医学界新聞

連載

2012.04.02

高齢者を包括的に診る
老年医学のエッセンス

【その16】
Make Each Day Your Masterpiece!――死に方の科学

大蔵暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)


前回よりつづく

 高齢化が急速に進む日本社会。慢性疾患や老年症候群が複雑に絡み合って虚弱化した高齢者の診療には,幅広い知識と臨床推論能力,患者や家族とのコミュニケーション能力,さらにはチーム医療におけるリーダーシップなど,医師としての総合力が求められます。不可逆的な「老衰」プロセスをたどる高齢者の身体を継続的・包括的に評価し,より楽しく充実した毎日を過ごせるようマネジメントする――そんな老年医学の魅力を,本連載でお伝えしていきます。


症例1】 本連載第12回(2958号)で登場した91歳女性Sさんは,認知機能障害もなくADL,IADLともに自立していた。転移性肺腫瘍が見つかった後も,特に痛みや呼吸困難などの症状を訴えることはなかった。その後2か月ほどたったころから全身倦怠感や食欲低下が顕在化し,短期間で可動性が車椅子からベッド上へと低下した。血液検査上,明らかな臓器機能障害は認められず,胸部X線上でも大きな変化はなかった。それにもかかわらず,Sさんはその後3週間ほどで衰弱が進み,永眠された。

Cure or Care?

 目の前の高齢患者が今後どのように虚弱化し死に至るかを予測し,患者本人や家族と将来の医療や介護について相談しておくことは非常に重要であるが,それを日常診療で実際に行うのは簡単なことではない。そこには時間や機会の不足など実務上の理由以上に,もっと本質的な問題が横たわっていると感じる。

 医師を含めた医療者は,老衰やそのプロセスをどこまで理解しているだろうか。Cure(治癒)可能な病態だと勘違いしていないだろうか。そのプロセスを転換する(Cureする)ことに必死になりすぎて,まさにその真っただ中にいる高齢者のQOLを軽視していないだろうか。彼らに対して良いCareを行うという視点に欠けていないだろうか。死に至る疾患を持つ患者の経過は,その終末期緩和医療とのかかわりの中でMurrayらの論文によくまとめられているのでここで紹介したい(BMJ.2005[PMID:15860828])。

Illness Trajectory

 癌患者が死亡した際,「つい最近まであんなに元気だったのに……」と耳にすることがよくあるが,悪性腫瘍のillness trajectory (図1)を考えれば少しも不思議なことではない。若年癌患者がぎりぎりまで身体の恒常性を保ち,その破綻直後に急速に死に向かうのに対し,高齢患者の恒常性はより脆弱なので,より早期から虚弱化が進行する。

図1 悪性腫瘍のillness trajectory

 日常生活機能が低下してきた癌患者の予後は比較的推測しやすいため,終末期医療をどこでどのように受けるか,患者や家族の希望をかなえやすい。Performance Statusなどで評価した全身状態を,化学療法を検討する際の一指標とすることも納得できる。Sさんのケースも日常生活動作や可動性が低下してきた時点で,腫瘍の進展度を検査などであらためて評価することなしに予後を推測できた。

 うっ血性心不全や肝硬変のように,急性増悪を繰り返しながら虚弱が進行していく慢性疾患を持つ患者は図2のような経過をとるが,急性増悪時には病院にて入院加療を受けることが多いので,その治療が成功しなかった場合や致死的な合併症を併発したときに病院で最期を迎えることが多い。

図2 慢性疾患のillness trajectory

 一方,認知症を含むいわゆる老衰プロセスをたどる高齢者は,肺炎や尿路感染症を起こす高度虚弱期まで入院加療とのかかわりは通常少ない(図3)。本連載第1回(2912号)で紹介した急性ストレスがなければ,老衰プロセスは比較的緩徐に進行するため,予後予測スコアを用いてもその正確さは満足を得るものではない(JAMA.2012[PMID:22235089])。

図3 認知症・老衰のillness trajectory
※図1-3はいずれもBMJ.2005[PMID:15860828]より改変引用。

症例2】 Tさんは若年性認知症の65歳女性。認知症は既に進行期にあり,要介護度4と認定され,夫と2人の娘から自宅にて介護を受けていた。転倒から大腿骨頸部を骨折し,入院加療を受けてから虚弱がさらに進行し,ADLは完全に依存状態になり可動性はベッド上まで低下した。認知症患者の予後予測スコア(JAMA.2004 [PMID:15187055])にて得た半年以内の死亡率40%を家族に伝えたところ,残された時間の質をより高めることを求めて,有料老人ホームへの入所を決意した。

3つの死亡パターン

 筆者の経験上,図3の老衰プロセスをたどる患者には3つの死亡パターンがある。まずは,ついさっきまで元気に話していた高齢者が急に心肺停止状態になる突然死のパターン((1))。筆者が勤務する入所者約100人の高齢者施設でも年間2-3件あり,主治医としては背筋が凍る思いをさせられる。状況から,誤嚥による窒息よりも心臓発作や脳血管障害が原因と思われることが多く,死亡に至る経過は数秒から長くても数時間である。死亡後の家族の反応は,信頼関係の強さによって「なぜこうなったのか」と詰め寄られるケースから,「おかげ様で楽に逝けました」と感謝されるケースまでさまざまである。

 二つ目は,肺炎や尿路感染症のような急性疾患に罹患して治療がうまくいかず亡くなるパターンである((2))。このケースは病院で死亡することが多く,死亡経過は数日から数週間である。

 最後はいわゆる老衰死で,認知機能や嚥下機能が低下して誤嚥性肺炎を繰り返し,自然死の看取りを行うパターンである((3))。死亡経過は数か月から年単位である。

より具体的なAdvance Care Planning

 ある年齢以上の高齢者やその家族に前述の3つの死亡パターンを説明し,その対応について相談しておくことがAdvance care planningそのものである。突然心肺停止になったときに蘇生,救急搬送を行うか? 急性疾患に罹患したときにできるだけ在宅あるいは施設で治療を受けるのか? もしくは病院へ行くのか,病院へ行った場合,集中治療を受けるのか? 老衰終末期に食事摂取量が低下したとき,胃ろう造設・人工栄養を行うのか? 死亡パターンの説明とともにこれらの問いかけを行うことで,非常に具体的な相談ができるようになる。

 なお,これらの相談時に,筆者が必ず補足する事項を下に列挙する。

1)死亡のパターンや残された時間は,神様が決めるものであること
2)死亡過程で苦痛があっても,それを取り除けること
3)ほとんどの老衰自然死患者は,平穏に眠るように亡くなること
4)医師や他のチームメンバーが,最期まで寄り添うこと
5)したがって,今は一日一日を楽しく過ごしてほしいこと

Make Each Day Your Masterpiece!

 老年科医として日常診療を行っていると,多くの虚弱高齢者が将来に漠然とした不安を抱いて,毎日をあまり楽しめないでいることに気付く。日々迫ってくる死という現実に向き合い,心の準備をしておくことで,初めて人生の最終章をいかによりよく生きるかについて考え始めることができるのではないだろうか。

 既に超高齢社会となった日本では,平均寿命もこの先はそう伸びないであろう。医療者はこれまでの「いかに長生きしてもらうか」から「いかによりよい老年期を過ごしてもらうか」への発想の転換が必要ではないか。今年90歳になったある高齢女性とひとしきり話した後,「これでいざという時の準備ができました,あとはその日まで一日一日を楽しく過ごすだけです」と言った彼女の晴れ晴れとした表情が印象的だった。

つづく

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