米国式災害マネジメント(近藤豊)
寄稿
2014.02.17
【投稿】
米国式災害マネジメント
脆弱性評価(HVA)と危機管理システム(ICS)
近藤 豊(琉球大学大学院医学研究科講師・救急医学講座)
阪神淡路大震災,東日本大震災など日本はとりわけ自然災害の多い国であるにもかかわらず,その準備や対策はいまだ十分なものではない。とりわけ近年は,"災害は忘れる前にやってくる"と言われるほど自然災害が多発しており,その備えは必要不可欠である。
一方,米国では,国家戦略の一環として災害対策を進めており,米国連邦緊急事態管理庁FEMA (Federal Emergency Management Agency of the United States)を創設するなど,災害対策として見習うべき点が多く存在する。本稿では,日本では一般にあまり認識されていないものの米国では災害マネジメントとして重要視されているHVA (Hazard Vulnerability Analysis)とICS(Incident Command System)について紹介する。両者とも特定の災害を想定したものではなく,全ての災害で稼働できるのが特徴だ。
災害への脆弱性を定量評価し,平常時の対策に活かす
"災害脆弱性の評価"などと日本語訳されるHVAとは,災害が起こる以前の対策としてあらかじめ災害への脆弱性を評価しておくものである1,2)。災害による被害を想定する場合,災害そのものの大きさばかりに目が行きがちだが,被害の程度は事前の防災対策に大きく左右される。つまりDRR(Disaster Risk Reduction:日本語で"減災"を意味する)の技術の一つである。米国では2005年のハリケーン・カトリーナをはじめ,自然災害に対する平常時の災害対策としてHVAが多く実施されている。
HVAは,災害に対する脆弱性を定量的に評価できるツールとなっている。具体的には,災害の種類を自然災害,科学技術災害,人為災害の3つに分け,それぞれ,Probability(可能性)を4段階,Risk(危険度)を5段階,Preparedness(準備)を3段階に分け,それぞれで点数付けを行う(図1)。この3種類の点数をそれぞれ掛け合わせた総得点が高いほど,その地域の災害の脆弱性が大きいと評価される。このように点数付けすることで,地域ごとの災害の脆弱性を定量化し,平常時における災害対策の優先順位や災害時における被害の推察を効率的に行うことができる。
図1 人為災害に対するHVAの一例 |
人為災害に分類される各災害について,点数付けをして定量的に評価している。この例では「大規模災害――外傷」が最も脆弱性が高い災害と判断できる。 *)hazardous materialの略。 |
日本ではすでに沖縄県で実施されているものの,全国的にはほとんど実施されていない。また地質・工学系の研究者に比べると,医療従事者の間ではHVAの認知度は低い。日本全体で統一した基準で評価することが効率的な防災につながるため,今後は全国的にHVAを行い普及させる必要があると筆者は考えている。
緊急時に必ず発動する管理体制
"危機対応システム","現場指揮システム","事態指令システム"などと日本語訳されるICSは,1970年代に米国で開発され,災害現場などにおける標準化されたマネジメントシステムのことを指す。70年代以前の米国では,災害時の問題点として,「指揮命令系統が不明確」「一度に多くの人が一人の監督者に報告するので対応できない」「関係機関がおのおの異なる組織に属しているため組織横断的な対応が不可能」「関係機関が使用する用語が統一されていない」「行動目標が不明確」などの問題が挙げられていた。これらの問題を解決するために作られたのが,このICSだ。このシステムは災害であろうとテロであろうと非常事態宣言が出された場合には必ず発動されることが決まっている。個々の災害ごとに組織体制を話し合っていたのでは,緊急時に対応ができないことが想定されるからだ(これを"オール・ハザード・アプローチ"と呼ぶ)。また,当初は消防機関等の自然災害を中心に使用されたICSだが,2001年9月11日の米国同時多発テロの影響もあり,04年からは国家全体の危機管理システムとなっている。
ICSは,Incident Commander (総合指令官) と3つの指令担当官である情報担当官,安全担当官,連絡担当官から成り立ち,それぞれトップである総合司令官に直結する。そして総合司令官の下には,4つの一般担当部局が置かれ,それぞれ計画担当,オペレーション担当,ロジスティクス担当,財務管理担当に分かれる3,4)。これらの組織がICSそのもので,災害時には中核となって効率的な災害マネジメントを行うことができるのである。
図2 ICSの組織図 |
病院版ICSで,病院内の災害対応を標準化
一方,われわれ医療従事者にとっては,災害時の病院の組織づくりも重要な仕事であり,病院用のICSであるHICS(Hospital Incident Command System)も存在する。HICSはICSを応用した病院のための危機管理体制で,災害の種類や規模,病院の大小や災害発生後の時相に応用可能な汎用性の高いシステムだ。米国では多くの病院で取り入れられているが,その理由として,ICSのような国家非常事態管理体制とも整合性がとれているため,災害対応が標準化されているという利点が非常に大きい5)。
これに対して日本では,地域や病院が個別に災害対策マニュアルを作成していたり,災害時に法的強制力を持ったトップダウンの指揮ができていなかったりすることから,今までICSやHICSが取り入れられなかったとされている。また,導入以前にICSの認知度が低く,国民性として,災害時の活動を"誠心誠意"やったかどうかが重要であり,非災害時の体制づくりに関してはあまり重要視しない傾向も指摘されている。日本へのICS導入については賛否両論あるものの,今後日本で災害マネジメントを発展させていく上で,必要不可欠な概念であることは間違いない。筆者は日本の災害マネジメントには,自国の風土にあった日本版ICS,HICSの構築・導入が必要ではないかと考えている。
*
以上,災害マネジメントの基礎となるHVAとICSについて概説した。これらの概念は米国外科学会外傷委員会主催のDMEP(Disaster Management & Emergency Preparedness)コース6)で学ぶことができる。近年では日本でも東京都や沖縄県で本コースを開催しており,筆者もこれにかかわっている。今後,本コースを継続して開催することで,日本でもHVAやICSの考えが広く普及し,さらなる災害対応能力の強化につながることを切に願う。
◆文献
1)American Society for Healthcare Engineering of the American Hospital Association. Hazard vulnerability analysis [Healthcare Facilities Management Number: 055920]: ASHE; 2001.
2)Campbell P, et al. Strengthening hazard vulnerability analysis: results of recent research in Maine. Public Health Rep. 2011; 126 (2): 290-3.
3)Thomas TL, et al. The incident command system in disasters: evaluation methods for a hospital-based exercise. Prehosp Disaster Med. 2005; 20 (1): 14-23.
4)Fishbane M, et al. Use of the emergency Incident Command System for school-located mass influenza vaccination clinics. Pediatrics. 2012; 129 Suppl 2: S101-6.
5)嶋津岳士,他.緊急事態に対する病院の新しい取り組み:院内急変からテロ・災害時における地域連携まで.近畿大医誌.2008; 33 (4): 257-63.
6)American College of Surgeons. Trauma Programs, DMEP.
近藤豊氏 2006年琉球大医学部卒。初期研修を沖縄県立中部病院,後期研修を聖路加国際病院にて修了後,琉球大助教。13年より現職。琉球大病院救急部副部長を兼任。主な研究分野は外傷外科やフラジェリンなどで,現在は災害シミュレーションコースの普及に尽力している。 |
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