医学界新聞

連載

2013.09.02

在宅医療モノ語り

第41話
語り手:思いっきり召し上がってください お線香さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「お線香」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


千の風になって
そこに私はいない? そんなこと言わないでくださいよ。お線香をあげさせてください。お酒も飲んでください。お供え物さんも炎天下に負けず,カラスにも負けず,頑張っています。
 年中無休が当たり前と思われている在宅医療の業界。世間のお盆休み期間は,特に忙しいという医療者もいるようです。休み前は,訪問診療の導入依頼が急増します。そして休みに入ると,普段の生活を見ていない人が現れて,悪気のない言葉や態度でざわざわと波風を起こすことも多いのだとか。その結果として,緊急用携帯電話が鳴ることも少なくないようです。

 例えば,都会から帰省してきた親族からの「こんな状態で入院しなくて大丈夫? 何かあったらどうするの?」という心配の声が,往診依頼に発展することがあります。病状の急変ではありませんが,療養環境の急変です。在宅ケア継続の上では“緊急”と言えるかもしれません。在宅医であれば誰もが経験するケースで,同業者間でもよく話題に上ります。でもベテラン医師のように「入院したとしても大丈夫ではないし,“何か”はあるでしょう」とは普通は言いにくいものです。だって,「何かがある=旅立ち」という場合も多いでしょうから。

 この夏のお盆休みも,私の仲間たちが活躍しました。もともとは仏教行事なのだと思いますが,今の日本では生活文化としてすっかり溶け込んでいます。まずお盆前,蚊取り線香をお供にご家族がお墓をきれいに掃除します。お盆本番になると,交通渋滞を乗り越えて集まった親族一同で墓参り。線香に火をつけ,人数分に取り分けます。そして煙と香りが漂うそばで会話をするのです。こういうときに活躍するのは,煙も香りも強い野外仕様の線香。私は,彼らとは違い,どちらかといえば煙も香りも控えめの自宅仏壇用のタイプです。のし紙には「ご霊前」のシールもついています。

 患者さんが自宅で亡くなった場合,医師が最後の診察を行って死亡確認をします。医師が死亡診断書を作成すると,看護師が中心となってご家族と一緒にエンゼルケアを行います。その後のことは医療者も知らないと思いますが,葬儀屋さんのアドバイスなんかもあったりしてコトが進んでいきます。それから少し経って落ち着いたころに,「元・主治医」となった在宅医はそのお宅を訪問します。いつもの慣れた道ですが,診察に行くのではありません。お別れの挨拶です。気持ちが違います。主人は手ぶらのときもありますが,最近は私が往診鞄に入ってお供をしています。かつては宗教と関係のないお花がお供に選ばれていたようですが,訪問の直前にお花屋さんに行くのが大変なときも多く,またこのあたりのお宅は仏教徒の方が多いようで私が頼りにされています。

 私たちの香りは,仏さまの食べ物。だからお供えするのだと聞いたことがあります。亡くなるまでの日々をともに過ごされたご家族は,食べ物が食べられなくなっていく患者さんの様子をそばで見ておられました。食べさせてやりたいけど食べてくれない,なんだか寝てばかり,排泄にムラがある,意識や呼吸も不安定――。そんな道のりを歩んで,ご家族は旅立つ姿を見送られました。元・主治医がお焼香にうかがうと,まだふくよかなころのお写真が飾られていました。線香の煙が漂うなか,ご家族とともに患者さんのお話をします。お付き合いの短かった方もいますが,在宅医療で共有した密度の濃い時間を振り返ります。私たちの煙は,医療者のグリーフケアにもなっているのかもしれません。

つづく

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