医学界新聞

2013.04.15

Medical Library 書評・新刊案内


腹膜透析スタンダードテキスト

中本 雅彦,山下 明泰,高橋 三男 著

《評 者》斎藤 明(横浜第一病院腎臓内科/院長)

基礎から臨床までバランスの取れた完成度の高いテキスト

 このたび,腹膜透析についての新刊『腹膜透析スタンダードテキスト』を読む機会を得た。腹膜透析の原理などの基礎知識から治療の実際,用いられる機器の使用法,治療効果とその評価,合併症の病態と治療,患者教育など,医師,医療スタッフが腹膜透析を実施する上で必要な知識がコンパクトに網羅されていた。特に,腹膜における構造と拡散の関係や物質除去のキネティックモデル解析にも続いた治療法と効率の関連などに関する丁寧な記述については感銘を覚えた。既に,腹膜透析の解説書,テキストといわれるものは多く存在するが,これほど完成度の高いものを見ることはなかった。その主な理由は,今までのテキストのほとんどが腹膜透析の経験や臨床研究に長けた1人,または複数の臨床家が関連する項目を分担し合って書いたものであり,原理的な説明が未熟であったり,内容上のバランスが偏ったりすることが多かったからであり,本書のごとく基礎から臨床まで,また,原理から使用機材の解説までバランスの取れた内容のテキストは存在しなかったように思われる。

 本書の優れた点は,3人の著者が,いずれも腹膜透析がわが国に導入された初期から深くかかわった方々であることのみならず,それぞれ,医工学,臨床医学,そして,機器・透析液の開発とその臨床への導入と販売という異なる立場から腹膜透析治療に深くかかわった方々であるという特徴が章の中に有機的に組み込まれているところであろう。中本雅彦氏が腹膜透析の臨床と研究の第一人者であることはいうまでもない。山下明泰氏は,医工学領域でありながら,工学系大学院を終えた若いころの数年を臨床病院に在籍され,また,持続携行型腹膜透析(CAPD)の生みの親であるMoncrief先生とPopovich先生が教鞭をとられたテキサス大学オースチン校の研究室に在籍し,講義まで受け持たれた実績を有する方であり,CAPDの原理やキネティックモデル解析にも続いた治療システムの提案,コンピュータ機能評価システム構築など臨床を踏まえた腹膜透析の科学的進歩に貢献され,難しいはずの内容がわかりやすく本書中にちりばめられている。また,高橋三男氏は,30年にわたりバクスター社をはじめ,腹膜透析関連企業での機器・透析液開発や在宅治療としてのCAPD治療におけるソフトウェアの開発に従事され,それらの臨床現場への導入に長けた方であり,このようなメーカーの方の参画も今まであまりなかったことである。

 さらに,本書の中に枠で囲まれた文章がコラムとして示されている。ここには,腹膜透析の開発と普及,そして治療技術としての質の向上など,それぞれの発展の時期において大きな貢献をされた医師,技術者,企業人などの努力と成果が紹介されている。まさに,腹膜透析発展の歴史にとり重要な事項がエピソードとして描写されており,読者は気楽に読むことにより,腹膜透析の歴史を知ることができる。この試みも斬新なものとして記憶に残るものである。

 以上,新刊『腹膜透析スタンダードテキスト』を読んで気付いたことを述べさせていただいたが,本書は多くの医師,透析スタッフが腹膜透析の理解を深め,患者の治療に必要な知識・技術を習得する上で有益な情報を提供するものと確信した。

B5・頁224 定価6,825円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01668-1


標準的神経治療

日本神経治療学会 監修

《評 者》神田 隆(山口大大学院教授・神経内科学)

第一線の神経内科医のニーズをよく理解した疾患ラインアップ

 本書は日本神経治療学会創設30周年の記念事業として,2008年から順次公表されてきた『標準的神経治療』を合冊したものである。ここに取り上げられている疾患は(1)手根管症候群,(2)Bell麻痺,(3)片側顔面痙攣,(4)三叉神経痛,(5)高齢発症重症筋無力症,(6)慢性疼痛,(7)めまい,(8)本態性振戦,(9)Restless legs症候群の9つであり,神経内科医だけが診る疾患よりも,より多岐にわたる診療科が関与する疾患に重点が置かれ,また,慢性疼痛・めまいといった神経内科医が日々の診療で困難を感じている症候が積極的に選択されているのがまず目に留まる。日常診療の中ではなかなか接することのできない他科の最先端の考え方も吸収しながら患者を治療したいという,第一線の神経内科医のニーズをよく理解した疾患ラインアップであると思われる。本書の題名は『標準的神経治療』であるが,各章の記載の多くは治療指針のみにとどまらず,疾患概念,病態生理,疫学も含めた内容となっている。プラクティカルに治療はどのようにしたらよいかをダイレクトに伝えるだけでなく,疾患の基礎的な理解にも踏み込む内容となっており,より診療ガイドラインに近い記載と言ってよい。

 個々の章はそれぞれの分野のエキスパートによる力のこもった内容となっている。専門医が非専門医師を含む多数の読者に対して,エビデンスに基づきつつも誤解を与えないよう適切な治療指針を伝えるのは大変難しいことであり,本書の著者も苦労されたものと思われる。中でも本書で最も充実した内容を有するセクションの一つと思われる(1)手根管症候群を例に取ると,まず冒頭にエビデンスレベルおよび推奨度の呈示があり,以下の記述も,どのようなレベルのエビデンスに基づいてこの薬物・治療法が推奨されるかについての明快な記述がある。本来ならば,このエビデンスレベルと推奨度の呈示は本書の冒頭に掲げて,すべての章がこの基本方針の下に書かれていれば,もっと統一感のある成書になったのではないかと思われるが,一方,エビデンスレベルから少し離れて各薬物の使用法について丁寧に解説した章もあり,これもまた読者のニーズの一つを満たしているのではないかと感じた。各章で著者の意図するところが少しずつ違うことを理解しながら読むことも,読者には要求されるものと思われる。

 全9章の中でも第5章の高齢発症重症筋無力症は,特定の病態に限定した記載を行っているという点で他の8章とはいささか趣を異にしている。しかし,このような最近話題になっているトピックスに対して迅速に回答を出していくという姿勢は高く評価されるべきであり,神経内科の臨床家には大いに歓迎されるであろう。このような神経内科治療のトピックスのみでまとまった成書も将来的には大いに期待したいところである。

B5・頁328 定価9,975円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01657-5


変形性関節症の診かたと治療 第2版

井上 一 監修
尾崎 敏文,西田 圭一郎 編

《評 者》田中 栄(東大大学院教授・整形外科学)

OAに関するスタンダードな知識や最新の情報を網羅

 本書の「初版の序」において井上一氏は,恐竜やネアンデルタール人の化石においても変形性関節症(osteoarthritis, OA)の所見が認められるという興味深い研究成果を紹介しておられる。恐竜も膝関節痛に苦しんでいたのであろうか?

 このようにOAは古くから認められている病態でありながら,現在の高齢社会において,ますますその重要性が増している疾患でもある。岡山大整形外科の先生方が中心となって編まれた『変形性関節症の診かたと治療』が今回18年ぶりに改訂された。改訂第2版は,この間のOAの診断学や治療学の進歩を幅広く網羅した内容になっている。中でも臨床的,組織学的評価基準の改定,診断基準の策定,さまざまな画像診断の進歩やこれを利用したコンピュータ支援手術,そして膝のみならず肩や股関節においてもスタンダードな手技となった関節鏡テクニックの進歩など,新しく追加された項目を一望するだけでもこの分野の急速な進歩をうかがい知ることができる。また「column」として,遺伝子改変マウスを用いた研究によって得られた知見や,疾患感受遺伝子に関する情報,メカニカルストレスの基礎研究の成果といった最新のトピックスがまとめられているのもうれしい。

 このように本書はOAに関するスタンダードな知識や最新の情報がコンパクトに網羅されており,これから関節外科を学ぼうとする医師のみならず,現在一線で活躍されている方々にとっても,OAに関する知識をアップデートするための必読の教科書となるであろう。

 本書末尾で尾崎敏文教授が記されているように,OA患者の増加は高齢者人口の増加と正比例している。現時点で2500万人とも言われ,さらに増え続けるであろうOA患者,そしてOAという疾患そのものにどのように対応していくかは,整形外科医にとって大きなチャレンジである。疾患の成立に長い時間を要するため,OA研究にはサイエンスが入りにくいという難点が指摘されている。特に治療薬の開発やエビデンスレベルの高い臨床研究を行うことが困難である。今後このような問題をどう解決するかがこの分野における大きな課題である。

B5・頁288 定価8,400円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01602-5


日本近現代医学人名事典
【1868-2011】

泉 孝英 編

《評 者》早石 修(大阪バイオサイエンス研究所名誉所長)

たぐいまれな,近現代医学の歴史教科書としても優れた書

 本書は,1868(明治元)年3月に明治政府が欧米医学を公式に採用して以来,2011(平成23)年末までに物故された医療関係者で,特にわが国の医学・医療の発展に貢献された3762名を選んで,物語風に記録されたユニークな人名事典であります。何分にも膨大な内容であり,私自身,生化学という限られた基礎医学が専攻分野なので,医学・医療全体の問題を議論したり,評価することには必ずしも適任ではありません。それでもまず本書を通読して,最も重要な“人選”が極めて公正で妥当であるという印象を受けました。

 次に個々の記載について,個人的に親しかった方々について詳しく調べました。いずれもおおむね正確な情報に基づいており,しかも専門的な記述以外に本人の性格,趣味,交際,家族など私的な紹介も多く,読み物としても興味深いものでした。以下,幾人かを収載人物の例として挙げます(敬称略)。

 古武弥四郎(本書253ページ)は,「わが国の生化学の開祖」荒木寅三郎(25ページ)の門下で,「わが国の生化学の基礎を築いた」人物です(私にとってはティーチャーというよりメンターというべき方でした)。その講義は極めて難解であったため,学生時代の私は医化学の道を諦め,「わが国におけるウイルス研究の先駆者」谷口腆二(393ページ)の業室研究生にしていただきました。卒後,軍医として出征し,終戦後,破壊された大阪の惨状の中に戻って臨床医になるか迷ったとき,改めて基礎医学の道を勧めてくれたのが谷口と,後述する父でした。その後,阪大微生物病研究所(微研)を経て渡米してアメリカ国立衛生研究所(NIH)部長となった私を,京大で医化学講座第3代教授内野仙治(92ページ)の後任人事が難航した折,当時の医学部長平沢興(514ページ)が異例の決断をされ,招聘された縁がありました。

 1909年の「世界で最初の内因性睡眠物質の発見者」石森国臣(53ページ)は,同時期にアンリ・ピエロンが,ほぼ同じアイデアによる実験から類似の結果を出してフランスで発表し,欧米で著名になったのに対し,日本語雑誌で発表した石森は,世界的には無名のまま近年に至っていたわけです。2009年にはその発見100周年を祝して,私が記念講演をさせていただきました。一つ残念なのは,石森は生理学者であり,その当時の有機化学者との共同研究をされなかったため物質の同定がされていないことでした。1世紀後の私は,「視床下部温度感受性ニューロンを発見」された優秀な生理学者の中山昭雄(450ページ)と共同実験を行うことによって,プロスタグランジンD2の睡眠誘起作用を生理学の立場からも確認することができました。

 驚いたのは,わが父早石実蔵(496ページ)が収載されたことです。父は祖母一人に育てられ18歳で医師免許を取得,臨床医としても研究者としても大変優れた人で,8歳年下の妻光子と共々満95歳の長命で亡くなりましたが,最後まで最新の英文医学誌に目を通す勉強家でした。編者・泉孝英博士による解説を医学界新聞(第3008号「近代医学の145年」)で拝見して,父のように在野で過ごしたため,医学の正史からは忘れられた無名人をも顕彰する趣旨があったことに感銘を受けました。また加うるに,収載人物それぞれの医学・医療に対する貢献を第三者にもわかりやすく解説されるために,膨大な参考文献,資料,年表などを別添されていることも,本書の付加価値を大きく高めています。

 本書は,日本はおろか海外にも類いまれな,ユニークな近現代医学の歴史教科書としても極めて優れたものであり,編者のライフ・ワークとして高く評価されるべきものと信じます。

A5・頁810 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00589-0

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook