医学界新聞

2013.06.17

Medical Library 書評・新刊案内


「話せない」と言えるまで
言語聴覚士を襲った高次脳機能障害

関 啓子 著

《評 者》前島 伸一郎(藤田保衛大教授・リハビリテーション医学)

自らの体験を通して症状や問題点を時系列で解説

 本書の著者である関啓子氏はわが国を代表する高次脳機能研究の第一人者であり,言語聴覚療法のエキスパートでもある。これまで30年近く,この領域のトップランナーとして臨床・研究・教育活動に従事してこられた。

 その関氏が,自らが被った脳梗塞による症候を分析して解説を加えるとともに,発症から社会復帰に至るまでのリハビリテーションの始終を記録した本書を刊行された。本書の最大の特徴は,脳卒中を罹患した患者が勉強して書いたものではなく,脳損傷による高次脳機能障害の専門家が,自らの症候を主観的に捉えて分析し書かれたところにあり,類いまれなるわが国で唯一の書物といえる。

 脳卒中では,運動麻痺や感覚障害などの神経症候に加え,高次脳機能障害という,医療従事者でさえ見過ごしてしまう症候を伴うことが多い。そのような高次脳機能障害に対しては確立された治療法も少なく,評価や治療を試みもせずに終わってしまうことがほとんどである。このため高次脳機能障害の実際については,非常にとらえにくいことがほとんどだが,本書では,初めて体験する脳卒中患者としての不思議な世界を,関氏が自ら分析し,その経過を楽しんでいるかのように述べている。一方で,医療従事者として長年患者と接するなかで感じてきたことに対し,いざ自分が患者になってみると,全く異なる感を抱き,苦しんだ様子が如実に描写されている。このように,ある分野の専門家が,自分の専門とする領域を二面的に,かつ主体的に経験することは大変まれであり,本書の中で,どんな世界が広がっているのか,一般読者が驚きをもって読み進める物語としても,一読の価値はあるだろう。

 また,脳卒中や高次脳機能障害にかかわる医療従事者にとっても,非常に読みやすい専門書の一つとして,本書は特筆に値するだろう。すなわち本書は,脳梗塞に罹患した日から,急性期,回復期,復職準備期,復職期という時系列に沿って進み,各時期の症状や問題点を分かりやすく解説し,それに対する対処法やリハビリテーションについて,自らの体験を通し言及している。一般的には,筆者が体験者である場合,主観が入りがちで,実際にそのような文面もみられるが,それを補うべく,治療を担当した医師や療法士が,それぞれの場面で客観的な立場から寄稿しているため,感情論に偏ることなく,客観的な医学書籍としても,非常に読み応えのある書籍であるといってよいだろう。

 臨床家は多くの患者を経験し,知識を共有し,より医学を進歩させていくものである。しかし,自らのこの悪夢のような体験を冷静に振り返ることは簡単にできることではなく,その経験を後世に伝え,さらに医療の発展に寄与したいと願う関氏の情熱が文章の端々ににじみ出ている。また,リハビリテーションにおいて,ご家族の支えがいかに重要かということについても述べられており,ほぼ全ての脳卒中患者が直面するであろう社会的な問題に対する記載も非常に興味深い。

 本書は筆者自身が述べるように特殊な症例報告かもしれない。すなわち,関氏のリハビリテーションに対する取り組みを,全ての患者さんに期待したり,適応させたりすることは難しい。しかし,脳卒中という一つの疾患群とその後遺症に対して,最先端の評価機器とあらゆる治療手技を用いて,社会復帰しようとした姿勢と努力は並大抵のものではない。その意味でも,本書は貴重な医療と人生の記録であり,医療従事者にとどまらず,広く患者さんやそのご家族にもご一読いただきたい。

A5・頁256 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01515-8


運動器臨床解剖アトラス

中村 耕三 監訳
M. Llusá,À. Merí,D. Ruano スペイン語版著者
Miguel Cabanela,Sergio A. Mendoza,Joaquin Sanchez-Sotelo 英語版訳者

《評 者》吉川 秀樹(阪大大学院教授・器官制御外科学(整形外科学)/阪大病院長)

運動器の構造や関節動態への理解が深められる名著

 このたび,『運動器臨床解剖アトラス』が翻訳出版された。原著は,スペインの3名の著者によるもので,その内容が米国整形外科学会(AAOS)で高く評価され,米国の翻訳者により,まず英語版"Surgical Atlas of the Musculoskeletal System"として2008年に出版された。本書は,その英語版から,中村耕三先生が中心になって翻訳された待望の日本語版である。

 本書を閲覧して,まず想起したことは,同じ解剖学書で,ドイツの医師クルムスの著書"Anatomische Tabellen"(解剖図譜,ターヘル・アナトミア)が,まずオランダの医師ディクテンによってオランダ語に翻訳され,その後,オランダ語に造詣の深い前野良沢が,杉田玄白,中川淳庵らと共に日本語に翻訳し,『解体新書』が完成した経緯である。時代は異なっても,名著は言語の壁を超えて世界中に普及することが再認識され大変感慨深い。

 本書の第一の特徴は,現代的にビジュアル感覚を重視し,解剖写真,解剖模型,イラストレーションがふんだんに駆使されていることである。リアリティーの高い運動器のカラー写真が多く掲載されており,まるで手術野を見ているがごとく臨場感があり,鮮明で美しい。解剖写真と,単純X線写真やMRIが並置されていることにより,多様な角度から解剖部位を見ることが可能な構成になっている。第二の特徴は,単なる解剖学のカラーアトラスではなく,臨床の視点からの詳細な解説文が併記されていることである。ほかの解剖書にはないユニークな点であり,運動器の構造や関節の動態への理解が深められる。

 健康寿命の延伸が急務である現代,またスポーツの普及により運動器への関心が高まる現代において,本書の出版は,まさに時宜を得たものであり,運動器の健康増進に大きく貢献することと信じる。本書を医学生や整形外科医のみならず,運動器の医療に携わる理学療法士や看護師,さらには,健康スポーツ領域の研究者や指導者など,実際の解剖に触れる機会の少ない方々にも推薦したい。

 最後に,本書が出版されたことに対して,原著者はもちろんのこと,本書を見いだし,その価値を認めた米国翻訳者,日本語翻訳者たちの慧眼と,膨大な翻訳作業のご苦労に敬意を表したい。

A4・頁424 定価18,900円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01199-0


《標準理学療法学 専門分野》
神経理学療法学

奈良 勲 シリーズ監修
吉尾 雅春,森岡 周 編
阿部 浩明 編集協力

《評 者》長澤 弘(神奈川県立保健福祉大学教授・リハビリテーション領域)

理学療法学教育にとって非常に役立ち,臨床現場でもより良い理学療法提供に有益な本が刊行された!

 中枢神経系の障害が生じた場合,特に脳卒中患者に対する理学療法学として,近年の神経科学を基礎とした臨床推論(クリニカルリーズニング)を展開しながら理学療法を提供することが必須である。このような知識と技術を身につけた理学療法士による理学療法が行われなければ,患者にとってそれは最大の効果が期待できるものにはならない。ここに刊行された『神経理学療法学』は,卒前教育・学習のための知識を整理するための構成になっており,またその知識の裏付けとなる神経科学における近年の知見を織り交ぜて記述してあるため,中枢神経系の障害とその回復とを理解する上で,大変有益な内容になっている。また,卒後の理学療法士にとっても,近年の神経科学の重要な知見を再確認することが容易であり,知っておくべき詳細な知識に関しても「コラム」として適切にまとめられているため,臨床現場でもすぐに役立つ内容として整理されている。

 脳卒中の障害に関する総論では,中枢神経系の構造と機能をはじめとして,脳卒中の発症および回復メカニズム,脳画像と臨床症状,脳卒中理学療法の評価とアプローチについて明快に書かれている。「脳卒中の障害と理学療法」の章では,意識障害,運動麻痺,感覚障害,異常筋緊張,運動失調,身体失認・病態失認,半側空間無視,失行,注意・遂行機能障害,精神・知能障害,痛み,二次的機能障害(関節可動域制限,筋力低下,体力低下),姿勢定位障害,姿勢バランス障害,起居動作障害,歩行障害,上肢機能障害と,さまざまな症状と具体的なアプローチ方法が詳細に記述されている。次の「脳卒中に対するクリニカルリーズニング」の章では,各皮質機能とおのおのの連絡経路から理解・考慮すべき症状とその解決策の考え方が,具体的なリーズニングとして基本から臨床場面での例を挙げて書かれている。さらに,上記を解説・説明する図表や写真が多用されているが,これらが大変わかりやすいということも,本書の優れている点の一つである。多色刷りであり,とても見やすく,されど詳細な部分まで精緻に掲載されており,図表を見るだけでも楽しく接することができる本だといえる。

 さらに,本書の後半部分には神経筋疾患の理学療法として,理学療法士が多く接するいわゆる神経難病疾患として,パーキンソン病,脊髄小脳変性症,筋萎縮性側索硬化症,多発性硬化症,ギランバレー症候群に関する理学療法をわかりやすくまとめ掲載している。

 中枢神経疾患を理解し,その理学療法学の知識を整理し,具体的な臨床推論の下に展開すべき理学療法について,この1冊でおおよその事項が網羅されているという,優れたものになっている。理学療法学教育における教科書の1冊として,また臨床現場での身近なところに置いておき,確認しながらより良い理学療法を提供するためにも,本書を推薦するものである。長い付き合いのできる1冊といえる。

B5・頁416 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01640-7


日本近現代医学人名事典
【1868-2011】

泉 孝英 編

《評 者》猪飼 周平(一橋大大学院教授・総合社会科学(比較医療史))

事典としての有用性を超えた,読み応えのある書

 本書は,呼吸器内科を専門とする医学者が14年にわたり,明治期以降日本の近代医学・医療の発展に貢献した3,762名(物故者)の履歴を調べあげた成果である。評者のように,明治期以降の医業関係誌を参照する機会の多い者にとっては,このように便利かつ確度の高いレファレンスが完成したことは,大変喜ばしいことであり,そのありがたみは今後随所で感じられることになるであろう。編者の長年のご苦労に感謝したい。

 とはいえ,本書を単に事典として理解するとすれば書評の対象とする必要はないかもしれない。そこで以下では,本書を約800ページの読物と解してその意義を考えてみたい。

 まず,本書に掲載されている人物の履歴を見ると,医師が大部分(3,383名)であり,またその大部分が大卒(3,027名)で占められている。戦前において大卒の医師免許の下付数はおよそ1万6,000名であり,その大部分が物故していると考えれば,ざっとみて大卒医師の2割弱の履歴を本書がカバーしていることになる。このように理解すると,本書はどのように読めるだろうか。

 なにより,近代医学において戦前の大卒医が選び抜かれたエリートとしての役割を担っていたということである。後世の医学者(編者)の視点から見て,近代医学・医療の発展に貢献したと評価できる大卒医が,大卒医の少なくとも2割近くもいるというのは,いかに大卒医が実質を備えたエリート集団であったかを物語っている。

 実際,掲載されているその履歴を読んでみると,大学教員を経ている者が多く,概して大変華々しいものであるといえる。これは,たとえば大正期に初版が刊行された『日本医籍録』(版によっては国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで利用できる)と比較すると分かりやすい。

 戦前を通じて,医師には,おおまかに言って,上から「大卒,医専卒,試験及第医,従来開業医」という4つの階層があった。『日本医籍録』の場合,試験及第医や従来開業医の掲載が多く,その経歴も,資格取得後比較的早く開業するのが一般的であった。そのような医師たちにとっては,開業地に地盤を形成し,市郡レベルの医師会などで社会的地位を確保してゆくキャリアが成功のパターンであったといえよう。これに対して,本書に掲載されている大卒医たちは,基本的に大学の教員としてのキャリアを経ている者が多い。本書に収載されている医専卒(医学校卒含む)が316名にとどまっていることからも示唆されるように,医専を卒業して教員のキャリアを登った事例は少ない。ここから,戦前日本の医師4階層の中で隔絶した最上位階層として,また他の階層の医師たちとは異なった使命を帯びた存在として大卒医(少なくともその2割)があったことを読み取ることができるだろう。

 もちろん,評者のように本書を読むというのは,おそらく一般的な利用法ではないだろう。ただ,読物として読み応えがあることがよい事典の条件の1つであるとするならば,少なくとも評者には,本書は単なる事典としての有用性を超えたよい事典であるといえる。

A5・頁810 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00589-0


脳動脈瘤とくも膜下出血

山浦 晶 編
山浦 晶,小林 英一,宮田 昭宏,早川 睦 執筆

《評 者》橋本 信夫(国循理事長・総長)

理解しやすく整理された初心者から達人までお薦めの一冊

 本書を手にすると,山浦晶先生が脳動脈瘤手術の達人として,また学会のリーダーとして私達後進の頭上に燦然と輝いておられたころがありありと思い出される。本書をめくると,学会の座長席での先生の的確かつ無駄のないご発言を思い出す。

 一般に教科書はencyclopediaの要素を否定できず,さまざまな現象や病態,治療法などの羅列となりがちである。教科書を読んで,その内容を自分の中で概念化,あるいはイメージ化できるかと言えばいささか怪しくなる。すなわち,読んで理解し,記憶したはずの内容を,他者にうまく説明できるか,という視点でみれば多くの教科書は難しいと言わざるを得ない。

 本書には,例えば,「破裂後の脳動脈瘤の大きさの変化」という項目があるが,通常は,ああいうデータもあり,こういうデータもあるという解説に終わり,読んで分かった気になったものの,説明しようと思うと,さて? となってしまうのが常である。本書では,その項目の下位に,「脳動脈瘤は破裂後小さくなるか」という赤字の小項目で解説があり,次に,「脳動脈瘤は破裂後大きくなるか」という項目で解説がある。このようにまとめるためには相当の労力がいるが,読む側には,極めて整理された理解,すなわち事象の概念化,結果として記憶としての定着が可能となる。

 「本書は,昭和60年初版の改訂版であり,くも膜下出血に関する知見もこの四半世紀で大いに進んだが,収録した知見のなかには,現在も輝き続ける洞察があり,逆に,われわれが忘れかけた先人の教えも少なくない」と序文に書かれている。英知の積み重ねとはまさにこのようなプロセスを言うのだと思う。本書はそのような山浦先生の編集方針に執筆の先生方が見事に応えられた結果だと思う。この類の教科書にしては異例に多い参考文献のリストもacademic surgeonとしての山浦先生の思いの具現化と理解した。

 また,脳神経外科を学ぶ上での「社会の中の医学・医療」の視点が重要視されている。ここには山浦先生の千葉大学医学部附属病院長としてのご経験,また医療訴訟の問題とその解決に深くかかわってこられたご経験から,後進に伝えるべき今日の重要な視点として特段の思いが込められているのだと思う。

 脳動脈瘤治療の初心者から達人まで,ご一読をお勧めします。

B5・頁320 定価8,400円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01647-6

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