医学界新聞

連載

2011.02.14

高齢者を包括的に診る
老年医学のエッセンス

【その2】
老年医学のIdentity――包括的高齢者評価

大蔵暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)


前回よりつづく

 高齢化が急速に進む日本社会。慢性疾患や老年症候群が複雑に絡み合って虚弱化した高齢者の診療には、幅広い知識と臨床推論能力、患者や家族とのコミュニケーション能力、さらにはチーム医療におけるリーダーシップなど、医師としての総合力が求められます。不可逆的な「老衰」プロセスをたどる高齢者の身体を継続的・包括的に評価し、より楽しく充実した毎日を過ごせるようマネジメントする――そんな老年医学の魅力を、本連載でお伝えしていきます。


症例】 86歳高度虚弱男性(Aさん)が,80歳の比較的健康な妻と,東北地方から長男家族の住まいに近い東京の老人ホームに転居してきた。入居に付き添ってきた60代の長男の表情は硬く,一方でAさんの顔には生気がなかった。歩行器を使用していたが足腰が非常に弱々しく,歩行も緩徐であった。

 第1回で,高齢者の心身は日々持続的に受ける慢性的なストレスと,不定期だが大きなダメージを被る急性ストレスに暴露されることによって,虚弱や老衰が進行することを解説した。それらのストレス,特に慢性的なものは多種多様であり,慢性疾患などの医学的な要素のみでなく,人間関係,経済難などの心理社会的な要素も含まれる。また,老衰はさまざまな因子が複雑に絡みついて長時間かけて進行するため,その回復や改善は困難を極め,不可能か,可能であっても虚弱高齢者に多大な努力や負担を強いることが多い。

 包括的高齢者評価(Comprehensive Geriatric Assessment ; CGA)は,高齢者の日常生活動作機能を中心に身体・心理・社会状態を評価することにより,現在の生活での苦痛や不都合,将来の不安を探し出し,その原因を分析する老年医学のツールである。循環器科医にとっての心臓カテーテル検査,消化器科医にとっての内視鏡検査と同様,CGAを行うことは老年科医としてのIdentityである。高齢者診療やケアの複雑性とそれに伴う研究手法の難しさからか,現在のところ「CGAが著明な有効性を持つ」という強いエビデンスは存在しないが,米国老年医学会をはじめとする複数の専門家集団は,その活用を奨励している。

老人ホームにおける包括的高齢者評価

 筆者の勤務する馬事公苑クリニックは,主に介護付有料老人ホームへの訪問診療を行っている医療機関である。老人ホーム入居者を対象としたCGAは,外来など他の医療場面でも活用できると考え,ここで紹介する()。

 馬事公苑クリニックで使用している包括的高齢者評価フォーマットの内容(検査値には,検査年月も記載)

 虚弱高齢者はさまざまな理由で自宅や病院,または他の老人ホームからわれわれが訪問診療を行う老人ホームへ入居してくる。入居後1か月を「訪問診療導入期」と呼び,情報収集,評価,対策の立案を集中的に行っている。在宅時医学総合管理の契約を結んだ直後から看護師が患者を訪問し,パーソナルヒストリーや家族構成などの社会的背景を聴取する。また,Mini Mental State Examination (MMSE)やGeriatric Depression Scale (GDS)を用い神経心理面を評価し,さらに皮膚や排泄などの看護評価を行う。医師の初回訪問では時間をやや長めにとり,病歴のレビュー,身体診察,精神医学的診察,可動性・歩行の評価を行う。

 入居後数週間が経ち,施設のケアスタッフや理学・作業療法士のアセスメントが終了したころを見計らって初回のチームカンファレンスを開催する。チームカンファレンスには,医師,看護師,薬剤師,ケアスタッフ,ケアマネジャー,理学・作業療法士など当該高齢者のケアにかかわるすべての職種が参加し,それぞれの観点からフォーマット(図)に従って現状を報告する。その中から現在の問題点や将来の不安を探し出し,それぞれの対応策を検討する。「訪問診療導入期」の仕上げとして家族との面談を行い,その中でさらなる情報収集や現状の説明,家族の期待や要望の聴取,場合によってはadvance care planningの相談を行う。集められた情報やカンファレンスの記録は電子カルテ上でいつでも閲覧可能にしておく。

症例続き】 AさんのCGAを行った。夫婦は他の老人ホームに入居していたが,ケア体制に強い不満があり,今回の転居に至ったという。

 Aさんは,東北地方の歴史と格式ある寺院の住職で,跡継ぎ問題で一人息子の長男と長年確執があった。数年前に脳血管障害を患ってからは虚弱が進み,長男とのパワーバランスが崩れていた。長男は厳格だったAさんの老化を悲しく思っている。

 Aさんの脳血管障害に対する二次予防として,転倒リスクが非常に高いにもかかわらず,ワルファリンによる抗凝固治療が行われていた。神経学的所見では右上肢の運動失調が著明であったが,運動麻痺の所見は乏しかった。それにも増して両下肢の筋肉量減少,筋萎縮が著明であり,長期間の臥床やリハビリテーション不足が強く疑われた。精神医学的診察にて声が小さく話は緩徐,視線は伏し目がちであったためGDSを行ったところ15点中10点,MMSEは30点中16点であり老年期うつと認知機能障害が疑われた。前立腺疾患による頻尿と動作緩慢による機能性失禁を認めた。

 入居時の評価後,長男と面談を行い現在の状況評価とこれからの対策,見通しについて率直に意見交換を行った。そのときから長男の表情が和らぎ始めた。

 入居1か月以降の「維持期」に入ると,在宅時医学総合管理プログラムに沿って2週間に1回の訪問をしながらチームカンファレンスで立案した計画を実行していく。訪問は看護師と薬剤師が行い,日々の健康管理や服薬管理を中心に進める。「維持期」でも前述のチームカンファレンスを3-6か月ごとに行い,計画の進行度を評価すると同時に健康状態や日常機能動作の新たな変化を見つけ,その原因と対策を検討する。このチームカンファレンスは問題ケースのみを取り上げるのではなく,すべてのケースに対して定期的に行う。一見問題がなさそうで静かに安定して生活している高齢者にも,よりよく生活してもらうための改善点や解決すべき将来の不安が必ず存在するからである。

チームで情報管理を

 CGAは洗練されたイメージの言葉だが,実際は非常に手間と時間がかかる地道な作業である。CGAを医師一人で行うことは不可能であり,看護師,ケアマネジャー,ケアスタッフ,理学・作業療法士などの多職種がチームを作り行うのが望ましい。外来診療場面では初診時にまとまった時間をとってもよいし,再診ごとに少しずつ評価を追加していくやり方もあるだろう。

 CGAの第二のポイントは情報管理である。虚弱高齢者は診療情報が多くそれらをいかにマネジメントするかが長年の課題であった。しかし最近電子カルテなどのITが発達し,多くの情報を瞬時に扱えたり,離れた場所にいても情報を操作できるなど,特に地域における高齢者診療においてそれまで不可能であったことが可能になりつつある。ITを便利なツールとして高齢者診療の質を高めるためにどんどん活用したいものである。

 最後に,CGAの結果をいかに日々の診療やケアにつなげていったらよいのだろうか? 評価で見つけ出した問題を解釈し,原因を分析し,対策を講じるためには個々の問題に関する老年医学の知識が必要である。虚弱高齢者の問題に対する老年医学的アプローチが臓器専門医のそれと若干異なることを次回からの各論の中で感じていただければ幸いである。

つづく

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