医学界新聞

連載

2011.06.06

在宅医療モノ語り

第15話
語り手:風と土も一緒に預かります 集金袋さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「集金袋」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


露地で踏ん張る私たち
5月にもホウレンソウさん,がんばっていました。「北の国から」の黒板五郎さん。実在すれば70歳代でしょうか。お会いできれば,風力発電の話など,ゆっくり聞いてみたいです。
 風評被害,最近よく耳にする言葉です。風評と言ってしまえば,まるで風が悪者のようですが,実際は誰が悪いのでしょうか? 何が風評被害で,何が危機回避なのでしょうか? ついでに,何がデマで,何が有益な情報なのでしょうか? 近ごろ頭の中が混乱しています。普段は無口な私ですが,今日はちょっと語ってみたくなりました。

 私ですか? ある診療所で使われている集金袋です。月に1回,診療所からの請求書を患者さん宅まで運び,現金を入れてもらって診療所に戻ってきます。見かけはただの封筒ですが,月ごとに金額が記され,1か月分の仕事が終わると,診療所で「領収」という赤いハンコが押されます。習い事の月謝袋をイメージしていただければわかりやすいでしょうか? ご存じのように,訪問診療で患者さんが負担する費用というのは,訪問ごとの支払いではなく,ほとんどが月払いです。

 費用の内訳をざっとお教えしましょう。この計算は案外複雑で難しいようですね。ウチも在宅療養支援診療所ですが,日々厚い本を読み返し,先輩医師や審査・支払機関に聞いて勉強しています。例えば,後期高齢者の保険証をお持ちの方で,自宅に月2回定時の訪問診療をした場合を考えてみましょう。830円×2と,在宅時医学総合管理料4200円が,患者さんの自己負担分となります。血液検査をしたり,臨時の往診を頼んだり,在宅酸素を利用したりしている方はさらに加算されます。1割負担の方だと1万2000円が自己負担分の上限。でも3割負担の方だと金額は跳ね上がり,私のお腹は重くなり,心は痛みます。介護保険からは居宅療養管理指導料というのもあります。患者さん宅からお預かりする額をみると,6000円前後の方が多いでしょうか。診療所によっては,銀行口座から自動で引き落とすなど,現代風なお金のやりとりをするところも多いようですね。

 お金の話は,お互い緊張しますが,生活には欠かせない大切な話。在宅医療でも,医はもちろん仁術ですが,診察の後はさっと切り替えて,封筒の中味を算術しなければならないときもあるのです。私のやりとりが結構プレッシャーのかかる時間だと主治医は証言します。ご家族から私を「どうぞ確認してください」と手渡されれば,「ハイ」と受け取り,すぐに領収書をお渡しできます。しかし,「あら? 封筒用意しておいたのに,どこにいったかしら?」とタンスのほうに行かれてしまった場合は,もう待つしかありません。「お釣りは要りません」とか言われ,困ってしまうときもあります。

 あるお宅で「今月,ちょっと待ってもらえますか?」と言われました。主治医は「大丈夫ですよ」と答えただけで,「何かありました?」とは聞きませんでした。ちょっと前,出荷できないホウレンソウが廃棄されていました。頭が混乱しても,日本経済が混乱しても,今日も明日も,あなたも私も,食べて行かねばならないのです。毎月同じようなお札を預かる私ですが,ここ2か月は目を凝らすと,土がついているような気がします。「北の国から'87初恋」,ご覧になりました? 最後のクライマックスシーン。オヤジの指の形で,泥がついていた1万円札。私も泣きました。

 私が預かるお札も,土がついているかもしれないし,ヒトの涙や汗がついているのかもしれないのです。お金は天下の回りもの。私はこれからも襟を正して,いろんなものがついたお金を預からせていただこうと思います。

つづく


鶴岡優子
1993年順大医学部卒。旭中央病院を経て,95年自治医大地域医療学に入局。96年藤沢町民病院,2001年米国ケース・ウエスタン・リザーブ大家庭医療学を経て,08年よりつるかめ診療所(栃木県下野市)で極めて小さな在宅医療を展開。エコとダイエットの両立をめざし訪問診療には自転車を愛用。自治医大非常勤講師。日本内科学会認定総合内科専門医。

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