医学界新聞

インタビュー

2013.08.26

【interview】

日本が世界の災害看護をリードする
5大学共同大学院 災害看護グローバルリーダー養成プログラム

南 裕子氏(高知県立大学学長)に聞く


 文科省が進める「博士課程教育リーディングプログラム」(2面MEMO)に「災害看護グローバルリーダー養成プログラム」が採択され,高知県立大,兵庫県立大,東医歯大,千葉大,日赤看護大による国内初の国公私立5大学共同大学院「共同災害看護学専攻」が2014年4月に開講する。災害時の対応や復興支援,防災・減災への備えなど,災害にかかわる多職種の中心となって活躍できる災害看護のリーダーを5年一貫の博士課程教育で育成していく。

 本プログラムの目的や理念,育成するリーダー像などをプログラム責任大学長の南裕子氏(高知県立大学長),プログラム責任者の野嶋佐由美氏(同大副学長),プログラムコーディネーターの山田覚氏(同大)の3氏にうかがった。


「人間の安全保障」に取り組む看護師の使命

――国公私立5大学による共同大学院の開設は日本初の試みであり,期待と注目が集まります。看護だけではなく,他の学問領域を含め初めてのことですね。

 ええ。災害看護という大きなテーマに対し,一つの大学ではリソースが限られます。そこで実績ある5大学が連携してそれぞれの強みを活用し,補完し合うことになりました。看護ならではの,横に連携する能力の高さ,各大学の歴史的背景,めざす理念の一致があってこそ実現できたと思います。

――なぜ,いま災害看護のグローバルリーダー養成が必要なのでしょうか。

 東日本大震災から2年半が経ちますが,未解決の課題もまだ多く,復興に向けた検証と方策が必要です。南海トラフ地震など,今後起こり得る新たな災害にも備えなければなりません。さらに世界でも自然災害や人為災害が頻発し,それも複合化,多様化,長期化している状況下で,災害時の「人間の安全保障」への取り組みが急務です。災害看護グローバルリーダー養成の最大の目的は「人間の安全保障の進展に寄与する」ことです。

――「人間の安全保障」とはどのような概念ですか。

 「人間の安全保障」は元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんらが中心になってまとめ,2012年に国連総会で採択された画期的な概念です。人々の自主性,主体性と自由は最大限守られなければならないという個人を中心に考えていく発想で,まさに看護の理念の根底にある考えとも共通するものなのです。

――看護師への期待がますます高まります。

 そうですね。国内の看護系大学の数は今年度218校に達しました。これは,国公私立すべての大学約800校のうち,4校に1校が看護系学部を有していることを示しています。また,看護師は日本で150万人以上,世界では約1930万人が就業していて,世界の女性労働者の20人に1人は看護職です。看護師は「世界最大の安全保障集団」とも言えます。これだけ多くの看護師が災害に備えるようになれば,世界で何が起こっても人々の命と生活,安全・安心を守っていける。そこで国際的,学際的に高度な知識を有し,組織を超えて長期的な視野に立った問題解決力と,俯瞰的に発言できるグローバルリーダーの存在が必要なのです。

――災害看護は日本独自に進歩してきた経緯があるのではないでしょうか。

 はい。きっかけとなったのは1995年の阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件です。それまでも,日本ではさまざまな自然災害が多く発生してきたため,そのたびに前線に看護師が赴き,被災者のケアをしてきました。しかし,阪神・淡路大震災以前は,「災害看護」という体系的な枠組みとして構築されたものではなかったのではないでしょうか。それが,2つの災害をきっかけに「これらの災害を単なる“経験”として終わらせてはいけない」「多くの看護師が知っておかなければならない知見を共有できる学際的なネットワークを構築しよう」という声が高まり,1998年に日本災害看護学会が生まれたのです。当時私が会長を務めていた日本看護協会と提携しながら学会の運営を進め,災害支援ナース制度や研修制度,各都道府県看護協会との連携を発達させ,看護師の実践力と経験値も増えていきました。

日本発の災害看護を世界へ

――世界の災害看護の現状はいかがでしょうか。

 2005年に私が国際看護師協会(ICN)の会長に就任した際,日本から発信できるものとして,災害看護を考えました。2001年の9.11米国同時多発テロや,2004年のスマトラ沖地震のような地震と津波による複合型災害を経験した後です。災害に対する世界的なネットワークづくりが急務と考え,ICNのなかに災害看護の専門家ネットワークをつくりました。2年ごとの学術集会では毎回災害看護が大きな目玉になり,世界的にも関心が高まってきています。

 2008年には世界災害看護学会が発足し,2年後に私が大会長を務め,神戸で第1回大会を開催しました。現在もICNと世界災害看護学会が両輪となって災害看護を周知すべく活動しています。

 国連やWHOなどの国際機関を含め,災害看護のグローバルリーダーが世界で活躍する舞台が幅広く用意されているのです。

――いよいよ募集がスタートします。本プログラムではどのような人材育成をめざしていくのでしょうか。

 私がイメージする人物像は,フローレンス・ナイチンゲールです。彼女はクリミア戦争のときに,英国から看護師を率いて収容所に赴きました。ペストが蔓延し,ネズミがいるような劣悪な環境の中,自分も病気になりながら傷病者を支えた。彼女が偉かったのはそれだけではありません。絶えず本国の政治家や軍の上層部に向けて収容所の現状を訴え続けました。それが収容所の環境改善につながり,42%の死亡率を2%にまで下げたのです。あの功績が,本プログラムの原型のイメージとしてあり,まさに「グローバルリーダー」のモデルとなっているのです。被災地に行って支援活動をするだけではない。現場では周りの人々の力を借りながら問題解決を図り,そこでの経験をもとに次へつなげるための発信ができる。そういう影響力のある人を育てていくことが目標です。

(了)


南裕子氏
1965年高知女子大衛生看護学科卒。72年ヘブライ大公衆衛生学修士課程修了。73年高知女子大助教授,82年カリフォルニア大サンフランシスコ校看護学部博士課程修了,同年聖路加看護大教授。93年兵庫県立看護大学長。2004年兵庫県立大副学長,08年近大姫路大学長を経て,11年より現職。99-05年に日本看護協会会長を務め,専門看護師・認定看護師制度を確立。05年には日本人として初めて国際看護師協会(ICN)会長に就任。11年には第43回フローレンス・ナイチンゲール記章を受章。

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