医学界新聞

連載

2010.11.08

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第7回】
心電図の始まりはP波から(その2)
心房ブロック

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


論文掲載までの長い道のり

 学術誌に研究成果を発表するに当たっては,査読制度(peer review)というサディスティックなシステムが存在します。これは,論文が雑誌に掲載される前に同じ分野のエキスパート(2-3人)が匿名でその内容を審査してその是非を論ずる,というものです。しかしよく考えてみると,まだ発表したわけではない研究成果を顔の見えないライバルたちに与えることであり,さらにその後のいわゆる「2ちゃんねる」的な批判をすべて打ち返さなければ発表できないということです。

 結果的に査読をくぐり抜けてきた内容は,同分野の研究者が白旗を振って認めた内容であり,現段階では科学的に正しいので雑誌に掲載するという考え方が,この査読制度の根幹を成しているというわけです。当然雑誌のランクが上がるほど査読者の見る目は厳しくなります。公平で骨のある制度ではあるのですが,匿名の査読者が一方的に論文を「殴る蹴る」ところはなかなかに厳しいものがあります。最近,少しだけこの匿名のレビューというのは見直されつつあり,紳士の国,英国の『British Medical Journal』誌などでは,査読者の名前と所属の記載を義務付けるようになりました。

 さて,前回の内容を引っ張ってしまい恐縮ですが,筆者が初めて投稿した論文(心電図とエコーの左房所見の比較研究)もこの査読制度の餌食となり,研究内容に対して同じ分野の研究者の先生方(査読者)からさまざまな意見が寄せられました(実際は「意見が寄せられた」などという穏やかなものではなく,「この問題点を解決できなければ話になりませんね」というコメントが大多数を占めました)。加えて問題は3人の査読者からのコメント数が72項目にも上ったことでした。これを3週間以内に解決すれば再検討する,という返答でしたが,今思い返すとこれは

遠まわしの“NO”

 だったのではないかと思います。一つひとつのコメントに十分に説得力のある回答を与えねばならず,必要ならば再解析を行い,かつ論文も書き直さないといけないわけですから,今このような文面を受けとったら恐らくさじを投げていたと思います。

 しかし,初めての原著論文でもあり,待望の循環器内科のclinical fellow(専門研修医)を始めたばかりでヤル気に燃えていた筆者は頑張ってしまいました。これがお見合いだったらストーカー規制法に引っかかるのではないかと思うほどのしつこさを見せ,なんとか3週間以内に恋文ならぬ校正論文とrebuttal letter(訂正部分を示した反論の手紙)のセットを仕上げて,全く空気を読まず「お願いします」と送り返しました。

 72項目すべてに返答する必要があったので,rebuttal letterのほうが論文そのものより長くなってしまい,1920語の短い論文に対する校正の説明が5375語と,それだけで別の論文が書けるくらいの分量になりましたが,その後何とか掲載していただく運びになりました。おそらく努力賞のような意味合いもあったと思うのですが,同情でも何でも成果が認められるのは喜ばしいことです。

心房の伝導

 さて,本筋に戻って「左房」の話です。前振りが長くなってしまいましたが,このときの論文での最大の論点が,「心電図で左房拡大と言われている変化は,実は右房と左房の間の伝導障害ではないのか?」というものでした。これは房間ブロック(interatrial block)と呼ばれる事象ですが,実に新鮮な概念でした。

 心「室」の収縮については,

(1) 房室結節から左右のPurkinje線維へ電気興奮が伝わる
(2) Purkinje線維の伝導は高速道路であり,あっという間に末端まで興奮が伝わって左右の心室は同時に収縮する
(3) 右脚ブロックや左脚ブロックが発生すると,上記の同期された(シンクロされた)収縮ができなくなる(dyssynchrony)
(4) (3)のようなケースで心不全症状がひどいような場合では両室ペーシングによる強制的な同期を図ることもある(本連載第3回,2886号参照

というような流れになります。では,心房ではどうなっているのでしょうか? 電気興奮は右房上方の洞房結節から発生しますが,それはどのように両心房に伝わるのでしょうか?

房間ブロック

 実は,右房と左房の間にはBachmann束という心筋線維の束が横走しています(図1)。右房の電気興奮はこのBachmann束を通じて左房に素早く伝達され,そのおかげで右房と左房はほぼ同時に収縮することができます。しかし,このBachmann束が右脚ブロックや左脚ブロックのように伝導障害(=房間ブロック)を起こすとP波は幅広くなり,左房の拡大所見のような心電図変化を呈します(図2)。

図1 Bachmann束の図(心房を前方から見た図)

図2 左心房負荷に伴う心電図変化
左房の「負荷」に伴う心電図変化(点線部)。II誘導ではP波は横に伸び,notchのようなものができます。V1誘導では二相性になり,終末に陰性成分が出現します(P-wave terminal force)。

 よって,左房が拡大してP波が幅広くなっているのか,単なる房間ブロックなのか区別はついていないようだが大丈夫なのか,というのが心優しい査読者の先生方の親心でした。これに対するわれわれの返答は,Bachmann束は右室や左室のPurkinje束と異なりそれほどしっかりとした構造の高速道路ではなく,しかも全員にあるわけではない(80%程度)。そして,Bachmann束が伝導障害を起こすようなケースでは,いずれにせよ左房がぐっと引き伸ばされて拡大している症例が多いと考えられる,というものでした。

 しかし,確かに左房拡大と房間ブロックを完全に鑑別することはできません。よって,図2にあるようなP波の所見は,従来言われている「左房拡大所見(left atrial enlargement,LAE)」よりは,「左房に由来する心電図異常(left atrial abnormality,LAA)」ととらえるべきだということを付け足し,論文タイトルも変更したことを覚えています。

 心房には,このBachmann束以外にも短めの心筋線維の束(電気的な高速道路)が存在します。右房と左房の間に網目を張るように伝導路が存在しますし,洞房結節から房室結節の間(この束をWenckebach束と言います),肺静脈との間(心房細動の発生に重大な寄与を果たしています)など,心房と他の構造物の間を結びつけていたりします。これらの心房の伝導路は,心室のようにPurkinje線維という巨大道路に一本化されているわけではないのですが,例えれば都市計画に失敗した県庁所在地の道路くらいには整備がなされています。房間ブロックについてはまだ研究が進んでいない部分も多いのですが,何らかの形で心房に負荷がかかってこのBachmann束を中心とする高速道路網が寸断されてしまうと,心房のいろいろな部位が勝手に興奮しだして統制が取れなくなり,心房細動のような上室性の不整脈を起こしやすくなります1)

 いかがでしょうか?

 心房にも電気的な興奮を高速で伝える伝導路が存在する,という事実はあまり知られていませんが,最近の電気生理学的な進歩から見直されつつあります。特にアブレーションの進歩によって心房細動の治療がカテーテルマッピング下で行われるようになってからは,どこを焼けば心房細動が治まるかという疑問から,こうした伝導路の研究がかなり進みました。

 査読制度の説明が長くなってしまったせいで持ち越しますが,次回はいよいよ不整脈の王様,心房細動を扱いたいと思います。

POINT

●心房にもブロックは存在し,その心電図所見は従来の左房拡大所見とほぼ一致する。
●ブロックと左房拡大の鑑別や意義はまだあいまいだが,いずれにせよ心房細動など上室性の不整脈につながっていく。
●査読制度は親心?

つづく

参考文献
1)Lemery R, et al. Human study of biatrial electrical coupling : determinants of endocardial septal activation and conduction over interatrial connections. Circulation. 2004 ; 110 (15) : 2083-89.

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