医学界新聞

寄稿

2014.01.06

【グラフ解説】

過去・現在・未来で読み解く,日本の予防接種制度

齋藤 昭彦(新潟大学大学院医歯学総合研究科小児科学分野 教授)=執筆


■過去:伝染病の減少,ワクチンの普及に伴う副反応・有害事象との闘いの歴史から学ぶ

 予防接種は,人類の歴史に多大な影響を与えてきた。現在,世界では,21の感染症に対するワクチン(表1)が開発され,その普及によって感染症の防御・制圧に成功している。

表1 ワクチンで予防できる疾患と,そのワクチン

 一方,そのような輝かしい効果の裏には,ワクチンによる副反応,有害事象(ワクチンと実際には関係のない,ワクチン接種後に起こる負の事象)の歴史もある。特に本邦の予防接種制度の歴史は,ワクチンの副反応,有害事象に影響を受けながら変遷を遂げてきた(表2)。

表2 日本の予防接種制度の主な歴史

百日咳ワクチン中止による百日咳患者の増加

 代表例としては,百日咳と百日咳ワクチンをめぐって予防接種制度が変遷した歴史があげられる。1940年代,国内では年間10万人以上が百日咳に罹患し,その10%が死亡していた。1950年以降に百日咳単独ワクチンが導入され,1968年にDPTワクチン(ジフテリア+百日咳+破傷風)が定期接種として開始されると,患者数は激減した。しかし,1975年,ワクチン接種後に死亡した2例が大きく取り上げられたことが引き金となり,DPTワクチンの接種は中止された。3か月後に再開されたものの,接種率は大幅に低下し,1979年には年間1万3000人の患者と20人以上の死者が報告される結果となった。1981年に改良型の無細胞性DPTワクチン(DTaP)の接種が開始されると,症例数・死亡数の終息をみた。ワクチンの副反応,有害事象が制度の変更に影響を与えた事例,さらには,ワクチン接種の中止が疾患の再流行を来す重要な事例と言えよう(図1)。

図1 百日咳ワクチン接種と百日咳患者数・死亡者数の推移(47―95年,厚労省伝染病統計・人口動態統計)

MMRワクチンによる無菌性髄膜炎の発生,相次ぐ国の敗訴

 国内では,1989年にMMRワクチン(麻疹+ムンプス+風疹)が導入されたが,ムンプスワクチンの成分による無菌性髄膜炎が約500接種に1人の割合で発生し,1993年にMMRワクチンは中止された。この状況を受け,ワクチンの後遺症で苦しむ患者団体が国を相手取って訴訟を起こし,その結果,国は相次いで敗訴,賠償責任が問われることとなった。こうした社会状況の中,1994年の予防接種法改正により,接種はそれまでの「義務規定」から「勧奨(努力)規定」に緩和され,また「集団接種」から「個別接種」へと移行されることとなった。

その後も続く,ワクチンの副反応,有害事象との闘い

 最近でも,2005年に日本脳炎ワクチン接種後の急性散在性脳脊髄炎(ADEM)症例の報告があり,日本脳炎ワクチンの積極的接種推奨の中止(2011年に再開),2011年に小児用肺炎球菌ワクチンおよびHibワクチンを含む同時接種後の死亡例の報告によって,両ワクチンの約3週間の接種中止,そして2013年にはヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種後に慢性疼痛を訴える症例の報告の集積があり,HPVワクチンの積極的接種推奨の中止が決定(2013年6月)された。本稿執筆時点(2013年12月17日)では中止が継続されている状態だが,その動向は注視する必要がある。

■現在:焦眉の課題,「ワクチンギャップ」を見極める

 過去の副反応,有害事象は,現在の日本の予防接種制度に大きな影響を与えてきた。こうした本邦の制度には,海外先進国と比較すると立ち遅れ,すなわち「ワクチンギャップ」があると指摘されている。ここでは,今存在しているギャップを列挙する。

「任意接種」という存在

 日本の予防接種制度には,「定期接種」と「任意接種」という独特の分類が存在する。前者は予防接種法で規定され,原則,接種費用がかからないのに対し,後者は予防接種法で規定されておらず,自治体による補助がない限り,原則,保護者負担だ。任意接種ワクチンには,水痘,ムンプス,B型肝炎,ロタウイルス,成人に対する肺炎球菌ワクチンなどがある。費用負担が大きく,また自治体による接種推奨も行われないことから,国内では依然,任意接種ワクチンで予防できる疾患が流行している現状がある。任意接種のワクチンは定期接種のワクチンと同等に重要なものであり,多くの先進国では国のワクチンプログラムに組み込まれており,その疾患のコントロールにも成功している。例えば,ムンプスワクチンが国の予防接種プログラムに入っていない先進国は日本のみである(図2)。

図2 予防接種スケジュールにムンプスワクチンを組み入れている国

同時接種と,混合ワクチンの普及

 近年,接種できるワクチンの種類が多くなった。特に乳幼児期は,複数のワクチンを限られた期間内に接種し,防げる疾患を確実に予防する必要があり,複数の異なるワクチンを同時に接種する「同時接種」が有用な手段となる。その効果と安全性はすでに海外で証明されており,同時に接種するワクチンの本数に原則制限がないことも示されている。しかし,国内では「同時接種」の歴史は浅く,医療者の間でもいまだ十分な理解が得られていない。この数年,少しずつ浸透している感はあるが,正しい知識のさらなる普及は接種側・被接種側双方に求められる。

 また,同時接種への不安をなくすためにも,今後,異なる病原体のワクチンが1つのシリンジに入った「混合ワクチン」に対する期待は大きい。現在,国内で導入されている混合ワクチンは,3種混合(DPT),2種混合(DT;ジフテリア+破傷風),MR(麻疹+風疹),4種混合ワクチン(DPT-IPV:DPT+不活化ポリオ)の4種類のみである。米国では,近年,乳幼児期を対象とした多種類の混合ワクチンが市販されている(図3)。接種すべきワクチンの種類の増加とともに接種回数も増えつつある今,混合ワクチンを使用することで,被接種者の苦痛の回数の軽減のみならず,接種率の上昇,医療従事者の業務削減,ワクチン保管場所の削減,医療経済効果なども期待されている。

図3 1990年以降に承認された混合ワクチンの日米比較

ワクチンの接種間隔・方法・部位

 日本では,不活化ワクチン接種後に異なるワクチンを接種する場合は中6日以上,生ワクチン接種後に異なるワクチンを接種する場合は中27日以上空けることが,予防接種法に規定されている。一方,海外では,「異なる生ワクチンを接種する場合は,中27日以上空ける」以外は,接種間隔の規定は存在しない。日本の規則は,万が一,ワクチンの副反応が出た場合にその責任となるワクチンを明確に区別するために設けられていると推定される。しかし,実際の医療現場では,その期間設定が接種時期を逃してしまう大きな要因にもなっている。

 また,日本のワクチン接種では不活化ワクチン・生ワクチンを問わず,ほとんどが皮下注射で行われているが,海外は生ワクチン以外全て,原則的には筋肉内注射されている。

 さらに,乳幼児期の皮下接種部位として,大腿前外側部に接種可能であることは,日本小児科学会や予防接種ガイドラインで推奨されているものの,国内では十分に認知されていない。こうした知識の普及も必要だ。

国内で接種できるワクチンの種類

 接種できるワクチンの種類という点では,十分ではないものの,ギャップは埋まりつつある。2008年から現在に至るまでに,本邦で導入された新しいワクチンは11種類。米国での導入時期と比較すると,その導入までの時間も徐々に縮まっているとわかる(図4)。

図4 ワクチン導入時期の日米比較

■未来:「ワクチン先進国」をめざして

 なぜ,こうしたワクチンギャップの溝を埋められずにきたのか。その答えの一つとして,予防接種制度を検討する専門家による委員会の不在が指摘され続けてきた。こうした状況を受け,2009年に厚労省内で感染症分科会予防接種部会が設立され,2013年には予防接種・ワクチン分科会(分科会長=川崎市健康安全研究所・岡部信彦氏)へと発展改組され,その下に予防接種基本方針部会,副反応検討部会,研究開発及び生産流通部会の3つの部会が作られた。予防接種を国策と位置付け,将来のワクチン政策に資する多角的な議論が行われることが期待される。

新しいワクチン

 これから日本の臨床現場に登場するであろう,新たなワクチンにも期待したい。まず,改良が期待されるワクチンとして,インフルエンザワクチンが挙げられる。特に乳幼児,高齢者にはより高い効果を持つワクチンの登場が待たれるが,すでに海外では抗原量の多いワクチン,経鼻生ワクチン,皮内ワクチンがより高い効果を示すことが知られている。また,パンデミックに備え,現行の鶏卵ではなく,組織培養によるワクチンの製造も開始されている。また,流行株に左右されず,毎年の接種を必要としない共通抗原に対するワクチンの開発に期待がかかる。

 さらに,BCGワクチンにおいては,ウシ型結核菌(Mycobacterium bovis)に対してではなく,結核菌抗原に対するワクチン,不活化ワクチン,レコンビナントBCGワクチンなどの開発も進んでいる。

 前述した部会においては,国内で近い将来に実現可能で,開発優先度の高いワクチンとして,MRワクチンを含んだ混合ワクチン,3種混合+不活化ポリオを含んだ混合ワクチン,経鼻インフルエンザワクチンが挙げられている。また,中長期的に開発の優先度が高いワクチンとして,RSVウイルス,ノロウイルス,帯状疱疹ワクチンが挙げられている。世界的には,HIV,マラリアに対するワクチンへの期待は大きい。

予防接種こそが,感染症制御に必要な"武器"

 ヒトと感染症の戦いは,これからも続く。先人の知恵と技術をもって作り上げたワクチンが,現時点で,ヒトが持ち得る最も効果の高い武器であることに間違いはない。今後,この武器を効率よく,かつ安全に使うためには,予防接種政策を国策として考えること,制度の整備,そして医療者・市民の予防接種に対する正しい理解が求められる。それが現存するワクチンギャップを埋めることにつながり,「ワクチン先進国」に向けた一歩になりうると考える。

参考文献
1)Saitoh A, et al. Current issues with the immunization program in Japan : can we fill the "vaccine gap"?. Vaccine. 2012 ; 30(32) : 4752-6.
2)Noble GR, et al. Acellular and whole-cell pertussis vaccines in Japan. Report of a visit by US scientists. JAMA. 1987 ; 257(10) : 1351-6.
3)平山宗宏.予防接種の歴史――人類への貢献.母子保健情報.2009;59:1-6.
4)厚労省ホームページ.厚生労働省関係審議会議事録等厚生科学審議会.予防接種・ワクチン分科会

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook