医学界新聞

寄稿

2013.05.27

【寄稿】

新卒看護師の離職防止に向けて(後編)
米国マグネット・ホスピタルの組織と職場環境づくりに学ぶ

富永 真己(京都橘大学看護学部教授 地域看護学・公衆衛生看護学)


 職場の健康管理を含む労務管理やサポート体制とともに,役割モデルの存在が,新卒看護師の離職意向や離職の決意の要因であったことは前稿(第3024号)で紹介した。そのことを看護学部の学生たちに話したときに返ってきたのは,次の言葉であった。

 「私も新人にめざしてもらえるような看護師になりたいな」。

 予想外のポジティブな言葉にはっとさせられた。同様の話を中堅以上の看護師や管理者にすると,決まって看護師を取り巻く職場環境の劣悪さや,新卒看護師の脆弱性と不適応,昨今の看護教育に対する嘆き等々,ネガティブな内容が返ってくるからだ。

 「学生たちの反応は単に楽観的で世間知らずなだけ」と思う人もいるかもしれない。しかし,将来の医療の担い手である若い看護学生や看護師たちの素直で前向きな気持ちが萎えたり,職場や職業に早々と失望したり,仕事に過剰適応して体調を崩すことのない職場環境こそ,「健全な職場組織」(Healthy Work Organization)1)につながり,看護師の離職率の低下という結果がついてくる。逆説的かもしれないが,看護師の離職防止を考える場合,離職率という数値にとらわれすぎることは賢明でない。

 そこで今回は,「組織」の離職防止対策に焦点を絞り,好事例として米国のマグネット・ホスピタルを紹介する。

認定の経緯と普及の背景

 米国では1980年代,多くの病院が深刻な看護師不足に悩まされ,その確保が大きな問題となっていた。一方,磁石のように看護師を引きつけ,低い離職率と高い定着率を誇る病院が一部,存在していた。米国看護アカデミーはそれらの病院に注目し,米国全土にわたる聞き取り調査を行い,共通の特性について検討した。1990年代に入り,米国看護認定センターが「磁石のように看護師を引きつける病院」に関する共通の特性を備えた病院に対し,「マグネット・ホスピタル」(現在は,「マグネット・ファシリティ」)という称号を与え,1994年から認定制度を開始した2)

 マグネット・ホスピタルの認定には5年程度を要し,認定後も4年毎に再認定の審査が必要という,厳しいものである。現在では,米国で政治から医療に至るまでのランキングを公表することで知られるU.S.News and World Reportの病院ランキングの評価項目にも,「Nurse Magnet hospital」が含まれる。

 2000年には48施設であったが,2013年4月現在では米国内外に395の認定施設が存在する。この広がりの背景には,マグネット・ホスピタル認定による効果(看護師の欠員率や離職率の低下,在職意向の向上,看護職あっせん会社の利用率低下によるコスト減,患者の安全面や看護の質,医療・病院管理の改善など)が顕著であることが挙げられる3)。その経済効果に関しては,500床規模のマグネット・ホスピタルにおいて230万ドル程度の経費節減があると見積もられている4)

「リーダーシップの質」の差異

 しかし,文化の異なる日本の病院にマグネット・ホスピタルの取り組みをそのまま導入しても期待どおりの効果は得られにくいであろう。なぜなら,医療は単純な自然科学ではなく,民族の歴史的な所産としての政治・経済も包括する文化を背景とし,病院はそれを踏まえた医療提供の場であるからだ。

 著者らは,米国のマグネット・ホスピタルと看護師定着に成功している日本国内の病院に対し,半構造化形式の聞き取り調査を実施し,比較文化的方法により考察した56)。なお,マグネット・ホスピタルの特性に関し,新しいモデルでは5つの構成要素が挙げられているが2),今回は,そのうちの「変革的なリーダーシップ(“看護リーダーシップの質”と“マネジメントスタイル”)の内容に限定した。結果のまとめをに示す。

 対象病院の看護管理者のリーダーシップとマネジメントスタイルのまとめ56)

 対象病院はいずれも看護師の低い離職率を誇り,マネジメントスタイルについては共通の内容もいくつか確認された。しかし,リーダーシップについての差異は一目瞭然である。日本の病院が「曖昧で不透明」な内容が多いのに対し,マグネット・ホスピタルは「客観的かつ明確,透明かつ公正」な内容が占めた。前者は個別的,後者は組織的ともとれる。

 ひとつ例を挙げると,看護管理者の要件と資質では,日本の病院は「年功序列」といった曖昧な内容が挙がった。一方で,米国のマグネット・ホスピタルは客観的で明確な内容(例:修士号や資格,職歴や臨床能力,経営的視点や職場の管理運営能力)を挙げ,透明性や公平性を担保した過程を経て慎重に採用していた。看護管理者の明確な要件を公開・公募した後,選考面接では病院の経営層や看護部長のみならず,医師や多職種のメンバー,当該病棟科のスタッフも含め,計20人以上が面接官となり,3回以上の面接を行う病院もあった。

 また,“Shared governance”(ここでは「病院組織が看護管理者に一定の権限を委譲し,共有する管理方式」を指す)という言葉がインタビューの際に頻繁に聞かれた。マグネット・ホスピタルでは各病棟がさまざまな固有の取り組みを展開していた。これには,個々の看護師の意見を積極的に取り入れた意思決定と,組織の経営層による意思決定の両方が不可欠で,一方通行ではうまくいかない。要となるのが,看護管理者とShared governanceなのである。

「人が人を呼び込む」状況を永続的なものにするには

 人(看護師)が人(看護師)を呼び込む。今回聞き取り調査を実施した全ての施設で認められた現象であるが,その状況を維持することは容易ではない。マグネット・ホスピタル認定の審査員でもあるG.Wolf博士(ピッツバーグ大学)は,マグネット・ホスピタルにおける看護師の定着で最も重要な点を,次のように語ってくれた6)

 「看護師の離職は,看護師長やリーダー,院長の離職や変更によって,マグネットの原理が維持されていないと感じられたときに起こりやすいと思われます。つまり,看護師がより良い仕事環境が失われたと感じたとき,看護師の離職が起こります」

 つまり,マグネット・ホスピタルといえども,リーダーの離職などにより,離職率が一気に悪化する危険性はある。「人が人を呼び込む」状況を永続的なものにするためには,健全な職場組織の特性を各病棟にまで浸透させるだけでなく,その特性を「文化」として病棟レベルで引き継ぐ仕組みが必要となるのだ。

 翻って,日本の病院組織における看護師の離職防止対策を考えるときには,まずはリーダーシップの要である看護管理者の要件・資質とともに,採用過程の見直しから始める必要があるかもしれない。

参考文献
1)Saiter SL, et. al.(1996)産業精神医学4,248-54.
2)桑原美弥子.(2008)マグネット・ホスピタル入門 磁石のように看護師をひきつける病院づくり,ライフサポート社.
3)Lundmark VA, et. al. (2010) Magnet practice environment and outcomes. In: Magnet: The next generation-nurses making the difference, Drenkard K, et. al. (Eds.), 115-61, American nurses credentialing center, Silver Spring.
4)Drenkard K. (2010) Journal of nursing administration 40, 263-71.
5)富永真己他.(2012)こころと文化11,1-16.
6)富永真己.(2012)厚生科学研究費助成金地域医療基盤開発推進研究事業「諸外国のマグネット・ホスピタルの組織特性とその要素に影響する取り組みに関する研究」平成22年度~23年度 総合研究報告書.

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