医学界新聞

インタビュー

2013.02.18

【interview】

精神療法のエッセンスを日々の診療に取り入れる

堀越 勝氏(国立精神・神経医療研究センター 認知行動療法センター研修指導部長)に聞く


 近年,精神科診療において,薬物療法による治療の限界や副作用の問題などが指摘されるとともに,認知行動療法(CBT)をはじめとする精神療法への注目が高まっている。本紙では,幅広い職種への精神療法の研修活動を行っている堀越勝氏に,日常の外来診療から行える精神療法のテクニックと,多職種による精神療法の展望についてお話しいただいた。


“関係”と“言葉”の精神療法

――精神療法にはどのような種類があるのでしょうか。

堀越 基本的に,患者さんの症状の改善,または緩和を目的に,患者さんとの“関係”と交わされる“言葉”を用いて行う治療を精神療法といいます。大別すると,患者さん自身を支えて安定させ,回復を待つ支持的療法と,問題解決を主眼とした指示的な療法の2タイプです。

 最近注目されている認知行動療法は,支持的な療法と指示的な療法の中間に位置しながら,患者さんが自発的に問題解決策を選べるように促す介入法です。うつ病や不安障害などに対する実証的な効果は世界で数多く報告されており,日本でも2010年にうつ病の認知行動療法が保険適用になりました。

――効果の高さが実証されたことで,今後の活用がますます期待されますね。

堀越 確かにそうなのですが,方法にエビデンスがあるからといって,その方法を用いれば誰もが効果的な治療を行えるわけではありません。天下の名刀を手に入れても剣の達人になれるかどうかは別問題です。精神療法を行う医療者はきちんと訓練を受けることで,その質を保証していかなければならないと思います。

質を高め,保証する「スーパービジョン」

――質を保証するためには,どのようなことが行われるべきでしょうか。

堀越 米国では,精神療法の質を担保するために,精神療法を行うサイコ・セラピストはライセンスの取得が義務付けられています。基本的には,大学院で修士課程2年間,もしくは博士課程5年間の精神療法についての教育を受けた後,サイコ・セラピストになるために必要な臨床時間が満たされた段階で試験を受けます。また,精神科の医師の場合は研修医のときに精神療法の研修を受けなければなりません。

 サイコ・セラピストになるためのこうした訓練では,座学だけでなく,相当量の「スーパービジョン」付きの臨床経験が課されています。スーパービジョンとは,自分が行った精神療法について,有資格者から個別,または集団で指導を受けることです。外科の研修医が,指導医の手術を見て学ぶだけでなく,指導医の監督下で手術経験を積むのと同じですね。

――受験資格を得るために,何回ぐらいスーパービジョンを受けなければならないのでしょう。

堀越 博士レベルか修士レベルかで違いますが,博士レベルですと受験の条件として合計3000時間程度の臨床経験が求められます。そのうちどの程度の頻度でスーパービジョンを受けるかは州の規定によって異なります。例えば治療面接3回につき1回のスーパービジョンを受けるとすると,合計1000回になりますね。

――他にはどんな訓練を受けますか。

堀越 通常は,まずコミュニケーションなどの基礎を学びます。大学院修了前の1年間はインターンシップで専門性を高めますが,それまでの段階で外来患者や入院患者,子どもから大人までかかわることで,臨床的な経験を幅広く積みます。このように,欧米では精神療法の基礎を臨床現場に出る前にきちんと築きますから,それなりの質が担保された状態でインターンシップを行えます。

 また,特定の精神療法だけを学ぶのではなく,ライセンスを取得するまでにさまざまな精神療法を学び,実際にそれらを使えるよう訓練します。患者さんの状態や加入保険の条件などによって使い分けができるようになる一方で,次第に自分の得意とする療法も定まってきます。

――日本の精神療法においても,質の担保が望まれますね。

堀越 そうですね。日本にもすでに優れたセラピストが大勢いますが,精神療法に携わる専門家の質を全体的に底上げする必要があると思います。そのためには,やはりスーパービジョンの充実が不可欠ですし,スーパーバイザーもたくさん育てなければならないでしょう。

――スーパーバイザーはどのようにして育成されるのでしょう。

堀越 米国でも,簡単にスーパーバイザーになれるわけではありません。修士レベルではスーパーバイザー用のライセンスを取らなければなりませんし,上位の博士レベルでも任意の療法に特化したスーパービジョンを受ける必要があります。さらに,その後もスーパービジョン付きの臨床経験を何年も重ねて,ようやくスーパーバイザーになります。なってからも,自分が得意としない分野の患者を診る場合などには,より詳しい人からスーパービジョンを受ける人もおり,一定以上の質を維持できるよう努めています。

――日本にもスーパービジョンの制度が導入されるのでしょうか。

堀越 すでに一部ではスーパービジョンが導入されており,今後ますます増えていくでしょう。日本で制度として取り組むならば,まず正式なスーパービジョンを受けた臨床家をスーパーバイザーとして登録する仕組みを作る必要があると思います。そのためには,スーパーバイザーとなりうる人がきちんとした審査を受け,ある一定の質を持っているかどうか確かめる必要があります。また,何を正式なスーパービジョンと呼ぶかも議論しなければならないでしょう。

 いずれにせよ,海外のシステムを安易に取り入れるのではなく,日本の現状に合わせて基礎がしっかり身につくようなやり方を考えることが重要です。制度によって質が担保されたスーパーバイザーが増えれば,おのずと精神療法の質も底上げされるのではないでしょうか。

日常診療を精神療法化するコツ

――優れたスーパービジョンを受けられる環境にない場合,どのようなことをすれば精神療法のスキルを高めることができるでしょうか。

堀越 最近は,ネットや電話などを使えば海外からのスーパービジョンも受けられるので,スーパーバイザーさえ見つかればどこでもスーパービジョンは受けられると思います。それが難しい場合には,自分の実際の診療を見て,振り返ることをお薦めします。

 精神療法は,基本的に患者さんと二人きりで行います。その密室の中で,自分がどのように発言しているか,相手がどのように反応しているのかについて知らないのは,とても怖いことですね。まずは,患者さんから許可をもらって,自分のしている面接をビデオに録画するなどして振り返ってみると良いと思います。恐らく,表情が硬かったり,声が小さかったり,とても早口だったり,初めて見る自分の姿にショックを受けると思います。さらに,自分の話し方の嫌な癖や,相手の話を聴く態度の悪さなど修正すべき課題にも気付かされるはずです。以前私がスーパービジョンをした人に,舌打ちをする癖のある人がいました。本人は無意識にしていたことですが,相手はすごく不愉快だったと思います。そうした些細なことは,診療の概要をまとめたレポートなどでは見えてきません。しかし,実際のようすを記録した映像を見れば,一目瞭然です。

――他に,患者さんとの関係を良好にするコツはありますか。

堀越 簡単なことですが,挨拶をしたり,言葉の使い方を工夫したりするだけでも,患者さんとの関係は随分変わるものです。毎日顔を合わせる家族や同僚だとわざとらしいかもしれませんが,相手が患者さんなら,少なければ月に1回の診療でしか会いませんから,ささやかな変化でも患者さんからの信頼は増し,コミュニケーションを円滑にします。

――明日からすぐ実践できそうですね。

堀越 もちろん,正式に精神療法を身につけたいのなら,その型や理論を知っておくことは重要ですし,スーパービジョンもきちんと受けたいところです。しかし,ゼロから精神療法を学ぶことに,抵抗を感じる先生もいらっしゃるでしょう。その場合にも,精神療法のエッセンスであるコミュニケーションの理論を用いることで,日常診療を少し精神療法化することができます。精神療法には基本的な実施方法,つまり型がありますが,その型と診療の流れには共通点も多く,精神療法の知識を診療に生かすことは意外に簡単なのです。

 現在,私が認知行動療法センターで行っている研修でも,3分の1をコミュニケーションの練習に当てています。患者さんと円滑なコミュニケーションができれば,いろいろな介入法が試せます。特に,認知行動療法のような患者さんの自発性を促し一歩前に出てもらう精神療法を行うには,より一層のコミュニケーション力が問われます。患者さんとのコミュニケーションがより円滑になれば,日常診療における「精神療法力」はアップするでしょう。

各職種の特徴を活かして

――看護師や臨床心理士など多職種が行う精神療法も,今後期待されます。

堀越 医療現場では医師が全体を把握する必要があると思いますが,医師一人ではできないこともあります。したがって,多職種とうまく役割分担をすることが望まれます。例えば看護師は,他の医療者よりも患者さんの側にいる機会が多いでしょう。また,臨床心理士と違って,直接患者さんの体に触れるなどの身体的なかかわりができるため,リラクゼーションやバイオフィードバックなどを取り入れた精神療法が可能です。反対に,看護師が毎回1時間かかる精神療法を行うのは,時間的に難しいかもしれません。その点では臨床心理士のほうが,ゆっくり時間をかけて患者さんと面会することができるでしょう。行動に焦点を当てた精神療法を実施するならば,作業療法士の出番かもしれません。また,エビデンスに基づいた精神療法や,強度の高い精神療法を行う場合には,きちんと訓練を受けて質が保証された医療者が実施すべきでしょう。

 それぞれの職種で,得意とする分野は違いますから,各自が特徴を活かした精神療法を実践できればと思います。医療者一人ひとりが,自分の立場や得意分野を考えて,患者さんに最適な診療を提供できるようになれば,それが患者さんにとって一番うれしいことではないでしょうか。

(了)


堀越勝氏
1995年米バイオラ大大学院にてPh.D.(臨床心理学)取得。クリニカル・サイコロジスト(米国マサチューセッツ州)。97年米国ハーバード大医学部精神科上席研究員。この間,マサチューセッツ総合病院・マクレーン病院の強迫性障害研究所,サイバーメディシン研究所勤務。2000年筑波大大学院人間総合科学研究科講師。08年駿河台大大学院心理学研究科教授。10年より現職。近著に『精神療法の基本――支持から認知行動療法まで』(医学書院)。

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