医学界新聞

寄稿

2013.08.19

【寄稿】

『慢性頭痛の診療ガイドライン2013』で, 頭痛診療はどう変わるか

荒木 信夫(埼玉医科大学神経内科教授/慢性頭痛の診療ガイドライン作成委員会委員長)


 頭痛は一般的な症状の一つとお考えかもしれないが,疾患名として「頭痛」があることをご存じだろうか。頭痛は医師ならば誰もが診る機会の多い疾患・症状だが,神経学全体の知識を要する奥深い領域である。本稿では,このたび改訂された『慢性頭痛の診療ガイドライン2013』の発行・改訂の経緯を概説し,また新たなガイドラインの中から注目すべき項目を取り上げ,最新の頭痛診療の一部を紹介する。

頭痛診療に必要な知見が増加してきた

 私たちの世代が医学部を卒業した1970年代後半ごろは,62年に公表された米国神経学会・頭痛分類特別委員会の頭痛分類(Ad Hoc 分類)をもとに診断を下していた。これは頭痛を15タイプに分類して診断するものだったのだが,実に簡単な分類で,診断基準もなかった。そのため,「米国であればどのように診断するだろうか」と推測しながら,頭痛の診断を行っていたように記憶している。

 頭痛研究の基盤が整ったのは,88年に国際頭痛学会からThe International Classification of Headache Disorders(ICHD)が発表され,世界共通の頭痛診断基準が用いられるようになってからだ。その後,2004年にThe International Classification of Headache Disorders; 2nd Edition (ICHD-II) が発表されると,わが国でも日本頭痛学会や日本神経学会を中心に慢性頭痛の研究が進み,ICHD,ICHD-IIに準拠したガイドラインが作成されるまでになった。それが結実したものが,05年にまとめられた「慢性頭痛の診療ガイドライン」と言えよう。

 それから数年の月日が経つわけだが,わが国においても多くの頭痛外来が設立され,また05年当時は使い始められたばかりだった片頭痛急性期治療薬トリプタンも臨床現場へ急速に普及した。片頭痛予防薬も広がりを見せている。頭痛に関する知見の増加の他,頭痛診療をめぐって大きな変化がみられていることから,今回,ガイドラインが見直されるに至った。

頭痛はどのように分類し,診断するか

 見出しの「頭痛はどのように分類し,診断するか」は,クリニカルクエスチョンとして本ガイドラインの第1の質問として挙げられている。頭痛診療では,片頭痛(前兆のない片頭痛と前兆のある片頭痛),緊張型頭痛,群発頭痛,薬物乱用頭痛に精通する必要がある。

 ICHD-IIでは「精神疾患による頭痛」が新たな分類項目として加えられたが,ICHD初版出版後15年間の膨大なエビデンスを整理して分類が改定されたものであり,本ガイドラインも基本的な方針は初版から続く大きな流れを踏襲している。つまり,診断の基準を明確にし,誰でも同じ診断名をつけられるようになっている点に変更はない。

片頭痛の慢性化防止

 片頭痛は慢性頭痛の中でも大変強い症状を示す頭痛で,全国に800万人の患者がいると言われている。好発年齢は20-40代と若く,片頭痛により日常生活が制限されることを考えると,社会的にも大きな影響を及ぼしている疾患である。

 片頭痛急性期の治療は薬物療法が中心だ。前回のガイドラインが出された05年以降,保険診療の中で使用可能な薬剤も増えており,治療戦略の幅は広がっている。治療薬としては,(1)アセトアミノフェン,(2)非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAIDs),(3)エルゴタミン製剤,(4)トリプタン,(5)制吐薬があり,片頭痛の重症度に応じた層別治療が推奨されている。表1を見ても明らかなように,現在の急性期治療の主役はトリプタンであり,かつて多く使われてきたエルゴタミン製剤は,トリプタンの登場により次第に使用されなくなってきている。重症な患者であれば初めからトリプタンを用い,軽症な患者であればNSAIDsで治療を開始することが推奨されるだろう。制吐薬については補助的に使用されることが多い。

表1 急性期治療薬群(文献1,117ページより)

 片頭痛の中には,発作回数が増加し,発作が慢性化する場合もあることが明らかになっている。これは「慢性片頭痛」と呼ばれ,頭痛の性状が変化し,一部緊張型頭痛の性質も示すことがあるもので,診断基準にも定められている。ただし薬物の乱用によって,慢性の連日性の頭痛となることもあるため,その区別には十分な問診が欠かせない。頭痛外来においても一番治療に難渋するのが慢性片頭痛と薬物乱用頭痛の鑑別であるため,日常診療においても特に注意されたい。

予防療法も重要になってきた

 昨今,急性期治療薬だけでなく,片頭痛の予防薬も選択肢が増え,予防療法の重要性は認知されてきているところだ。片頭痛発作が月2回以上あり,日常生活・社会生活にまで影響を及ぼしている患者には,予防薬を併用し,発作回数・発作の程度を軽減することが推奨される。薬剤には,Ca拮抗薬,抗てんかん薬,β遮断薬,抗うつ薬等があり,予防療法における有効性のエビデンスの強さと効果,有害事象のリスクなどから表2のようにグループ分けできる。

表2 予防薬剤薬効群(文献1,150ページより)

 有効性が高く,有害事象が少ない薬剤を低用量から開始するのが理想であり,まずはCa拮抗薬ロメリジンか抗てんかん薬バルプロ酸から開始するのが一般的と言える。なお,妊娠または妊娠を希望する女性患者はこれらの薬剤を使用できないので,β遮断薬プロプラノロールを使用することが推奨される。処方後,有害事象がなければゆっくりと増量していき,2-3か月かけて効果判定を行う。3-6か月間継続し,片頭痛がコントロールできるようであれば予防薬を漸減していき,最終的に中止する。薬剤の選択は片頭痛以外の併存する疾患,一人ひとりの患者のニーズや身体的状況も勘案した上で行うことに注意が必要である。

 紙幅の都合ですべては紹介できないが,本ガイドラインでは「スマトリプタン在宅自己注射ガイドライン」「バルプロ酸による片頭痛治療ガイドライン(暫定版)」「プロプラノロールによる片頭痛治療ガイドライン(暫定版)」等,頭痛診療に必要な新たなトピックにも触れており,頭痛診療に携わる医師の診療の一助になると確信している。

 日本社会においてはまだ慢性頭痛に対する認識は十分なものではない。頭痛に悩む方々の多くが医療機関に受診することなく,市販薬で我慢している現状もあるという。こうした状況を変えていくためにも,まずは多くの医師,特に頭痛患者の初診にかかわる機会の多いプライマリ・ケア医に,「頭痛」という疾患の認識を深めていただくことで,本邦の頭痛診療の質を向上させたい。そして頭痛に悩む患者の減少につながることを願ってやまない。

文献
1)日本神経学会・日本頭痛学会監修.慢性頭痛の診療ガイドライン作成委員会編.慢性頭痛の診療ガイドライン2013.2013;医学書院.


荒木信夫氏
1978年慶大医学部卒。同大内科学教室(神経内科)助手を務めた後,88年に米ペンシルバニア大脳血管研究所へResearch Associateとして留学。帰国後,慶大,日本鋼管病院を経て,98年に埼玉医大神経内科。2004年より現職。専門は神経内科学で,主な領域は脳血管障害,頭痛,自律神経。主な共著書に『講義録 神経学』(メジカルビュー社),『脳卒中ビジュアルテキスト』(医学書院)など。

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