医学界新聞

2012.02.13

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


症例から学ぶ和漢診療学 第3版

寺澤 捷年 著

《評 者》津田 篤太郎(JR東京総合病院リウマチ膠原病科医長)

現代医療における漢方の価値・意味を,わかりやすい言葉で再定義した名著の決定版!

 レナード・バーンスタインに「答えのない質問」という映像作品がある。これはハーバード大学での連続講義を収録したもので,モーツァルトからストラヴィンスキーまで,クラシック音楽がどのような構造や構成を持ち,音楽がいかに普遍的なメッセージを持つに至るのかを解き明かす,という内容である。

 この作品について,20世紀前半の大指揮者,例えばフルトヴェングラーならこんな講義をしなかっただろう,いや,こういう講義をする必要性すらなかった,と評する人がいた。バーンスタインは20世紀後半を代表する指揮者なのだが,この半世紀の隔たりは大きい。素晴らしい演奏がただ存在し,その価値が自明のものであった時代は既に過ぎ,なぜクラシック音楽なのか,クラシック音楽とはなにか,が問われるようになったのである。

 日本のクラシック医学である漢方も,20世紀後半に入り,同様の問いを提起されていると言えるであろう。漢方の書籍には,名医の治療経験をまとめたものが多い。それはそれで非常に素晴らしく価値があるのだが,西洋医学が爆発的に知識や技術を発展させた今日,どうして漢方医学なのか,そもそも漢方医学とはなにか,という問いは切実さを増している。かつての名医の経験談も,「使った・治った・効いた」の"3た論法"に過ぎぬ,と切って捨てられる時代なのだ。

 著者の寺澤先生は,漢方医学に向けられた現代の問いに対し,正面から答えようとしている。気血水とはなにか,陰陽虚実とはなにか,五臓とはなにか,六病位とはなにか,漢方医学の基本概念を丁寧に解説するところから始め,その道具立てを使って漢方医が実際の症例に臨んでどのように漢方処方の適応(「証」)を決定するかを説明する。それは,古典籍や先人の言の引用を羅列するのでもなければ,漢方を現代医学的に「証明」することのみに拘泥しているわけでもない。この本は,西洋近代医学の教育しか受けていない人々にも理解し得る言葉で漢方を再定義し,医学のあり方として西洋医学以外にもう一つの世界・普遍性を持った体系が存在することを描き出そうとする試みだ。

 この本には「答えのない質問」と同様の,現代から投げかけられた問いに答えるという時代意識がにじみ出ているが,それだけではないように私は感じる。著者は,江戸時代の古方派と呼ばれる,医史学上の大転換期を築いた名医たちの研究でも有名である。

 古方派は医学が普遍的な事実に基づくべきだと主張し,幕末以降は近代医学の受容を陰で支えた。古方派の伝統を受け継ぐトップランナーである著者の,漢方が普遍性を持った学問として現代の世の中にもっと認知されてほしい,という熱い思いもこの本からは伝わってくる。漢方の「次の100年」を拓く本であると言えよう。

A5・頁404 定価4,830円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01386-4


上肢運動器疾患の診かた・考えかた
関節機能解剖学的リハビリテーション・アプローチ

中図 健 編

《評 者》佐藤 真一(健康科学大教授・作業療法学)

上肢運動器疾患にかかわるセラピスト待望の書

 本書の帯にある「理学療法士/作業療法士に必要なのは 機能解剖学と生理学の知識です!」はまさに本書の性格を言い表している。セラピストが治療を実施するときには,まず機能解剖学と生理学の正確な基礎知識を基盤に持たなくてはならない。その上で臨床症状をいかに解き明かすか,本書はその診かた・考えかたをわかりやすく説いている。部位別に頸椎から肩関節以下,手指関節までを関節ごとに関節機能解剖学の観点から読み解き,また治療方法とそのポイントも図や写真を多用し,視覚的にもイメージしやすく解説している。

 上肢運動器疾患に携わる理学療法士・作業療法士はここ数年増加しており,上肢関節部位ごとの整形外科学会に併設されているセラピストの学会・研究会でも近年活発な意見交換が行われている。また作業療法に関係する学会においても上肢運動器疾患に関しての演題は増加しており,ポスター発表においても若手のセラピストを中心に活発な意見交換が行われている。そのような現状の中で,本書は基礎知識の再確認と臨床現場での問題解決に役立つ本といえる。

 また,各章のケーススタディにおいては,"Thinking Point !!"としてケース個々の着目点を挙げ丁寧な解説がなされている。これは臨床家の視点として重要であり,日頃の臨床場面における悶々とした疑問を解決するための早道を示している。前述の本書の帯に書かれているように「機能解剖学」「生理学」の基礎知識の上に成り立つ治療視点である。

 編集・執筆に当たった中図健氏は関節機能障害研究会を主宰し,非常にアクティブに活動しており年数回の講習会や研修会を開催している。この研究会では,機能解剖学と生理学の基礎知識を基盤に,丁寧な臨床研究を通した症例を紹介し,非常にわかりやすい講演を行い参加者から高い信頼を得ている。同時に,臨床に戻ってすぐに使える知識・技術の伝達も行っている。これらの深い蓄積が本書に凝縮されているといえよう。

 上肢運動器疾患にかかわるセラピストにとって座右の書となるとともに,初学者や養成校の学生にとっても各章の「A.基本構造」「B.おさえておくべき疾患」「C.臨床症状の診かた・考えかた」を読み通すことで上肢運動器疾患をより身近なものに感じることができる一冊である。

B5・頁280 定価4,830円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01198-3


胃の拡大内視鏡診断

八木 一芳,味岡 洋一 著

《評 者》小澤 俊文(佐藤病院消化器科)

胃の拡大内視鏡所見から組織像を想起可能とする教科書の登場

 10年ほど前になるだろうか,成書にて胃の拡大内視鏡写真を見た。白色光にて捉えられた画像は胃炎粘膜のきれいな画像ではあったが,それ以上琴線に触れることなく時間が過ぎた。

 それから消化器内視鏡は飛躍的に光学的進歩を遂げ,NBI併用拡大観察がハイビジョンで可能となった。1970年代の故吉井隆博先生による実体顕微鏡観察や榊信廣先生による胃の拡大観察粘膜分類(ABCD分類)はあったものの,H. pyloriの発見前の時代であり,観察機種の問題もあり普及には至らなかった。1990年代後半に細径の拡大内視鏡が開発されてからは各地の学会,研究会で胃の拡大観察に関する話題が取り上げられるようになったが,主に癌が対象となったのは胃癌大国の日本では当然の流れといえる。

 そんな折,近隣で八木一芳先生の講演会があり40 km離れた街に車を走らせ参加した。膨大かつきれいなスライドと拡大観察の動画に魅せられたのは確かだったが,何よりも内視鏡画像と病理組織との対比の繰り返し,そこから所見を構成する要素,すなわち病理組織構築像を「想定」する理論に驚倒した。会終了後に,八木先生から新潟での拡大内視鏡勉強会開催を伺いすぐに参加を決めた。そこから拡大内視鏡観察の奥深さに魅せられることになった。

 2010年10月に上梓された『胃の拡大内視鏡診断』は,前述した研究会に途中から参加させていただいた者として真に鶴首していた教科書である。きれいな内視鏡写真がふんだんに使用されており,ほぼ同じ数の組織像との対比は八木診断理論の真骨頂が貫かれている。

 全ページの約3分の1が胃の正常粘膜と慢性胃炎という"異常粘膜"の解説に費やされるさまは壮観であり,初学者の理解を深めるにはうってつけの書である。拡大観察で見られる血管と構造とをそれぞれ分析,分類する方法論は諸家と通ずるものであるが,氏は恒常性の高い"構造"に重きを置いてwhite zone(WZ)なる"光学的用語"を用いる。豆知識にはWZが観察される氏なりの想定理論が記されているが,本書を読了後に膝をたたく想いをするのは小生だけではあるまい。

 胃癌診断にはWZと異常血管の組み合わせからなるフローチャートが用いられる。2つの高分化型腺癌のパターン(mesh血管+不鮮明WZ,loop血管+顆粒・乳頭状WZ)を基本とし,それに合致しない所見(irregular mesh pattern, wavy micro vessels, ghost-like disappearance of WZなど)では他の組織像を考慮するとしている。胃癌の多様性に対処する優れたstrategyであり,理解するには多少の時間を要するものの,WZの可視性と組織の成り立ちを理解できれば自らの切除標本を顕微鏡で覗く衝動に駆り立てられる。

 最後に新潟での研究会コアメンバーによる20症例が提示されているが,ここまで読み進めた読者は会参加の疑似体験ができるはずだ。"何を観ているのか"が理解できたときの喜びを,本書を通じてぜひとも感じていただきたい。またいくつかのコラムには,用語誕生の秘話などが書かれており興味は尽きない。

 八木先生は,胃炎があまり注目されていない時代から静謐にも愚直なまでに拡大内視鏡を用いて病態を追求してきた。時には心ないやゆもあっただろう。H. pylori診療が当たり前となった現在,その先見性は正しく,胃炎とは"非癌という正常粘膜"ではなく「炎症細胞浸潤を来した異常な粘膜」であることをあらためて認識すべきである。八木先生の想いは辛酸入佳境に違いない。

 大腸や食道領域における拡大観察の有用性の後塵を拝しつつも,胃には胃炎という炎症(異常)の場が存在することが多いため,癌の範囲診断や深達度診断など興味も尽きないし,また課題も多い。新潟における八木先生を中心とした臨床と病理とのタッグがこの問題の答えに近づくことを期待し,気は早いがさらなる充実した内容の第二版を心待ちにしている。

B5・頁148 定価10,500円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01039-9


がんのリハビリテーションマニュアル
周術期から緩和ケアまで

辻 哲也 編

《評 者》生駒 一憲(北大病院教授・リハビリテーション学)

がんのリハビリの基本と実際をバランスよく著した待望の書

 今日,がん医療に対する注目は非常に高い。これはがん医療の進歩が著しく,不治の病ではなくなりつつあることが一つの理由であろう。ところで,このがん医療の進歩を支えるのがリハビリテーションであることをご存じだろうか。リハビリテーションは,一人一人の生活がより快適で意味のあるものになるようにさまざまな手法を用いてアプローチする専門技術である。がん患者の生存率が伸び,がんと共存する時代では,このリハビリテーションの良し悪しが人々の生活の質に直結し,ひいては人生そのものにも影響を及ぼすことは想像に難くない。薬物,放射線,手術などの進歩を,人にとってより恩恵のあるものとするために,リハビリテーションは不可欠である。

 このたび辻哲也先生が編集された『がんのリハビリテーションマニュアル――周術期から緩和ケアまで』は,がんのリハビリテーションを行う上で,押さえるべき基本と実際の臨床をバランスよく著したもので,今まさに待望の一冊である。

 辻先生は,日本におけるがんのリハビリテーションを先導され,今日,名実ともにこの分野でのリーダーである。2010年度診療報酬改定で設けられた「がん患者リハビリテーション料」算定に必要な研修会の開催を主導され,また,現在はがんのリハビリテーションガイドラインとグランドビジョンの作成に傾注されている。この書物を編纂されるに最もふさわしい先生である。

 本書の内容は以下のようなものである。第I章「総論」は辻先生の執筆により,がんのリハビリテーションの概要と重要性が簡潔に記されている。この章を読むだけでも十分価値のある書物であるが,臨床に携わる諸氏はさらにその実際を知らねばならない。第II章では,「脳腫瘍」「頭頸部がん」「乳がん・婦人科がん」「肺がん・消化器系がん」「骨・軟部腫瘍,骨転移,脊髄腫瘍」「造血器腫瘍」「小児がん」についての実践的な記述が続く。図表や写真を多用し,臨床ですぐに役立つように工夫されている。第III章は「緩和ケアのリハビリテーション」について述べられており,その中の見出しには「進行がん・末期がん」「がん性疼痛」「廃用症候群・体力消耗状態・がん悪液質症候群」「進行がん患者の基本動作,歩行・移動障害」「進行がん患者の呼吸困難」「日常生活動作」「緩和ケアチーム」「こころのケア」などの言葉が登場する。この分野のリハビリテーションアプローチも欠かすことはできない。

 がん医療は上述のようにリハビリテーションなくしては成り立たない。この一冊ががん医療に携わる多くの人々に読まれ,がんのリハビリテーションが医療現場に浸透し,がん患者に恩恵がもたらされることを切に望む。

B5・頁368 定価4,830円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01129-7


linitis plastica型胃癌
その成り立ちと早期診断

中村 恭一,馬場 保昌 著

《評 者》新海 眞行(半田内科医会名誉会長)

消化器医をめざす医師にとっての必読書

 がん研究会附属病院病理部の中村恭一先生に病理の教示を願って,九州より上京された馬場保昌先生は,臨床内科医として胃X線二重造影法創始者の一人である熊倉賢二先生に師事するまでの約2年間(1971―73),がん研病理部に所属され,そこでお二人は,切除胃の全割と検鏡に明け暮れておられました。その後,馬場先生が病理から内科に転科する際に中村先生から要望がありました。それは,臨床面からの胃癌組織発生の意義についての研究です。

 馬場先生は転科してすぐ,胃癌組織発生の観点から早期胃癌のX線・内視鏡所見と切除胃の肉眼所見と組織所見との対比を行いました。そして,馬場先生がX線的に見た陥凹型早期胃癌の組織型別肉眼形態の違いについて報告したのは,この全割症例の観察に基づいてなされた研究の一つです。すなわち,馬場先生は,IIc型早期胃癌の肉眼所見とX線・内視鏡所見との対比を癌組織型別に行ったところ,IIc型粘膜内癌の典型例あるいは質のよい写真とされているX線・内視鏡写真は未分化型に多く,それに反して,同じ条件下で撮影されているにもかかわらず,IIc型分化型早期胃癌の多くは質の悪いX線・内視鏡写真とされていることに気づきました。linitis plastica型胃癌(LP型胃癌)は未分化型癌ですから,このことはLP型胃癌の早期発見に大きな味方を神はなされたと私は思っています。才に恵まれた馬場先生を愛弟子とされた中村先生,熊倉先生は共同研究者でもあり,人生のよき相談相手ともなっています。

 『linitis plastica型胃癌――その成り立ちと早期診断』という大書は,中村先生と馬場先生の出会いがあったからこそ,また,お二人のみに書くことが許されていたと私は考えています。実は,2011年1月22日,半田医師会健康管理センターにて"胃X線診断へのアプローチ"のタイトルで馬場保昌先生に講演していただきました。その講演後,「中村恭一先生との共著でLP型胃癌の書物が医学書院より今春出版される」と教えてくださいました。

 本書は大きく2部で構成されています。第1部「LP型胃癌の病理」は,「I. スキルス胃癌とLP型胃癌」「II. 組織学的なスキルス胃癌の発生」「III. LP型胃癌の原発巣は?」「IV. LP型胃癌の定義」「V. LP型胃癌の成り立ち」「VI. 癌発生からLP型胃癌完成までの経過時間」「VII. LP型胃癌の発生から完成までの発育進展過程"LP型胃癌への小径"」「VIII. LP型胃癌の頻度」「IX. "胃癌の構造"の骨格―その中における"胃癌の三角"と"早期胃癌診断瀑布"と"LP型胃癌への小径"」の9章,第2部「LP型胃癌の早期診断」は「X. LP型胃癌臨床診断」「XI. LP型胃癌症例」の2章です。

 臨床的にLP型胃癌をより早期に発見し,診断するためには,胃粘膜における癌細胞の発生から,微小癌期,粘膜内癌期,前LP型癌期,潜在的LP型癌期,典型的LP型癌期に至るまでの各発育過程における形態変化を知る必要があります。本書では31例のLP型胃癌症例が呈示され,各病期の症例を肉眼的所見とX線・内視鏡所見を交えてわかりやすく解説されています。初期病変の診断指標として,潰瘍を伴わない径1 cm以下の未分化型癌,IIc型を標的病変とする必要があります。微小癌期に4症例を,粘膜内癌期に4症例を挙げ,X線・内視鏡的な診断指標が丁寧に述べられています。

 症例ごとに呈示されたX線像は美学で,これぞ達人の芸です。微小IIcでは,X線的には不整形バリウム斑と局所的な萎縮粘膜,内視鏡的には褪色粘膜と微小びらんです。小IIc型では,不整形の明瞭な粘膜陥凹であり,粘膜ヒダの中断像を伴います。これらの所見に加えて,X線的には顆粒状の凹凸面,内視鏡的には褪色中の発赤斑を指標とします。最終的には胃底腺粘膜領域の大きさ径1 cm以下のIIc型胃癌を標的病変とする必要があります。

 "LP型胃癌への小径"の病理組織学的な背景に,LP型胃癌をより早期に発見するためのX線・内視鏡的所見を加えることによって,基礎と臨床が一体となっています。実際に有用な"LP型胃癌への小径"という過程を考案された中村恭一先生,馬場保昌先生の偉大さには感服しています。

 本書の行間から「X線と内視鏡との協力によってそれぞれの診断力を高めれば,難題であるLP型早期胃癌の発見は可能」と私には読み取れました。現在,第一線で活躍する消化器医にぜひ読んでいただき,後を継ぐ消化器医を,本書を活用して指導してほしいと思います。これから消化器医をめざす医師にとっても必読書となる一冊です。

B5・頁288 定価15,750円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01241-6

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