医学界新聞

寄稿

2013.07.08

【寄稿】

ワークショップを通して磨く“主治医力”

田中 寛大(天理よろづ相談所病院・チーフレジデント)


 2013年5月11-12日,当院で「主治医力を磨くワークショップ」を開催した。本稿では,本ワークショップのテーマであった「主治医力」がいかなるものか,当院のレジデント制度の文化や同ワークショップの内容に触れつつ,考察したい。

知識と技術,患者さんに寄り添う姿勢を統合した“主治医力”

 実際の臨床現場において,科学的な診断・治療によって解決できる疾患は少なく,患者さんは病とともに生きていく。がんの患者さんであれば,突然自らの死を意識し,将来の夢を失う苦しみを味わっているかもしれない。その患者さんの家族は,絆を失う苦しみを感じているかもしれない。こうした患者さんやその家族が抱える本当の苦しみは,客観的にとらえられる疾患の徴候や障害に対峙するだけで癒すことができるものではない。このときに医師に求められるのは,“主治医”として,病を抱えた患者さんの人生に寄り添い,訪れる苦難をともに乗り越えていく姿勢なのではないだろうか。

 『広辞苑』によると,“主治医”は「主となってその患者の治療に当たる医師」「かかりつけの医師」とある。患者さんから見れば,「わたしの,僕のお医者さん」というところだろうか。そこにも科学的な視点を超えた,もっと人間的な,患者さんと医師とのありようがうかがえる。もちろん,医師としての知識や技術も不可欠だ。しかしそれらも,主治医として患者さんに寄り添う姿勢と,相互に補完的かつ相乗的なものである。主治医として,あくまで客観的に診断や治療を行うとともに,患者さんに,人間的な態度でかかわる力。それこそが,私たちの考える“主治医力”だ。

「医師としての根幹」を養成する研修環境

 当院では1976年に,全国に先駆けてレジデント制度を開始した。当院には,患者さんの理解,医療スタッフの理解と協力に加え,全国から集まった切磋琢磨できる仲間,豊富なロールモデルや生涯のメンターとの出会いがあり,屋根瓦方式の教育システムが整っている。研修を行う上で恵まれた環境と言えよう。

 レジデント制度では,研修医に対し,開始から約40年間一貫して,患者さんのマネジメントについて“主治医”として考え,自分の意見を持つよう要求してきた。その一つの例がモーニングカンファレンス,通称「朝カン」である。研修医は総合病棟ローテーション中に患者さんを受け持つと,翌日の朝カンでフルプレゼンテーションをすることが義務付けられている。そこでは,病歴や所見は暗記し,入院後の検査計画や治療方針まで自分の意見として述べることが要求される。また,朝カンの他にも,必ず1日2回,1回は医師として,もう1回は相談相手として,患者さんのベッドサイドを訪問することが義務付けられているのだ。

 こうした当院レジデント制度の卒業生約200人に対するアンケートを見ると,「レジデント時代に学んだこと」として,おおむね「態度」「丁寧な診察」「問題解決能力」に大別される回答が得られた。真摯な態度と丁寧な診察なくして,患者さんの苦しみをとらえることはできない。一方で,苦しみをとらえたとしても,問題解決能力が伴っていなければ,その苦しみを癒すことは難しい。いずれも卒後の多感な時期に体得し,医師として生涯大切にすべきものである。いわば「医師としての根幹」という言葉に集約されるものだろう。このレジデント卒業生が体得した「医師としての根幹」こそ,そのまま“主治医力”につながると言えるのではないだろうか。レジデント卒業生へのアンケートを通し,当院のレジデント制度は,主治医力を磨く場としてふさわしいと確信している。

臨床場面を想定した実践で,主治医力を考察

 「主治医力を磨くワークショップ」は,主治医力とは何か,どのように磨いていくべきかを参加者・主催者の双方で考えられる会にしようと企画したものだ。東は埼玉県から西は熊本県まで,医学部4-6年生38人,卒後1-6年目医師11人の計49人に参加していただいた。また,当院からはレジデント卒業生も含め50人以上がファシリテーターや模擬患者などとして出席し,全体で100人以上が一堂に会して「主治医力」を考える機会となった。

 ワークショップでは,参加者は小グループに分かれ,模擬患者の診察,臨床推論,意思決定支援を体験することを主体とした(写真)。臨床推論では,特に生活背景の変化を詳細に問診することで,病気の進行具合を把握する重要性を感じ取れるよう工夫した。多くの参加者から,「生活背景の変化をとらえることの有用性を感じた」「鑑別診断における(疾患の経過をとらえる)重要性に気付かされた」といった意見が寄せられた。

写真 左:模擬患者の問診をする参加者。右:小グループでのディスカッションなどを主体にワークショップを進行する。

 また,意思決定支援の体験として,終末期医療の意思決定プロセスについて,Jonsenの臨床倫理4分割表を活用してシミュレーションを実践した。「嚥下障害による肺炎を繰り返す患者さんの今後の食事をどう考えるか」といった具体的な場面を想定し,どのような意思決定支援が求められるかを検討することができた。「意思決定支援の難しさを感じた」という声もあった一方,「患者の気持ちや社会的状況を把握することの重要性に気付いた」と,患者さんに寄り添うヒントを得ることもできたようだ。

 ワークショップ開始前,多くの参加者は,主治医力を「患者さんの全体を診て,診断,治療を行う力」と考えていたようだった。しかし終了後,「適切な診断,治療を行うとともに,患者さんに寄り添って,適切なゴールに向かって共に歩む力」といった意見へと変化が見られたことは興味深い。患者さんの視点に立つとはどういうことか,どうすれば良いのかについて,ワークショップを通して共に考えることができた結果と思われる。

 ワークショップを通し,当院のレジデント卒業生からは「レジデント制度が一貫して大切にしてきたものが,現役レジデントにもしっかりと引き継がれており,心強かった」との意見が寄せられた。今後も「医師としての根幹」の醸成を一貫して継続し,「主治医力を磨く」レジデント制度を継承するとともに,私自身も,患者さんに寄り添うことのできる主治医になるべく成長していきたい。


田中寛大氏
2009年阪市大医学部卒。同年天理よろづ相談所病院ジュニアレジデント,11年より同院神経内科シニアレジデント,13年より同院チーフレジデント。「神経内科の診療では,気管切開や人工栄養などについて,難しい意思決定支援によく出会います。主治医として患者さんに寄り添った意思決定支援を行うにはどうすればよいのか感じ,考える日々を送っています」。

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