医学界新聞

寄稿

2012.06.04

【寄稿】

抗菌薬適正使用を推進する
Big gun project

荒川創一(神戸大学大学院医学研究科特命教授/医学部附属病院感染制御部長)


 2010年度診療報酬改定では,医療安全対策加算上で感染対策の評価(入院初日100点)が新設され,その加算要件のひとつとして,特定の抗菌薬の届け出制等による抗菌薬の適正使用が規定された。さらに今般の2012年度改定においては,「感染防止対策加算」が独立した項目となり,入院初日500点(「感染防止対策加算1」400点と「感染防止対策地域連携加算」100点を合わせた場合)が算定できることとなった。ここでも引き続き,特定の抗菌薬の届け出制等が求められている。

 届け出制・許可制を,適正な感染症診断・治療に結びつく実効性の高いものにするには,どのようなシステムが望ましいのであろうか? 全国の病院でさまざまな工夫がなされていると思われるが,本稿では,神戸大学医学部附属病院のシステムを紹介したい。

労多くして実質を伴わなかったシステムを改善

 「どの抗菌薬も使い始めは認める。しかし,査察対象薬に関しては,その使用の妥当性について週1回は必ずチェックが入る」。これが当院のシステムで,広義の抗菌薬許可制の一種と位置付けている。これは,使用開始時からいたずらに届け出制・許可制をとっても成果が出ない実情と,反省の上に開発された方法である。

 そもそも当院では,カルバペネム系薬と抗MRSA薬については処方時からの届け出制を2000年から導入していた。しかし実際には,届け出件数は全体の20%程度。薬剤部が電話その他で催促しても,届け出ない医師がほとんどであった。労多くして実質の伴わない,形骸化したシステムと言わざるを得なかった。

 次に,対象薬剤の診療科毎使用頻度を診療科長会議で毎月報告し,注意喚起することを,届け出制に変わる方策とした。しかしこれも診療科にとってはプレッシャーとならず,やはり薬剤師に解析作業の負担をかけるのみであった。

 このような背景のもと,最も実のあるチェック法として,われわれが行きついたのが,Big gun projectである。香港のクィーンズ・メアリ病院のシステムを参考にしたことからこう命名した。同院では,カルバペネム系・第四世代セフェム系などの広域のβラクタム系注射薬,注射用抗MRSA薬,注射用キノロン薬などをBig gun agents(取り締まり対象薬剤)として扱っている。当院でもこれら薬剤を査察対象とする抗菌薬適正使用ワーキングチームを構築することで,抗菌薬の適正使用を推進する方策(Big gun project)を実働させ始めた。これは病院長から負託を受けた「院内の公認事業」であり,2010年3月に開始した。

資料作成からミーティング,介入までの実際

 本プロジェクトでは,毎週月曜日の時点で対象薬(図1)が処方されているすべての入院患者を薬剤師(薬剤部・感染制御部を併任するICTメンバー)がピックアップし,毎週80例前後の一覧を作成する。そこには,薬剤師が投与に疑義を持つ患者(要査察症例)に印を付けておく。

図1 Big gun projectの対象薬
抗MRSA薬のうち,リネゾリドとダプトマイシンは処方時からの許可制をとっている。また,抗MRSA薬,カルバペネム系の6種薬剤は,電子診療録上のテンプレートを用いた届け出制を実施している。本プロジェクトは広義の許可制となる。

 翌火曜日午前10時より,薬剤部・感染症内科・感染制御部のメンバー計8人前後(医師は感染症専門医とICDの資格,薬剤師はBCICPSの資格,臨床検査技師はICMTの資格を有する者が中心)で2時間程度のミーティングを行う。薬剤師がピックアップした毎週20例ほどの要査察症例について電子診療録を開き,診断名・病態,検査結果などを確認。対象抗菌薬投与の妥当性等を客観的に検討する(図2)。その結果,「当該薬剤の継続投与に問題がある」と判断された場合,その日の午後3時までに,感染症内科医師もしくは感染制御部医師から主治医に連絡を入れる。抗菌薬適正使用ワーキングチームからの意見として,ミーティングでの議論の結果を伝える。

図2 ミーティング用資料の一例とチェック事項

 抗菌薬選択・投与の監視対象には,感染症例に対する治療投与のみならず,予防投与も当然含まれる。ただ,周術期の抗菌薬投与に関しては,各診療科とその原則についてもともと話し合っているので,大きな意見の相違にぶち当たることは少ない。介入例の多くが,「無用の抗菌薬が投与されている」「de-escalationすべき時点でなされていない」「適切な培養検査がオーダーされずにやみくもに抗菌薬が処方されている」といったケースである。

2年間の実績が認められ病院長賞を受賞

 ほとんどの主治医は介入意見を積極的に聴き入れてくれるが,時には見解が対立することもある。その際には,可能な限り徹底した論議を尽くし,意見の一致を探っている(もちろん,患者に対して最終責任を負うのは主治医であり,意見の押し付けは避け,診療科の立場も尊重している)。抗菌薬適正使用ワーキングチームという専門家集団の自負を持って臨むには,その意見具申や推奨は科学的でエビデンスにのっとったものでなければならない。不断の勉強と情報収集に裏付けられた意見でなければ,診療科の信頼を得ることはできない。結果は患者の転帰に如実に表れるので,こちらも真剣勝負である。

 Big gun projectが診療科に認知され,実効性を発揮するまでに多くの月日は不要であった。感染制御部・薬剤部・感染症内科の組織横断的な活動が抗菌薬の不適切投与を減らし,病院収支にも貢献したことにより,Big gun projectは今年3月,神戸大学病院病院長賞を受賞した。

抗菌薬の2つの「負の刃」

 どのような薬剤も副作用という負の刃を持っている。抗菌薬も諸刃の剣であるとともに,「生態系に作用する」特有の薬剤群でもある。すなわち,「不適切な使用が耐性菌を生む」という別の負の刃を忘れてはならない。Big gun projectはそのような抗菌薬の本質を見据えた「拳銃取り締まり」であり,病院における「微生物生態系バランス破壊に対する警鐘事業」である。

 このプロジェクトは息長く地面を這うような,地味な仕事である。しかし,着実に続けていくと,カルバペネムや第四世代セファロスポリンの緑膿菌感受性率が85%以上を維持するといった,目に見える成果が得られる。院内分離菌の抗菌薬耐性率を決して増やさないという共通の目的のもと,無駄な抗菌薬使用を止め,「必要な場合は十分量を必要十分な期間投与する(hit fast & away fast)」というコンセプトを実践すること。そして,変幻自在の細菌に惑わされないで,逆にこちらから相手(細菌)をかく乱するような治療を選択するのが,Big gun projectの意義である。


荒川創一氏
1978年鹿児島大医学部卒。神戸大医学部泌尿器科助教授,ドイツ・ビッテンヘルデッケ大客員医師,神戸大病院手術部長などを経て,2009年より現職(1999年より感染制御部長)。専門は感染制御学,感染症全般,女性骨盤底再建手術。大学病院勤務の傍ら,兵庫県下地域病院の感染対策チーム支援にも尽力する。日本感染症学会理事,日本環境感染学会理事,日本化学療法学会監事。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook