,MBA(Master of Business Administration)を取得し,その過程で培った知識・思考法を医師としての活動に融合させようと試みる2人に注目。一人はこのたび書籍『診断戦略』(医学書院)を上梓した志水太郎氏,もう一人は山口県萩市で総合診療科を立ち上げ,地域医療の充実のために奔走する齊藤裕之氏だ。「総合医」「MBA」「現場志向」――互いに似た背景を持つ2人が,MBAと医師の活動の接点を探り,異分野の知識体系に触れることで生まれる価値を考察。さらに今,自身が求める“Change Agent”としての役割を展望した。


齊藤 『診断戦略』,面白く読ませていただきました。読んでいて,「これはMBAの人が書いたんだな」って直感しました。MBAを取得する過程で培ったのであろう「システム思考」や,物事を体系立てて考えるための整理法である「フレームワーク」が応用され,臨床推論を現場で実践できる形に落とし込まれていると思います。

志水 ありがとうございます。診断時における思考法の形式化・言語化を試み,医師の診断能力の向上に資するものにしたいと考えて書いたものです。臨床現場に立つ方からそうした声をいただけることはうれしく,勇気が出ます。

齊藤 MBAという共通のバックグラウンドを持つことも影響しているのか,読みやすい印象を受けました。

理解の得られがたい道に進んだワケ

志水 それにしてもMBAのことを話すと,ともすれば周囲から「変わった人」なんてよく言われませんか。私も大学院在学中,周囲から「なんでMBAなんか取りたいの?」とよく尋ねられたものです。

 MBAに関心を持つ医療者が増えていると耳にする一方,あまり理解が得られていないのも事実でしょう。こうした教育のパッケージ・学位に,齊藤先生はなぜ関心を持たれたのですか。

齊藤 優れたチームを築く上で有用な知識を身につけたいと思ったからです。MBAのカリキュラムにある人的資源管理(Human resource management)や組織行動論(Organizational behavior)などの知識や理論体系を学ぶことは,医療の現場にも役立つのではないかと考えました。

 こうした思考の端緒は,研修医の時期に培われた“チーム志向”にあると思っています。私は初期研修を2つの病院で受けていて,卒後1年目は大学病院の総合診療部で過ごし,卒後2年目に研修先を飯塚病院に変え,研修をリ・スタートさせた経験があります。ともに研修環境としては申し分なかったのですが,当時の大学病院は「研修医は先輩の背中を見て学べ」という昔ながらの教育スタイルであったのに対し,飯塚病院は先輩や後輩の垣根が低く,一つのチームとして学び合う教育スタイルでした。そこで,「チームとして向上する」という後者のマインドに自分が合致するのを感じたんですね。実際に研修期間中,研修医だった私たちだけでなく,病院全体で相乗的に成長できることを体感できました。

志水 そうした実感からチーム作りに目覚められた,ということですね。

齊藤 はい。他の病院・地域でもこうしたチームを再現したいという潜在意識が,その基盤となる知識を求め,ビジネススクールへの入学を思い立たせたのかもしれません。

志水 研修医時代の経験がきっかけになった点は私も一緒です。研修を通してさまざまな職場・上級医と巡り合うわけですが,臨床現場の方法論・思考過程の多様性を日々感じていたんです。一方で,それらの個々の事例を抽象化・一般化し,共通する概念を抽出できるのではないか,そうすることで今まで口伝的だった思考の共有を容易なものとし,効果的な教育のヒントにもなり得るのではないかとも漠然と思っていました。

 そうしたときに偶然MBAという教育パッケージの存在を知り,多様な思考様式・学問体系が詰まった議論の中に身を置くことで,自分の問題意識にブレークスルーが得られるのではないかと考えたんです。かねてから純粋医学ではない辺縁領域の教養を身につけたいという願望もあったので,迷わず大学院進学を決めました。

MBAは現場で活かされる?

志水 MBAを取得すると経営・事業に関心を深め,臨床現場から離れていく医師も数多くいます。その一方で,齊藤先生も私も臨床を主軸にした活動を続けている点でも共通していますね。そこでお尋ねしたいのですが,ビジネススクールで培ったものを臨床現場で活かすことはできていますか。

齊藤 昨年の12月から故郷の山口県萩市の病院に赴任し,総合診療科の開設に携わっていますが,新たなチームを築く過程でリーダーシップ,ファシリテーションや交渉の技術,組織変革のステップなど,学んだエッセンスを現場に活かせると感じる場面はあります。ただし,そううまくいくことばかりではありませんけど(笑)。

志水 MBAで学ぶことは現場でも極めて有用である一方,概念的な最適解のないコンセプトとも言えます。ですから現場への適用の仕方も多様で,使用者の背景も加味して,アレンジしながら用いる機転も試されますよね。

齊藤 ええ。いろいろな戦略やフレームワークを学びましたが,やはりそのフレームワークに縛られているようでは不十分なのでしょう。そのまま活用できる場面なんて皆無ですから。

 また,MBAを取得する過程で身につく知識や思考法は競争原理に基づくものが多く,医療の現場になじまない部分も少なからずあります。特に私が働いているような地域医療の現場では,競争に打ち勝つというより,医療者同士の連携や協力を促し,少ない医療資源を効率よく活用するといった視点が重要です。そこでは,個々の状況に応じた「想像力」「アイデア」「人とつながることのできる力」が必要になってきます。

 しかし,だからといって,このような場面でMBAの知識・思考法が全く活かされていないわけではありません。例えば医療者同士の連携を促す際,困難な状況に直面することがあります。そうしたとき,ビジネススクールで学んだ分析的なアプローチの手法が頭の中をよぎる瞬間があるんです。

志水 “MBA的思考過程”というベースの部分で,私たち医療者の思考過程と共有できるものがあるのでしょう。

 大学院で飲食チェーン店の企業再生のアクションプランを立てるケーススタディーを行った際,実は私も両者の似た部分を感じた経験があります。プランの立案に当たって,あらゆる情報を網羅的に集め,分析し,既存のエビデンスを背景にプランを練っていったのですね。そこでふと,医師が難症例を前に問診・診察などのあらゆる手を尽くして立ち向かう診断・治療の過程と同様の経緯をたどっているではないか,と感じました。

齊藤 思考の展開方法としてストーリーを重視する点は,まさに“臨床推論”と共通する思考プロセスと言えるのではないでしょうか。志水先生もアクションプランの立案においては集積データを分析し,「仮説」を立て,それを実証するといった過程を踏まれたのではないかと思います。私たち総合医も患者の主訴や病歴,またはその背景である既往歴,社会歴,普段の生活の様子やどのような経緯で受診されたのかといった物語を糸口に,いくつかのストーリーを組み立てて鑑別疾患を考えていきますよね。このような解決策を求める際の思考の広げ方という点で似た部分があると感じています。

志水 なるほど。こうして日々行う医師の仕事と別領域の分野で類似する面を発見すると,何らかの気付きや発見が得られ,その方法論や思考を顧みるきっかけになりますね。

齊藤 特に異分野同士の交流や交配,組み合わせからイノベーションが生まれることは多いものです。書籍『診断戦略』は,その好例だったのではないでしょうか。

ミクロ視点とマクロ視点を行き来しながら物事をとらえる

齊藤 今回,対談企画の依頼を受け,初めて志水先生のキャリアを知ったのですね。それで興味を持ったのが,ミクロな世界にとどまらず,海外へと泳ぎ出ていく志水先生の姿勢でした。一体どのように培われてきたのでしょう。

志水 私のキャリアは「ネガティブに見える経験をいかにポジティブなものに変えていくか」というものでした。浪人・社会人生活は長いですし,出身大学が愛媛という地方の立地ですから,学生当時は「東京の医学生に遅れをとっているのでは」という焦りもありました。加えて,研修病院のマッチングでアンマッチだった悔しい経験もあります。

 そのような表面上ネガティブな経験を,いつも「上等だ,やってやる」とハングリー精神と反逆心で拮抗させようとしてきたので,外へ飛び出て勝負したいと考えるようになったのだと思いますね。その反動で,モチベーションも慢性的にアップレギュレートされていますが(笑)。

齊藤 そのスタイルが習慣化されているわけですから,置かれた環境から抜け出してみることで好転した成功体験もあるのではないですか。

志水 そもそも内科医をめざしたきっかけも,研修医時代に受講した病院外のセミナーでした。実はもともと脳外科医をめざしていたこともあり,「初期研修中に,臨床医として全てのベースになる内科の知識を学びたい」と,いろんな内科関連のセミナーを受講していたんです。そうした中,忘れもしない2006年3月4日,あるセミナーで青木眞先生(感染症コンサルタント)に出会いました。そこで青木先生の教育的な講義にすっかり魅了されてしまったんです。内科的な思考の奥深さに感激し,そのセミナーを機に将来の夢を内科医へと転向しました。

齊藤 研修医のころのような忙しい生活に身を置いていると,日常に忙殺され,ついミクロな視点にとらわれてしまう。つまり,働いている現場の価値観が全てであるかのような錯覚に陥ってしまうこともあると思うのですね。そうした中,置かれた環境にとどまらず外へと出て行き,マクロな視点に立って自身の道筋を顧みる姿勢には,学ぶべき部分があると感じました。

 私はビジネススクールに通ったことで,「ミクロの視点とマクロの視点を行き来しながら物事をとらえる」ことの重要性に気付かされました。ビジネススクールに入学すると,いったん「医師」という立場から解放されます。講義やケースメソッドでの議論も,「医師」だからといって,自分の意見が通るなんてことは当然ない。むしろ議論を通じ,自分が確信していた考え方や思考は真実をとらえていなかったと毎回思い知らされるほどでした。

 でも,こうした経験が,医師としての視点を脱し,マクロ的に「果たして自分は問題を多面的にとらえることができているか?」ととらえ直す習慣を持つ,いいきっかけになったと思います。

志水 「ミクロの視点とマクロの視点を行き来しながら物事をとらえる」というのは大事なメッセージですね。置かれた環境に悩む研修医も少なからずいますが,一度マクロの視点に立ち返ることで自分の価値観のとらえ直しが図られ,それが突破口に成り得ることもあるかもしれません。

齊藤 違う環境に身を置くこと自体はそれなりの覚悟が必要ですし,誰にでも勧めたいわけではありません。ただ,自分が置かれている環境で培われた価値観にとらわれてしまうのではもったいない。「自分が見える範囲の外にも世界は広がっている」というマクロの視点も併せ持ってほしいと思います。

Change Agentの挑戦は続く

齊藤 われわれがMBAの取得を通して学び得たものも,結局は一つの知識の体系にすぎません。その知識を活用し,いかに社会へ還元していくかが肝要でしょう。

志水 そういう意味では,何を学ぶかは問題ではなく,アウトプットによい影響をもたらすのであれば,哲学でも文学でも物理学でも,ベースとなる知識そのものは何でもいいわけですよね。

 では,齊藤先生は今後どのような形で還元していこうとお考えでしょうか。

齊藤 私は山口県萩市をフィールドに,自分が学んできたことを還元できればと考えています。

 後期研修終了から約10年間,都内で総合診療医として働いてきたわけですが,その後,地域に身を投じて人口減少・少子高齢化の深刻さを体感できました。また,新医師臨床研修制度開始から10年を経て,病院間・地域間で教育の質,それに伴う医療の質の格差は確実に広がっており,その煽りを地域は確実に受けていると実感しました。こうした地域にこそジェネラリストが必要であり,安心して生活するためのツールとも言える医療を支えることで,地域の活性化にも貢献できればと思っています。

 ただ,ジェネラリストという新たな文化が根付きにくい側面もあるのが地域の実情であり,この地域で最適解となる形を模索していかねばなりません。今後,地域をチームととらえ,その中で私は小さな変化をもたらし続ける“Change Agent(変革者)”として,日々の臨床活動と総合医の育成に力を入れたいですね。

志水 私は臨床医・臨床教育者として日々活動するとともに,「診断戦略論」を発展・深化させていきたいと思っています。診断に関する考察や概念の言語化は,暗黙知と呼ばれるような名医の思考過程に再現性をもたせる試みであり,ひいては医療の質向上に寄与すると信じています。ただ,これまで診断理論に特化した分析と具体的な訓練方法を探る領域は国際的にもあまり見られないものなので,本領域をさらに深め,世界に先駆けて「診断戦略論」として確立する。そして誰もが名医の臨床思考を身につけられるような診断の原則論を示したいと考えています。

 さらに言えば,医学教育という分野にこの診断戦略論を持ち込むために,診断戦略論をカリキュラムに擁する教育機関を立ちあげたいとも思っています。これを実現するためには仲間,齊藤先生の言葉を借りれば“Change Agent”足る同志をさらに増やし,挑んでいく必要がありますね。

齊藤 お互い今後も挑戦は続きますね。今日はありがとうございました。

(了)


齊藤裕之氏
2000年川崎医大卒。川崎医大総合診療部,飯塚病院(03年ベストレジデント受賞),岡山県奈義ファミリークリニック,東京医大総合診療科助教(07年,08年ベスト指導医受賞),同善会クリニック副院長などを経て,13年より現職。13年英国国立ウェールズ大経営大学院MBA(日本語)修了(MBA with MERIT:優秀賞受賞)。山口県の萩市民病院で総合診療科の開設に携わり,地域医療の充実に尽力する傍ら,日本プライマリ・ケア連合学会の「知的活性化プロジェクトチーム」,指導医養成講座「HANDS-FDF」のメンバーとして,幅広い形でジェネラリスト育成にかかわる。共著書に『医療者のための伝わるプレゼンテーション』(医学書院)がある。

志水太郎氏
2005年愛媛大医学部卒。江東病院,市立堺病院,米国カリフォルニア大サンフランシスコ校,カザフスタン・ナザルバイエフ大,練馬光が丘病院を経て,14年より現職。11年米国エモリー大ロリンス公衆衛生大学院MPH,12年豪州ボンド大MBA修了。臨床業務と並行し,ベッドサイド教育重視の臨床教育にも注力。学生・研修医を対象にしたデリバリー型教育事業「TdP(Teaching delivery Project)」を国内外で展開するほか,全国各地の若手医師ネットワークの設立にも貢献している。近著に『診断戦略』(医学書院),『愛され指導医になろうぜ――最高の現場リーダーをつくる』(日本医事新報社)がある。

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