高齢者ケアメソッド「ユマニチュード」(本田美和子,イブ・ジネスト,久部洋子,盛真知子,金沢小百合)
対談・座談会
2013.12.16
【座談会】優しさを,伝える技術。高齢者ケアメソッド「ユマニチュード」 |
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高齢化に伴い,急性期医療の現場においては,認知症あるいは認知機能の低下した患者の入院が増えている。入院の原因となった疾患の治療・看護ケアを行うに当たり,その意味が理解できないためにケアを受け入れることが困難な患者に対して看護師は疲弊・消耗している。治療ができない,あるいは安全が守られない場合には,やむを得ず身体拘束や向精神薬の投与で対応する場合があるが,これは結果的に身体機能の低下と入院期間の長期化を招き,医療の質の保持も困難になる。
フランスで35年の歴史を持つ高齢者ケアメソッド「ユマニチュード」(MEMO欄参照)は,欧州の医療・介護施設で広く受け入れられ,認知症ケア問題の解決に役立てられている。日本においても同メソッドの実践が始まっており,このたび日本支部が正式に発足する。本紙では,ユマニチュード創始者のイブ・ジネスト氏を囲んで,同メソッドを看護部の方針として採用した国立病院機構東京医療センター看護部長,ユマニチュードを学んだ医師・看護師との座談会を企画した。
本田(=司会) 私がユマニチュードと出会ったのは,航空会社の雑誌でした。フランスの高齢者介護問題を取り上げた記事のなかで,医療機関・介護施設で高く評価されている高齢者ケアメソッドとしてユマニチュードが紹介されていたのです。その後,ジネスト先生に連絡を取り,2011年秋にフランスに渡りました。
ジネスト 2週間にわたりフランス各地の病院や施設での研修に参加し,ユマニチュードを日本に普及させることを決心されましたね。ユマニチュードの日本での大いなる冒険は,本田先生と共に始まったのです。
本田 老年医学の分野で働く医師としてこれまでさまざまな勉強をしてきましたが,研修を通じて学んだことはこれまで経験のないものでした。そして,日本の高齢者ケアが直面している問題を解決するためにユマニチュードがその一助になるという確信を,研修によって得ることができました。
急性期病院が直面する問題
本田 ただ実のところ,他の医療者がユマニチュードに関心を示してくれるかどうかは,自信がなかったのですね。そこで金沢さんや盛さんに話をしてみたところ,高齢者ケアに対して,私と同じように問題意識や悩みを抱えていることがわかりました。そのことが,「看護師の皆さんと一緒に新たな高齢者ケアメソッドを日本で普及させよう」というモチベーションを与えてくれたのです。
おふたりから,ユマニチュードに関心を持った理由を看護師の立場でお話しいただけますか。
金沢 私は急性期病院の混合個室病棟に勤務しています。患者さんは内科・外科問わず,小児から高齢者までさまざまです。そのなかで最も苦労するのが,認知機能の低下した患者さんの安全管理と安楽なケアの提供です。
必要な医療行為や看護ケアを実施しようとして抵抗されると,ケアにとても時間がかかります。時には大声を出したり暴れたりする患者さんに対して「必要だから仕方がない」と半ば無理やり清拭を行うこともあります。「なんで罵声を浴びせられるような看護になってしまうのだろう」と,スタッフ間で心のうちを吐露し合ったこともありました。
本田先生からユマニチュードの話を聞いたのは,そうした疲弊感が年々募り,「看護のやりがい」を見失いかけていたころです。
盛 在宅看護を経て,数年前からは退院支援に携わっています。認知症の対応が困難なゆえに適切な転院先がみつからない,あるいは治療がうまくいかないという事例を多く見聞きしてきました。
もともと認知症ケアに関心があり,独学で認知症のコミュニケーションセラピーを学んでいたのですが,看護師という職業柄,コミュニケーションだけでなく具体的な技術についてもっと学びたいという気持ちがありました。ですから,ユマニチュードには大変興味を持ちました。
本田 2012年8月には日本での研修が実現し,おふたりを含む8人の看護師さんがジネスト先生の直接指導を受けました。その後,2回目の研修(2013年3月)や度重なる勉強会を経て,このたび東京医療センターでは,看護部の方針としてユマニチュードが採用されました。採用に至った経緯について,看護部長からご紹介ください。
久部 夜勤帯を管理する看護師長からの報告を毎朝受けているのですが,看護師が認知症高齢者の対応に苦慮する現状を日々感じています。輸液ルートの自己抜去や転倒の防止に追われるあまり,当院看護部の理念である「心の豊かさを重視した質の高い看護」が提供できているのかを危惧していました。看護の理念や使命について考えていた折に本田先生の熱意あるプレゼンテーションを受けて,ユマニチュードを看護部で採用しようと決めたのです。
本田 高齢化の進展に伴い,急性期病院においても,入院患者のかなりの割合を高齢者が占めるようになってきました。そして,75歳から79歳の高齢者の認知症有病率は8.8%,85歳以上になると33.9%1)と推計されています。これから爆発的な増加が見込まれる高齢認知症患者に対するケアの質を高めることは,喫緊の課題であると感じます。
ジネスト それは日本だけでなく,世界中の急性期病院で起こっている問題ですね。そもそも病院は高齢者に適した場所とは言えません。肺炎の治療を目的に入院し,肺炎は治ったものの,認知機能の低下を理由にベッドに寝かせきりにしたせいで自力歩行ができなくなり,褥瘡が発生する。そういう現象が,世界的に見られます。
しかし,治療が必要なこともまた事実です。そうであれば,病院のほうが変わらなければならない。変わるためには基本になる考え方,つまり哲学が必要になります。まさに看護部長が先ほどお話しになった問いから始めるべきなのです。「看護師とは,いったいどのような職業なのか」という。
やりたかった看護を取り戻す
ジネスト 私たちは「健康に問題のある人をケアする職業人」であることを忘れてはいけません。ケアには3つの段階があります(表1)。まずは回復をめざすこと。ただ,必ずしもすべての患者が回復するとは限らない。そのときは,第二段階として機能を保つことをめざします。これも難しいとなれば,「共にいる」ことを大切にします。そして,いかなる場合も個人の健康を損ねてはなりません。
表1 ケアの3つの段階 | |
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当たり前のように聞こえるかもしれませんが,本当に実践できているでしょうか。立位可能な患者を,ベッドに寝かせたまま清拭していないでしょうか。
本田 ユマニチュードについて学ぶうちに,「これは単なるテクニックではない」とわかってきました。常にケアの哲学に立ち返ることで,やるべきことが明らかになるのを実感しています。
金沢 ユマニチュード研修の受講前は,認知症患者さんの転倒やチューブの自己抜去をいかにして防ぐかで頭がいっぱいでした。リスクを回避するために患者さんの尊厳を損ねかねない安全対策をとり,時間に追われるあまり「効率よくケアすること」を優先していたのだと思います。
今は,「歩行が可能かどうか。どこまで視覚認知ができるか」といった視点で患者さんをみることができるようになりました。できることが増えると患者さんやご家族が喜んでくれて,いまは看護にとてもやりがいを感じることができます。以前は頻繁に「すぐ終わりますよ。動かないでください」と患者さんに声掛けしていたのを恥ずかしく思います。
本田 院内で看護部主催の講演会を実施したところ,「これこそが私のやりたかった看護です」とか,「これが学生時代に学んだ看護です」という声をたくさん聞いて,本当にうれしく思いました。
久部 私は看護教員としての経歴が長いせいもあって,学生時代に学ぶ看護を,多忙な急性期病院のなかでも取り戻してほしいという思いがあります。自身の看護の原点を再確認できれば,看護力は向上するはずです。その点でも,ユマニチュードに対する期待は大きいものがあります。
盛 私も,看護職としての原点を思い出したひとりです。以前の私は,病棟看護師ではないことによる自己規制があり,援助業務に徹していたように思います。ユマニチュードとの出会いによって,「相談を通じて,ケアを実施する看護師である」という退院調整看護師としての自覚が生まれました。「家に帰りたい」という患者さんの希望を叶えるためになら,病棟にも積極的に出向くようになりました。
見つめること,話し掛けること,触れること,立つこと
本田 研修受講前は,ケアを拒否されることについてはどのように考えていましたか。
金沢 理由を真剣に考えることはなかったと思います。「認知機能が低下しているから仕方ない」というあきらめもあったのかもしれません。
本田 医師も同様に,入院の原因となった疾患の治療には努めますが,その背景にある認知機能の低下に対して特別なアプローチが必要なことを見過ごしています。疾患のみに焦点を当てた医療行為・看護ケアが高齢者の不安を喚起させ,せん妄やケアに対する拒否的な言動につながる。このことが,まだ十分に理解されていません。
ジネスト 認知症患者にとっては,自分が受けているケアの意味が理解できずに「医療・介護をする人=暴力を振るう人」になってしまうことがありますね。
例えば,高齢女性に陰部洗浄を行う場合を考えてみましょう。仰向けで脚を開いてもらって洗うという方法では,レイプされていると感じてしまいます。側臥位(写真)にして脚の一方を胸に近づけるように折ってもらい,軽く開くという形にすれば,医療者の手の届く範囲が大きくなりますし,患者さんも洗っていることに気付きません。
写真 体位変換のテクニック 手はなるべく接面を大きく取るようにして,体のどこかに触れた状態を保つ。また,側臥位にした瞬間,患者の顔の前に自分が立っているように位置取りする(急に目の前に空間ができると恐怖心につながるため)。ケアの間はこまめに話し掛けること。 |
久部 これからも高齢者がますます増えてきますから,認知症患者への対応について見直しを図る必要があるのかもしれません。
ジネスト ユマニチュードのテクニックは,基本となる4つの柱(表2)で構成されています。これも当たり前のようでいて,実際は「見つめること」ひとつとっても簡単ではありません。上から見下ろすのは侮蔑を,斜めからの目線は攻撃性を示します。「水平に,正面から」見る必要があるのです。そして,時間をかけて,相手の顔から20 cmくらいの距離で話し掛けることが推奨されます。なぜなら,「見ているつもり」「話し掛けているつもり」が存在の否定につながるからです。
表2 ユマニチュードの基本となる4つの柱 | |
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本田 ユマニチュードのメソッドを金沢さんと盛さんがそれぞれの職場で実践し,成果が生まれていると伺っています。
金沢 はい。以前は,認知症患者さんに毎日何度も名前を聞かれると,「先ほどもお伝えしましたよ」とつい口に出してしまうことがありました。でも,患者さんはわからないことが不安だから聞くのだと知って,自ら何度も自己紹介するようになりました。
清拭の際も,「こっちの腕を拭きますね」「石鹸をいまからつけますよ」など,ユマニチュードで学んだ技法のひとつであるオートフィードバック(動作の実況)を行う。こうすることで,患者さんの拒否反応や抵抗が驚くほど減りました。
病棟での勉強会も実施していますが,手応えを感じています。いまは,ケアに抵抗する行動や言葉ひとつひとつの意味がわかる。自分たちさえ変われば,患者さんも変わることを学びました。
盛 私は退院調整看護師なので,普段は直接ケアを行うことはありませんが,相談業務においても,ユマニチュードの有用性を実感しています。
例えば,「出会いの準備」のテクニック(表3)を用いて,初回面談で患者さんの病室を訪れるときは必ずノックの返答を待ちます。目線が合ったら挨拶と自己紹介をして,その間に患者さんの様子を確認し,できるだけポジティブな言葉で印象を伝えるようになりました。事前にADLを確認して,可能ならば歩行誘導しながらお話しします。そうやって,認知症患者さんとの関係づくりがとてもスムーズに進むようになりました。
表3 知覚をとらえる4ステップ(「ユマニチュード」研修テキストより) | |
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看護師は「優しさの専門職」
久部 ユマニチュードの病院経営におけるインパクトについては,どのような成果がありますか。
ジネスト フランスの施設では,認知症患者への向精神薬の使用減少などによる医療費の削減,職員の離職率低下などの効果が報告されています。ただ残念ながら,個々の施設からの発表が主で,総合的なエビデンスと言えるまでのデータは発信できていません。
本田 日本で普及させるに当たっては,ケアがもたらす効果を客観的に評価し,エビデンスを確立することが不可欠でしょう。日本発のエビデンスを創出すべく,その準備を進めているところです。また来年度からは,継続的な研修・講演会を始める予定です。現場でケアを教えるインストラクターも増やしていきたいと考えています。
ジネスト 大いに期待しています。
久部 エビデンスと同じくらい,職員の満足度向上も大事ですね。当院看護部でユマニチュード研修を受けた看護師に話を聞くと,患者さんとの向き合い方が変わったという声が多く聞かれました。認知症患者への対応にとどまらず,自身の看護観をみつめるきっかけになってほしいと思います。
盛 ジネスト先生の言葉で私がもっとも印象深いのは,「“患者中心”なのではない。患者とケアをする人の“絆”が中心なのだ」という言葉です。
患者さんを遠巻きに囲んで何かを提供するのではなく,ケアを受ける人とケアを行う人との関係性を中心に据えることが,互いを尊重する状況を生み,結果として質の高いケアのやりとりが可能になる。この“絆”の概念は,私にとって新しい学びとなりました。
金沢 私も,ケアを通して人との“絆”を大切にすることを学びました。ケアの実施が私たちからの一方向的なものではなく,患者さんとのコミュニケーションの一環としてあることを実感しています。
ジネスト 日本にはすごいポテンシャルがあると思います。日本の病院を見学して最初に気付いたのは,看護師や医師がとても優しいことです。特に他者への気遣いには本当に驚かされました。職業人としての真摯な姿勢も素晴らしいものがあります。これは日本人の国民性なのかもしれません。
認知機能が低下したために,ケアを行う人が届けようとする優しさを理解できない高齢者に対して,その人が理解できる形で優しさを伝える技術は誰にでも習得できます。そして,看護師は「優しさの専門職」なのです。
●文献
1)本間昭.アルツハイマー病の臨床:現状と解決すべき問題点.日本薬理学雑誌.2008;131(5) : 347-50.
MEMO ユマニチュードとは知覚・感情・言語に基づく包括的コミュニケーション法を軸とした高齢者ケア技術「ユマニチュード」(Humanitude)は,イブ・ジネスト,ロゼット・マレスコッティの両氏によって1979年に誕生した。150を超える具体的な技術が,「人(human)とは何か」という哲学に基づいて体系化されているのが特徴だ。ジネスト氏の母国フランスでは現在,400を超える医療機関・介護施設でユマニチュードが導入され,国内に11の支部を持つ。また,ベルギー,ドイツ,ポルトガル,ルクセンブルクなどに国際拠点を展開しており,現在日本ではジネスト・マレスコッティ研究所日本支部(理事長=本田美和子氏)の設立準備が進んでいる。 |
ユマニチュードに関する今後の研修・講演日程 ▼全日本病院協会「第2回病院職員のための認知症研修会」 日時:2014年1月11-12日 場所:全日本病院協会大会議室(東京都千代田区) 会費(資料代含):全日本病院協会会員病院職員1万8000円,会員外職員2万5000円 定員:150人(先着順,残席わずか) URL:http://www.ajha.or.jp/seminar/ 問合せ先:全日本病院協会事務局(Tel:03-5283-7441) ▼市民公開講座「高齢者ケアとしてのユマニチュード」 日時:2014年2月22日 場所:上智大学四谷キャンパス10号館講堂(東京都千代田区) 会費:無料,定員:800人(事前申込制) 問合わせ先:国立病院機構東京医療センター総合内科・本田美和子氏(e-mail:honda-1@umin.ac.jp) ▼国立病院機構東京医療センターでは,2014年度よりユマニチュード研修を開始予定。 |
「認知機能が低下したために,ケアを行う人が届けようとする優しさを理解できない高齢者に対して,その人が理解できる形で優しさを伝える技術は,誰にでも習得できる」 | |
Yves GINESTE氏 体育学の教師であるジネスト氏は,職員の腰痛予防を通じて病院・施設にかかわるようになる。やがて高齢者の移動介助を手伝うようになり,最初はやはり患者にかみつかれたり叩かれたりしたという。そこで「患者がケアを拒否するのには何か理由があるはずだ」と考えたことが契機となり,高齢者ケアメソッドの探求に至った。 |
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