医学界新聞

2013.03.04

Medical Library 書評・新刊案内


がんサバイバー
医学・心理・社会的アプローチでがん治療を結いなおす

Kenneth D. Miller 原書編集
勝俣 範之 監訳
金 容壱,大山 万容 訳

《評 者》内富 庸介(岡大大学院教授・精神神経病態学)

あらゆる医療者のためのサバイバーシップ指南書

 一昔前,がんサバイバーというと「治療後5年を経過したまれな幸運な人」を意味し,最初の5年間は医師も患者も専ら疾患コントロールに傾注し,心の問題は後回しという風潮ではなかったかと思う。現在では,生存率の大幅な改善とともに,米国のサバイバーは1,200万人に達した。「がんと診断されたその瞬間に人はがんサバイバーとなり,一生サバイバーであり続ける(全米がんサバイバーシップ連合,1984)」という定義が米国国立がん研究所(NCI)に採用されて以降,プロセスを意味するサバイバーシップの概念とともに広がり,日本ではがん対策基本法(2007)以降浸透してきたと言える。

 本書は,あらゆる医療者のための,がん診断時からのサバイバーシップ指南書であり,よくある疑問や懸念に正面から向き合っている。特筆すべき点は心の問題や回復過程をロードマップとして目に浮かぶように本書の前半分を割いて詳述していることで,疫学的問題,医学的問題の後半へと続く。編集者のKenneth D. Miller氏は,現在,Dana-Farberがん研究所Lance Armstrongサバイバーシッププログラムの所長を務めているが,腫瘍内科医であり,がんサバイバーの夫でもある。彼は,サバイバーシップ研究のエビデンスが蓄積したところで,編集して本書を誕生させた。

 前半で,がんがもたらす抑うつ・倦怠感・睡眠障害,心的外傷後ストレス/成長,さらには恩恵を見出すベネフィット・ファインディング,セクシュアリティ,妊孕性,遺伝カウンセリング,がん診断-終末期であることを子どもに伝えるコミュニケーション,家族などについて詳述されている。そのなかで,NCIサバイバーシップ部門長のJulia Rowland博士の重要な講演内容から,サバイバーの5つの教訓を紹介している。

1)がんが消失した状態はがんから自由であることを意味しない(倦怠感,抑うつ,痛みなどの問題は慢性期にも多い)。
2)回復へ移行する時期はストレスが多い(医療者が身体治療を乗り切ってホッとする時期に心理的危機はやってくる)。
3)困難な時期であっても驚くべき回復力や恩恵を見出せることがある。
4)適応の良さには,標準治療を選択すること,治療に積極的に参加すること,活動的であること,支援を受けること,意味を見出していくことなどが結びついている。
5)食生活などライフスタイルを見直す好機になる。

 以上のことは,「実際のがんは自分ではコントロールできないかもしれないが,食生活や活動,治療の決定は自分でコントロールできる」という体験を通して,がんという出来事も自分の世界観に結い直す(認知的統合)ことができるという臨床経験とよく符合する。

 トラウマを成長の機会としてとらえ,恩恵を見出す患者に出会うことは非常に多い。その恩恵には,ソーシャルサポート,診断時からの時間が関連する一方で,若年者,マイノリティー,がんが重篤であることも関連するという研究報告を紹介している。さらに恩恵にはメンタルヘルスに対して良い面と悪い面があり,現実の変化か動機付けられた幻想かという論争に決着はついていないという。現時点では少なくとも,医療者はがんがもたらす恩恵やギフトを否定したり,押しつけたりすることは避けたい。

 日本にも支部のあるCancer Support CommunityのGolant博士は,サポートグループの効用として,最良の状態を期待すると同時に最悪の場合にも備えるよう促された患者は,がんの嫌な現実をも評価して受け入れていけるようになることを紹介している。医療者は診断時から,生と死に関するコミュニケーションを促し,備えあれば憂いなしをぜひ,少しずつ診療に生かしてほしい。

 なお後半ではサバイバーの医学的問題として,治療による全身の各臓器障害,術後リンパ浮腫,妊孕性保護について,また疫学的問題としてエクササイズ,食事,二次がんについて詳解されている。特にサバイバーの食事に関するエビデンスは限られているが,がん以外の疾患にも有益であり,さらにQOLを増すという利点を紹介している。

 訳は非常に練られており,違和感を覚えるところは全くなかった。腫瘍内科医である訳者のあとがきに,患者を単なる「中年の乳がん患者」と記号化するのではなく,「ピアノが好きで仕事で教えてもおられて,子どもさんが高校生で受験の心配もされておられ,夫は会社員だけれど……頼れる友人もいる……」と「描写していくべきなのである」とある。小生は,訳者とがんセンターで一緒に働いた時期があり,彼の温かい基本的態度が思い出される。その後,彼が腫瘍内科医として本書をいち早く訳出したことを素直に喜び,多くのサバイバーの福音となる本書を世に出したことに心の底から感謝したい。

A5・頁464 定価4,200円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01522-6


標準神経病学 第2版

水野 美邦 監修
栗原 照幸・中野 今治 編

《評 者》岩田 誠(女子医大名誉教授/メディカルクリニック柿の木坂・院長)

神経内科の専門医の座右の書としても活用できる内容

 これは,極めて便利な書物である。帯には,学生のための神経内科の教科書,と書いてはあるが,どうして,どうして,この書物に書かれている内容は相当に高度であり,研修医どころか,神経内科の専門医の座右の書としても,十分に活用できる内容である。しかも,高度な内容が実に要領よく,わかりやすく説明されているので,学生が読んだとしても,十分に内容を把握していくことができよう。それにしても,よくまあ,これだけの内容の濃い書物を,五百数十ページにまとめられたものと,感心するのである。

 評者が特に感心したのは,この書物の5分の1が,筋肉と末梢神経の病気の記述に当てられていることである。神経系の病気を取り扱う科としては,神経内科のほかに,脳神経外科,整形外科,そして精神医学があり,多くの神経系疾患は,これらのうちの複数の科における共通の診療対象である。しかし,筋肉疾患と末梢神経障害とは,それらのほとんどが神経内科の独壇場である。そこに大きく焦点を当てた編集方針は,極めて的を射たものとして,評者の共感を呼ぶ。

 この書物のもう一つの魅力は,巻頭に示された,脳解剖と脳病理のカラー写真,そして所々にちりばめられた,電気生理学検査の手技や所見に関する記載である。神経疾患の日常診療においては,電気生理学検査を神経学的診察の一部として利用していかねばならないとする著者らの想いが,ひしひしと伝わってくるのを感じる。この想いには,実は1世紀以上にわたる歴史がある。そろそろ出版後100年を迎えるDejerineの症候学の教科書『神経系疾患の症候学(Sémiologie des Affections du Système Nerveux)』においても,当時まだ未発達であったとはいえ,電気生理学的検査と脊髄液検査は,症候学の一部として取り込まれている。何もハンマーをふるうだけが症候学ではないということは,1世紀も前から主張されてきたことなのである。神経症候学の裾野の幅広さを知る上でも,本書の存在は心強い。

 ここであえて難点を挙げるとすれば,いくつかの説明図における明らかな誤りである。図1-1では,下行性運動路の内包における体部位局在が前後逆になっているために,皮質核路線維が脊髄にまで達しているように描かれてしまっているし,図1-2では薄核の位置が違っている。また,図5-1で示された滑車神経の走行も間違っている。また,図5-18の“Mollaretの三角”なる神経回路の描き方も,Mollaretの母国フランスにおける今日一般の概念とは大きく異なっている。これらの間違いは些細なことではあるが,何も知らずに本書物に接する初心者にとっては,生涯にわたる重大な影響を及ぼすものであるので,再版される際にはぜひ修正されるべきであろう註)

 さて,評者の下には,かつて中国からの留学生が多かった。日本語をよくする彼らは,日本語で書かれた神経疾患の教科書を強く求めていた。この書物を読み終えた今,評者は,「今ここに新しく良書有り」と,今は母国に戻っている彼らに伝えて,この書物を薦めたいと思っている。

:本書の図1-1,図1-2,図5-1,図5-18の正しい図は,医学書院ホームページの正誤表からご覧になれます。

B5・頁632 定価7,350円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00601-9


レジデントのための消化器外科診療マニュアル

森 正樹,土岐 祐一郎 編

《評 者》國土 典宏(東大大学院教授・肝胆膵外科学)

消化器外科で遭遇する全領域の疾患をカバー

 手に取ってみて,まず持ちやすくて開きやすい診療マニュアルだと感じた。白衣のポケットに入れるには少し大きいかもしれないけれど,病棟や外来,医局の机の上にこんな本が一冊あっても良い。若い世代はスマートフォンやタブレット端末を好むかもしれないが冊子体も良いと思う。

 帯に「外科医に必要な知識とデータを凝縮,頼りになるコンパクトガイド」とあるように,消化器外科で遭遇する全領域の疾患をカバーして最新の情報が詰め込まれている。各疾患の診断基準,ステージングやガイドラインなどが要領よくまとめられている。最後に外科的事項という比較的長い項目があり,手術方法などを豊富な図や写真を使い,詳細に解説してある。マニュアルだから多くの図は入れにくいだろうというのが常識だが,上手に図をふんだんに入れているところが素晴らしい。膵頭十二指腸切除などの記述は本格的な手術書並である。本書は一部を除き二色刷りだが,他の類書に比べて全体にカラフルな感じを受ける。また,サイドメモが所々にあり,手術のコツや用語の解説が簡潔になされているのも特徴であろう。

 類書のマニュアル本に比べて「処方例」などの記載は少ないので,ベッドサイドに常時携帯するレジデント虎の巻というよりは,術前カンファランスや患者へのインフォームド・コンセント直前の知識の整理に使うのが最も勧められる本書の活用法ではないか。前半の総論部分は通読するのも良いくらいまとまっているし,読みやすい。

 ここまで褒めすぎたかもしれないので,あえて注文をつけると,索引機能がもう少し充実していれば素早い検索ができるかもしれない。本書のスマートフォン版を作ればよいという意見もあるだろう。日本語用語に英語をどこまで附記するのか,この判断も難しかったと思う。また,手術写真について,カラー写真は美しく見やすいが,一部の白黒写真はやや見づらいのですべてカラーにしてほしいところである。各論項目については筆者の専門領域について特に詳しく拝見したが,肝疾患の章に転移性肝癌の項がないのが少し残念であった。最近大きく進歩しているホットな領域で教科書的に書きにくい領域かもしれないが,ぜひ改訂時に考えていただきたい。

 また,サイドメモで胃癌に関する有名な臨床試験であるJCOG9912,SPIRITS試験,ToGA試験などを取り上げているのは専門外の医師にとってむしろありがたいと思った。ただ,大腸癌,膵癌など他の領域にこれに対応するサイドメモがないので,ページ数の問題もあろうが次回改訂時に検討していただきたいと思う。サイドメモでは書ききれないとおしかりを受けるかもしれないが,森正樹教授ご専門の癌幹細胞についてもサイドメモをリクエストしたい。

 「レジデントのための」と銘打ってはいるが,序文にあるように本書は中堅以上の指導者の知識の整理にも大いに役立つだろう。最新の情報が詰まっているので,特に専門外領域の最新知識の取得に便利である。ただ,最新の情報は,出版した瞬間からどんどん古くなってしまうのが宿命である。大変かもしれないが,短いスパンでの改訂作業を期待したい。

 この素晴らしい消化器外科マニュアルを一門だけでまとめ上げた大阪大学外科同窓諸兄の総合力に敬意を表しつつ,すべての消化器外科医に本書を推薦したいと思う。

A5変型・頁480 定価5,670円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01658-2


医療法学入門

大磯 義一郎,加治 一毅,山田 奈美恵 著

《評 者》渋谷 健司(東大教授・国際保健政策学)

本来の医療を取り戻すために一日で学べる医療法学

 昨今,医療訴訟や紛争のニュースを目にしない日はない。しかし,多くの医療従事者はそれらを人ごとだと思っているのではないか。実際,「法学」と聞くと,たちどころに拒否反応を起こす医療従事者も少なくないだろう。われわれは,ジョージ・クルーニー扮するTVドラマ「ER」の小児科医ダグ・ロスのように,「目の前の患者を救うためには法律など知ったことではない」というアウトロー的な行動に喝采を送る。医療訴訟,そして,弁護士と聞くと,常に前例や判例を持ち出す理屈屋,医療過誤でもうける悪徳野郎といったイメージが浮かぶ。医師兼弁護士などは資格試験オタクだ。しかし,この『医療法学入門』は,法学に対するそうした浅薄な先入観をいとも簡単に裏切ってくれる。

 医師であり,弁護士でもある著者らの医療従事者へのまなざしは,寄り添うように温かい。本書は,よくある判例の羅列や味気ない法律の条文の解説ではない。各章が明快なメッセージで統一されて書かれているので,上質のエッセイを読むかのごとくページが進む。序文にある著者らの決意表明が心地よい。増え続ける司法の介入に対して,「何よりも問題なのは,医学・医療の知識もなく,医療現場に対し何等の責任もとらない刑法学者等が空理空論で“正義”を振りかざしたこと」であり,「医療を扱う法学は実学でなければ」ならず,「医療を行う医師,医療を受ける患者という生身の人間から離れず,多数の制限下において現実に行われている医療現場から規範を形成する『医療法学』こそが必要」だと説く。

 本書は,わが国の医療と法のねじれ,すなわち医療制度は公的に,医療紛争処理制度は私的に設計されてきた歴史の解説から始まり,現在の厳しい医療現場の状況に適宜言及しながら,読者を法律の基礎知識へと導く。医療法,刑事責任,そして,民事事件を扱う章では,広尾病院事件や福島大野病院事件など豊富な判例を活用しながら,世界でも類を見ない医療の刑事事件化など社会の風潮によって大きく翻弄される医療の姿が,まさに当事者である著者ならではの視点から描かれる。

 むろん,紛争関連だけではなく,公衆衛生関連法規,保険診療,薬事法や生命倫理など,本書が扱う範囲は幅広い。読者は,日常の臨床や研究,あるいは,病院経営や組織運営においても法律は極めて身近に存在していることに驚く。医療従事者と法律は実は切っても切れない保健医療制度の両輪であることに気付かされる。『医療法学入門』は,わが国の保健医療そのものを法学という観点から,常に現場と患者を中心に据える視点を保ちながら解説した,一級の保健医療政策概論でもある。

 「医療行為は本質的には人体に侵襲を加える行為」であり,自分たちの行為の必要性と特殊性への正確な理解が,法律家のみならず世間一般に広く浸透することが肝要ではないか。そのためには,閉じた医療の世界でアウトローを気取っているだけでは進歩がない。ソーシャルネットワークの時代,プロとしての自立と信頼に基づく連携がキーワードだ。そのためには,『医療法学入門』を手始めに,「医学・医療(医療従事者)と法律(法律家)の相互理解」を深めていくことが最初の一歩である。本書を手にすることは,なによりも,訴訟に萎縮することなく医療を提供し続けるため,そして,自分と目の前の患者のためでもある。

A5・頁260 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01567-7

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