タイム誌史上最長記事に見る米国医療事情(1)(李啓充)
連載
2013.04.01
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第242回
タイム誌史上最長記事に見る米国医療事情(1)
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(3019号よりつづく)
タイム誌3月4日号(米国版)が,「規格外」の特集記事で米国民を驚かせた。
タイム誌の場合,特集記事は毎号数篇あるのが普通なのだが,3月4日号では特集をただ一篇に絞った上で,何と総ページ数36(広告を除く)と,同誌史上最長の紙数を与えたのである。
特集記事のタイトルは「Bitter Pill」。法外に高い診療費が患者を苦しめている実態を赤裸々に描く内容だったが,2万4105語に及ぶ長大な記事を執筆したのはスティーブ・ブリル。コートTV(裁判の生中継を売りとする法廷物専門TV)の創設者としても知られるジャーナリストだった。
保険給付限度額を大幅に上回る診療費の実態
ブリルは患者数人に取材,彼らが病院・医師等から受け取った巨額の請求書について詳細に解析した。以下,ブリルが紹介した症例について,患者が加入していた保険の状況(無保険を含む)とともに要約する。
1)非ホジキンリンパ腫(42歳男性)
世界でも有数のがん診療施設として知られるMDアンダーソンがんセンターでの治療を求めたところ,初診料4万8900ドルの前払いを要求された上,初回の治療についても,3万5000ドルの前払いを求められた。うち1万3702ドルはある抗がん薬についての請求額だったが,ブリルの取材によると仕入れ価格は3000ないし3500ドルにすぎず,約4倍の価格をつけて患者に売りつけたのだった。
保険:1日2000ドル当たりの病院費用をカバーする格安保険(保険料毎月469ドル)に加入していたものの,MDアンダーソンは「その手の格安保険は扱っていない」と無視した。
2)胸痛(64歳女性)
胸痛で救急外来を受診,3時間後に「消化不良」との診断を得て帰宅した。後日,病院・医師・救急車会社から計約2万1000ドルの請求書が送りつけられてきたが,うち,PET/CT検査代が約8000ドルを占めた。公的高齢者保険(メディケア)だったら554ドルしか支払わない検査だった。
保険:失業中で無保険だった。
3)転倒後外傷(62歳女性)
自宅近くで転倒後救急外来を受診,後日9418ドルの請求書を受け取った。うち,頭部・胸部等のCT検査代が6538ドルを占めたが,メディケアの支払い額825ドルと比べ約8倍も高い額を請求されたのだった。
保険:職場を通じて加入していた保険は,受診一回当たり2000ドルしかカバーしなかったため,7418ドルが自己負担となった。
4)腰痛日帰り手術(30代男性)
慢性腰痛に対し,電気刺激装置埋め込みの日帰り手術を受けたところ,病院から8万6951ドルを請求された。うち4万9237ドルが電気刺激装置の価格だったが,ブリルの取材によると仕入れ価格は1万9000ドル以下と推定された。
保険:職場を通じて加入した保険は給付限度額を「年6万ドル」と定めていた。手術を受けた時点ですでに約1万5000ドルの給付を受けていたため,保険で支払った約4万5000ドルとの差額,約4万ドルが自己負担となった。
5)肺がん(年齢不詳男性)
診断後11か月で亡くなるまでの請求総額は90万2452ドルに達した。ICU室料1万3225ドル/日,重症患者用病室使用料7315ドル/日等に加え,滅菌ガーゼ(一箱77ドル)・ナイアシン錠剤(一錠24ドル)等の細々した物品・薬品費が積み重なって莫大な請求額となった。
保険:診療費は給付限度額の5万ドルを大幅に上回ったため,大半が自己負担となった。
6)肺炎(50代男性)
肺炎で32日間入院,請求額は47万4064ドルに達した。細々と請求品目が羅列された請求書は161ページに及んだ。
保険:加入していた保険は,給付額を「年10万ドル」と制限していたため,約40万ドルが自己負担となった。
「命が惜しければ金を出せ」
以上がタイム誌に紹介された6例であるが,「市場原理」の下で運営されている米国医療が,どれだけ患者を苦しめているかが具体的におわかりいただけたのではないだろうか? しかも,失業中で無保険だった1例を除いて,皆,財力の許す範囲で何らかの保険に加入。「病気になったときのために備える自助努力」を怠っていたわけではなかった。しかし,有事に備えていたにもかかわらず,診療費が保険の給付限度額を大幅に上回ったために,莫大な額の医療費負債を抱えることとなったのである(註)。
では,なぜ,診療費が保険給付額を大幅に上回る事態が頻繁に起こるのかというと,その理由は,医療施設が患者に過大な診療費を請求する行為がルーティン化しているからにほかならない。「命が惜しければ金を出せ」と言わんばかりの,強盗まがいの商法が常態化しているのである。
(この項つづく)
註:最近の米国医療では,「無保険(uninsured)」に加えて「低保険(underinsured)」も大きな問題となっているのだが,2010年に成立したオバマケアによって,2014年以降医療保険に給付限度額を設ける行為は禁止された。低保険問題を解決するための処置であったが,同法施行後,保険料が高騰する「副作用」が懸念されている。
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