医学界新聞

インタビュー

2013.02.25

【interview】

エンゼルケアで豊かな看取りを
小林 光恵氏(エンゼルメイク研究会代表/作家/看護師)に聞く


 臨終後,医療行為による侵襲や病状などによって失われた生前の面影を可能な限り取り戻し,その人らしい容貌・装いに整えるエンゼルケア。家族にとっては故人と最期を過ごす貴重な場面でもあり,看護師のかかわり方ひとつでその質は大きく変わる。

 本紙では,『説明できるエンゼルケア』『もっと知りたいエンゼルケアQ&A』(ともに医学書院)の著者・小林光恵氏に,望ましい死後のケアの在り方,それを実現するために看護師に求められることを聞いた。


エンゼルケアは,家族の意向に沿って行う

――近年,エンゼルメイクを含む死後のケア,「エンゼルケア」を実施する施設が増えつつあるようですね。

小林 そうですね。2001年のエンゼルメイク研究会発足以降,私たちが訴えてきたエンゼルケアの重要性への理解は全国へ広まり,現在は慣例的に行われてきた死後処置からエンゼルケアへの転換期にあると感じています。

――これまでの死後処置は,どのようなかたちで行われてきたのでしょうか。

小林 従来の死後処置は,ご家族に一度退室していただき,ご家族不在の状況で看護師がご遺体の整えや処置を手早く済ませてしまうのが一般的でした。処置の内容は現場によって多少の違いはあるものの,基本的には保清,更衣,そして日本の"ならわしごと"に基づく処置,例えば「顔に白い布をかける」「遺体の手を縛り,手を組ませる」「鼻や口に詰め物をする」といったことが行われてきました。

――そのような処置には不十分な面もあったのですか。

小林 私たち研究会で検討を進めた結果,「鼻や口への綿つめは体液の流出をせき止める役割を果たさない」「手を組ませるために手首を縛る行為は皮膚の変色を招く」など,一部の慣例的な死後処置が,ケアの観点から不必要と思われるものだとわかってきました。

 また,ご家族は臨終の告知を受け取っていても,心の中では生前と同様の感覚でご遺体を見ていることが,発言から聞き取れました。つまり,「手を組ませる」「白い布をかける」という遺体らしい整いを行う慣例的な処置が,まだ死を受け入れきれていないご家族の悲しみを助長させてしまいかねないとわかってきたのです。

――遺体の管理や,ご家族の感情への配慮という観点からも,慣例的な死後処置には見直すべき点があるということですね。

小林 もちろん慣例的な処置を望む方もいる以上,無意味であるとは言えません。しかし,医療者側がそれらの方法の意義や根拠を考えず,ただ一方的に実施してしまってきたところには問題があるのではないでしょうか。

 エンゼルケアでは,ご遺体の整えをご家族にとって貴重な看取りの時間であるととらえています。ですからご家族には同席をお願いし,適切な遺体管理方法を踏まえつつも,一つひとつの処置の実施について意向を伺いながら進めることを推奨しています。

職場の基本姿勢を定めることが大事

――では,現在行っている処置の内容を見直す場合,何から始めるとよいのでしょうか。

小林 ならわしごとに基づく処置を行うか,あるいは行わないのかという点も含め,まずはエンゼルケアに対する職場の基本姿勢を検討するのが良いのではないでしょうか。

 自分たちがどういう理由で,何に重きを置き,どのようなエンゼルケアを提案したいのか。これらの点から,エンゼルケアに対する医療者側のスタンスを整理しておくことで,一つひとつの対応がスタッフによって異なったり,行うか行わないかの判断を迷ったりすることがなくなります。基本姿勢ができることではじめて,個別性に応じた工夫やその場にあった柔軟な対応も図れるようになるのです。

―― 職場での検討は,どのように進めるとスムーズですか。

小林 エンゼルケアの導入を検討し始めた方々に伺うと,委員会や勉強会を企画して,病院ごと,施設ごとに作っている死後のケアのマニュアルの検討・見直しを行っていることが多いようです。また,看護研究のテーマとして挙げ,職場の死後のケアの状況を調査し,見直すきっかけとする施設もあるようですね。

 いずれの方法を選ぶにしても,組織としての基本姿勢を作り上げることが大事です。個人の裁量で行うのではなく,まずは職場の上司や同僚に相談してみることをお勧めします。

死後の身体変化の知識を身につけよう

――エンゼルケアを進める上では,死後の身体変化にも目を向けなければなりませんね。

小林 そうなんです。エンゼルケアへの関心が高まる現状がある一方で,そのよりどころとなる死後の身体変化に関する知識は十分に浸透していません。

 最近は核家族化の影響で祖父母など身近な人の死に接する機会も減りましたし,ご近所同士で葬儀の準備を協力し合うといった文化も薄れつつあります。そうした中で看取りの経験や情報は少なくなり,死後の身体の変化に関する具体的なイメージを持てない方が,医療者の間にも増えてきているようです。

――エンゼルケアを進めるに当たっては,どのような死後の身体変化を知っておくべきなのでしょうか。

小林 例えば,メイクをする際は,死後変化によって刻々と進む皮膚の脆弱化や乾燥,血色を失う蒼白化を念頭に置く必要があります。

 セミナーで実演すると皆さんが特に驚かれるのが,耳の蒼白化対策のメイクです(写真)。耳は忘れられがちな部位ですが,血色がよいために実は蒼白化が目立つ場所です。そこで真っ赤な口紅を耳に伸ばしてつけると,ご遺体が穏やかな印象になります。小さなケアかもしれませんが,遺体の変化に目を向けることで,きめ細かな整えができるのです。

写真 ケアのテクニック「耳に血色を与える」
「耳に血色を与えるメイクの必要性を知る方はまだ少ないようです」と小林氏。『もっと知りたいエンゼルケアQ&A』の付属DVDには,小林氏によるエンゼルメイクの実演動画も収録されている。

 また皮膚に限らず,血液の状態が大きく変わることにも注意が必要です。血液は,死後に凝固機能を失う傾向にあり,IVHや留置針などの抜去部からじわじわと持続的に出血することがあります。エンゼルケアをした時点では問題がなくても,その後,時間とともにその部位が盛り上がるほどに皮下出血してしまうこともあるのです。

――そのようなことがあるとご家族も困惑してしまいます。

小林 時として,自然の死後変化であっても「数時間前まで担当していた医療者の対応が悪いのでは」とご家族が思い及ぶケースもあります。ご家族にきちんとした説明ができるよう,看護師は死後の身体変化の知識を身につけておかねばなりません。

時世にあったエンゼルケアを

――著書の中では,エンゼルケアの「新しい定番」を作ろうと呼びかけていらっしゃいます。

小林 保清や身だしなみの整えを軸としながら,現在の,そしてこれからの看取りに求められるエンゼルケアの新たな方法を意識し,検討してほしいと思っています。

 参考になる試みとしては,鳥取県の「野の花診療所」で行っている『抱きうつし』。ベッドから退院用のストレッチャーへのご遺体の移動を,スタッフではなく,ご家族が行うというもので,「自分の手で抱き移した」という実感がグリーフケアとなり,看取りの場を充実させます。

 こうした取り組みは,ケアをする医療者側からの促しがなければ,ご家族側も「行いたい」とは言いづらいものです。価値観の多様化,少子多死化と社会が刻々と変化する中では,このご時世にあったエンゼルケアの方法を医療者側が考え,ご家族へ提案していくことが重要だと思います。

――エンゼルケアのかたちは固定化できるものではなく,常に考えていく必要があるものなのですね。

小林 看護師だけでなく,他職種・他業種のさまざまな立場の方々と考えることで,より充実したエンゼルケアをかたち作ることもできるはずです。医療現場でチームの取りまとめ役を担ってきた看護師であれば,いろいろな人を巻き込んでいく役目を果たせるのではないでしょうか。

 看取りの時間は,ご家族が後になって必ず思い起こす場面だといいます。二度と訪れることのない最期の時間だからこそ,充実したものにして差し上げたいですよね。

――ありがとうございました。

(了)


小林光恵氏
1982年東京警察病院看護専門学校卒。東京警察病院,茨城県赤十字血液センターに勤務。その後,編集者を経て独立。現在は著述業を中心に活動しており,『おたんこナース』(佐々木倫子作,小学館)の原案・取材を手がけたことで知られる。2001年にエンゼルメイク研究会を立ち上げ,エンゼルケアの普及と質の向上のために全国で講演活動をしている。著書には『説明できるエンゼルケア』『もっと知りたいエンゼルケアQ&A』(ともに医学書院)など多数。

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