医学界新聞

寄稿

2010.11.01

【寄稿】

がん医療におけるピアサポート
ソーシャルワーカーの立場から

大松重宏(城西国際大学福祉総合学部准教授)


 私は,医療の中で心理社会的課題の解決を支援する「ソーシャルワーカー」という社会福祉専門職である。2006年にがん対策基本法が施行されて以来,脚光を浴びているがん領域において,ソーシャルワーカーとして患者会との連携を模索している。ちなみに日本では,精神科領域や障害者福祉領域において,当事者団体である患者会の立ち上げや運営継続の援助にソーシャルワーカーが携わってきた歴史がある。

語られることのない「活動継続の力」

 さて,がん対策基本法において策定を義務付けられたがん対策推進基本計画の中には「がん患者や家族等が,心の悩みや体験等を語り合うこと〈中略〉,こうした場を自主的に提供している活動を促進していくための検討を行う」という内容が含まれている。がん医療において当事者同士が支え合うこと(ピアサポート)が重要視されているのだ。

 当事者団体であるがん患者会は,書籍やインターネットなどから探してみると,全国(と言っても全都道府県にくまなく患者会があるわけではないが)に約250団体は存在し(家族会や遺族会は除く),そのうち約7割が乳がん患者のみを対象とした会である。がん患者会の代表者やコアメンバーとお会いして活動状況を伺うと,毎月のようにおしゃべり会や学習会を企画するなどして,仲間を上手にサポートしている。また,自分たちに関係する医療や生活上の問題を社会に働きかけ,解決しようとするパワーにも驚かされる。未承認薬の問題に対するここ数年の動きはがん患者会の活動によるものが大きいのは明らかで,まさしくアドボカシーの実現と言ってよいだろう。

 しかし,ピアサポートについて言うならば,マスコミ等でがん患者会が取り上げられる際に,その構造や機能が詳細に語られることは少ない。つまり,このような活動を継続できる力,その工夫や知恵については十分に知られていないのが現状である。

ピアサポートのプロセス

 ではピアサポートは,家族や友人,または専門職からのサポートとどう違うのだろうか。私の考えるピアサポートのプロセスとその効果は,のとおりである。

 ピアサポートのプロセスと効果

 まず,入会直後で実際にはがん患者会の中でサポートをまだ受けていない場合でも,「今後はサポートを受けることができる」という期待が大きな安心感をもたらすのではないだろうか。

 さらに,がんになったことでこれまで築いてきた人間関係の維持に不安を感じたとき,同じ病気を抱える人の会に帰属することで得られる仲間との一体感は,どれほど大きなものであろうか。患者会で会話を交わしたり,その後でお茶や食事をしたりすることは,一層大きな意味を持つだろう。同じ疾患ということだけではなく,同じ年代,同じ病期,または再発した方と話をしたい,あるいは,仕事や子育て,恋愛など,同じ疾患で同じ境遇の仲間と情報交換がしたいというニーズも満たされる。さらに大きな効果は,自分のロールモデルとなる先輩会員に出会えることである。自分のめざすべき方向性が見えてくるのかもしれない。

 一方,会の活動を継続するうちに,仲間からサポートをされるばかりではなく,自分自身が仲間をサポートするようになり,もともと自分にあった自信を回復していく効果がある。これは,望ましいピアサポートのあり方で,「ヘルパー・セラピー原則」と言われる。これこそが対等性を重んじる患者会の大きなメリットであり,専門職からのサポートとは全く違う面である。

 さらにサポートの交換を通して,がんに対する考え方や身の処し方が人それぞれ違うことに気付くのも見逃せない効果である。ピアサポートによって得た体験的知識は,専門家が提供した情報を当事者が生活の中で実践し咀嚼したものである。患者会のメンバーと話をしていると,医療機関の中にいては想像できない実践的な情報にいっぱい出くわす。

 このようなピアサポートの効果を知れば知るほど,私自身専門職として限界を痛感することも多々あったし,患者会の中でのピアサポートは家族や友人,または専門職のサポートとは全く違うと実感した。

 しかし,すべてのがん患者会がこのような機能を持っているわけではない。実際には,ネガティブな面もある。相手は気遣っているのだが本人にはお節介にしか思えない言葉かけやふるまいがみられたり,間違った情報や不確かな民間療法を教えられることもある。こういった事態に備えて,患者会の中にはルールや対応策を考えているところもある。

実績ある患者会のノウハウを全国へ広めよう

 現在の課題は,ピアサポートの機能を十分に発揮できる患者会が全国にそう多くはない点であろう。また,がん患者会が存在していない地域もあるのが現状である。

 がん患者をサポートしていくためには,医療関係の専門職だけでは不十分で,ピアによるサポートが必要である。また,がん患者をひとりの生活者と考えるならば,その人が暮らしている地域で十分なサポートが受けられるようにしたほうがよいに違いない。そのためにも,全国にがん患者会が設立されなければならない。

 そう考えると,実績のある患者会が蓄積したノウハウを,新たな患者会に上手に伝える仕組みが必要なのではないだろうか。つまり,立ち上げ方法やプログラムの運営方法を伝え,患者会同士が連携することで継続のエネルギーが生まれるような仕組みである。私自身としては,そのような仕組み作りを側面的に支援するのがソーシャルワーカーとしての責務であると考えている。

 患者会運営の課題のひとつとして,人材不足を挙げるがん患者会は少なくない。会員は増えても運営にかかわれる人は限定される。会を利用するだけのメンバーと,運営に奮闘するスタッフとの摩擦もある。患者会も組織である以上,人の問題は常に付いて回る。 このあたりの課題を,患者会同士が連携することによって解決する。そのお手伝いを医療者ができないだろうか。

 ピアサポートは,自分の病気と闘いながらも患者会の運営や企画に携わっている人,雑務から仲間のサポートまで多大な役割を担っている人が存在して成り立つ。本稿の最後に,その方々に感謝しなければと思う。


大松重宏氏
1983年関西学院大社会福祉学部卒。神経難病等の医療分野でソーシャルワーカーとして勤務。98年から国立がんセンター中央病院に転じ,社会福祉の視点からがん患者やその家族の相談支援に携わる。同がん対策情報センターを経て,現在は城西国際大学福祉総合学部でソーシャルワーカー養成の傍ら,ルーテル学院大大学院博士課程に在籍し,がん患者のセルフヘルプグループ,ピアサポートについて研究している。社会福祉士,精神保健福祉士,介護支援専門員。

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