医学界新聞

寄稿

2013.01.14

【寄稿】

英国の新しい家庭医療専門医制度
その研修と選抜(前編)

澤 憲明(英国General Practitioner,家庭医療専門医)


生まれ変わった英国の医療と 家庭医療専門医教育

 本稿では,日本から遠く離れた英国の新しい家庭医療専門医教育と認定試験を2回にわたって紹介したい。

 理由は,近年の英国医療サービス(National Health Service,以下NHS)の充実には目を見張るものがあるからだ。1990年代のサッチャー政権下で,長い待機時間,院内感染,医師不足,低い患者満足度などの問題を抱え,英国人の誇りであるはずのNHSが崩壊の危機にあったことは,記憶に新しい。しかし2000年以降,ブレア政権下で行われた大胆な医療改革,NHSプランと呼ばれる10か年計画によって多くの問題が解決され,現在英国の医療は,医学教育も含めて,驚くほどの進化を遂げている1)

 なかでも著しい発展がみられたのが,後述する家庭医療専門医教育であり,それと並行するように家庭医療科の人気も上昇している。近年の研修希望者は定員数の約2倍に上り,これは内科と同水準である。英国全土の研修医を対象にした最近のアンケートによると,9割近い家庭医療科研修医が「研修内容に満足している」と答えており,家庭医療研修プログラムの満足度は,現在,全診療科中で最も高い水準を維持している2)。また,家庭医(General Practitioners,註1)の収入も「プライマリ・ケアのスペシャリスト」として,各科専門医と同水準,または上回るケースが多くなっている。

 医療の利用者側の視点からも,最近「家庭医の診療に患者の約9割が満足している」3)というデータが示された。また,米,英,独など主要7か国を対象にした医療制度の国際比較において,類似した家庭医療制度を持つオランダ,英国,オーストラリアが,総合ランキングでそれぞれ1位,2位,3位を占めている状況である4)

「家庭医」のライセンス試験を導入

 1952年の英国家庭医学会(Royal College of General Practitioners,以下RCGP)設立以来,英国における家庭医の専門医教育はRCGPが責任を持って行ってきた。現在,約4万5千人もの会員を抱えており,英国の医師学会としては最も規模が大きい学会に成長している。世界で最も歴史と伝統のある家庭医学会の1つでもある。

 RCGPは,ブレア政権の積極的な医療改革を追い風に,2007年,これまでの専門医教育とは全く異なる新しい研修プログラムと専門医認定試験(New Membership of Royal College of General Practitioners,以下nMRCGP)を発足させた。それまでは,家庭医療の研修プログラムを修了するだけで「家庭医」として従事することが法的に許可されていたが,今後は試験に無事合格し「家庭医療専門医」の資格を取得しなければ,プライマリ・ケア医としての診療が許されない「ライセンス試験」を取り入れたのである。

家庭医療研修を受けるための 4つのハードルとは

 英国では従来,家庭医療を専攻する研修医になるまでの採用過程が各地域の研修プログラムの裁量に任されており,学会が定めた採用基準は存在しなかった。そのため,研修医の質を国内で均一に保てていない現実があった。こうした問題に対処すべく,RCGPは家庭医療後期研修プログラムの採用基準を全国で統一し,各研修プログラムに公平に研修医が割り当てられるようにした。

 採用過程には4つの段階があり,それぞれの段階で他の研修医との競争がある。第1段階に合格しなければ第2段階には進めず,4段階を1つ1つクリアしていかなければならない()。すべての過程をくぐり抜けて,ようやく学会認定の家庭医療後期研修医として採用される流れだ。

 家庭医療後期研修医選抜過程5)

【第1段階】
 後期研修プログラムへの応募資格があるか審査される。インターネット上で,英国家庭医療後期研修医採用機関(The National Recruitment Office for General Practice Training)を通して応募するようになっている。

【第2段階】
 2つの筆記試験から構成される,全国統一試験である。試験はコンピューター上で行われる。

1)職業的ジレンマ(Professional Dilemmas)
 医師としての職業的態度,問題へのアプローチの仕方などが審査される。1つ1つの問題に医師としてのジレンマが描かれており,その中で与えられた行動の選択肢から適切なものを複数選ぶか,適切と考えるものをランク付けする形になっている。医師としての誠実さ,重圧への対処法,感受性および共感能力などの適性能力に重点が置かれ,必要とされる医学的知識は最低限のものである。

2)臨床問題解決能力(Clinical Problem Solving)
 臨床的判断能力や問題解決力が審査される。単純に医学知識の量を評価するのではなく,各症例に応じた柔軟な診断能力が問われる試験になっている。

 上記の試験はコンピューター上で採点され,受験者は獲得した点数によってランク付けされる。上位者から自分の希望したDeanery(註2)に割り当てられるが,一定以上の点数を満たしていない者は家庭医として「適性がない」と判断され,次の段階に進むことはできない。

【第3段階】
 ここからは自分が志望するDeaneryレベルでの競争となる。第2段階同様,誠実さ,感受性および共感能力といった家庭医としての適性能力の有無に重点が置かれるが,物事を本質的にとらえる能力,医師としての臨床問題解決能力やコミュニケーション能力も厳密に審査される。

1)模擬患者面接(Simulated Patient Exercises)
 模擬患者を相手に医療面接を行う臨床試験である。患者,患者家族,患者を直接診ていない同僚スタッフを相手に,3回の模擬診察を行い,審査される。

2)筆記試験(Written Exercise)
 日常的に起こり得るさまざまな問題に向き合い,限られた時間,人的・物的資源の中でどのような行動をとるか,いわゆる医師としての優先順位決定能力が審査される試験である。行動を優先順位付けし,行動の理由を明確化,正当化する記述が必要となる。

【第4段階】
 家庭医として「適性がある」と判断された応募者はコンピューター上のマッチングを経て,研修プログラムの採用者として内定する。第2,3段階での合計点数が上位の者から,Deanery内の希望する研修プログラムを選択することができる。もし「適性がある」応募者の数がDeaneryの研修プログラム定員を超えることがあれば,おのずと他の応募者との,獲得点数による競争が生まれる。不採用者はひとまず他科へ志望変更する必要があるが,翌年に再度応募することができる。

 後半では,家庭医療研修の実際と,専門医試験について述べたい。

つづく


1)英国では,1981年に3年間の家庭医療専門研修プログラムが必修化されたため,それ以前のGeneral Practitionersを「一般医」,それ以降を「家庭医」として表記する。
2)Deaneryとは,英国全土を16に区分した地方の1単位。各DeaneryのNHS所属機関が責任を持って卒後研修教育を行っている。

参考文献
1)澤憲明.これからの日本の医療制度と家庭医療(第3章) 英国の医療制度と家庭医療.社会保険旬報.2012;2494:26-33.
2)General Medical Council. National Training Survey, 2012
3)The GP Patient Survey: Year 2011/2012 Summary Report, 2012
4)The Commonwealth Fund. Mirror, Mirror on the Wall: How the Performance of the U.S. Health Care System Compares Internationally, 2010
5)澤憲明,田中啓広,菅家智史,武田仁,鵜飼友彦,若山隆,葛西龍樹.英国家庭医学会の新しい専門医教育・認定制度から見える日本の課題.日本プライマリ・ケア連合学会誌.2011;34(4):308-16.


澤憲明氏
英国での高校課程を経て,2007年レスター大医学部(前レスター大/ウォーリック大医学部)卒。初期研修プログラムに従事した後,2012年英国家庭医療専門医教育および認定試験を修了。同年より家庭医として働き始め,現在は英国ヨークシャー州の診療所に勤務。最近の連載論文に,「これからの日本の医療制度と家庭医療」(社会保険旬報)がある。本年1月15日放送のNHK「視点・論点」に出演予定。

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