医学界新聞

2013.12.23

地域の「心の健康」の向上をめざす


笠井清登会長
 第17回日本精神保健・予防学会が,11月23-24日,学術総合センター(東京都千代田区)にて笠井清登会長(東大大学院)のもと開催された。今回のテーマは「『精神保健・予防学』を再定義する」。精神疾患の予防・早期発見を実現して地域の「心の健康」を底上げすべく,研究者・支援者・当事者が集い,多様なニーズに対応する「精神保健・予防」の在り方が議論された。

地域コホート・パネル研究における課題と研究成果への期待

 地域における健康阻害要因を明らかにし予防策を立案するには,住民を対象とする大規模・長期的なコホート・パネル研究が必須となる。シンポジウム「精神保健・予防のためのコホート・パネル研究――わが国における現状と課題」(座長=東大大学院・川上憲人氏,都医学研・安藤俊太郎氏)では,現在日本国内で実施中のコホート・パネル研究の責任者4人が,研究の実施・継続における課題やこれまでの成果を報告した。

 橋本英樹氏(東大大学院)は,「暮らしの全体像をとらえるには,縦幅・横幅を拡大した研究デザインが必要」と語り,医学・社会学・経済学の各分野の協働や,複数地点でのサンプル抽出の重要性を指摘した。2009年から東大が実施するパネル研究「まちと家族の健康調査(J-SHINE)」では,首都圏近郊4市区60地点で住民基本台帳に基づき,約1万4000人をサンプリング。膨大な質問項目に対し確実に,継続的に回答を得るための工夫として,訪問調査員への徹底した訓練や自治体の協力を得た広報活動,謝礼の設定,メールや電話,はがきでのフォローアップなどのノウハウを紹介した。

 J-SHINEと同時期に開始されたのが,「仕事の健康に関する調査(J-HOPE)」。全国の1万人超の労働者に対し,定期健康診断に付随するかたちで,心理・社会的,生物学的,経済的指標を毎年測定している。堤明純氏(北里大)は,事業所ごとに契約して協力を依頼する手間や,個人情報保護法の壁,リストラ・異動等によるフォローアップ困難などの課題を明かしつつも,教育レベル・世帯収入と摂取栄養素,および抑うつ症状との相関を示すなど,研究の成果も報告。対象者や職場には結果のフィードバックなどを逐次行い,ストレス対策・疾病予防に役立ててもらっているという。

 唐澤真弓氏(東京女子大)は,米国で1995年から実施中のMIDUS(Midlife in the US)と,その日本版MIDJA(Midlife in Japan)を紹介した。MIDUSは全米の中高年約7000人を対象に,エイジングや“well-being”をテーマに調査を展開。全データが公開され,複数の学問領域で500本近い論文の基礎となっていることも特徴だ。一方MIDJAは“well-beingが低いのに長寿”である日本人の実態を探るべく08年にスタート。MIDUSとの比較で,疾病リスクや感情の年齢推移などに文化差が見いだされているといい,氏は縦断研究に「文化」という横軸の分析を加える重要性を示唆した。

 精神的不調の約半数が思春期に始まると言われ,自己制御精神の発達支援が喫緊の課題とされる。座長の安藤氏らは12年より「Tokyo TEEN Cohort」を開始し,思春期の心の発達プロセスや,不調を予防する知見を探索。都内3自治体の10歳児童約1万4000人を抽出し,現在約1600組の親子の協力を得て,生物学・精神医学・社会学的側面から調査を進めている。今後は約5000世帯の協力が見込めるといい,成人と小児の間で未開拓であった思春期の心の解明に資すると,氏は期待を寄せた。

 なお2014年の第18回日本精神保健・予防学会は,アジア圏では初開催となる第9回国際早期精神病学会(11月17-19日,東京)と併催で行われる。

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