医学界新聞

インタビュー

2011.02.28

interview

常に"発達"の視点を持って患者さんを診ることが,
広汎性発達障害の正しい診断につながる

広沢正孝氏(順天堂大学スポーツ健康科学部健康学科教授・精神保健学)に聞く


 「成人の発達障害」や「アスペルガー症候群」といった概念は,社会で何らかの"生きにくさ"を感じていた人々に,その理由を明快に示し得ることから,今や広く一般にも認知されつつある。しかし障害の本質が見えないまま,呼称のみが独り歩きしている感も否めない。本紙では『成人の高機能広汎性発達障害とアスペルガー症候群――社会に生きる彼らの精神行動特性』(医学書院)を著した広沢氏にインタビュー。この障害を正しく理解し,"生きにくさ"を解決するためのヒントを聞いた。


周囲に理解されない人々

――成人の高機能広汎性発達障害(高機能PDD)の概念は今,一般のマスメディアなどでも話題ですが,どのような障害なのでしょうか。

広沢 高機能PDDとは,知的発達の遅れのない,自閉症やアスペルガー症候群,非定型自閉症のことです。患者さんの中には,高等教育を受け就職し,結婚して,一見ほかの人と変わらない社会生活を送れている方も少なくありません。ただ「気持ちが通じない」「融通が利かない」といったネガティブな印象を持たれてしまう方も多く,そうした特性のせいで集団にうまく適合できず,本人も周囲も大きなストレスを抱えてしまうことがあります。

――子どものころに発達障害と診断されて成人した方と,成人後に問題が顕在化した方では,印象は異なりますか。

広沢 子どものころに既に診断がついている方は,障害に対処するための訓練を受けたり,生活しやすい集団を選択したりと,本人も周りも障害とうまく付き合っていく"生き方"を,学習できている面はあるようです。

 一方,成人して初めて診断の付いた方の場合,どちらかというと知的レベルが高く,子ども時代には"変わっているけど勉強ができる子"などと周りに許容されている方が多いと感じます。しかし一定の年齢に達すると,集団にうまく合わせられないことに気づき,「なぜ気持ちが周りに通じないのか」「なぜ周りの気持ちがわからないのか」と悩むようになる。さらに周囲から責められて抑うつ的になったり,不安が増大したり,時には被害的になったりと,二次的に精神症状が形成されてしまうことが少なくありません。理由もわからぬまま,ダイレクトに障害に直面してしまっている印象を受けます。

■"発達"を軸にして,診断が一転する

――「高機能広汎性発達障害」という診断が,成人を対象になされるようになったのはいつごろでしょうか。

広沢 盛んに診断されるようになったのは,日本ではおそらくここ10年と少しでしょうか。それまでは成人の精神科領域に"発達"の視点が乏しく,診察時の状態像から統合失調症や双極性障害,パニック障害などの診断名が当てはめられてきた歴史があります。

――先生ご自身はどんなときに"発達"という視点に気付かれたのですか。

広沢 私が初めて成人患者に発達障害と診断を付けたのは,まだそうした概念があまりなかったころですね。

 当時担当していたのは長期入院中のある男性患者さんでしたが,統合失調症,躁うつ病,てんかんなどさまざまな診断が付いていました。彼は病床の整理が苦手で,作りかけの模型をベッド上の棚に積み上げていたのですが,片付けの必要に迫られ,一緒に模型を完成させることになったのです。

 彼は最初にある航空会社のジャンボジェットの模型を選び,コツコツ作っていたのですが,完成間近になって「同じジャンボジェットでも航空会社によってエンジンの種類が違うのに,この模型は正確ではない。作る意味がない」と,ぴたりとやめてしまいました。

 小さな出来事でしたが,このとき,当時私が児童精神医学分野で耳にしていたアスペルガー症候群の子どもの「こだわり」が頭に浮かびました。分厚いカルテを丹念に見直すと,アスペルガー症候群を裏付けるエピソードが数多く書いてある。さらに患者の母親に子ども時代について聞くと,その特徴がはっきり表れていたのです。

 そこで,今までどの診断名にも収まりきらなかったほかの入院患者さんもあらためて発達の視点で考えたところ,やはりしっくりくる方々が結構いて,そのときに見方がガラッと変わりました。

――診断におけるポイントは,どのような点にあるのでしょうか。

広沢 例えば統合失調症の鍵概念である「プレコックス感」のように,発達上の問題を"嗅ぎとる"勘,すなわち臨床的知識や経験に基づく洞察力は,一つ求められると思います。

 しかしさらに重要なのは,発達歴を詳しく聞くことです。操作的診断が普及している現在,成人対象の精神科医は特に,過去2週間,あるいは過去半年間の病態像を見て診断するよう訓練されており,発達歴までは聞かないことが多いように感じます。また,丁寧な問診をする時間がなかなか取れないという診療上の事情もあるでしょう。

 "発達障害"という視点がなければ発達歴を聞こうとは思わないでしょうし,発達歴を聞かないと"発達障害"という診断には至りません。つまり常に"発達"の視点を意識して,患者さんを診ることが大切だと思います。

――ある程度時間がかかっても,丁寧な問診を基にした診断が必要ですね。

広沢 そうですね。精神疾患において早期診断は非常に大切ですが,早すぎて誤診してしまっては,それこそデメリットのほうが大きくなってしまいます。2回,3回と来院してもらい,場合によっては患者さんの許可を得て,両親や旧知の方にも一緒に来ていただき,発達歴を聞く。そうして特徴が得られて初めて,私は診断を付けるようにしています。

――一方で,過剰診断の問題もあります。

広沢 残念ながら過剰診断は今,少なくないと感じています。"発達障害"といえばわかりやすく,説明がつきやすいため,つい飛びついてしまうのかもしれません。しかしその結果,本当はPDDとは言えないような人までも,その性格の一部のみが強調された診断がなされてしまうことがあるようです。

 ですから,やはり発達歴をきちんと調べ,現在の精神行動特性や精神症状が障害に基づくものであると明らかにすることが必要です。そうしないと,「発達」障害という医学概念そのものが危うくなってしまいます。

自己イメージからPDDを読み解く

――PDDの人々の独特の考え方や言動は,何に起因しているのでしょうか。

広沢 私は,彼らの持つ特殊な自己イメージが,ヒントになるのではないかと考えています。

 私たちは通常,自分自身と対象(他者)との間に適切な距離を保ち,双方向のコミュニケーションをとりつつ,情報や経験を統合して"自己"を形成していきます。その際の自己イメージは,一つの核を中心に,同心円状,あるいは放射線状に広がっていくようにとらえられると思われます。

 しかしPDDの人々は,対象と適切な距離を置いた,固有の"自己感"を持ちにくいようです。杉山登志郎先生(浜松医大)もご指摘のように,むしろ対象との距離をとれず,その都度の環境を(そのまま)生きる。そのため対人関係において,自分のこころ(自己)も他者のこころ(自己)も意識しにくく,臨機応変さも生まれにくい。

――それが「かたくな」「他者の気持ちがわからない」といった周囲からの評価にもつながるのでしょうか。

広沢 そのように考えられます。

 また,一部の高機能PDDの人々は,仕事,食事,趣味など,彼らを構成する各項目が一つずつ枠に振り分けられ,格子状のウィンドウから成る「タッチパネル」などに自分自身を例えることがあります()。「パネルの操作者」という統合された自己イメージを持つ人も中にはいますが,日常的には個々のウィンドウ内にある自己のほうが明らかに優先されているようで,おのおののウィンドウ内の自分については説明できても,それらを統合した"全体としての自分"を問われると,困ってしまう場合も多いのです。

 ある患者の書いた自己イメージ

 ウィンドウを開く順番も,慣れ親しんだ家庭や職場では暗黙のうちに固定されており,その場合彼らの一日はつつがなく終わります。

――順番どおりに切り替えていくことにより,社会生活に適応していると。

広沢 ええ。ですからそのルールを知らない人々との間では,双方に戸惑いが生じてきます。また切り替わった後,前のことはすっかり忘れ新たに次のウィンドウを生き始めることもあるため,そうした点が周囲には一貫性がなく見えるようです。臨床で接していても,深く悩んでいる状態から,こちらが呆気にとられるほど短期間でガラッと気分が変わることがあります。

 ですから彼らにとって非常に苦痛なのは,職場で「協調性のなさ」「空気の読めなさ」を注意され続け,それでも仕事をやめられないといった状況です。つまり「つらい職場」というウィンドウを閉じることが許されない。こうしたとき,ストレスからくるいらいら感や身体過敏,場合によっては被害妄想といったさまざまな精神症状の発現がみられやすいようです。

注意すべき精神症状

――精神症状が多様ということで,ほかの疾患との鑑別も重要になりますね。

広沢 やはり統合失調症が,いちばん問題となるのではないでしょうか。

 そもそもPDDの人々は,自己を起点とした統合的な視点を持つことや,感情の共有を苦手としています。それにより思考の筋道を明示できなかったり(連合弛緩),感情の起伏が平坦になったりしがちで,これが統合失調症の「陰性症状」ととられてしまう可能性があるのです。さらに,幻聴様の訴えや,責められ続けたことで被害的思考がみられれば,「陽性症状」が出現したということで,さらに統合失調症とみなされやすくなります。

 ただ,妄想をよく調べると,違いはあります。統合失調症では,自分以外の全世界から敵視されている,狙われているといった壮大な妄想の構造がみられます。しかしPDDでは,通常1つのウィンドウ内での妄想のためそこまで壮大ではありません。また対象との距離が短いという精神構造上,妄想の加工もみられず「××の○○さんがいじめに来た」など,非常に具体的な場合が多いです。また,彼らにみられる「タイムスリップ現象」といわれる,過去の嫌な経験がフラッシュバックする現象が,幻覚・妄想に間違われることもあります。

――強迫性障害とも類似していますか。

広沢 PDDやアスペルガー症候群の診断に有用な"物事の一部へのこだわり"という視点は,強迫性障害における強迫症状と似たところが確かにあります。ただ強迫性障害では,原則としてこだわりに対して苦痛を感じると同時に,内心ではこだわりの中身を「無意味なこと」と認識していることが特徴とされています。一方で,PDDのこだわりのほうは不快や苦痛を感じないことが多く,「無意味である」という感覚もほとんどありません。

――ウィンドウが切り替わると,精神症状も消失する場合が多いと考えてもよいのでしょうか。

広沢 必ずしもそうではなくて,その人全体の生命感情が低下してしまうような深いうつというのも,ときに見受けられます。自殺企図にまで発展する恐れもあるので,軽く見ず,ある程度の期間細心の注意を払うことが必要だと,私の経験からは感じています。

互いを理解するための"翻訳"

――"発達"という診断軸が生まれたことで,高機能PDDの「見かけの」患者数は増加していますが,それとは別に,社会の在り方の変化によって患者が増えている可能性はありますか。

広沢 難しいですが,その可能性も一概には否定できないと思います。

 もともと人間は,先述の放射線状,ないしは同心円状の自己イメージと,格子状の自己イメージ,両方を兼ね備えていると思われます。しかしどちらを強調するかは,教育や文化によって大きく異なります。

 人間関係が希薄で,他者や社会との関係性を構築していきにくい現代では,同心円状の自己は育ちにくいと言えるかもしれません。そうすると,自ずと格子状の自己イメージが優勢になり,またそうした自己のみを持つ人々が増えてくることも考えられます。

――最後に,当事者や周囲の人たちにどのように接していくべきか,お考えを教えてください。

広沢 まず一つは,彼らは基本的に,周りの人が思うほど"冷たい人"ではないということでしょうか。下心など持っていないし,むしろ純粋で良い人たちなので,それをこちらも理解すること,周りの方々にも理解してもらうよう努めることが大切と思っています。

 当事者には「こんなことが起こったときにはこう行動すべき」と具体的な対処方法をアドバイスしますし,職場や家族にも伝えます。特に理解しがたい行動があるときには,その行動の持つ意味を"翻訳"して伝えることもあります。翻訳行動を2年,3年と続けるうち,周りも次第に「あの行動は,たぶんこの特徴に基づいているんだ」と理解するようになってきます。特に患者さんの配偶者の方は,愛情や感情の面で悶々と悩む方が少なくないため,患者さんの精神行動特性をよく説明すると,心の整理が付き,気持ちが楽になる面があるようです。

 高機能PDDの人々とその周囲の人々,双方の心が落ち着く場所を,地道に探ることが大切だと思っています。

――ありがとうございました。

(了)


広沢正孝氏
1985年東北大医学部卒。順大にて精神医学研修後,87年より加納岩総合病院精神科(現・日下部記念病院)で地域精神医療に従事。89年順大越谷病院,92年医学博士号取得,96年順大講師。この間一貫して急性期精神科医療と精神科リハビリテーション(病院デイケア)に携わる。98年順天堂医院メンタルクリニック,2003年同大スポーツ健康科学部助教授,11月より現職(医学部精神医学講座准教授兼任)。日本精神病理・精神療法学会評議員等。著書に『統合失調症を理解する――彼らの生きる世界と精神科リハビリテーション』(医学書院)など。

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