医学界新聞

寄稿

2013.09.23

【interview】

"「教え込む」だけが教育ではない。学習者に「なぜ?」を問いかけ,自ら考えさせる。
そのためには,指導者も学び続けることが必要"

阿部 幸恵氏(琉球大学医学部附属病院地域医療教育開発講座・教授 おきなわクリニカルシミュレーションセンター副センター長)に聞く

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主体的に学ぶ意欲を引き出すシミュレーション教育


受け身の学習からの脱却

――看護師の育成にシミュレーション教育を行う背景をお話しください。

阿部 日本は高等教育を受ける機会が拡大しました。それはいいことだと思います。ただ,一方ではその"影"となるものも生まれたといえるかもしれません。つまり"当たり前"に教育を受けられることにより,モチベーションを高く持てない学生,目的意識のない学生,主体的に勉強ができない学生が増えているのです。教育学者トロウ(Martin Trow)は,これを「教育のユニバーサル化」と指摘しています。人口の1割程度しか高等教育に進まない「エリート型」の社会であれば学習者は貪欲に学ぶ。ところが高等教育を受ける割合が増え,15%を超える「マス型」,50%を超える「ユニバーサル型」では,教員1人に対して学生が100人を超えるような集合型の講義形態にならざるを得ない。すると受け身の学習になってしまうのです。そうした影響もあって,今,自分がどうやって学んでいけばいいのかわからない,そのような学習者も増えているのではないでしょうか。こうした状況があるからこそ,学習者が臨床のニーズを主体的に,そして的確にとらえ,自ら学ぶ力を養うことのできる教育が求められるようになっています。

――臨床現場に出てから学ぶ内容では補いきれませんか?

阿部 残念ながら,先輩看護師が新人看護師の手をとってともに患者さんを看たり,看護を語ることから育てていくには時間的に限界があります。かつては,「ちょっと患者さんの胸に手を当ててごらん」と,まさに新人を手取り足取り教える光景がありました。しかし,今は患者さんの在院日数の減少,看護師の人員配置の都合により,なかなかそうした時間がとりづらくなりました。するとどうなるか。教えられずに1年,2年と時が流れ,ともすれば看護師としての表面的なスキルだけ身について,所属先での業務は遂行できるものの,看護の本質にまでは踏み込めないことだってでてくるのです。看護の本質や喜びがわからないままだと,結果的に早期離職につながりかねません。

今,「教育観」の転換を

――では,このような時代に育った学生や新人看護師にはどのような教育の方法が有効なのでしょうか。

阿部 一方通行の教育ではなく,学習者を中心とした学びへの転換です。私たち教員が"教える"のではなく,"支援(ファシリテート)"し,学習者の「学びたい」という意欲を"引き出す"新たな教育観が求められるのです。先に挙げたトロウも,参加型・経験型の学習指導方法を教員が身につけていかなければならないと提唱しています。

 そもそも,臨床は患者さん中心の場であって,看護師教育中心(学習者中心)の場ではありませんので,学習者のためにだけ時間をかけることはできません。しかし,シミュレーションであれば,模擬患者や模型を用いることで学習者を中心とした教育を展開でき,また時間をかけて繰り返しトレーニングができますし,失敗も許される。こうした安全な学習環境であれば,学習者も主体的に知識を補い,技術を向上させることができるわけです。私も,シミュレーションやデブリーフィングを通して自分の体験で培った看護観をじっくり伝えながら,学習者中心の環境で学ばせたいと考えています。

写真 デブリーフィングのもよう。振り返りは評価の時間ではない。今抱えている課題に学習者が"気付く"質問を講師やファシリテーターが効果的に投げかけることが大切だと阿部氏は語る。

――プログラムを取材して,シミュレーションを実施する指導者側にも高いレベルが求められると感じました。

阿部 参加型・経験型教育は,指導者も学ばなければならない。つまり,指導者は「教えよう」と思わないことです。「教え込む」「刷り込む」だけが教育ではありません。学習者に対して,「なぜ?」を問いかけることで,学習者は自ら根拠と知識に基づいた行動を実践できるようになります。この「なぜ?」を問うためには,指導者も学び続けてほしいと思います。

 私も,シミュレーション教育のシナリオを1つ作るために,時間をかけて膨大な量の文献に当たり,資料を作っています。日々情報が更新され続ける時代,指導者には「いま本当にこの技術が適切か」「私の考え方は正しいか」と自問してほしい。そうすることで学習者を導かねばならない到達点が見えてくるはずです。指導者も受講者も大変ですが,その分やりがいがあり,お互いに楽しいと思います。私も受講者も真剣勝負ですから。

シミュレーションによる教育と臨床の統合

――シミュレーション教育には今後どのような役割が期待されますか。

阿部 1点は,チーム医療のためのシミュレーションの実施です。当センターでは医師,看護師,臨床工学技士ら多職種によるシミュレーションを行っています。日本ではまだ個人のスキルアップに重きが置かれているように思います。しかし,医療現場では多職種で働くわけですから,個人のスキルだけではなくチームで急変に対応するスキルも身につけていかなければなりません。

 もう1点は,シミュレーションを橋渡しとした教育と臨床の統合です。実は私は,共同利用施設として高額なシミュレーターを管理し,リアリティある臨床を再現できる環境を提供する役割を担うようなセンターは,国内に数か所あればいいと思っています。いま求められているのは,シミュレーション教育を臨床現場に持ち込んでいくことではないでしょうか。つまり病棟内の各部署にシミュレーションができる場所を設置するのです。例えば,「今夜,喘息の発作が起きるかもしれない」と想定される患者がいるのであれば,新人看護師が,先輩看護師や当直の医師とともに,夜勤帯に入る前に5分間のシミュレーションを行う。こうした実際の現場を想定したショート・シミュレーションができるよう,臨床の一角に「教育の空間」を作ることが今後は必要になると思います。

――シミュレーション教育の次のステップとして何が必要でしょうか。

阿部 シミュレーションにできることとそうでないことの選別です。シミュレーションがしっかりできたら臨床ができるかというと,それは違います。現場では,患者さんからでないと学べないことがたくさんあります。換言すれば,臨床の指導者には,それらを抽出し,選別するスキルが必要になるとも言えます。Just in caseで教えられる。これが生きた実践力として若い看護師に幅と深みをもたらし,看護師のプロフェッショナリズムへとつながっていくと思います。

(了)


阿部幸恵氏
防衛医大高等看護学院卒業。榊原記念病院,東医大病院などで循環器,救命救急を中心に臨床を経験。臨床の傍ら,1997年からは大学,大学院に在籍し,小学校教員免許,教育学博士(児童学)を取得。2006年から東医大病院卒後臨床研修センターで,全医療者,医療系学生に向けたシミュレーション教育の実践と研究に本格的に携わり始める。11年「おきなわクリニカルシミュレーションセンター」開設に向けて,琉球大病院地域医療教育開発講座に准教授として着任。12年より現職。近著に『臨床実践力を育てる! 看護のためのシミュレーション教育』(医学書院)。

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