医学界新聞

連載

2011.10.03

高齢者を包括的に診る
老年医学のエッセンス

【その10】
Stop the Geriatric Tarai-Mawashi !――高齢者のめまい

大蔵暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)


前回よりつづく

 高齢化が急速に進む日本社会。慢性疾患や老年症候群が複雑に絡み合って虚弱化した高齢者の診療には,幅広い知識と臨床推論能力,患者や家族とのコミュニケーション能力,さらにはチーム医療におけるリーダーシップなど,医師としての総合力が求められます。不可逆的な「老衰」プロセスをたどる高齢者の身体を継続的・包括的に評価し,より楽しく充実した毎日を過ごせるようマネジメントする――そんな老年医学の魅力を,本連載でお伝えしていきます。


症例1】 82歳の高齢女性Kさんは,長年悩まされてきた「めまい」を訴えて筆者の外来を受診した。もともと高血圧,変形性関節症,便秘症で近くの内科に通院しており,最近増強してきた「めまい」を訴えたところ耳鼻科の受診を勧められた。耳鼻科では「年齢相応の感音性聴力低下と平衡感覚異常」を認めた以外に問題はなく,次に神経内科の受診を勧められた。神経学的診察では下肢筋力の軽度低下を認め,MRI検査では「年齢相応の脳萎縮」と「脳室周囲の慢性虚血性変化」を指摘された。次に受診した心療内科では老年期うつを診断されパキシル®とデパス®を処方された。

加齢性身体変化とめまい

 日常診療でめまいは非常によく遭遇する症状であり,疫学報告によると高齢者の3-4人に1人が日常的にめまいを感じている。高齢者のめまいは転倒や日常生活動作の障害などの有害事象のほか,老人ホーム入所などさまざまな出来事との関連が深い。

 生理学では,人間の姿勢維持機構は複雑で,前庭や視覚,深部感覚,触覚,聴覚などの感覚器(受容器)から受け取った刺激を感覚神経が中枢処理部に運び,運動神経を通して効果器である筋肉や関節を働かせ,主動筋と拮抗筋のバランスをとることにより姿勢が保たれることを学んだ。加齢性変化や病気によって,この精巧な機構に乱れが生じやすくなることは想像に難くない。

老年症候群である高齢者のめまい

 研修医時代にはめまいの鑑別診断として,脳血管障害や脳腫瘍が関連する中枢性めまい,前庭神経炎やメニエール病などが代表的な末梢性めまい,心理的ストレスや不安症状などが関係する心因性めまいなどがあることを学んだ。しかし臨床経験を積んでいくうちに,この責任臓器を見つける診断法が若年者にはうまく働くが,高齢者のめまいの鑑別にはしっくりこないことに気付いた。

 高齢者には加齢に伴う臓器機能低下や慢性疾患があるために,責任臓器が見つけにくいのか,または複数の原因が関与しているからなのか,と思案していたところ,非常に興味深い文献に出合った。イェール大のTinettiらは,高齢者のめまいの危険因子として不安やうつ,聴力低下,多薬剤服用,起立性低血圧,バランス不良,心筋梗塞の既往などを挙げ,高齢者のめまいは加齢に伴う多くの要素が複雑に絡み合って出現する老年症候群と考えるべきであることを提唱していた(Ann Intern Med. 2000 [PMID:10691583])。

症例続き】 Kさんは,中等度認知症を持つ夫と同居している。夫は同じ質問を繰り返したり,不適切な場所で排泄するなど,Kさんの心理的ストレスはかなり大きい。めまいは起床時によく出現し,立位時や歩行時に増悪する「頭のふらつきや浮動感」と表現していた。Kさんの歩行は変形性股関節・膝関節症のため不安定であり,右手に杖を使用している。現在まで転倒の既往はない。もともと高血圧や関節症,便秘に対して数種類の薬剤を服用しており,最近加えられたパキシル®やデパス®,セロクラール®,メリスロン®などを合わせると,服用薬は合計8種類になった。

高齢者のめまい診療

 高齢者のめまい診療では,問診によってVertigo(回転性めまい)とPresyncope(失神前状態),Disequilibrium(平衡感覚異常),Lightheadedness/Nonspecific dizziness(頭のふらつき,浮遊感)の4つの症状カテゴリーに分類することから始めるのがよい。

 患者がVertigoを訴え,診察上Dix-Hallpikeテスト()で眼振が誘発されたり,聴力低下や耳鳴を認めたり,神経巣症状を呈している場合には,前述の中枢性や末梢性めまいを疑い,しかるべき精密検査を行うべきである。Presyncopeを訴える場合には,一過性の低血圧や不整脈などの心血管性要因を疑い,体位によるバイタルサイン変化をチェックしたり,心電図や服用薬剤をレビューしたい。高齢者は降圧薬や抗パーキンソン病薬,抗前立腺肥大薬服用からの体位性/一過性血圧低下の危険に常に暴露されているからだ。

 Disequilibriumは主に体幹や下肢の問題によるバランス障害から感じるめまいであり,通常立位や歩行時に限って出現する。下肢の変形性関節症や筋萎縮・サルコペニア(筋量減少症)で歩行障害がある多くの虚弱高齢者が,このめまいを感じているのではないだろうか。

 Lightheadedness/Nonspecific dizzinessは他の3つのどの症状カテゴリーにも属さないめまいであり,通常患者の訴えがあいまい過ぎて分類できないものが入る。症状を的確に表現することができず,「めまい」という表現を繰り返し用いる。ここでは,認知機能障害などによって症状を正確に記述できない高齢患者に注意したい。

 高齢者のめまいは厳密な定義が困難で,また複数のめまいが混合していることも多いためかよいデザインの疫学調査に乏しいが,ある文献によると,高齢者のめまいの40%が原因不明か複数の原因が関与しているとのことである(J Am Geriatr Soc. 1999 [PMID:9920224])。筆者の経験では,最も多いのはDisequilibriumとLightheadednessの混合型である。

 高齢者には前庭機能や視力,聴力,深部感覚など感覚器(受容器)の加齢性機能低下や病気に加え,下肢の変形性関節症,筋萎縮やサルコペニア,末梢神経障害,パーキンソニズムなどによる運動器(効果器)の障害が起こる。加えて多くの薬剤服用や老年期うつ,不安神経症,認知機能低下が加わるとめまいが非常に発生しやすい状態になることは,容易に想像できる。加齢性変化や疾患のない(少ない)若年者に起こる単一疾患性のめまいと異なり,高齢者のめまいは通常,多因子性のめまい()であり,このことを考えると,いかに治療や介入が困難かが理解できよう。

 若年者と高齢者のめまいの原因の違い

症例続き】 Kさんのめまいは加齢に伴う身体的な変化に加え,主に認知症の夫の介護からくる疲れや精神的ストレスが大きな原因と考えられた。介護保険サービスを十分に利用し介護の負担を軽減,またKさんには一人での外出を促し気分転換を図ってもらうよう働きかけた。整形外科にて変形性股関節・膝関節症の痛みのコントロールをお願いし,パキシル®による老年期うつの治療を継続した。Kさんには「めまいは多くの人が悩まされていて,加齢性変化をはじめとする多くの原因が関与しているため,短期間ですっきり治癒させるような魔法の薬はないのです。日常生活のなかで克服していきましょう」と説明した。現在,筆者の外来に通院し始めて一年ほどになるだろうか。朝のめまいは頻度,程度ともに軽減しているらしい。

Stop the Geriatric Tarai-Mawashi!

 忙しい日常診療において,高齢者のめまいの訴えは煩わしく感じがちである。しかし,耳鼻科へ受診依頼する前やMRIの検査依頼書を書く前に,一度時間を取って患者の話を聞き,服用薬剤をレビューし,簡単な診察をしてほしい。「65歳以上の高齢者で3か月以上続く慢性めまい症の原因検索にMRIの有用性は低い」(J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2002 [PMID:11971042])とあるように,特定の検査や診療科受診により画期的に診断・治療できないのは,それが老年症候群であるゆえんであろう。

 高齢者のめまいは問診や診察,包括的高齢者評価を丁寧に行い,個人で,チームで,地域で,そして社会で改善方法,解決策を地道に模索していく以外に道はないと思う。

つづく

註:Dix-Hallpikeテスト
特定の頭位によって眼振が誘発されるかどうかをみる良性発作性頭位めまいの診察法。

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