医学界新聞

2011.05.09

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


《脳とソシアル》
ノンバーバルコミュニケーションと脳
自己と他者をつなぐもの

岩田 誠,河村 満 編

《評 者》鈴木 匡子(山形大大学院教授・高次脳機能障害学)

ノンバーバルコミュニケーションの広がりと神経基盤を知るに最適な一冊

 コミュニケーションは「自己と他者をつなぐもの」である。本書は,その中でも言語を使わないノンバーバルコミュニケーションのために脳がどんな仕組みを持っているのかをさまざまな角度からみせてくれる。本書で取り上げられているノンバーバルコミュニケーションは多岐にわたる。目の認知や視線の方向から,顔の表情や向き,身体の姿勢,動きや行為,さらに社会の中での行動までカバーされている。そして,話題はこれらの機能を支える神経基盤だけでなく,ミラーシステム,脳指紋,社会的要因と脳機能の相互関係,脳科学の社会的意義にまで及ぶ。

 本書の斬新さは,広汎な研究をノンバーバルコミュニケーションという視座からとらえ直すことによって,それぞれの研究の意義を浮き彫りにしている点にある。例えば,顔認知を支える脳に関して,神経細胞活動記録,脳波,脳磁図,近赤外線分光法,機能的MRIなどを駆使した各研究は,それぞれ非常に読み応えがある。それだけでなく,岩田誠先生と河村満先生の対談で,ノンバーバルコミュニケーションとしての顔認知の位置付けが明らかにされることによって,個々の研究結果を統合的に理解することができる。

 このように,本書はノンバーバルコミュニケーションにかかわる脳機能研究の,現時点での集大成とも言える。さらに,本書は今後の研究の方向性も示している。対談の中で,ある機能がどこの脳部位と関連するかはわかってきたが,そこの神経細胞がどのようなアルゴリズムで機能を生み出しているかはこれからの課題であると指摘されている。また,コミュニケーションの神経基盤として一世を風靡したミラーシステムに対しては慎重な意見が述べられている。

 一方,最終章では,ノンバーバルコミュニケーションに限らず,「脳とソシアル」シリーズ全体にかかわると思われる「脳神経科学と社会の関係」が取り上げられている。まだ日本ではあまり知られていない「脳神経倫理」についての話題で,脳神経科学者と社会の双方向コミュニケーションの重要性が述べられている。

 本書はいろいろな読み方ができる。コミュニケーションに関心を持つ人は,2つの対談でノンバーバルコミュニケーションについて俯瞰し,その上で各章を読み進めるとよいかもしれない。脳神経科学に興味を持つ人が,一つの課題についての多様な研究方法を学ぶこともできよう。脳神経倫理についての章は,脳神経科学者に一度は読んでほしい内容である。随所に挿入されたこぼれ話は,これだけつまみ食いしたくなるほど印象的な話が多い。もちろん,全体を精読すれば,ノンバーバルコミュニケーションの神経基盤について,十分な知識や洞察が得られることは言うまでもない。

A5・頁240 定価3,780円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00996-6


眼科ケーススタディ
網膜硝子体

吉村 長久,喜多 美穂里 編

《評 者》湯澤 美都子(駿河台日大病院教授・眼科学)

網膜硝子体疾患の理解と整理に有用な良書

 京都大学の眼科は網膜硝子体疾患のメッカである。伝統の中で育まれた優秀な研究者たちによって膨大な網膜硝子体の基礎研究と臨床研究がなされてきた。また,日本で最初に硝子体手術を行った盛新之助先生をはじめ,非常に優れた多数の網膜硝子体サージャン,優れた網膜硝子体スペシャリストを輩出されてきた。

 その中のおふたり,吉村長久先生と喜多美穂里先生が編集され,京都大学眼科学教室に在籍中あるいはかつて研鑽を積まれた先生方が執筆された『眼科ケーススタディ――網膜硝子体』が上梓された。31の症例提示とそれについての解説がきれいなカラー写真,光干渉断層計,蛍光眼底造影写真を用いて解説してある。必要に応じてシェーマも多用され,よく整理されていて理解しやすい。

 31の疾患は黄斑上膜,黄斑円孔,加齢黄斑変性,網膜剥離などの比較的頻度の高いものから家族性滲出性硝子体網膜症,動脈炎性前部虚血性視神経症,癌関連網膜症まで多岐にわたる。優れものはポイントの項で,可能性のある鑑別疾患について,そのポイントが写真付きでわかりやすく解説されている。

 ケーススタディの場合,読者は受動的に読むのではなく,症例についていろいろ考えながら読むことになるので,実践向けの知識が身につきやすいと思う。その分書き手には臨床経験と疾患に対する整理された知識が要求される。個々の網膜硝子体疾患のたくさんの患者さんを診て, 治療し,それらの診断,治療について整理してこられた京都大学眼科学教室だから,深みのあるケーススタディができあがったのだと思う。

 難は症例提示が31疾患であることである。網膜硝子体疾患は多岐に及び数も多い。ぜひ他疾患について続編を出してもらいたいと思う。その際には,典型症例のみならず,同一疾患のバリエーションについて解説してもらいたいと思う。いずれにせよ本書は網膜硝子体疾患の理解と整理に有用で,明日から自分の臨床に役に立つ「良書」である。また専門医試験の臨床実地試験の対策としても有用であると思う。

B5・頁272 定価13,650円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01074-0


糖尿病と心臓病
基礎知識と実践患者管理Q&A51

犀川 哲典,吉松 博信 編

《評 者》吉岡 成人(NTT東日本札幌病院糖尿病内分泌内科部長)

現場で悩む医師にとって大きな助けとなる一冊

 日本における2型糖尿病患者は増加の一途をたどっています。2007年の国民健康・栄養調査によれば,糖尿病とその予備群は合わせて2210万人と推計され,この10年間で1.6倍にも増加しているのです。糖尿病で問題となるのは,何といっても慢性合併症です。

 糖尿病の細小血管障害の代表である糖尿病網膜症に関しては,網膜症のために身体障害者手帳1級,2級を交付される患者数は年間3000人ほどで,この10年ほどは増加の傾向は認められません。おそらく,糖尿病診療における内科と眼科との連携の強化,治療技術の向上,「糖尿病は成人の失明原因として重要な疾患である」といった一般市民の知識の向上が,失明に至る患者数の増加を抑止している要因ではないかと考えられています。また,糖尿病腎症による末期腎不全の患者数は増加しつつありますが,透析導入に至る患者数の増加の割合は,少しずつではありますが抑えられつつあります。

 糖尿病の細小血管障害を抑止するためには血糖値,血圧,血中脂質などの代謝指標をきめ細かく治療することが重要ですが,大血管障害である虚血性心疾患や脳卒中をどのように克服するかが臨床の現場に残された大きな課題です。

 糖尿病患者の代謝管理をいかにして行うと虚血性心疾患の抑止につながるのか……,循環器科内科医はどのようにして糖尿病患者をマネジメントすべきなのか……,毎日の診療の現場で多くの医師たちが悩んでいます。

 このような医療現場のニーズに応えるために,大分大学の循環器内科と糖尿病の診療に携わっている総合内科学第一講座のグループが中心となって執筆された本書は,糖尿病を専門としていない医師や医療スタッフが糖尿病患者にアプローチする際のコツを丁寧に紹介しています。

 第I章では糖尿病の基礎知識を解説し,第II章で糖尿病に合併する循環器疾患がまとめられています。心房細動と糖尿病,心不全と糖尿病などの項目では, 糖尿病を専門とする医師やスタッフにも必要とされる循環器疾患の知識がしっかりとちりばめられています。

 さらにどこから読んでも役に立つのが,第III章「実践・患者管理Q&A」です。Q&A形式で日常の診療現場で問題となるさまざまな事項について,要点を押さえた解説が過不足なく記載されています。例えば,循環器分野でのエビデンスが多いと考えられているチアゾリジン薬に関しては,薬剤の有用性のみならず副作用である浮腫への対応や骨折のリスクについても十分に記述され,メーカーのパンフレットでは推し測ることができない事実が臨床現場の視点から解説されています。肥満については,その道の専門家が多い大分大学のスタッフの手によって,実践的な記載がなされているのは言うまでもありません。もちろん,糖尿病の専門医にとっても,知識の整理のために有用なテキストです。

 糖尿病患者における「血糖値」が循環器疾患をもたらすリスクなのかマーカーなのか,治療のターゲットなのか……。本書は糖尿病と循環器疾患の複雑な病態を理解する上での大きな助けになる一冊です。

A5・頁312 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01164-8


認知症疾患治療ガイドライン2010

日本神経学会 監修
「認知症疾患治療ガイドライン」作成合同委員会 編

《評 者》森松 光紀(徳山医師会病院病院長)

常に手元に置いて参照すべき貴重な資料

 2010月10月に,日本神経学会監修,「認知症疾患治療ガイドライン」作成合同委員会(委員長=鳥取大学脳神経内科学講座・中島健二教授)編集による『認知症疾患治療ガイドライン2010』が医学書院から出版された。合同委員会は,日本神経学会のほかに日本精神神経学会,日本認知症学会,日本老年精神医学会,日本老年医学会,日本神経治療学会から選出された編集委員から成っている。

 さかのぼれば,2002年に日本神経学会治療ガイドラインAd Hoc委員会編集『痴呆疾患治療ガイドライン2002』(ワールドプランニング社)が作成された。その後,「痴呆」の用語が「認知症」に変わるとともに,認知症を取り巻く状況が大きく変化した。当時は,老年期認知症の主要原因はAlzheimer病と血管性認知症の2つとされたが,現在では,これらにLewy小体型認知症を含めて3大要因とされる。また,認知症疾患の病態生理・分子生物学的研究および診断法も著しく進歩した。さらに介護保険による認知症対策が普及し,国民も認知症を自らの問題として考えるようになった。評者は『痴呆疾患治療ガイドライン2002』の編集に参加した者として,新『認知症疾患治療ガイドライン2010』の書評を担当させていただいている。

 今回の治療ガイドライン・シリーズに共通するコンセプトとして,以下の特徴が挙げられる。(1)診療において不可避と考えられる合併症や医学管理上の問題について解決法を具体的に提示する。(2)治療に限定せず,診断も含めた「診療ガイドライン」とする。(3)総論・各論ともに「クリニカル・クエスチョン」方式で執筆し,問題点を明確にする。ただし,『多発性硬化症治療ガイドライン2010』(医学書院)などでは総論は解説文として示され,各論について「クリニカル・クエスチョン」方式がとられている。

 本ガイドラインは第1章「認知症の定義,概要,経過,疫学」,第2章「認知症の診断」,第3章「認知症への対応・治療の原則と選択肢」,第4章「経過と治療計画」から成り,続く章でAlzheimer病,血管性認知症,Lewy小体型認知症(Parkinson病も含む),前頭側頭型認知症,進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,Huntington病,プリオン病の8疾患が取り上げられている。すなわち,極めて網羅的で,認知症の教科書としても十分機能する。また,レベルの高い文献に基づいているため,診療のみならず研究上も有用である。

 さて,有効な治療法が切実な課題であるAlzheimer病については,ドネペジル以外に新たな治療薬が期待されている。既に外国では抗コリンエステラーゼ薬のガランタミンとリバスチグミン,NMDA型グルタミン酸受容体拮抗薬のメマンチンが使用されている。今年1月に,本邦でもガランタミンとメマンチンが承認されたが,これら3薬の有効性についても十分に分析されている。γセクレターゼ阻害薬やワクチン療法は取り上げられていないが,まだ早期に過ぎるという配慮からであろう。

 本書は認知症診療において,常に手元に置いて参照すべき貴重な資料と考えられ,委員長および各委員のご努力に対して深甚なる謝意を表したい。

B5・頁400 定価6,090円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01094-8


MRIの基本パワーテキスト 第3版
基礎理論から最新撮像法まで
MRI: The Basics, 3rd Edition

荒木 力 監訳

《評 者》百島 祐貴(慶大専任講師・放射線科学(診断))

MRIに興味を持つすべての人の必携書

 高校レベルの数学から説き起こしてMRIの最新の原理まで独学できる,優れた標準的教科書である。1998年に訳書初版が刊行された当初より常に高い評価を得て,この分野のベストセラーでもある本書の第3版であるが,旧版では簡単に扱われていたパラレルイメージングが独立した1章として詳述されており,新たに心臓MRI,およびMRスペクトロスコピーの章が加わった。いずれも現在のMRI技術を学ぶ上では欠くことのできない項目であり,時宜を得たものといえよう。

 本書は,原著者が放射線科のレジデント向けに行った講義録をもとに書かれたものなので,MRIの基礎を論じながらも,常にその背景に臨床応用への視点が失われておらず,随所に豊富な臨床例を提示して解説が加えられており,一貫して実践的な内容となっている。

 初版からいえることであるが,複数の訳者による共訳であるにもかかわらず,知らずに読んだら翻訳とは思えない,自然で読みやすい日本語で書かれており,用語・文体も見事に統一されている。MRIの基礎,臨床いずれの領域でも,自ら多数の名著を上梓されている監訳者荒木力教授の多大な努力のたまものである。第3版の監訳者序文でも,内容の宣伝はそっちのけで,技術用語の翻訳上の問題点を,数式まで持ち出して科学論文さながらに熱く議論されているところに,監訳者の思い入れと良心が滲み出ている。

 初学者は,本書を通読して勉強すれば必ずやMRIを理解し,臨床に応用する技術を習得できる。各章末には“Questions”として知識確認問題が載っている。往々にしてこのような問題は単なる付け足しのことが多いのだが,よく見ると本書のそれは実によくできている。手間を惜しまずに,必要に応じて電卓をたたいて問題を解きながら進むことにより,よりいっそう確実な知識を得ることができる。また,既にMRIをひととおり勉強した読者も,どのぺージでもよいから本書を開いてみれば,必ずや新しい発見,これまであやふやだった知識を再確認できる項目があるはずである。

 画像診断医,臨床医,診療放射線技師はもちろん,MRIに興味を持つすべての人の必携書として,自信を持って薦めることができる一冊である。

B5・頁408 定価6,825円(税5%込)MEDSI
http://www.medsi.co.jp/

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