医学界新聞

2013.03.11

Medical Library 書評・新刊案内


ティアニー先生のベスト・パール2

ローレンス・ティアニー 著
松村 正巳 訳

《評 者》清田 雅智(飯塚病院・総合診療科)

さまざまなレベルの医師に活用してもらいたい奥深いパールの数々

 物事を単純化することは,しばしば行動を誤らせる原因になる。現実世界では,単純化されたマニュアル的な対応だけでは通用しないことがしばしば起こる。しかし細かいことにこだわらなければ,おおむねマニュアルは使い勝手が良いことが多い。

 クリニカル・パールというのは,米国では昔から行われていた教育手段だという。日本でも,経験のある医師がしばしば臨床の“コツ”を伝えるという教育手段はあった。それは経験則として語られていたと思う。個人的な見解だが,日本で聞くその手の“コツ”というのは,しばしば誤用されて伝わっているものだったり,独善的な知識の場合もあると感じていた。それはその経験則が,何から導き出されているのか十分検証されることがなかったからだと思っていた。私はそういう“コツ”を聞くと最初は疑いの目をもち,書物や文献によって検証して納得したものしか信用していなかった。

 過日の第3回日本プライマリ・ケア連合学会で,私は初めてティアニー先生に症例を提示する機会に恵まれた。先生は一部の識者の間では,診断学では神の領域に近いと噂される人物と聞いていた。そこで約半年かけて症例を厳選し,おおむね40くらいの文献に目を通し,1940年代の文献も引いて根拠の裏付けも十分に行って臨んだ。先生は45枚準備したスライドの4枚目,年齢,性別,主訴,現病歴4行しか提示していない段階で,ほぼ核心に迫るtentative diagnosisに至っていた。こういう例は枚挙にいとまがないそうだが,目の前で見ると本当に恐ろしい人だと思った。一方で,提示した情報では理論上そのようにコメントするのが妥当だということも事前に検証して臨んでいたので,その思考プロセスが合致したことは私としてはうれしかった。そのケースとは,common disease rare presentationの例で,前著『ティアニー先生のベスト・パール』よりパール26を引用したものであった。今回の新しい版ではパール96に該当する疾患であるが,新版を読んでみると,なんとパールの中身も進化していた!

 パールには必ず単純化による限界がある。しかし,この人のパールは別格である。本書のパールには奥深い真理があり,読み流してはいけないと思う。私も隅々まで読み,その背景も調べることで得られるものがあった。訳者の松村先生にも敬意を表したい。パールの意図をくみ取れないと日本語と英語併記という形は難しかったはずだ。

 きっとさまざまなレベルの医師がこの本を利用できるであろう。

A5・頁186 2012年10月 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01712-1


構造と診断
ゼロからの診断学

岩田 健太郎 著

《評 者》前野 哲博(筑波大病院教授・総合診療科)

「診断する」という作業にかかわるすべての医療者に

 最近,臨床推論に注目が集まり,診断学に関する本が数多く上梓されている。ただ,その多くは臨床診断に至るプロセスを理論的に記述したものや,「○○があれば△△病を疑う」といった実践的なマニュアル本が多い。本書はそういった類書と一線を画し,著者の言葉を借りれば「メタ診断学」,つまり「診断する」という行為そのものに焦点を当て,診断とはそもそも何なのか,診断とはいかなる営為なのかを論じた本である。

 ひとくちに「診断」といっても,実際の診療では患者ごとに一人ひとり病歴は違うし,いくら調べても診断がつかないことも多い。しかしながら,臨床医は診断がつくかどうかにかかわらず「決断」しなくてはならない。入院させるのか帰宅させるのか,薬を処方するのかしないのか,その場で決めなくてはならない。もっと悩まずに適切に診断をつけ,最良の医療を提供できる方法はないだろうか? もしも,臨床推論に関する本を片っ端から読みあさり,ハリソン内科学を全部暗記すれば,自信を持って診断をつけられるようになるだろうか?―――答えは「否」であろう。

 臨床医であれば誰もが経験するこの疑問に,われわれはどのように向き合っていけばよいのだろうか。本書は,そんな命題に正面から取り組んだ本である。とはいえ,本書を通読したらズバリと診断できるようになるわけではない。わかりやすく言えば,悩みの尽きない「診断をつける」という作業について「正しい悩み方」を教えてくれる本である(こう書くと,本書の第3章「正しい診断は何か」を読んだ人から「『正しい』を規定しているのは何か?」とすかさずツッコミを受けそうだが……)。

 また本書は,診断力をつけるために,どのような心構えで,どのようなトレーニングを積めばよいのかについても大変重要な示唆を与えてくれる。ユーモアあふれる例え話もわかりやすく,これから診断を学ぼうとする学生・研修医,そしてその指導に当たる指導医にも,ぜひ読んでいただきたい。「診断する」という作業にかかわるすべての医療者にお勧めの一冊である。

A5・頁218 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01590-5


レジデントのための消化器外科診療マニュアル

森 正樹,土岐 祐一郎 編

《評 者》北川 雄光(慶大教授・外科学)

手になじむ「阪大消化器外科マニュアル」

 本書をまず手に取ったとき,研修医時代に白衣のポケットに入れていた『ワシントンマニュアル』を懐かしく思い出した。手触り,重さ,色合いから想起したのだが,編者である森正樹教授,土岐祐一郎教授の序文を拝読し,編者がこれを意図して見事に実現していることにまず驚かされた。

 医療現場最前線の「常識」も年々進化し,年配の指導医にとっては教育している内容が本当にup to dateなのか? エビデンスはあるのか? ふと不安になることがあるのではないだろうか。日本において消化器外科医は,手術関連の知識・技量はもとより周術期全身管理,集中治療,集学的がん治療,感染症対策など極めて広範な知識・技術が要求される。このすべてにおいて,一人の指導医が最前線の知識をもってレジデントを教育していくことは必ずしも容易でない。本書は,阪大大学院消化器外科関連のそうそうたる執筆者らが,その洗練された知識のすべてを投入した珠玉の一冊として編集されている。

 このような分担執筆による成書は,往々にしてそれぞれのパートはよく書かれているが,統一性がなく記述のバランスもばらばらになりやすい。ところが本書では,分担執筆にもかかわらず書式や記載のレベルが統一され,ポイントが明らかにされエッセンスが絞りこまれている。それでいて,随所に織り交ぜられた図・表は知識の整理に効果的であり,極めて明瞭に提示されている。おそらく周到な打ち合わせ,綿密な推敲がなされたものと推察される。

 さらに,「サイドメモ」は,レジデントが記憶しておくべき事項が魅力的な読み物のような形で頭に入ってくる仕組みになっている。しかも,グレーバックで統一され,私はついついサイドメモを拾いながら一気に読み進めてしまった。最近のトピックや自分の専門と離れた分野のエッセンスを知りたい指導医にとっても魅力的なコラムだ。また,本書では各論のみならず総論も大変充実し,レジデント諸君が習得すべき基本概念がしっかりと,しかも簡潔に記述されている。「外科総論」の骨格を若い時代に身につけることは,その後新知見が導入された場合もそれらを的確に吸収するために大いに役に立つはずである。

 また,本書は各ページにインデックスが付され,目的の項目に到達しやすく,手になじむ。読者は使い込むうちに,どのあたりに何が書かれていたかを自然に記憶していくことになろう。そうした意味では,iPadに慣れた世代にとってもより使いやすい必携のマニュアルとなっている。救急外来や外勤当直など,さまざまな場面でレジデント諸君の心の支えになることは確実である。

 森教授,土岐教授率いる阪大大学院消化器外科は,診療,研究,教育すべてにおいて日本のトップを走り,外科医不足の時代にあって多くの入局希望者が殺到している大教室である。また,関連施設のネットワークを生かして,重要な臨床研究の成果を次々と発信し,多くの優秀な人材を輩出している。永年の伝統と,隆盛を誇る大教室が築き上げたエッセンスが凝縮された本書は,『阪大消化器外科マニュアル』として定番となり,『ワシントンマニュアル』をはるかに凌駕する存在となるものと確信している。

A5変型・頁480 定価5,670円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01658-2


あなたへの医師キャリアガイダンス

岡田 定,堀之内 秀仁,藤井 健夫 編

《評 者》石見 陽(メドピア(株)代表取締役社長/医師・医学博士)

激動の時代の中で進路に悩むあなたに

 実は,私自身も医学生時代,聖路加国際病院の研修とはどんなものなのだろう? と思い,半日だけ病棟を見学させていただいたことがある。地方の大学に通っていた私は情報に疎く,「将来は人が多く,モチベーションの高い仲間に囲まれる環境で働きたい」と考えながらも,部活動中心ののんびりした学生生活を送っており,気づいた時点で聖路加国際病院の夏休みの見学の応募期間は過ぎていたのだった。あきらめきれなかった私は,友人のつてをたどり,非公式に半日だけ院内を案内してもらった。その夜に開かれた宴会で聖路加国際病院での研修の激しさをうかがい,医師になるというのはこういうことかと身が引き締まる思いをしたことを思い出す。何よりこの病院に所属している研修医の方々の誇り・病院への愛情を感じ,感銘を受けたのである。結果として私は研修先を東京女子医大に決め,聖路加国際病院で研修をすることはなかったが,今でも私の中の憧れの病院であることに変わりはない。

 さて,本書は岡田定先生,堀之内秀仁先生,藤井健夫先生が編者となり,過去または現在において,聖路加国際病院で診療にかかわった数十名の先生方が執筆した医学生・医師向けのキャリアガイドである。各先生方が,医師になるにあたってどのように悩み,医師になってからどのようなキャリアを志向し,障害を越え,今後どのように進んでいこうとしているのか? 後輩である医師・医学生を想定して執筆されている。

 私は,現在週一回の臨床医,その他は会社経営者と二足のわらじを履いている,いわゆるベンチャー起業家であるが,本書を完読して最初に「皆さん,結構起業家の考え方と似ているな」という感想を持った。

 アップルの創業者として有名な,故Steve Jobs氏のStanford大でのスピーチは経営者の間では有名である。Jobs氏は「Connecting Dots」というテーマで講演した。その時その時で自分の興味のあることに全力で取り組んでいれば,将来は一つ一つの点(Dot)がつながり,線となり面となるという話だ。

 本書では,皆が思い思いに自身の考えを執筆しているわけだが,その中のなんと3名が上記Jobs氏の講演に触れているのである。また,Jobs氏の講演に触れていなくても,多くの執筆者が「目の前のことに全力を尽くせ」とのメッセージを伝えている。

 経営をしていると,どうにも理不尽なことばかり続き,「他の道はなかったかな……」と思うことも多い。そのようなときには自分がどうしてこの道に入ったのか? と自問するようにしているわけだが,結局最後は「全力でやりきるしかない。後は何とかなる」という結論に思い至る。原則は聖路加を選択した医師も経営者も自分の意志で選択した道である。ある程度不確実さを残しながらも,自分で選択した後は,目の前の一つひとつの点(Dot)を全力でこなしていく。このようなある種の愚直さの重要性がこの本のメッセージとなっている。

 医師の卒後臨床研修が必修となって8年が経つ。それまで卒業大学の医局に所属することが一般的だった医師のキャリアに多くの選択肢が与えられることになった。その大きな変化の前から臨床教育に力を入れていた聖路加国際病院,そしてその病院に集っていた意識の高い医師が本音で語っている本書は,激動の時代の中で進路に悩むあなたに必ずや一つの道しるべを提示してくれることであろう。

A5・頁240 定価1,890円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01620-9

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook