医学界新聞

寄稿

2013.08.05

【寄稿特集】

“イクメン医師”奮闘中


 “イクメン”という言葉も今や世に浸透した感があります。とりわけ多忙な医師という職にあっても,育児や家事に積極的にかかわっている,あるいはかかわりたいと考える男性も増えているのではないでしょうか。本特集では7人の医師に,さまざまなハードルを乗り越えて実現させた,楽しき“イクメン生活”の一端をご披露いただきました。

こんなことを聞いてみました
・イクメンプロフィール((1)卒年,(2)子どもの人数と年齢,(3)育児休暇取得の有無,(4)奥様の職業)
・イクメンエピソード
・奥様から一言
森 雅紀
森 敬良
山下 孝之
又野 秀行
竹田 啓
茂木 恒俊
賀來 敦


「ワーク」と「ライフ」は両輪相まって深みを増すもの

森 雅紀(聖隷浜松病院 緩和医療科)


(1)2002年卒
(2)4人(10歳・8歳男児,5歳・0歳6か月女児)
(3)第1子出生時より2日間,第3子出生時より3日間,第4子出生時より10日間
(4)主婦

 「育休を取らせてほしい」と伝えると,上司や職場が全面的に協力してくれた。次女出産前の1か月間,妻が自宅安静の必要な状況だったこともあり,朝は幼稚園の送り,夕方は食事の準備から後片付けまでが私の日課になった。勤務時間内に仕事を終え,部長と申し送りをして帰宅する生活を送った。また育休中は化学療法科の医師に緩和ケアの病棟診療のカバーをお願いした。

 普段,仕事と家庭の両立のために以下を心掛けている。職場では真摯に患者さんに向き合い,猛烈に業務をこなす。できるだけ早めに仕事を終え,夕食時から子どもを寝かしつけるまでの育児のゴールデンタイムに帰宅できるようにする。毎日少しでも妻の話を聞く。デスクワークは深夜に回す。

 子どもたちと過ごす細切れの時間を大切にすること,一緒に喜怒哀楽の幅を広げながら成長すること。早起きして甲虫取りに出かける,勉強を見る,一緒に朝食を取る,風呂に入る,サッカーの試合に付き添うなど。最近は長男,次男との男子ならではの馬鹿話に付き合うのが楽しい。

 「ワーク」と「ライフ」は二律背反ではない。一方をいとおしむことで,もう一方への意識も深まり,両輪相まって深みを増す。その中で私たちは,医療人,家庭人としてより豊かな心を育めるのではないか,と思う。

奥様(聖子さん)より

 純粋な“イクメン”と称せるのか迷う部分もありますが,点数を付けるなら70点でしょうか。子どもたちの成長を互いに喜び,私が悩めば勇気付けてくれます。普段,5分,10分会話する程度の子どもたちとの限られた時間も主人なりに楽しみ,その心が子どもたちに届いているようです。時間的な壁は大きいですが,頼れる存在です。


お産に立ち会うこと,5回

又野 秀行(福井県立病院 救命救急センター)


(1)2000年卒
(2)5人(8歳男児,7歳・4歳・3歳・1歳女児),今月6人目が誕生予定
(3)1回目:第5子出生時より6週間,2回目:第6子出生時より1か月を予定
(4)主婦(第3子出産まで看護師)

 第4子までは,産後約1か月は母子ともに妻の実家で過ごしていました。しかし種々の事情も重なって5人は引き受けられず,第5子出生時の私の育児休暇取得は苦渋の選択でした。

 元上司(福井大・林寛之氏)の前例があったことと同僚の温かい協力により,贅沢なことに取得に際してのストレスは皆無でした。診断書の作成等,知らないところで多くの人に助けられたことでしょうが,私の不在が部署に与える影響はそれほど大きくなかったかと思います。復帰した時には,何事もなかったかのようでした。本当に恐れ入ります。

叱られて不機嫌な次女のおやつを,よそ見している間にからかってとりあげ たら案の定泣かれました。抱えているのは4女。
 現在の勤務形態は8時間3交代制でほぼ外来業務に特化し,オン/オフがはっきりしており,子どもの行事への参加はあらかじめ希望すればほぼかないます。5回のお産には子どもたちとともに必ず立ち会っていますが,これも同僚の協力と恵まれた勤務体制によるところが大きいです。

 また,2人目からはずっと一つの助産所にお世話になっていますが,このきっかけを作ってくださったのは別の上司でした。病院の分娩台での出産が1度,畳の上では仰臥位だけでなく,四つんばいや立ち産など,いろいろなお産を見せてもらいました。

 双方の実家の助けはあるものの,いわゆる核家族の形態ですので,常に余力を残さないと共倒れになってしまいます。無理をしないということがいかに難しく大切かを実感しています。数年前から所属先の勤務表の原案を作成していますが,同じ部署で後期研修医のころに作成していた時とは,心構えも気合も視点もだいぶ変わりました。多くの優秀な研修医が集まる病院で,私の教育や学術面での貢献度は低いのですが,勤務環境の整備で少しでも役に立てればと考えています。


イクメン的「心・技・体」

茂木 恒俊(京都大学大学院医学研究科 医学教育推進センター)


(1)2003年卒
(2)1人(0歳3か月男児)
(3)取得なし
(4)医師(家庭医療)

 今年の4月から単身,京都での大学院生活が始まると,まもなくして長男の晴俊が生まれ,私は“育メン”と同時に“行くメン”になった。そう,妻の実家がある福岡へ,毎週金曜の授業後に新幹線で通っていたのである。

 “IKU-MEN”と言っても自己申告のレベルでは,その称号はあまりに大きすぎる。やはり,一日中育児をしている専門家の女性の目から見れば,単なる戯れ合いと思われても致し方ない……。しかし,何事もそうであるが「心・技・体」のバランスが真の“IKU-MEN”には必要なのではないか。

 まず「心」。やはり「子育てをしたい!」という強い意欲と疲れていても笑う(笑),そして「ありがとう」ときちんと言葉にして伝える。これなしでは“IKU-MEN”への道はないと言っても過言ではない。

抱っこして祇園祭・宵山へ。
 そして「技」。ここは家庭医としての知識が発揮された。夜泣きをドライヤーで泣き止ませたり,乳幼児健診で鍛えたオムツの着脱,そして予防接種のスケジュールを一緒に考えたり役立つことは多かった。まだまだ,オムツ交換の極意や抱っこの極意は習得していないが,繰り返し練習あるのみである。このように育児に参加することで,子どもの見方や親の気持ちもよくわかり,成長させてもらっている。

 最後に「体」。もちろん字のごとく体力は子育てに必要不可欠であるが,実は同じぐらい自分の体も大切なことに気付かされた。当然,妻の体調を気遣うのは言うまでもない。不思議なことに,子どもが生まれてから自分の体を考えるようになっていた。まだ健康とは言えない生活をしているが,少なくても意識して生活するように心掛けている。

 子育ては楽しい。「子どもを健やかに育てる」という共通の目的で,夫婦一緒に疲れ,苦労するが,子どもの笑顔を見た瞬間に全てが嘘のように忘れ去られ,気が付くとみんな笑顔になっている。

 また,自分がこれだけ育児に参加できるのも,職場(大学院の講座)の上司の協力や賛同が得られているからである。上司との合い言葉でもある「家庭最優先」,これが全てを可能にしてくれ,仕事と研究と育児をストレスなく両立できているのだと思う。

 「心・技・体」の基本は,妻や子ども,職場のみんなに対する感謝の気持ちなのだと実感している。


足腰がふらふらになりつつ幸せを実感

森 敬良(尼崎医療生協本田診療所/医療福祉生協連 家庭医療学開発センター)


(1)2001年卒
(2)3人(5歳,3歳,1歳男児)
(3)第3子出生時より2か月,午前のみの育児短時間勤務
(4)主婦(第3子出産まで看護師)

 わが家は夫婦と子ども3人の5人家族。 妻は三男が産まれるまでは看護師であったが,今は専業主婦である。子育てはもちろん,家事全般に関する妻のマネジメントには頭が下がる。妻はわが家にとってなくてはならない存在である。

 私もできるだけ家事にかかわろうと努力している。朝食の支度,片付け,洗濯物干し,ゴミ出し,帰宅してからの洗い物,子どもの爪切り・入浴などを積極的に担当している。

 私たち夫婦の親は少し離れて住んでいるため,子育てへの援助は日常的には頼めない。三男が産まれた時には,私は育休と称して2か月間だけではあったが,午後からお休みをいただいた。診療所長で育休を取ることについては,周囲から賛否ご意見をいただいた。経営や代診の問題もあったが,職場のみなさんに支えられて実現できたと思う。育休中は,主に保育所への送迎や買い物,家事の手伝いなど行った。あっという間の2か月間であったが,妻はこの時の私を「100点満点」と評価してくれてとてもうれしかった。

 そんなわが家で心掛けていることのひとつは,毎朝全員そろって朝食を取ることである。夜は会えないこともあるので,家族でコミュニケーションをとる大切な時間である。

 もうひとつ,日課とまではいかないが,早く帰れた時には「高い高い」をしている。

 帰宅すると,子どもたちが次々と玄関に駆け寄ってくる(写真)。「パパ!お帰り!」そして長男が「高い高いして!」と。長男は5歳。17 kgくらいあるので結構重たい。でもかわいいのでついがんばってやってしまう。するとその次には次男が待っている。次男は3歳。15 kgくらいあってこれもかなり重い。でもかわいいのでがんばる。最後は三男である。待ちきれずに両手を上げてせがんでくる。三男はまだ1歳で10 kgなのでそれほど重くはない。しかし三人目の10 kgは相当重く感じる。でもやっぱりかわいいのでやってしまう。

 「ふう」と達成感を味わう暇もなく,長男と次男が「もう1回!」と。パパはもう限界ではあるが,でも断り切れない。ただ1回目よりは高くは上げられない。2回目の次男などは50 kgくらいに感じる。三男を上げるころには足腰がふらふらである。倒れそうになりながら「あー,これが生きてるってことで,このために毎日がんばって生活してるんだな」なんて幸せを感じる瞬間でもある。

 子育て中の方,これから子育て予定の方には,ぜひ毎日の朝ご飯と「高い高い」をお勧めしたいと思う。


まさかの2か月繰り上げ休暇

竹田 啓(亀山市立医療センター/三重大学家庭医療学講座)


(1)2005年卒
(2)2人(5歳,1歳女児)
(3)第2子出生後2か月,出生前に育児短時間勤務2か月
(4)主婦

 当時の勤務病院では育児休暇(育休)を取った男性医師は今までにいませんでしたが,私は2人目の出産を機に育休の取得を検討していました。しかし,それには病院スタッフの多大なる協力が必要です。医師6人が5人になったとき,残された者への外来,病棟,当直業務等の負担の増加は計りしれません。でも,子育て世代が多い当講座としては「まず誰かが取らねば始まらない!」と思い,育休取得を宣言し,皆の了解を得ました。当然,他の講座メンバーも時期が来たら取れるようにすることを約束して。

妻の入院中,長女のご飯は筆者が用意。
 しかし,実際はさらなる急展開が待っていました。2人目の妊娠が発覚して8か月,突如妻が入院することになったのです。糖尿病合併妊娠により厳密な血糖管理が必要とされたのが入院の理由です。妻の入院にて,上の子どもの登園の準備や送迎,食事準備等を行うこととなりました。

 まさかまさかの2か月の繰り上げ休暇になってしまいましたが,急に休むわけにもいかなかったため,育児短時間勤務(育短)制度を使い,午後の外来,病棟業務あるいは訪問診療を早めに切り上げ,幼稚園に子どもを迎えに行き,食事の準備や寝かしつけまでのすべてを行いました。これがなかなか大変ながらも非常に充実した日々でした。園の帰りに一緒に買い物に行き,時には公園で遊び,妻の見舞いに行き,その帰りに二人で外食し,夕食を作っては「おいしい!」とパクパク食べてくれるような日々に,この上ない幸せを感じました。その後は2人目の無事な出産とともに育休を2か月いただきました。

 育短,育休を通じて一番実感したのは,子育ての大変さです。野菜をおいしく食べてくれる調理方法や機嫌を損ねない生活リズムを考えたりと毎日が苦労の連続でしたが,計4か月という期限もあったため毎日真剣に向き合うことができたと思います。育休時は私が調理と洗濯,子どもの運動相手を担当し,妻が授乳の合間に掃除や上の子の教育を行ってくれました。

 現在は平日は働きながら帰宅後に子どもたちの入浴の手伝い(週3回ほど),洗濯の手伝いを担当しています。また休日は月2回の当直業務を行いながら,その他の休日は子どもたちを外で遊ばせる役を担っています。一時期でも深く子育てをしたという経験は,今,平日はほとんど一人で育児を行っている妻に対しての尊敬と感謝にもつながっており,また自分自身の人生でも貴重な経験になっていると実感します。

 最後になりましたが,育児と患者教育は共通する部分も多いところがあり,育児で培ったことが今の臨床でも生きていると感じています。職場選びの際にはぜひ,“イクメンに優しい環境”も考慮しましょう!


パートナーの人生を尊重できるのが,イクメン

賀來 敦(清風会岡山 家庭医療センター)


(1)2008年卒
(2)1人(2歳女児)
(3)取得なし
(4)医師(家庭医療)

エピソード1 午後8時帰宅。玄関のドアを開けると,その音を聞きつけた娘は「とおたーん」と叫びながら玄関までの廊下をテケテケと走りぬけ,飛び込むようにヒシッと抱きついてくる。

 悪いことをした娘を叱るとき,目をじっとみつめて叱る。娘は歯を食いしばり,見る見る間に両目を涙であふれさせながら,「ごめんなさい」といってヒシッと抱きついてくる。いじらしい可愛さだ。

 私の場合核家族での共働きのため,子どもの朝食・送り迎え・入浴・歯磨き・寝かしつけや炊事,洗濯,掃除などの家事全般を夫婦で分担してやっている。必要性に駆られてやってはいるが,育児自体が楽しく,今となっては家事・育児にかかわらない人生は想像できない。子育ては父親の生き甲斐になり1),また週に20時間以上あるいは一人で育児する父親のほうがそうでない場合より幸福感が強い2)とも言われている。たぶん育児に積極的にかかわることで,私の経験しているようなエピソードが多く経験できるということではないのかと思う。

エピソード2 「育児を通じてタイムマネジメント能力が高まる」。最近,このことを子どもの送り迎えを通じ強く実感している。

1歳の誕生日に,フォークを初体験!
 朝6時に2歳の娘とともに起床。朝ご飯を食べさせながら,保育園への連絡帳を記載する。食べ終わったあとに,パジャマから洋服に着替えさせて,保育園へ持っていくお着替えの準備をする。7時半には娘と一緒に家を出る。娘を保育園に送った後,職場へ向かう。保育園の送り迎えは週に2回。

 お迎えは,どんなに遅くなっても19時までに行かなければならない。これは相当のプレッシャーである。朝一番に1日のスケジュールを考え,優先順位をつけていく。早め早めに仕事を進め,どんな業務上のハプニングが起こっても対応ができるよう,余裕を持たせていくようになった。

 父親が子育てに参加すると,人間的に成長したと感じる3)ことや,育児や家事経験が業務能力を高める4)ことはいくつかの研究で明らかになっている。確かに子どもの誤飲・転倒防止などはリスク回避能力に通じるし,夜泣き・ぐずりの対応を通して忍耐力もついてきた。多忙を極める医師にとって重要なタイムマネジメント能力だけでなく,育児はさまざまなビジネススキルに磨きをかけてくれると思う。

エピソード3 出産にあたり,後期研修中であった私は妻のサポートのため育休取得を希望したがかなわなかった。代わりに妻が半年の育休後に週2日から徐々に復帰を予定していた。しかし復帰2週間前に突如週5日での勤務を求められ,当時の職場を退職。夫婦で,現所属先に移った経緯がある。

 夫婦2人とも医師というのは「核家族」の典型だ。転勤が多く,実家の支援も受けにくければ,地域の育児支援のリソースもつかみづらい。ある論文5)によれば,医師の1週間当たりの家事労働時間は,子どものいない場合男性2時間・女性15時間。これが子どもがいると,男性3時間に対し女性36時間に跳ね上がる。結局,子どもがいる場合の家事にかかる週40時間をどう夫婦で分配していくかが重要になる。イクメンとは“家事メン”なのだ。

 そしてもう一つ,イクメンの基本は「パートナーの人生を尊重する」ことだと思う。転職という大きな決断は,結果的に妻のキャリアや育児に良い結果をもたらしたと感じている。

奥様(亜紀子さん)より

 イクメンとしては満点! 家事と仕事のバランスはとれていると思います。私の勤務外の仕事もサポートしてくれますし, 娘もパパだけでも落ち着いて過ごせます。余裕がなければ食事も作ってくれるため,安心して任せられます。

 さらに,施設のスタッフへよい影響を与えつつ,施設外でもシンポジウムやイベントなどで“イクメン”を発信しているのでプラス10点をあげたいです。

1)Proceedings:格差センシティブな人間発達科学の創成.2012:111-20.
2)キャリアデザイン研究.2006; 2.
3)Child Care Health Dev. 2009; 35(2):199-207.
4)発達心理学研究.1994;5(1):72-83.
5)医学教育.2012;43(4):315-9.


妻のキャリアも,自分のキャリアと同様に尊重したい

山下 孝之(松波総合病院 整形外科)


(1)1995年卒
(2)3人(5歳女児:海外留学中に出生,3歳男児2人)
(3)第2子・第3子出生時より5か月
(4)医師(救急科・麻酔科)

 留学から帰国の際,双子妊娠が発覚。悩んだ挙句,妻の実家の援助を期待して居を移し,医局を辞し,出産までアルバイト,4か月育休の後,常勤医として復帰する計画としました。しかし産後の妻の体調不良のため,サポートのみのつもりが,育児の大部分は私の担当に。夜間は双子が交互に「おむつ」「ミルク」……。1時間と続けて眠れない日々は,救急病院で毎日当直しているようで,体力に自信があった私でも徐々に疲弊していきました。

横になったお父さんは,全身が遊具!
 育児に専念することは,ある意味,社会からの隔離で,まぶたを閉じても赤ちゃんの泣き声が耳鳴りのごとく頭の中に響き,心が折れそうになる日々でした。しかし,英文雑誌の査読や私の研究を引き継いだ後輩への指導などで,自らの存在意義を再確認できたことが私の支えになり,そして,非常勤での早期復職をサポートしていただいた現在の勤務先や周囲の方々のご協力もあり,育休5か月で臨床に戻ることができました。忘れかけていた医師として働ける喜びを再び実感しつつ,家に帰れば,子どもたちと格闘の毎日です。

 整形外科医としては,定頸から二足歩行獲得まで,子どもの運動発達の過程を間近で観察できたことは貴重な経験で,それはまさに生きた教科書でした。成長発達だけでなく,子どもの病気など,「生物としての人間」をより深く理解するためには,医師が育児にかかわることは決して無駄にはならないと思います。

 また,女医である妻が自分と同等にキャリア形成をすることは,経済面のみならず互いの人生を充実させるためにも大切と考えました。そこで昨年,妻はかねてからの希望である救急医として常勤勤務を再開し,私はサポートに回りました。妻が女医でなければ,過去の価値観にとらわれ,育児や自分のキャリアを深く考えることはなかったでしょう(今年,幼稚園のPTA会長を引き受けたのは,やりすぎかもしれませんが)。

 子どもは親の背中を見て育つとも言われます。その意味で,今後の人生の延長線上では,私たちが医師として社会的役割をしっかり果たすことも忘れずにいきたいと考えています。

奥様(美紀さん)より

 「ありがとう」しかありません。点数の付けられない,世界一のお父さんです。

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